おきざり
やっと戦場から抜け出せたと思っていた。
その矢先の事だ。
悲劇が襲い掛かって来たのは・・・・
敵戦車隊は一時的に追撃を辞めた。
特出してしまった事に漸く気が付いたのだろう。
自分達が攻め寄せた位置に、やっと気が付いて停まったのだろう。
「いやしかし、こうまで巧くいくとは。儂も思わなんだ」
小隊長ハスボック軍曹が、感嘆とも呆れたともとれる声を上げた。
それはそうだろう、利敵行為ともとれる作戦で俺達は此処まで帰れたのだから。
「被害も無く済んだのは、お前達の功績じゃぞ!」
ポンと肩を叩かれ、俺とロゼは恐縮する。
「みんな、これで帰れると喜んでいるからな。お前達が誘い出す事に成功したからじゃぞ!」
周りに居る仲間達の眼も、讃えるように俺達に注がれている。
「後はラポム中尉の返事を待つばかりじゃ。
それまで一休みして英気を養っておくんじゃぞ!」
地獄から生還したかのような軍曹の破顔を観て、俺もそう思っていたんだ。
基地に帰って一刻の平穏を迎えられる・・・と。
アリエッタは聞き間違えたかと思った。
「何故です!なぜそんな命令を訊かねばならんのです?!」
ラポム中隊長が眦を上げて叫んだ。目の前に立つ上官に向けて。
「軍規は知っておるな?
貴様に与えた命令を不服とするなら、直ちに更迭するぞ?!」
佐官の参謀が中尉へ命じ直す。
「戦車隊は直ちに後方アーンヘム市街にまで後退せよ。
一緒に後退して来た歩兵達は師団の殿として現在地に残す。
我が師団はアーンヘムを経て、部隊再建の為皇都に帰る。
・・・以上だ、反問は許さない。直ちに準備に掛れ!」
取り付く島も無いとはこの事か。
一緒に聞いていたアリエッタも、あまりの理不尽さに声を失っていた。
ー こんな馬鹿な話があるものか!
それでは残された者達に死ねと言うに等しいじゃないの!
今迄共に闘った仲間を置き去りに、自分達だけが逃げ帰ると言われたのだから。
戦線を放棄するのは、戦力差があり過ぎるから判らないでもない。
しかし、全部隊を撤収させるのならまだしも、少数の兵達だけ置き去りにするなんて。
「戦車隊は既に後方へ引き上げたぞ。残っているのはお前達だけだ。
直ちにこの場より撤退しろ、歩兵達には決して知らせるな。知らせることは許さんからな!」
しかも、置き去りにする兵達には知らせず、自分達だけで逃げるというのだ。
ー こんな事が赦される訳がない。残された者達が知れば、どれ程恨むだろう?
アリエッタは残される者達の中に、最愛の妹が居るのを知っていた。
妹に知らせたかった。妹を一緒に連れて帰ろうと思った。
・・・だが。
「マーキュリア少尉、君はこれより私達と同道して貰うぞ。
魔砲を撃てる貴重な人材なのだからな、中央軍司令部からも伝達されておる。
貴官を魔鋼騎士に任ずる為にも、我々と一緒に来て貰うぞ!」
参謀に合図された憲兵が、アリエッタを取り押さえた。
「それでは諸君、アーンヘムでまた会おう」
拘束されたアリエッタは、口を拘束具で塞がれ手錠迄填められて、無理やり連行されていく。
「アリエッタ少尉になにを?!
なぜだ!なぜこんな理不尽な行動を執るのでありますか!」
ラポム中尉の叫びは、戦車のエンジン音に掻き消されてしまった。
ラポム中隊が師団本部に向かってから、既に2時間が過ぎようとしていた。
「遅いなアリエッタ姉様達・・・」
食後のコーヒーを手に、ロゼが心配気に幕舎のある方を観て呟く。
「まぁ、次の行動を練っておられるんだろ?」
俺は食べかけのパンを置いて、ロゼを見た。
さっきまで帰れるとばかり踏んで燥いでいた姿は、次第に憂いへと変わって行く。
「アリエッタ少尉の事だから、俺達に遠慮してるのかもしれないぞ?」
「なにをよ?アタシ達に遠慮するなんて必要ないでしょ?」
俺は休養を与えられているからと、言ったんだが?
「アタシとロゼの関係に気を遣っているとでも?
なにかとんでもない思い違いしてるんじゃないの君こそ!」
・・・それはロゼの方じゃないか!
ツーンと横を向いたロゼ。
黙っていれば可愛い女の子なのに・・・残念娘め!
やっと休みが与えられ、気を抜いていた俺達だったが。
やがてとんでもない事が発覚し始める。
「ハスボック軍曹!大変ですっ、野砲大隊が居ません!」
「連隊が何処にも陣を置いていません!」
「どこを探しても傷病者以外は見当たりません!」
辺りの偵察に出ていた者が帰って来て、交々言うには。
「我々以外の部隊は、もうこの辺りには存在していません!」
「馬鹿な・・・それでは儂等は?!」
小隊長の顔が青ざめた。
今迄観た事も無いまでに・・・
「戦車隊は?!ラポム中隊は?」
ロゼが偵察に行った兵に訊き求める。
「それも・・・全車共見当たりません」
全員が声を失った。
俺達は・・・置き去りになった?
「アリエッタ姉様が何も告げずに行く筈が無い!
姉様はアタシに、この石まで授けてくれたのよ?!」
信じ切れないロゼが叫ぶが。
「確かに静かすぎるとは思うたが・・・まさか儂等だけ残して?!」
有り得ない。
だが、これが現実なんだ。
「軍曹!傷病者を集めて、直ちに撤退にかかるべきです!」
俺は此処に居る仲間達と共に帰ろうと願った。
少しでも早く、出来るだけこの場から遠くへと行こうと思った。
「うむ、直ちに撤収!傷病兵を担架に載せろ!
ある限りの物資をかき集め、敵に対しても備えるんじゃ!」
軍曹は決断した。
状況としては最悪ともいえる。
撤退した味方は、傷病兵達まで置き去りにしたのだ。
此処に居る仲間は僅かに50名に過ぎない。
頼りにしていた戦車隊にも見放され、敵軍に包囲されようとしていたからだ。
「良いか!これからは自己の判断で行動するんじゃ!
誰の為でもない、自分の責任で生き延びろ!生きるんじゃぞ!」
軍曹の叫びに、誰もが戸惑い困惑する。
軍に居るというのに、命令を受けずに生きろと命じられたから。
最早軍とは言えず、最早生還もおぼつかず。
「これからは仲間だけが信じられる者と思うんじゃ!
此処に居る仲間だけで帰らねばならん!生きて帰るだけを心掛けるんじゃ!」
「はい!」
軍曹は先に立って傷病者を担ぎ歩き始めた。
ここに留まって戦う真似を取らず。
味方にも見放された状況で、襲い来る敵から逃げきると。
地獄から生還した筈だった。
最前線から返って来れた筈だったのに。
俺達は味方にも裏切られ、宛ても無く逃げる落人と成り果てた。
燃料を調達できなかった砲戦車が、後どれくらい走っていられるのか。
弾の尽きた砲で、闘えるのか?
傷病兵を連れた小隊は、敵に追い立てられ逃げるしかなかった。
唯、生きて帰る為に。
どうしても許せなかった・・・味方に裏切られて。
生きて帰り裏切った者へ、復讐を果したくて。
俺の傍に立つ少女の眼が曇っていた。
俺と同じ思いになった少女が、俺に言った。
「ルビ・・・あなたと共に復讐したいの。
君の力になって、奴等を殺してやりたいの・・・」
信じられるのは、想いを同じくする者。
ロゼの瞳は黒く澱んで観えた・・・古の魔女の様に。
戦争は個人の力ではどうにもならないのか?
折角助かったと思っていたのに・・・
これで第2章は終了です。
次の第3章の始まりでは・・・
悲劇の中、世界を変える異能が発動します。
そう。
彼の魔法に因って・・・・
次回 第3章 騎士と魔女 怒りと絶望
君に訪れた悲劇。君は無慈悲すぎる世界に叫ぶ!




