霧中<むちゅう>
ルビ・・・
彼の名は狼を意味する。
ルビナス・・・
彼の名には隠された秘密があった・・・
鋼鉄の嵐が吹き荒れる。
鋼の弾があられの如く飛び来る。
ここは地の底か、はたまた地獄なのか・・・
地に這い蹲って砲撃を避けた。
身を縮めて嵐が止むのを待った。
敵の支援砲撃が止む時、再びこの地は地獄となる。
喚声が沸き起こった。
そこ彼処で。
それを合図に敵味方入り交えての白兵戦が始った。
銃を撃つ者、銃先に剣を番える者。
敵も味方も目の前に居る敵目掛けて突進した。
夜が完全に明け放たれる前、ロッソア軍は攻勢に出た。
昨日の失敗に懲りたのか、夜襲に因り俺達の眠りを妨げてから襲い掛かって来た。
不意打ちの夜襲を喰らった仲間達は、司令部要員達と同じく陣地を放棄した。
残されたのは夜襲を知らなかった者達のみ。
殆どが前方の陣地に居た者達ばかりだった。
そう・・・味方の支援がある者とばかり思い込んでいた、最前列の陣地に配置された者達だ。
味方の支援砲撃が飛んでこないと知ったロッソア軍は、戦車よりも歩兵を先に立てて突っ込んで来た。
昨日の失敗を学んだのか、戦車を歩兵の支援に充てたようだ。
丘陵地帯を攻略するには、合理的判断だろう。
稜線を歩兵で奪い、敵の砲撃から戦車を温存するのは、正しい判断ともいえる。
敵もやはり、歩兵を使い捨ての道具にしか考えていない証拠でもあるのだが。
「「ウラー! ウラァー!」」
ロッソアの兵隊たちが丘を越えて射程内に入って来た。
「味方の迫撃砲陣地が射撃を開始したわ!」
ロゼが座席に降り積もった砂を払い除けて教えて来る。
「まだ、敵の戦車隊は現れないか?」
稜線からは歩兵の姿しか現れて来ない。
なんとか敵の砲撃からも破壊されずに済んでいた砲戦車に戻り、俺達は射撃準備に掛っていた。
「残された弾は徹甲弾だけだぞ。しかも残り5発しかない!」
装填手配置で俺が叫ぶと、ロゼは頷いて。
「5発を撃ち終えたら・・・どうしよう?」
決まり切った事をロゼが訊いて来た。
「俺と一緒に奴等から離れるんだ、軍曹にもそう言われたじゃないか」
敵の攻撃が判った時、小隊長のハスボック軍曹から言われていたんだ。
俺達の車両が使えなかったら、何も考えずに後方へさがれと。
俺はその時の為に、猟兵銃(=穿甲小銃)を2丁載せていた。
勿論、俺とロゼが使う為にだ。
「もう駄目だと俺が判断したら・・・ロゼ。
二人だけでも後方の味方まで逃げるぞ、いいな?!」
促されたロゼはびっくりしたように俺を視てから、指輪を着けた手を胸に添え。
「うん、ルビがそう言うのなら・・・任せるから」
何時になく大人しい声でロゼが答えて来た。
俺が貸した指輪に何かを願うのか、大事そうに胸に押し当てている。
その横顔は、妹が最期の日に見せた横顔と瓜二つに観えた。
敵が稜線を越えて来るのが何時なのか。
味方の支援は期待出来ないのか?
俺はロゼから眼を放し、味方後方に巻き上がった砂煙に気付いた。
砂煙の下に豆粒位に観える物が・・・
ー あれは。確かアリエッタ少尉の・・・
前に一度知った車両が、こちらへ向けて全速で走って来るのが観える。
「なぁ、ロゼ・・・」
「ねぇ、ルビ・・・」
俺達はお互い同時に話しかけた。
「あ、なんだよ?」
「なによ?」
目が合うと、言葉に詰まってしまった。
俺はロゼに何を訊こうとしていたんだろ?
ロゼは俺に何を言いたかったのだろう?
「いや、俺は後で良い。ロゼこそ何を俺に言いたかったんだよ?」
促した俺を視るロゼの瞳は、魔砲でも使っているのか蒼く輝いて観える。
「あ、あの・・・さ。大したことじゃないのよ。
大したことじゃ・・・ないから・・・その・・・」
急に言い難そうに俯いたロゼ・・・の、左舷装甲板の上に観えていた丘に。
「危ない!ロゼっ、屈めッ!」
咄嗟に俺は砲手席に飛びかかる。
「えっ?!なに?」
逆に俺を観ようと顔を挙げやがった!
「馬鹿ッ!」
飛び掛かった俺にロゼが慌てる。
(( ガンッ! ))
側面の装甲は、小銃弾を防ぐだけの厚さも無かった。
それを身を以って知る事になった。
何かが俺の頭をぶん殴りやがった。
ロゼの奴が飛びかかった俺を殴ったのかと思ったが。
「痛たぁ・・・ルビ?
ルビ?!・・・ちょっと!なに人の身体に乗っかってるの・・・よ?!」
ロゼの声が聞こえる。
良かった、無事のようだ・・・俺は頭の片隅でそう思ったんだ。
遠退く意識の中で。
頭が重く、意識が喪われていく中で・・・・
「ルッ、ルビ?!どこかやられたの?ねぇッ、ちょっと?!」
もう目が開けていられない・・・俺はこれで死んじまうのか?
「ルビ?!あ・・・あああっ?!嫌ッ嫌よっ!嘘でしょ?!」
ロゼが左砲塔側面に開いた小さな穴に気が付いた。
俺が弾に当たったんだと思い込んだようだ。
「すまんなロゼ、少し・・・眠らせてくれ」
頭を掠めたんだと思う、実際に当たったのなら即死だったろう。
爆風や衝撃波で意識を奪われ脳震盪になるのは、よくある事だ。
まぁ、それが理由で死ぬ奴も居るけどな。
耳にロゼの声が入っていたのも、やがて聞こえなくなった。
気絶する時ロゼが叫んだ声が、俺を三途の川から退き返らせた。
「ルビ!しっかりしてよルビナス!
こんな所で勝手にくたばっちゃ駄目なんだからっ!
君の復讐は誰が果たすというの?君を喪っちゃったら誰を憎めばいいのよ?!」
ー ロゼ・・・お前まで復讐に手を染めなくて良いんだぜ?
気を失う瞬間、俺は相棒の声に心を残した。
霞んだ意識が観ているのは、どこかの霧の中。
そこは俺が観た事のある特別の場所でもあった・・・
「俺はとうとうここに来ちまった・・・親爺、母さん・・・ノエル」
俺の家に伝わる、禁断の聖地。
フェアリアの森の中。
俺達の祖先が眠る、<月夜の騎士>一族が眠る墓地。
霧に包まれたそこで眠るのは、俺の祖先であり神代から引き継がれた異能の魂達。
「ここに来るって事は。俺もとうとう死んじまったのか?」
違うと分っている。死んだ筈じゃないことくらい。
「なぜ俺をここに呼んだ?誰が俺を死に場所に連れて来た?」
霧の中に墓所が観えて来た。
いや、観えて来たというのは間違いだ。
俺の魂が近寄らされている、誰かに呼びつけられているんだ。
「爺さんか?親爺たちなのか?」
墓所の影に誰かが立っているのが判る。
「ルビナス・・・ルビ・・・」
ロゼの声が俺を呼んだ。
ロゼと同じ姿の少女が立っていた。
「ノエル・・・お前が俺を呼んだのか?」
妹だと思って訊いたが、少女は首を振った。
では、誰だというのか?
「私はこの墓所の番人、我が一族の守護神に託されし者。
ルビナス、あなたを呼んだのは穢されし者を救わんが為」
ノエルの声で、ソイツが言いやがるんだ。
「最早お前にしか頼る事が出来ぬ。
お前に与えられた魔砲でしか、救い出せぬのだ」
誰を?
俺が訊き返そうとしたんだが、全く声が出せなくなっていた。
「墓所にお前の家族は来ておらぬ。未だどこかを彷徨っておるようだ。
お前は親兄妹を救わねばならん。
彷徨える魂をここに連れて来なければならない・・・」
どうやって?いや、その前にノエル達の魂はどうなったと言うんだ?
「よいかルビナス。我が一族の異能をそなたにも授けよう。
月夜の騎士として目覚め、一族の元へ3人の魂を連れて来るのだ」
答えろよ!ノエル達がどうなったと言うんだ?ロッソア軍に殺されたんだろ?
「魂の帰還が叶わねば、3人の魂が此処に戻らねば。
やがて悪魔に因って滅びに使われるだろう・・・永劫に苦しみ抜く事になるだろう」
親爺や母さん、それにノエルが?
何故だ?どうして死んだ者にまで苦しみが与えられなきゃならない?
「よいか我が子孫にして魔砲の騎士よ。
3人の魂を救い出し、清浄なる者へ戻すのだ・・・この墓所に連れて来るのだ」
だから!どうやって魂を救えば良いんだよ?!
俺に何をさせようとしているんだよ?!
「大神の名を授けられし者よ。
お前は仲間達の元へ戻り、闘うのだ。
呪われし者達を打ち破り、我が一族の元へ帰って来るのだ」
少女の姿が霧と中へと消えて行く。
墓所もだんだん離れ、俺の意識がどこかへと退いて行った。
「待てよ!ノエル達の魂がどこに居ると言うんだ?
俺に魔砲を授けるだって?
どんな力なんだ?その力で救い出せるのか?」
俺は消えて行った少女へ向けて叫んでいた。
妹の影に叫んでいたんだ。
喪われた家族がどこに居るのかと・・・どこに居てどうなってしまったのかと。
そして、俺はこれからどうすべきなのかと。
<ノエル>が、俺を揺さぶっている・・・
「君が死んじゃったら、アタシは誰を恨めば良いのよ?
こんな所で勝手に死んじゃうなんて、絶対許さないんだから!」
また・・・勝手に思い込んでいやがるな・・・
蒼い目を涙で曇らせた<ロゼ>が観えた。
なんだか長い間寝ていた気がする。
「ああ、ロゼ。・・・久しぶりだなぁ」
そう言うのが当たり前に思えたんだ。
気が付いた俺を観て、ロゼが眼を見開くと。
「な、なによ!人の気も知らないで。勝手にくたばっちまえ!」
ツンとそっぽを向いて俺を放り出しやがる。
「しっかりしてよね!まだ終わっちゃいないんだからッ」
ツン状態になって、俺を突き放したロゼだったが。
「良かった、ホント・・・」
陰で呟いた声が、鼓膜に優しく届いた。
俺に聞こえていないとでも思っているんだろうか?しっかり届いてるぜ?
まぁ、ロゼの事だ。聞き咎めでもしようものなら、ツンツン状態になるだけだろう。
「ロゼ?!奴等は何処まで来てる?それとも退いたのか?」
僅かな間だったのだろう、俺の意識が彼方へ飛ばされていたのは。
「敵戦車はどうなった?まだ現れていないのか?」
続いて訊いた俺に、ロゼは砲手席に戻るとレンズ越しに観測を始めた。
「丘の向こう側には中隊規模の敵戦力が控えているわ。
それに加えてBT-7や、T-28なんかも・・・準備しているんじゃないかな?」
いよいよ丘を越えて攻め寄せる気か?
「俺達の小隊はどうなった?」
11名居た軍曹以下に、被害があったのかと訊くと。
ロゼは首を振ってから俺と自分を交互に差し。
「ここに留まってるのはアタシ達だけ。
軍曹達は徒歩で陣地を変えたわ。アタシ達の姿が見えなくなったらしいから・・・」
俺達が車内に倒れ込んだから・・・死んだと思われたのか?
いや、違うな。
軍曹の事だから、俺達に任せたんだろう。
この砲戦車で闘うと信じているのだろう、軍曹達には出来ない戦い方をするのだと。
「それに・・・あの戦車が助けに来てくれたから」
顔を背けてロゼが話す。
ロゼに言われて思い出した。気絶させられる前に話そうと思っていた事を。
「アリエッタ少尉か。また・・・助けられたんだな?」
頷くロゼが、悔しそうに呟く。
「どうして?どうしてなのよ。またアタシ達の前に現れたなんて」
救援に来てくれたアリエッタに、ロゼが反発する。
「アリエッタ少尉はロゼを助けに来たんだろ?
魔鋼騎士の姉さんは、ロゼを助けに来てくれたんだろ?」
俺は少尉がどうして最前線に来たのかを考える。
「魔砲の戦車で、妹を救いに来てくれた・・・そう考えたらどうなんだ?」
「違うわ!あの人にそんな優しい心がある筈が無いモノ!
アリエッタは魔法を闘いに使うのよ!魔砲で死を振り撒く魔女に成っちゃったんだから!」
俺の勧めを見事に撥ねつけ、ロゼは憎らし気に戦車を睨む。
「魔女はいつかは誰かに滅ぼされるの・・・きっと、いつの日にか」
不意にロゼが俺の顔を見詰めた。
その眼には魔砲力を宿した蒼き輝きが妖しく燈って観えた。
「ロゼ、それはこの戦場から生きて帰れたら姉さんに言ったらいい。
姉妹で話し合えば良いじゃないか、二人共生きて帰れたら・・・」
俺は装填手席から丘の上に現れたBT-7に気付く。
この時とばかりに残しておいた徹甲弾を掴み出して。
「ルビ?!・・・・来たのね!」
俺の動作に気付いた相棒が、照準器に取り付くと。
「いよいよ、ルビの指輪を試す時が来たわ。
魔鋼機械が着いていなくても・・・魔法力で当てられるのかが試されるの!」
ロゼが俺から借りたノエルの指輪に願いを託す。
「そうか!この時の為に、填めたんだな?」
俺が訊くと、躊躇いも無く頷いて。
「妹さんに与えられた魔法のリング。
この石が持つ力と、アタシの力で・・・放ってみるの!」
徹甲弾を込めた俺へ、相棒がトリガーに足を掛けて言い切った。
「ようし!ロゼ。奴等に一発喰らわせてやれ!」
距離にして500メートル程か。
この距離から低初速の75ミリ砲弾を当てられるのか。
魔法の力を身に纏い、今、ロゼという魔鋼の少女が撃つ。
「いくわよ!フォイア!!」
ロゼの右足がトリガーを踏み込んだ・・・
ルビナス(狼)は月夜に吼える。
彼の先祖が教えるのは、秘められた力なのか。
それならば、どんな力があるのだろう?
次回 クロスファイア
君は彼女を護らねばならない・・・