生きる希望
ロゼとルビは砲戦車で一息ついた。
そう、目の前に来てくれた味方を観て・・・
後ろから追いかけて来るBT-7軽戦車の方が足が速い。
俺達の砲戦車も元はと言えば軽戦車を改造した物だったが。
「75ミリを載せている分、車体が重いからな」
後ろを振り返っても観えはしないが、ロゼの罵倒には答えない訳にはいかないだろう?
「そんな事、今更言われなくったって解ってるからっ!
アタシの言いたいのは、どうして真っ直ぐ逃げないのかっていうだけ!」
そんな事判り切ってるだろ?
真っ直ぐ走っていたら狙いを付けられて、直撃を喰らうだろ?
俺は車体を右に、左に振りながら砲戦車を走らせていた。
敵が真っ直ぐ追いかけて来るのに・・・だ。
「あああーっ、こんな時に砲塔がついてればなぁ!
後ろに向けて撃てるのにぃっ、逃げ回るだけなんて癪に障るわ!」
「仕方がないだろ前にしか撃てない砲戦車なんだから!
地雷でも積んでくりゃ良かったかな?!って、地雷?」
自分で答えて、自分で疑問符を付けた。
ー そうだよ、俺達は元来戦車猟兵なんだよな!
装備された歩兵用の対戦車兵器を以って倒す兵隊なんだ!
だったら・・・黙って逃げ回るだけじゃない!
思い出したんだ、俺達の仕事を。
「ロゼ!俺の銃を使ってくれ。
擲弾小銃が側壁に引っ掛けてあるだろ?」
そうだよ、俺は元々戦車猟兵なんだ、敵の戦車を叩く装備を与えられているんだ。
「穿甲擲弾はリュックの中!火炎瓶も1本入っている!」
軽戦車が相手なら、どちらも有効な対戦車兵器だろう。
「ア、アタシが?!・・・よしっやってやるわ!」
戸惑ったものの、黙って逃げ回るのが嫌だったらしく、ロゼは即座に装備へ手を出した。
「良いか?!擲弾には2種類あるんだ。
頭の黒く塗装されたのが穿甲弾。銀剥の方が榴弾。
どちらも装填前に信管を切らなきゃ炸裂しないからな!」
「うん、これね・・・信管を切ったわ!
装填は?このバネを下迄引き下げて・・・筒先から込めるのよね?」
装填方法を教えると、勘の良いロゼは直ぐに操作を覚えたみたいだ。
「照準は勘に頼るのが多いけど。ロゼなら狙えるだろ?」
訊いたけどロゼからの返事は聞こえてこない。
代わりに聞こえたのは、後部ハッチを開けた金属音。
銃で以って、射撃を試みようとしているのが判る。
「穿甲弾なら、車体のどこへ命中させてもダメージを与えられる。
装甲を焼き切って車内へ飛び込むんだからな!一撃で倒す気なら車体後部の上に墜とせ!」
戦車のウィークポイントの一つ。
エンジンルームを破壊されたら、動力を停められ動く事が出来なくなる。
そこへ落とせって言ったんだ。
この距離から狙えるかは、ロゼの腕次第だが。
「当てるだけでも褒めて貰いたいもんだけど?!」
擲弾銃を構えるロゼが、初めて撃つ。
バムッ!
追撃して来るBT-7に向けて放たれた弾は・・・
ガンッ!
見事・・・BT-7の前面装甲に喰いついた。
「やった!当たった!」
右正面に弾が喰い込んで、装甲を焼き切って破壊を車内へ吐き出した。
少量の火炎が車内を襲った・・・勢いついて追いかけていた車体が行き足を鈍らせた。
「やったわよルビ!一両を停止させれた!」
「ホントーに当てるなんて。ロゼっ、天才だな!」
自慢気に話したロゼに、褒め称える俺。
初めて使った銃で、初めて撃った擲弾を当てられるなんて。
俺には出来ないと思った、真面目な話。
「そーよ!アタシは天才なんだからね!ほーっほっほっ!」
直ぐに調子に乗るんだよな・・・ツン娘は。
「その天才様、引き続いて撃って貰えませんかね?」
逃げるのに必死な俺が、ロゼに頼んだ。
「うん、頼まれたらしょうがないわね!」
端から撃つつもりのロゼが、俺に併せて来る。
そうでもしていないと恐怖に負けてしまうと分っているから。
追いかけて来るのは一両だけではない。
仲間が停車して、更に追撃のスピードが増した気がする。
「もう直ぐ夜が明ける!それまで持ち堪えるんだ!」
俺の励ましが届いたか、ロゼが第2弾を撃った。
ロッソアの部隊長は苛立った声で命じていた。
自分達を欺き、2両を破壊した敵へと向かう指揮下の全車に。
「逃がすなよ!たったの一両で攪乱する気だったのだろうがそうはいかんぞ!」
手に持ったマイクに向けて、指令を飛ばす。
「各車、包囲殲滅しろ!逃げ道を与えるな!」
ロッソアの指揮官は明けゆく空からの光に観える、砲戦車の撃滅を命じた。
隊を分散させ、包囲する気でいた。
「アリエッタ少尉から、射撃準備完了と言って来ました!」
無線手がラポム中尉に知らせた。
「よし!砲戦車を救え!撃ち方始め!」
中隊長車から射撃開始が命じられる。
新型車両であるアリエッタ少尉の75ミリ砲が、いの一番で射撃を開始した。
「少尉に続け!撃っ!」
ラポム中尉の乗る3号戦車F型の50ミリ砲が射撃を開始した。
5人乗りの3号戦車の方が、アリエッタ少尉の新型車両より射撃間隔時間が短い。
新型とはいえ、4人乗りの車体を持つアリエッタ少尉のストルモヴィク戦車は、
車長が砲手を兼ねていたから、射撃する度に周りの確認をしなければならなかった。
ラポム中尉達が乗る3号は、車長は独立した配置であり、砲手を兼ねることはない。
各員が各々の持ち場を的確に務める、合理的な配置であり無駄の無い射撃を続けられた。
対するロッソアのBT-7もT-28も、乗員は4名でありアリエッタ少尉の射撃時間に似たような物だった。
突然の射撃に対応が遅れたBT-7隊は軽戦車故に装甲が薄く、フェアリアの50ミリ砲の前に次々と撃破擱座されていった。
陽が昇り始める前の払暁。
薄くなり始めた夜闇の中を逃げ回っていた俺達の前に、それは飛んで来たんだ。
「前方から曳光弾!来てくれたぞロゼ!」
後ろに向けて応戦している相棒に教えた。
「やったねルビ!任務が完了したのね!」
歓喜の叫びが背中から聞こえた。
でも、スピードを緩めずそのまま味方戦車隊に向かって走り続ける。
「いや、まだだよ。奴等を叩いた後の方が問題だろ?」
単に敵戦車を湧出するだけでは無い。
本当の目的はこれからなんだと。
「そうね、後はアリエッタ姉様達が、どこまで引き寄せられるかにかかっているんだものね」
応戦を辞めたロゼが後部扉を閉めて砲手席に戻って来た。
「そうさ、俺達はこのまま師団司令部にまで退きあげる。
その時、司令部がどうするかに全てが賭けられているんだよな」
ロゼが操縦席の背もたれに手を置いて頷いて来る。
「そう、この戦場から退きあげるか、それとも・・・
それとも全員に死ねと命じて来るか・・・それ次第ね」
ロゼの心配は、師団司令部が無謀な命令を繰り返さないかという話。
「そうだな、最悪の場合・・・命令を下した奴等に反旗を翻すかもしれないな」
後方の敵戦車から炎が吹き上がる。
味方の砲撃を喰らい、数両が忽ちの内に行動不能となっていた。
「後は。アリエッタ少尉達に任せておこう・・・」
「うん、でも姉様達が巧く惹き付けてくれるかしら?」
前方に観えた味方戦車隊を観て、ロゼが心配そうな顔になる。
「叩き過ぎたら懼れて攻撃してこなくなっちゃわないかしら?」
ロゼは味方が苦戦するとは思っていなかった。
アリエッタが居るから?魔砲戦車が居るから?
壊れていたにしろ、姉が負ける筈が無いと思っているのか。
「心配しなくても直ぐに撤退する手筈だったろ?」
「そうだったわ。忘れてた・・・」
ポンと手を打ったロゼに、俺は笑い掛けて。
「それなら俺達も急がなきゃ。
軍曹達も首を長くして待ってくれている筈だから。
俺達戦車猟兵の帰る場所は、俺達の隊なんだから」
生きて帰ると約束したから。
帰ってやることが一杯あるのだから。
「そうね、帰ったら。
駐屯地に帰ったら。いの一番でやらなきゃ・・・手紙を書かなきゃ!」
ロゼは手紙を書くんだと言った。
その宛先が誰で、何を告げる為に書くのか・・・
「ラブレターか?アリエッタ少尉に?」
俺の軽口に、どぎまぎしたロゼの声が返って来る。
「君には関係ないでしょ!アタシがお母様に報告するのを邪魔する権利があるの?!」
「あ、いや。そこまで怒らなくても・・・」
ツン娘が現れたようだ。
「だいたいねぇ!君の事も知らせなきゃいけないし、アリエッタ姉様に頂いたネックレスの件も知らせたいの!」
・・・なんで俺のことまで教えなきゃならねぇんだ?!
突っ込みたかったが、ロゼの事だ。
またねちねちと言い返しかねない・・・
俺とロゼは、もう生きて帰った気分になっていた。
まさか、師団の決断するのが最悪の方になるとは思いもよらず。
お化け大作戦が成功の内に、終わるんだと思い込んでいたんだ。
作戦は見事に成功裏に終った。
ルビとロゼはほっと一息ついたのだが?!
何かが起きてしまう。
そう、折角辿り着いたというのに・・・暗転する世界。
次回 おきざり
世界が崩れていくような感覚に堕ちる、信じられない事実を突きつけられて・・・




