魔砲を放つ者
ルビ達が護る丘は、双方が入り混じって戦った結果。
フェアリア軍が敗退してしまった・・・
雲霞の如く、湧いて出た。
戦車と歩兵達が・・・
人が蟻のように観える。
黒く列をなしてやって来る、蟻の群れにも思えた・・・程だ。
巣に自分達より大きな得物を運んでいくようにも観える。
俺達の居る陣地に向けて突き進んで来る蟻の群れ・・・
「丘を越えられたらお終いだぞ!撃て撃つんだ!」
小隊長の叫びに、第1第2小隊の生き残り達が発砲した。
俺達第3小隊の生き残りはたったの11名。
「いかんっ!ここ迄だとは思わんかった!
もう味方は総崩れになる、一刻も早く師団本隊まで退くんじゃ!」
ハスボック軍曹の眼にも、それが写った。
稜線を越えようとする敵の、想像を超えた数の暴虐を。
丘を防衛ポイントに考えていた小隊長が、自らの判断を覆した。
「ここに留まって味方に支援を頼んだところで無駄じゃ!
師団規模程度では、この敵を防ぐのは無理じゃ!」
無駄・・・無理。
軍に入って初めて聞いた気がする。
古参の小隊長が叫ぶ声を、俺の頭が理解出来ずにいた。
戦車猟兵大隊は壊滅に追い込まれた。
倍する敵を良く喰い止められていたのは数時間だけ。
今は膠着状態を終えようとした敵の蹂躙に任せて、滅びゆくだけだった。
「他の小隊などほっておけ!
儂等だけでも逃げるんじゃ、無駄に死ぬ事は儂が赦さんぞ!」
迎え撃つ方策を立てていたのに。
それが一瞬で瓦解した。
その時、俺は学校で学んだある歴史を思い浮かべていた。
カルタゴ軍に包囲殲滅されたローマ軍、ハンニバルの巨象達に踏みにじられた兵を。
(著者注・現実には戦象は30頭、アルプス越え時には3頭しか残されていなかった)
軍曹によって撤退が命じられた。
遅すぎたかもしれないが、俺達は生き残れる可能性に縋った。
ロッソア軍は戦車隊を前面に押し出し、数に任せて押し寄せる。
どれだけ犠牲を払わされようが、その屍を越えてやってくるのだ。
怖ろしいまでの物量・・・
怖気慄く暇さえない。
敵を見れば撃ち、敵を倒せば次に備える。
残った11名は必死に逃げる・・・味方へと。
しかし、その味方はどこに居るのか?
なぜ支援の手を指し伸ばしてくれないのか?
味方から見放されたとでも言うのか?
その答えが判る時が来た。
俺達が護っていた丘に火の手が上がった。
そこは少し前まで第1第2小隊が布陣していた場所。
敵が襲い掛かっている筈だったが・・・
「敵BT-7が爆発!現れたBT-7は全て撃破されたもよう!」
「なに?!本当か?」
小隊員に教えられた軍曹が双眼鏡をそちらへと向けた。
操縦席からは観えないが、どうやら味方の射撃で破壊されたのだろう。
「後方より味方戦車隊が来ます!」
「なに?!本当だ!」
軍曹の声が替わった。
地獄に入りかけた者が、天使に救われたかのように。
「おいロゼ?どうなってるんだ?」
何も言わないロゼに、どうなっているのか訊いたのだが。
「味方が来たみたいね・・・」
その声は救援に来てくれた者へと、手向けられたとは思えない。
「蒼い紋章を光らせた奴が・・・来たのよ」
ロゼの声が重苦しく感じた。
味方の援護にも嬉しく思えないのか・・・
「蒼い紋章だって?」
「そう・・・あれはアタシの家に伝わる紋章・・・
つまり、アリエッタ・・・姉さんよ」
俺に応えるロゼ。
姉が救援に来てくれたのに、少しも感謝の色さえ感じない。
むしろ、逆に呪っているみたいに吐き捨てた。
俺はロゼとアリエッタ少尉の間にある蟠りに、少しだけ寂しく思った。
紋章が蒼き光を纏う。
戦車に搭載された機械が唸る。
砲塔の中で少女達が闘っている。
敵は自分達に仇名す者だと信じて。
魔鋼の機械に番われた水晶に、魔法力が放たれる。
魔砲は、魔力により威力を増した。
その車両に乗る、魔砲の少女に求められ。
「こちらにも来ます!目標は敵BT-7・・・いいや違う!
あれはロッソアの中戦車T-28と思われる!」
車長の観測に併せて旋回させる。
「目標捕捉!的敢!」
砲手でもある車長が、照準器に捉えたのを報じる。
「敵は左側面を見せている。停車中に尽き直接照準!
射撃始め、撃て!」
砲手が発令する。
「目標前方の中戦車!魔鋼弾装填、射撃開始します・・・撃ッ!」
射撃ハンドルを押し込む砲手により、徹甲弾に似た弾が発射される。
ズッドォムッ!!
魔砲から飛び出た弾は、紅い火の尾を曳きながら飛ぶ。
(( カッシャーン ))
砲尾から抜け出た空薬莢が、砲塔バスケットに落ちて金属音を奏でた。
狙われたロッソアのT-28の側面に穴が穿たれる。
「命中っ!敵は動かない!」
観測報告が操縦手の右に居た無線手から報じられ・・・
「撃破・・・確認!」
続いて車長が敵の完全破壊を目撃する。
貫かれた車内で、搭乗員達が破片に傷つき身悶えていたが、
砲弾の破片により火災が発生し、その結果・・・
ダッダーンッ!
T-28の砲塔が誘爆によって噴き跳んだ。
5名の逃げ遅れた搭乗員と共に爆破されたのが観えた。
ー また・・・殺戮者に戻っている・・・
車長は己が手が震えていないのを見詰める。
ー 私の魂もやがては・・・
手を握り締め、もう一度防弾レンズから燃える敵車両を見詰める。
ー 彼等に赦しを願う日が来るのだろうか?
蒼い瞳に陰りが差す。
蒼い瞳の中に、薄く赤みが差して観えていた・・・
「どうやら・・・儂達は命を永らえられたようじゃのぅ・・・」
装填手席に登った軍曹が、俺達に言ったんだ。
敵は一端停まったようだと。
支援に駆けつけて来た天使達に因って、地獄への道が閉じたのだと。
「このまま後退を続けるのか、聞いてくれよロゼ?」
黙ったままのロゼにバックを続けるのかを問う。
「小隊長、このまま師団まで退きますか?」
やっとロゼの声が聞こえた。
だけど、その声はさっきからずっと重苦しく感じる。
「いや、ここらで一端停まれ。
歩いている奴等も休息したいじゃろうからな」
軍曹の声が直接聞こえた俺が、ギアを抜いて停止させる。
「ルビ、停止。このまま待機しておいて」
砲手席からロゼが立ち上がるのを感じる。
立ち上がり振り向いたのを。
「アリエッタ・・・あなたはもう、闇に足を踏み入れたのね」
その声は何処までも重く、そして悲し気に聞こえた。
現れた味方戦車隊に在り、敵を撃破した魔鋼の戦車。
蒼く輝く紋章を浮かべ、砲身を敵に向け続ける車体。
「あなたが闇に堕ちるのであれば。
私があなたの運命を断ち切らなきゃいけないのよ?」
紅茶髪を風に靡かせるロゼが見詰めるのは、新型中戦車。
フェアリア軍の中で最も強力な75ミリ砲を備えた鋼鉄の騎士。
「魔鋼騎乗りになったアリエッタが、死を振り撒くのなら。
やがては魂までも貶める。
いつの日にか訪れる終焉の時、あなたの魂は悪魔に召されてしまうのよ?」
ロゼの声が、彼女にも訪れるであろう結末を教えていた。
「悪魔に・・・か。救われる事のない魂に堕ちてしまうのか」
そう。
戦争の中で闘い続ける魔砲使いが、最期に辿り着く場所。
堕ちた魔砲使いの魂は、悪魔となって人を呪う・・・
アリエッタ少尉は己の想いを打ち明けたかった。
だが、まだ早いと思いながら、その日が来るのを待ち望んでいた。
唯、その日が来るかは分からないのだが。
アリエッタの戦火を観たロゼは、ルビに頼んだ・・・
次回 ロゼの求め
君が求めるモノは・・・あの娘が持っていたモノ・・・・




