作戦名は?!
替えられた運命だと気付かない。
誰もが生き残れる事に努力した。
そして、意外な事になる?!
夕日が堕ちた。
月夜が来る。
雲に阻まれた月の明かりが薄く影を伸ばしていた。
「俺達に出来るのは、このくそったれな戦場から退きあげるだけだと思います」
集まった仲間と話し合う。
これからどうするべきかを。
敵に陣地の大半を奪われた現状に、打開策は無いのだと知って。
「ルビのいう通りです。師団本部は前線の様子を知りながらも放置しているのですから」
ロゼも、どうする事も出来ない現実に嫌気が差したのか。
「いっその事、司令部を襲ってやりたいくらいだわ!」
苛立った声で吐き捨てた。
味方は方々に散り、連携を執る事さえ出来なかった。
辛うじて、戦車中隊と整備隊。それに生き残りの寄せ集め数十人だけが闘う仲間だと言えた。
戦車中隊の指揮官であるラポム中尉が、全員の指揮を任されていた。
彼はそこらに居る愚かな指揮官では無かった。
戦歴こそ浅いが、話の分からない士官ではなかった。
「皆の意見は尤もだと思う。
実際我々は上級士官達に放擲されたにも等しい存在だ。
命令も何も寄越して来ない司令部に、任せておける筈もない。
我々は幽霊部隊と化したというのか、全く以ってなってはおらん」
中尉も現状に悲観し、司令部に従う気も無さそうだった。
「そこで・・・だ。
ここから一路、師団が所在する陣地まで帰ろうかと思うのだが・・・・」
中尉が地図を指して話し始める。
「唯帰るのは戦闘の放棄になるし、下手をすれば全員敵前逃亡で軍事裁判にかけられてしまう。
それを回避するにはある条件が必要なのだが・・・」
指し示していた地図に丸を描いて、
「ここの敵を利用したいと思う。
ここに進出して来たのは偵察を主眼に置いた戦車隊と考えられる。
丘陵地帯から僅かに特出した窪地に軽戦車が数両いる。
明日の朝には行動を開始するだろう、そこを叩くかに見せておいて。
我々は退きあげ、敵に追撃させるんだよ。
師団本部がある陣地へと・・・わざとな」
中尉の策略は、敵をして利敵行にも映ったが。
「それで味方が反撃に出れば良し、また逃げ出すという腰抜け具合なら・・・
その時は大手を振って基地まで帰れば良いのさ」
そう言い切った中尉を観て、皆があっけに取られる。
「そう巧くいくでしょうか?敵もそうそう思い通りに運んでくれるかどうか?」
心配する意見は出るが、代案は出て来ない。
「はぁっはっはっは!儂はこんな作戦は初めてじゃ!
若い中尉殿に感服したわい!」
破顔大笑したハスボック軍曹が、頭を下げて讃えると。
「中尉の指揮に賛同したい。
こんな作戦が巧くいくのなら、中尉こそ師団長になれば良いんじゃ!」
「そうですね、流石中隊長です。私もご一緒させて貰えませんか?」
交々、軍曹と戦車小隊長アリエッタ少尉が賛意を表す。
「い、良いんでしょうか?もしも敵が追いかけて来なかったら?」
まだ心配する声を余所に、
「追いかけて来なきゃー追いかけざるを得なくすれば良いんじゃよ?!」
ハスボック小隊長がニヤリと笑い、
「後続する敵本隊に追い立てさせれば良いんじゃ!」
どうやってかは言わないが、なにか思いついたようで。
「敵を誘引する件は、儂等に任せて貰いましょう」
俺達を観て引受けてしまった。
ー 何故だ?胸騒ぎがするんだが?
明け方を以って決行する手筈になった。
軍曹が言った通り、俺達にその任務が言い渡されてしまった。
「ルビぃー、どうしてなのよぉ?!」
嘆いた割に穏やかな声だと思った。
「これじゃあ、遠くから見たら・・・馬鹿じゃない?」
そうかもな・・・俺も実はそう思ってたんだ。
「偽装するにしてもこれじゃぁ却って目立ってるように思えるけど?」
そりゃそうだ。目立つようにしてあるんだから。
遠くからでも観えるように・・・普通の逆だよな。
「あ~あっ、アリエッタ姉様の感覚を疑うわ!」
そう言いながらもロゼは、姉を様付けで呼んでいる。
「そう言うなよ、アリエッタ少尉にも考えがあったみたいなんだから」
「どんな考えだって言うのよ?!この状態を観てもそう言い切れるの?」
ツンとそっぽを向いたロゼに言われるまでも無い。
俺達の砲戦車は枯草を山盛りにされ、まるで荷車にでもなったかのように観えた。
「観なさいよ!車内も草だらけ!砲手席が何処にあるのかも判らないじゃないの!」
それを言ったら。俺の操縦席も・・・だぜ?
砲身までも草の中に隠され、オープントップの車体内外も草だらけ・・・
まるで草山が動くかのように観える。
「これじゃあ火でも着いたら、燃え上がるだけよね・・・」
草山をどけないと砲撃すら出来ない。
「しょうがないじゃないか、俺達は囮の囮なんだから」
諦めにも似た声で、俺は操縦席だけは確保しようと草を掻き分け放り出す。
「そう言うけどねぇ、敵の弾が当たったら一巻の終わりよ?コレ・・・」
枯草は乾期では無かったから乾ききってはいないが、
「火が付いたら命中されなくても放棄しなきゃいけないわよね?」
「そうだな、丸焼き子豚になんて成りたくない・・・」
((ゲシ!))
反応が早いな・・・蹴られた後頭部を押さえて笑った。
「誰が子豚よ!失礼過ぎるっ ツンツーンだ!」
振り仰いだ先に居るロゼは・・・機嫌が良い。
そりゃそうだよな、永い間いがみ合っていた姉と和解出来たのだから。
「アリエッタ少尉に感謝しないとな。
俺達の事を心配してくれてたんだから、これも心配するが故の偽装だろ?」
俺を観ず、中戦車を観ているロゼが。
「感謝するのなら無事に帰らないと。
アリエッタ姉様にはそれが何よりの感謝の証になる・・・でしょ?」
昨日までとは全く違う言葉で姉を呼んでいた。
「そうだよな、ロゼのいう通りだ」
まだ陽の昇る前、俺は姉と妹が和解する姿を観たんだ。
アリエッタ少尉とロゼの姉妹が、仲を取り戻す姿を。
生きて再び逢えた事に、ロゼの顔が緩んで観えた。
凛々しい姉の顔を観た瞬間に、妹は先に謝った。
自分が思い違いをしていたのだと。
姉が魔鋼騎乗りになった訳を知ったから・・・
「ロゼッタ、あなたは戦場に来てはいけなかったのよ。
あなたこそ家を継いでくれるとばかり思ったのに・・・」
アリエッタは妹の手を掴んでいた。
「マーキュリア家の伝統を護るのは、あなたしかいないと思ったのに・・・
どうして砲術学校へなんて入ってしまったのよ?」
姉は妹に言った。自分がどうして軍に入ったのかを。
「私は古からの伝統を護れるだけの異能力がないのは分っていたわ。
あなたにこそ備わっている筈だと思ったから・・・軍籍に身を置いたの。
そうすれば軍だってあなたにまで入れとは言えなくなる筈だったのよ?
それなのに・・・どうして?あなたまで軍隊になんて・・・」
悔やんだ様に、アリエッタが妹の顔を見詰める。
「それは・・・アリエッタが魔法を戦闘に使うと知ったから。
アタシ達のマーキュリア家には不文律があったじゃない!
お母様もアリエッタが人殺しに手を染めたらどうなるかを心配されたから。
アタシが砲術学校へ行けば思い出してくれると言われたから・・・だからっ!」
姉に言い返すロゼが握られた手を振り解こうとしたのだが。
「お母さまもあなたも。
世界を見る目が無さ過ぎたのよ、戦争になるのが解らなかったようね。
私には分かっていたの、魔法の力を国家が求めるようになるのだと。
遥か彼方の国で開発された技術が齎す世界の変動が、フェアリアにも押し寄せて来るのが。
だから、私は一家の為にも軍に入る事にしたの。
そうすることで家族を護りたかった・・・あなたを戦争に巻き込みたくなかったの」
「・・・アリエッタが?アタシ達家族の為に?!」
振り離そうとしていた手が停まる。
「それを憎むというのなら、甘んじて受けるわ。
でも、解っていて欲しいと思うから。昨日までの心とは違うの私は。
偶然拾ったこの命と心を、あなただけには知って貰いたかったの」
アリエッタがロゼを抱き寄せる。
今迄ならロゼは反抗しただろうし、拒んだだろう。
闘いを知り、人の死を知り。
そして命の尊さをも知った姉妹なら。
「本当なのね。嘘じゃないわよね?」
ロゼには解ったのだろう、姉の真意を。
抱き寄せられ、温もりを感じ・・・
「嘘じゃない代わりに。あなたへこれを返すわ!」
アリエッタは下げていた蒼い珠の付いたネックレスを外し。
「お父様に授けられた魔法石をマーキュリア家の次期当主へ。
我が家で最も優れた魔法力のあるあなたへ、これを返すから」
姉が妹へ返すと言った。
長女が次女へ捧げるという。
「でも、アリエッタ姉様が長姉じゃないの。
アタシが受け取る謂れは無いし、魔法力だって・・・」
ロゼがそれだけはと、辞退するが。
「ロゼッタ・マーキュリアに捧げる。
我がマーキュリア家の最たる魔法使いとして、受け取りなさい!」
アリエッタは微笑んでいた。
あれほどいがみ合っていたというのに。
ロゼは姉の顔に浮かんだ微笑みと、慈しむ瞳に押されて手に取った。
「アリエッタ姉様は?この石が無くなったら魔砲が撃てなくなるんじゃないの?」
魔法力の行使には触媒たる魔法の石が必要だった。
自らの力を石に因って発揮する魔法使いには、属性のある石が必要だった。
それを失うという事は、魔砲の戦車とは成れない。
アリエッタ少尉の魔鋼騎は、魔砲を撃てなくなるという事だ。
「良いの。あの戦車に載せられてあった機械が壊れちゃったから。
石を持っていてもどのみち使い物にならなかったのよ」
一瞬だけ、アリエッタ少尉が傍で聞いていた俺を観た気がしたんだが?
「この戦闘が終わって帰れたら、どこかの魔法道具屋にでも探しに行くから。
それに、直ぐ壊れちゃうくらいに脆い機械をあてになんて出来ないわ」
「じゃあ、どうしてこの石をアタシに渡したの?」
抱き寄せていたアリエッタ少尉がロゼの額に手を宛がい、
「それはね、あなたに秘められた力を頼る為。
マーキュリア家に伝わる聖なる力を、病んだ人々へ捧げる為よ」
それが本来あるべき姿なのだと。
自分には出来ない異能の技だと。
「ロゼッタの大切な人達を、闇から救えるのはこの石だけ。
喪われた魂をも救えるのは聖なる者の証。
戦いに敗れ死に至らしめられた魂をも救う、戦女神の石だけ。
その石の力を引き出せるのはロゼッタ・マーキュリアだけなのよ」
「お姉様・・・・」
額に当てられた手が温かい。
かけられた願いが魔法となってアリエッタから注がれる。
まるで眠り姫を呼び起こすように、閉ざされていた魔法の扉を開く様に。
「これからあなたが戦女神の継承者。
邪なる悪魔を祓い、人々を導く者となりなさい、ロゼッタ」
アリエッタから授けられた魔法のネックレス。
姉に因り首に掛けられた蒼き珠。
ロゼの胸元で輝き始めた魔法の石に、陰りは微塵も無かった。
「アリエッタ姉様、アタシ…ずっと誤解していました。
姉様の事を憎んで、恨んで・・・ごめんなさいっ!
謝る事しか出来ないけど、馬鹿な妹を赦して!」
姉妹が再び抱擁する姿を観て、俺はこう在るべきだと思った。
仲違する姉妹に、やっと訪れた瞬間に。
もしかしたら出来なかったかもしれない和解の時を観て。
「ロゼも人の子だったってことか・・・」
数時間前、姉と妹は涙を交わし合った。
「なによ、アタシが化け物だって言うの?」
ツーンとした横顔を見せるロゼに、
「まぁ、化け物かどうかは措いといて。
間も無く作戦が始まるからな、準備は良いのか?」
操縦席から訊いた。
「ばっちりよ!いつでもかかって来なさい!」
親指を立てて教えて来た。
操縦席にも枯草を押し詰められて、枯草のお化け状態の砲戦車。
こんな状態で何をさせられるのかというと。
「夜が明けるまでが勝負だからな。
明けちまったら唯の枯葉だってバレちまうからな!」
まだ夜が明け放たれてない間が作戦のポイントだと分っていたからこそ。
「でもぉ、よくもまぁこんな作戦を思いついたわねぇ軍曹は!」
「まぁなぁ、敵も定めし怒るだろうなぁ・・・」
後5分で作戦が始まる。
準備は完全に整えられた・・・だろう。
「よぉーい・・・・」
操縦席の前方スリットを睨みつける。
「てぇ! 作戦スタートォ!」
ロゼが大手を振って俺に命じやがった。
「枯草お化け作戦発動!」
・・・なんだよ、その情けない作戦名は?!
闇の中で仕事をしております。
どこかから集めてきた枯れ草を山のように積み上げて。
ロゼ「アリエッタ姉様?!なんだか楽しそうですけど?」
アリエッタ「ふんふんフーン♪楽しいよー!」
ルビ「あのですねぇ少尉。俺達の車両に恨みでも?」
さて。アリエッタは何をしているのでしょうか?
答えは・・・明日!
次回 偽装?!擬態?!
君の作戦は・・・図に当るのか?!いや、図に乗った?




