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魔鋼猟兵ルビナス  作者: さば・ノーブ
第1章 月夜(ルナティックナイト)に吠えるは紅き瞳(ルビーアイ)
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戦車猟兵

挿絵(By みてみん)


ロゼとルビ


2人はどうして闘うのか?なぜ2人は出逢う事になったのか?!

見放された。

敵からも味方からも。


国境から自国領に入って30キロ。

開戦から僅かに3週間で戦線は後退した。

各地で防衛線が破られ、敵軍の侵入を許してしまった。


背後に山が迫ったこんな辺鄙な村外れでさえも戦場となってしまった。


戦場で孤立した小隊員達は、それでも闘いを辞めようとはしない。

生き残った少年達は諦めてはいなかった。


生き残る事に・・・


地獄の戦場の中でさえも・・・



敵味方が入り混じって白兵戦を交わした後。

そこに在るのは、生者と死者。


鉄の臭いを孕んだ風が、荒涼たる山間やまあいに流れている。

そこで何が起きたかを知らせるかのように・・・



生き残った少年たちの間に、束の間の休息が訪れていた。

あれ程唸っていた銃砲の音が止み、あれだけ響き渡っていた叫びが消えて。


死にのたうっていた苦悶の声が、その者の死を以て掻き消された。

救護も行き届かない者達は、その場で死に絶えていく。


銃弾に倒れ刃に罹った者は、仲間達が逝った後を追う事になる。


生存した者の中には、まだ戦場に出て間のない新兵も居た。

未だ自分が生き残った事も判らずに、小銃を握ったまま周りを観る余裕もなく。

唯、血走った眼を仲間に向けて震えるだけの少年兵。


脇に転がる亡骸を観ることを懼れ、いつ自分もそうなるのかと惧れ怯えて。



古参の兵達つわものたちは、そんな新兵に声を掛けた。

少しでも戦力になる様にと。

少しでも闘いに使えるように。それは自分を護る為でもあったのだから。




たった数十分前までは、生意気な口を叩いていた者達の怯える姿を観ていた。


浅い塹壕に座り込んで、昨日までとは全くの別の物体ものと化した仲間を観て。

軍帽を被り直した少年兵が、ため息を吐く。


ーホンの少しだけ。

 僅かな違いで生き残った・・・運が良かったのか?



闘いに慣れた者は、生き残ったのが運が善いとは感じられずにいた。

仲間の屍を見詰めさせられ。

敵の残骸を睨みつけて。


戦争に駆り出され、理由も判らず闘う羽目になった少年兵に紅い瞳を向けた。


ー こいつ等とは違うんだ。

  俺はこんな所で死ぬ訳にはいかないんだ・・・


軍帽の端から茶髪が零れ出る。

生き残れた少年達の中で、自分だけは違うのだと考えて。


ー 俺は・・・赦せない。

  俺をこんな闘いに引きずり込んだ奴等を。

  地獄に堕ちても恨みは晴らしてやるんだ!


少年は敵陣の方角に向けて、誓いを新たに心で叫んだ。


死者と生者の狭間・・・地獄の戦場。


その只中で・・・・






「おい・・・生きてるかルビ?」


冗談ではない。

声を掛けられても答える気になれなくなる。


「大隊長以下第1中隊は壊滅だってよ?」


山の稜線を守備していた8両もの砲戦車は悉く撃破された。

乗り込んでいた部隊員達を含めて、生き残った者は皆無だと知らされた。

戦車隊に随伴していた戦車猟兵の全員が・・・


「歩兵部隊も伴ってやがったんだなぁ・・・」


ホンの1キロ先で起きた激闘の末に、味方の第1中隊は全員死んだという。

俺達が護っている丘のすぐ傍で、血に飢えた死神が通り過ぎたようだ。


同じ釜の飯を食った、味方中隊の先鋒は敵の侵攻を喰い止めて全滅した・・・

そして、奴等は矛先を俺達の方にも向けて来やがったんだ。


つい、3時間前に。


「俺達は運が善いよな、敵が第1中隊に攻撃を集中してくれて、なぁルビ?」


俺に訊かれたって答えようがないじゃないか。

側面を共同で護っていた俺達の中隊、第1小隊にも惨劇が訪れた。

兵力の減っていた戦車猟兵大隊の2個中隊の内、俺達以外の1個中隊が壊滅に追い込まれた。

運が良かったのか・・・多分そうなのだろう。

俺達に襲い掛からず、敵は横の丘を目指しただけじゃないか?


だから俺は思ったんだ。


ー 運が善いだって?どこがだよ?


「だってよぉ、いきなり砲撃されてたら反撃も出来なかったろうしさ。

 奴等の戦車に照準を併せる事が出来たんだから・・・運が善いよなルビ?」


だからって。

俺達だけが残されちまったんだぞ?

・・・それに俺の名はルビナス(ラテン語で狼の意)だ。


「運が善いって言えるのは、この戦場から生きて帰れてからだぜ?」


言ってやった。

呑気に構える馬鹿な野郎に。

同じ小隊員になった、同じ一等兵の少年兵に。


戦場で呑気に構えられるのは、こいつが戦場に慣れていないからだ。

まだ死というモノに馴染んでいないから、そんな軽口を利けるんだ。


「もう直ぐ敵の第2波が襲ってくるかもしれないんだぜ?」


忠告の意を含めて、同年兵に言ってやった。

俺はお前とは違うんだ・・・その意味を含めて。


「敵が攻撃して来るかもしれない?馬鹿な事を言うなよ。

 さっきの闘いで撃退したじゃないか。敵も直ぐには攻めて来られやしないさ!」


闘いに慣れていない者は、手前勝手な判断をしたがる。

この少年兵もその一人だろう。


俺はこう思った・・・


「確かに運が良かったんだな、お前にとっては。

 僅かでも生きていられたんだからな・・・」


俺の紅い瞳の端に、丘の稜線で何かが光ったのが写り込んだんだ。

その光が何を意味しているのかを考える前に、習性として身体を隠れさせた。


(( ビシッ ))


狙撃音が頭上を掠め去る。


狙われた不幸な、いいや。不慣れで不運な兵に弾が突き当たった。


(( バシャッ! ))


紅い霧が頭上から降って来る。

瓜が弾けるように頭部を喪った少年兵からだ。


・・・ドサッ・・・


今の今迄、立ち話を交わしていた同年兵が崩れ落ちる。

血だまりを造りながら。


浅い塹壕に臥せた俺の前で、少年兵は亡き数に入った。


狙撃兵スナイパーか・・・確かに運が善いよ」


俺は撃たれちまった仲間に言った訳じゃない。

小銃弾に射抜かれた奴を嘲た訳じゃない。


俺自身が・・・運が良いと言ったまでだ。


輝を伴った射撃が、もし<砲弾>であったなら。


「俺は運が良いんだ、もし砲弾だったなら間違いなく死んでた筈だ」


仲間が銃弾で死んだ。

目の前で・・・だが。


「いつかは死んじまうだろうけどさ。

 それまでにやっておかなきゃならない事があるんだよ俺には!」


伏せたまま、立てかけてある擲弾銃を掴んで叫んだ。


狙撃手が潜んでいるであろう丘のくぼみ目掛け、対人擲弾を筒先に装着する。


「俺はこんな所でくたばる訳にはいかねぇんだよ?!」


這い蹲って、ルビナス一等兵は吠える。


紅い瞳を銃眼に添えて、狙撃手が潜んでいる丘目掛けトリガーを引いた。


((  ボンッ  ))


小銃弾とは違う重い射撃音を残して、擲弾が筒先から飛んで行く。

放物線を描き、対人榴弾が50メートル先の窪地へと飛んだ。


「奴には当たらないが、味方も敵兵の存在を知るだろう。

 もう狙撃なんて出来はしない・・・自分が狙われるのだから」


古参じゃないが、俺も修羅場を潜り抜けて来たんだ。

死神を追いやって生き残って来た、今迄は。


「だから、これからも生き残る。

 望みを果す迄は、死にたくないからな・・・」


戦場で誰しもが思うのは、自分だけは生きて帰れると信じる事。


「それに、俺には女神が付いているんだ。

 死神を追いやる戦女神いくさめがみが、ロゼが居るんだからな」


這い蹲ったまま、俺は遮蔽物に艤装された砲を見返した。

今迄鳴りを潜めて隠されていた砲が、僅かに砲身を擡げるのが見える。


「俺の弾で気が付いたんだな。

 いいぜロゼ、お前なら一発で当てられるだろう?」


俺の声が聞こえたのか、それとも榴弾が着弾した先を観ていたのか。


短い砲身から射撃煙が揚がった。


(( ドムッ ))


75ミリ24口径の砲身から、榴弾が放たれた。


俺が仕損じた敵を駆逐する為に。


ロゼが撃った弾は擲弾などとは段違いの威力で炸裂した。


爆焔と黒煙が棚引く。

狙われた狙撃手がどうなったのかは知らないが、無事で済む訳も無さそうだった。


隠蔽されている砲の脇から、茶髪のロゼが顔を覗かせて、俺を手招きした。

その顔を観た俺は直ぐに起き上がると、本来の持ち場へと駈け参じる。


「ルビ!早くっ、弾込めをお願い!」


甲高い声で俺を呼ぶロゼ。


「敵の軽戦車が向かって来てるの!」


少し高くなった場所で観測している者からの報告か。

ロゼが応戦する為に呼んだのだと判る。


「ロゼ!徹甲弾は足りるのかよ?!」


俺は持ち場である対戦車自走砲まで駆け込みながら訊いた。


「判らない!けど、やるしかないの!」


黒い瞳孔に蒼さを滲ませる瞳で、ロゼが砲手席に陣取った。


「だって、生きて帰りたいでしょ?」


茶に赤みの差した髪が戦闘帽から零れだしている。

女であることを俺達に隠さなくなったロゼの声が俺に言い切った。


「ああ、まだ死ぬのは嫌だからな」


嘯く俺に、振り返るロゼ。

瞳に蒼い光が灯り始めている。

闘いに備えた彼女の心を表す様に。


俺から瞳を逸らしたロゼが、後方に居る小隊長に向けて訊ねた。


「さっきの砲撃でこちらの居場所がバレたかもしれません。

 敵に撃たれる前に、砲撃を始めます!

 敵はBT-7軽戦車小隊3両!」


ロゼの声に促された俺は、スグサマ砲配置に就く。

砲尾の右砲弾ラックから75ミリ砲弾を掴み出して信管を切った。


「3両か。残りの徹甲弾は5発・・・何とかなるな」


呟いた声を無視して、ロゼは仰角ハンドルを調整しだした。


「ブツブツ言ってないで!敵は固まって進んで来るわ。

 逃げられる前に葬らないと散開されたら手の打ちようがなくなるわ!」


砲盾から突き出た照準器に目を充て、目標を捉えようと旋回範囲一杯まで操作していたロゼが。


「駄目だわ!この位置からでは捉えきれない。

 砲座を左舷に動かさないと!」


俺に振り返ったロゼの謂わんとした事が一瞬で解る。


「よし、直ちに車体を動かす!

 ロゼはこのまま照準を執り続けるんだ!」


操縦手席に潜り込み、俺はイグニッションを思いっきり引いた。


(( バスッ バスンッ ))


軽い排気音を出してエンジンが始動する。

一発でかかった事に感謝する暇もなく、ギアを後進にして左転輪だけをバックさせた。


幅の狭いキャタピラが悲鳴にも似た軋み音をだして左側に振られていく。


「ロゼっ、まだか?!」


照準点を行き過ぎては意味がない。

俺の叫びに応える砲手のロゼが、


「停止っ、3両共捉えた!撃つわっ、装填手に戻って!」


短砲身75ミリ砲を搭載する俄か造りの車体。

味方に有効な対戦車装備がない現状では、こいつもいっぱしの駆逐戦車扱いだ。


軽戦車の砲塔を引っこ抜き、そこに野砲を載せただけの急ごしらえの車体。

俺と相棒のロゼが駆るこいつは、既に数回の戦車戦を戦ってきた仲間だ。


相手が重装甲でなければ、こいつの短い砲でもなんとか戦える。

今迫るのはBT-7、ロッソアの軽戦車だ。

榴弾であってもダメージは入れられる。

しかし今みたいに複数両が相手なら、ダメージを入れるだけの榴弾では駄目だ。

確実に一撃づつで仕留めなければ、生き残った砲で撃たれてしまう。

3両がこちらに砲撃して来るまでに叩き潰さなければいけないんだ。

俺達が生き残る為には・・・



隠蔽が功を奏しているのか。

奴等からは観えていないのか?


3両はそれぞれ違う方向に砲身を向けて進んで来る。


ロゼは確実に仕留める為に照準を絞っている。

多分、最初の一発で先頭の一両目を撃ち、命中を確認せずに残り2両にも撃つつもりだろう。


神業に近いと思えるが、俺には不思議でも何でもない。

なぜなら、砲手の腕を知っているから。

俺の相棒ロゼの射撃術を解っているからだ。


粗末で小さい車体。短い砲身。オープントップの砲座。

どこをとってもまともな戦車戦は出来よう筈も無い。


「だけど、俺達は戦車猟兵なんだ。

 敵に戦車が居るのなら、どんな手を使ってでも撃破しなきゃならない。

 それが俺達戦車猟兵の務め、それが俺達ハンターの存在理由」


ロゼの足がトリガーにかけられる。


「撃て!ロゼッタ!奴等を地獄へ送ってやれ!」


俺の叫びと砲撃音が重なり合った・・・

ルビナスは家族を喪う事になった・・・

彼の恨みは深く悲しい。


彼が誓うのは復讐・・・家族を殺した者への復讐・・・


戦場は君の心まで殺すのか?!

君を生き残らせた運命は、誰に逢わせようとしているのか?!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 重厚でゆっくり読むのに適していて、読みやすいです。一エピソードが長めの分描写などが充実しており、映像がありありと伝わってきます。映像として、そして小説として楽しめる、小説らしさを感じられて…
2021/08/13 00:14 退会済み
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