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魔鋼猟兵ルビナス  作者: さば・ノーブ
第1章 月夜(ルナティックナイト)に吠えるは紅き瞳(ルビーアイ)
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ロゼの求め

軍曹は俺に言うんだ。

「生き恥を晒しても生きて帰れ」・・・と

味方戦車隊は18両で構成されていた。

師団に差し向けられた機甲戦力の、約半数もの戦力だ。


その内、まともな砲撃力を有している中戦車は9両でしかなかったのだが。




「どうしますか小隊長?彼等と共に引き上げるのが得策だと思いますが?」


ハスボック軍曹に、仲間が伺いを立てる。


「それも尤もだがな。今儂達だけで退き下がる訳にはいかんのじゃよ」


軍曹がそう言ったのには訳がある。


「まだ生き残った者がおるかも知れん。

 他所の小隊員が此処まで来るのを、今しばらく待たねばなるまい」


軍曹は生き残った他の小隊員が辿り着く迄、ここに立ち止まると言い切った。


「本当なら死傷者も助けたいが、そうもいくまい。

 味方の戦車隊がこれ以上先に進まんと言うのなら、あの連中もここに来るじゃろう」


軍曹が双眼鏡で丘を見ながら、後退の一時停止を命じた訳を話す。


「そうですね、置き去りにはしたくはありませんね」


ロゼも尤もだと頷いて俺を指し、


「ルビ、あなたは此処に居るのよ。

 また伝令に行くなんて言わないでよね?」


「それはこっちから願い下げだし、砲戦車を運転しているんだぜ?」


俺があっさり断るのを見たロゼが、一瞬だけ微笑む気がした。


「うむ、あそこからここまで辿り着ける者が残っておれば良いのじゃがのぅ」


双眼鏡を構え続ける小隊長が、気難しい顔で呟いていた。





戦車猟兵大隊で残った車両はこの一両だけ。

頼りの砲に番える事が出来る弾も僅かだけ。


もう組織だった防衛戦も行えない。

もはや敗残の兵としか思えない人数・・・



「車長、確か我々は戦車猟兵大隊の支援を命じられていたのでは?」


装填手が少尉を見上げて訊いた。


「そうよ」


キューポラのレンズを通して観測する車長が答える。


「見廻した所、10名ほどしか居ませんが?」


「まだ丘に居残っているのでしょうか?」


操縦手と無線手が交々訊くと。


「伝令が辿り着いているのなら、中隊ごとに撤退してるでしょう?」


ずっとレンズから眼を離さない車長で少尉のアリエッタが言った。


「そ、それでは?彼等しか撤退してこない訳は?」


砲手が砲塔を旋回させ照準器で丘の上を観測する。


「彼等が大隊の生き残り。

 そう、あの10名足らずが大隊200名の。最後の生き残り・・・よ」


アリエッタ少尉の声が車内で木魂する。

信じられない結末を教えられて、4人の搭乗員達は耳と目を疑うのだった。








「もう・・・これまでだな・・・撤退しよう」


小隊長の声に、諦めが支配する。


「師団本隊に合流する・・・戦車隊に続け!後退っはじめ!」


軍曹は最期の瞬間まで、味方陣地が布かれていた丘を観ていた。

誰かが助けを求めていないかと。


生き残った俺達も、僅かに残された希望を諦めた。

誰も帰って来なかった陣地から眼を逸らし。


両軍の先鋒がぶつかり合った結末は、俺達の敗北で決着がついた。

前線虚しく散った友を置き去りにして、負傷者が居るかも知れない陣地を放棄して。


「俺はハスボック軍曹の指揮に従います」


ギアを後進に居れ、生き残らせてくれた小隊長の指揮に感謝の意を表した。


「儂は何もしとらんぞ?唯、当たり前の事をしたまでだ。

 あの場に居れば誰だってこうしただろうさ、若いの?」


双眼鏡で観測を続けて、軍曹が答える。


「それになぁ、感謝されてもこの後どうなるかも分からんのだ。

 師団に戻ったとして、儂等に与えられる命令は同じことの繰り返しじゃろう」


小隊長ハスボック軍曹の謂わんとしている事は、

俺達は前線から退く事が赦される訳が無い・・・つまりは。


「大隊が壊滅した事を観方に知られるのは、師団司令部が赦さんだろうって事じゃ。

 おおかた、師団に帰る前に停められて死に場所を与えられちまうだろうな」


先鋒に出していた大隊が壊滅したのも師団司令部の判断の甘さが理由。

そして救援部隊を送出すタイミングも悪かった。


全てが後付けの戦術だった。

負けるべくして負けたともいえる。

敵が大部隊であるのを知っていながら、手を拱いていたのなら。


「俺達に戻って死ねと命じる気ですかね?」


折角生きて帰れるかと思っている敗残兵に、死んで来いと命じるのかと。


「あの連中なら、そう命じるかもしれん。

 じゃがのぅ、儂は命じられたとしても死ぬ気にはなれんのじゃ。

 生き恥を晒しても生き残る、そして部下達や仲間の為にも勝つつもりじゃよ」


俺は驚きと感嘆を覚えた。

この年嵩の軍曹は、こんな無慈悲な戦闘の中でも生き残ると誓うのだ。

決して諦めず闘うと言ったのだ。


「ハスボック軍曹?!どうやって生き残るつもりなのですか?」


ロゼが軍曹に訊ねる。俺も答えが知りたかった、その方法を。


「簡単な事じゃよ。

 儂等の人数を考えてみい、敵からすれば物の数じゃないじゃろう?

 分隊ほどしか居ない人数なら、どさくさに紛れて逃げても判らんじゃろ?」


どさくさ?

軍曹は逃げると言ったのだ、敵を前にしてどうやって逃げられると言うんだ?


「戦車隊同志が撃ち合えば、歩兵の出る幕はあるまい。

 戦車が退けば、歩兵同士が撃ち合う。

 儂等は先鋒に出されるじゃろう、つまりは戦車戦の只中に放り込まれるんじゃ。

 そこが狙い眼なんじゃよ。

 最前線に出ている戦車隊が後退するのなら、便乗させて貰うんじゃよ。

 儂等は戦車を狩る者であり護る者でもある。

 戦車猟兵としての任務を全うして戦車を護りながら一緒に後退するんじゃ。

 誰も文句は言えんじゃろ?師団命令だって猟兵の本分を覆す訳にはいくまいて」


ハスボック軍曹は、一気に持論を展開して俺達をけむに巻いた。


「はぁ?そう巧く事が運びますかね?」


俺は流石に納得しかねるのだが。


「そうですよね、理不尽過ぎる命令に、素直に従う謂れは無いでしょうし」


ロゼは何とか希望を取り戻そうと、軍曹の言葉に縋っているようだ。


「まぁ、最期のとっておきの戦術もあるからな。そん時は、儂に任せておけ」


やや小太りの軍曹が、益々古狸に思えて来る。

秘術とは、如何なる手なのか・・・


俺はこの古参軍曹が生き残って来たすべに賭けるしかないのだろうか?







「ねぇルビ。後で話があるの、つき合いなさいよ?!」


「今じゃ駄目なのか?」


もう直ぐ戦車隊に追いつく距離まで来た時、急にロゼが話して来た。


「ま、まぁその。ちょっとね」


言い辛い事なのか?

無理に訊いてもしょうがないから、俺は頷いて返した。


徒歩で後退していた仲間は、ここで一端小休止となった。

俺達の乗る砲戦車を窪みに停車させた俺とロゼ、それにハスボック軍曹が車体から降りる。


「儂は銃砲弾の補給を申請しに行って来るから、ここで待っちょるんじゃぞ?」


砲弾が不足している事を戦車隊に知らせ、無線で司令部に連絡をして貰う為に軍曹が指揮官車に歩み寄って行く。


丘の陣地から後退し、師団本隊が布陣している丘陵地までは500メートルも無い。

そこ彼処かしこに機銃陣地が造られ、配員された兵士達が俺達を見ている。

泥と血に塗れた敗残兵の姿に、彼等は何を想うのだろう?


「ちょうど良いわ。ここで話すからねルビ」


さっき言い難そうに話しかけて来たロゼが、改まった口調で俺へ言う。


「なんだよロゼ、話しって?」


俺とロゼは砲戦車の影で立ち話に入る。


「あのさ、アタシと姉さんの事なんだけど」


「ああ、アリエッタ少尉か。それがどうかしたのか?」


二人の間にある蟠りは知っていたし、深く聞きたいと思っていないが。


「そう言えばロゼは話していたよな、アリエッタ少尉なんて姉だと認めないんだってさ?」


訊き直した俺に、ロゼが言い辛そうに頷いて。


「その話なんだ。アタシがどうしてアリエッタの事を認めないのか・・・

 どうして魔鋼騎乗りになったアリエッタを怒っているのか、知って欲しいんだよ」


そこまで話したロゼが俺の手を取る。


「あのねルビ、言い難いんだけど。

 あなたの大切な指輪を貸してくれないかな?」


俺に頼んで来たロゼが、顔を上げて俺を視る。


「ずっとじゃないの。闘いが終わるまでの間・・・だけで良いの」


俺を見詰めたロゼの瞳が、蒼く染められていた・・・

まるで魔女の様に・・・魔法使いの様に。

ルビはどうして妹の指輪を求めたんだろう?

記念に欲しかった?

俺からのプレゼントとして?

違うなあの顔は。何か訳があるんだろう・・・


次回 指輪<リング>

君は魔法の指輪と知って借りたんだろ?どうやって使う気なんだい?

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