人ならざる者と抗う者達
どこかが?!
俺の中で何かがオカシイと告げていたんだ・・・
でも、どこだとは言えないんだけど・・・
躰が揺さぶられている・・・
目を覚まされたと思ったんだが・・・
俺はまだ夢を観ているのかと思った。
「ルビ・・・しっかりしてよ?!」
涙を浮かべる妹の声が呼んでいたから。
頭の奥がジーンと痺れている感覚。
まだ夢を見続けているような、虚ろな目に飛び込んで来たのは。
「こんな所でくたばっちゃ駄目なんだからっ!」
必死に呼びかけて来る顔。涙を浮かべて俺を現実へ引き戻してくれる。
ー そう・・・妹は死んだんだ。俺を引き戻してくれるのは・・・
薄く開けた目で、その娘を観た。
「ああ、ロゼか・・・久しぶりだなぁ」
ふと、口から零れ出てしまった。
死に損ねた俺が、地獄から蘇ったかのように。
「しっかりしてよ!
・・・なによ!人の気も知らないで!」
ロゼは涙も拭かず、俺に怒りやがる。
「まだ敵は撤退していないんだよ!戦車が退きあげただけなんだから!」
まだ頭がすっきりしていない俺に、ロゼの言葉が突き刺さる。
「ちょっと待て。じゃあ、どうしてここにロゼがいるんだ?」
確か俺は、銃撃を受けて気を失った筈だ。
銃弾が頭部を掠めた所為で、気を失った・・・筈だ。
「ルビをほっておく訳がないじゃない。
ハスボック軍曹がルビを一人にしておく訳がないじゃない!」
ロゼは振り返って奥の陣地を見上げる。
そこに見えるのは、俺達の砲戦車と・・・
「軍曹・・・いや、小隊長?!」
車輛に見える軍曹達。
「そう、小隊を纏め上げて指揮を執ってるの。
敵歩兵を追い返すように命じてくれたのよ!」
で、俺は救われたってことなんだな?
後少し軍曹が命じるのが遅れたら、俺もこいつらと同じ運命を辿ったって訳か。
目の前にある壕の中には、3人の遺体が置き去りにされている。
僅か数メートル先の壕で俺は気絶していた。
それを救い出してくれたのは?
「ロゼが俺をここまで連れ出してくれたのか?」
「え・・・っと。第1分隊の彼等よ」
自分が救い出したのではないから、ロゼは言い難そうに仲間を指す。
ロゼが教えた仲間は、同じ小隊員の少年兵達だった。
同じ小隊員だが、分隊が違うと顔や名前は知っていても親交は深くない。
まぁ、礼の一つでも言っておくべきだろう。
「判った。ロゼは一足先に軍曹の元に帰ってくれ。
俺はあいつらに礼を言ってから戻るよ」
砲戦車にロゼを帰し、俺は塹壕に居る第1分隊員に礼を述べに行くと言った。
「うん、分かった。じゃ、配置に居るから直ぐに戻ってよ?」
10メートル程奥に陣を置き換えた砲戦車にロゼを帰し、塹壕でたむろしている6人に近寄って行った。
再び敵が攻め寄せて来たのは、俺が砲戦車に戻った時の事だった。
露払いの軽戦車をロゼが擱座させた。
3両のBT-7を撃破したロゼの射撃術は、敵に脅威を与えたのだろう。
それ以降近寄る戦車は無かったのだが・・・
「野砲が狙って来るぞ!ルビ、もうこの丘は駄目だ。
直ちに陣を退くんだ、小隊に撤退を命じる!」
ハスボック軍曹の決断は迅速かつ、的確だと思う。
生き残った僅かな命を、無駄にすることのない命令だと感じた。
「了解、直ちに後退します!」
「後退するにしろ、砲は敵に向けておけ!
お嬢ちゃん、敵が稜線を超えた瞬間を狙うんだぞ。
こちら側に越えられると厄介な事になる!」
小隊長ハスボック軍曹が、ロゼに命じた。
丘を越えられてしまえば、もう雪崩を打つように押し寄せて来るのは明白だったから。
「判りました!榴弾はこの一発のみです。
後は戦車に備える徹甲弾しかありません!」
分厚い装甲を破る徹甲弾を歩兵に向けて撃っても、地上に穴が開く位の物だから。
ロゼは残った一発の榴弾の使い方を考えて言ったのだろう。
ギアを後進に居れた俺が操縦する砲戦車は、のろのろと後退する。
それより前に撤退を始めた第3小隊の生き残りは、僅か11名にまで減っていた。
レイリィ少尉を含めて25名の小隊は、半数以下にまで消耗していた。
隣の第1第2小隊はどうだろう?
俺達が独断で下がり始めたので、同じように撤退してくれただろうか?
軍令違反で小隊長を処罰しないだろうか・・・お偉いさん方は。
不意に俺は軍曹を観たくなった。
親爺位の年齢の、古狸みたいな軍曹を。
装填手席に立つ軍曹は操縦席からは足しか観えなかった。
「ロゼ・・・ロゼ。小隊長は何を考えてるんだろうな?」
砲手席に居るロゼの靴先を揺らして小声で訊ねる。
「さぁ?アタシに訊いても判らないよ」
操縦席を屈みこんで観るロゼが、首を振って大げさに肩を窄める。
「あっ・・・そ」
そりゃそうだと、同じように肩を窄めて俺が返すと。
「でもね、アタシ・・・自分が恥ずかしい。
軍曹の指揮を疑っていた自分が恥ずかしいと思うの。
だって軍曹は、この大隊で一番思慮深いんだから」
もし軍曹が指揮官だったら、大隊の損害は遥かに少なかったかもしれない。
ロゼの言う通りなのかもしれない。
「軍曹が居てくれなかったら、アタシ達は全員死んでいたかも知れない」
なまじ命令を護る為だけに務める上官だったら、目の前の陣地を離れられなかっただろうと。
数回の戦闘で観て来た、硬直した命令で受けた損害の数々。
「アタシ達の上官には、人の命を虫けら同然に思う奴が居るんだわ。
きっと使い捨ての駒みたいに思う奴等がいる・・・悲しいけど」
ロゼの言うのが正しいのなら、俺達は駒として廻り続けなきゃいけない。
「駒なら、廻り続けなきゃいかん。
停まってしまえば捨てられちまうからな・・・」
ロゼの声が聞こえたのか、軍曹が横から口を挟んで来た。
「俺達を駒扱いするのは、戦場に出た事も無い中央に居る馬鹿共だ。
人の皮を被った悪魔達。儂等の命を弄ぶ、己の権勢しか考えぬ愚か者達だよ」
「・・・小隊長?」
ロゼが驚いたように軍曹を観る。
「いやなに。儂達は奴等の遊び道具じゃないんじゃとな。
そう言いたかったんだよお嬢ちゃん」
小隊に独りしかいない少女を、軍曹はお嬢ちゃんという。
「それにもう一つ。
お嬢ちゃん達が戦場に駆り出されたのは、奴等の芝居なのだと考えているんじゃよ」
「アタシ達、女性がってことですか?」
ロゼが訊き返すと小隊長ハスボック軍曹はニヤリと笑ってこう言った。
「お嬢ちゃん、この世界には人ならざる異能を持つ者が居るね。
その力を使って闘う者達が居るだろう?
殆どが少女だと聞いているが、魔鋼騎乗りにされているとも聞いたぞ?」
軍曹の声でロゼが緊張したのが判る。
「お嬢ちゃんも砲術学校を出たから、砲手として儂等の部隊に配属されたんじゃろ?
どうして戦車隊を志願せんかったんじゃね?
腕も確かだし、志願すれば乗れたじゃろうに?」
軍曹の言いたい事が解った。
ロゼにも。・・・俺にだって。
「アタシは。
アタシは嫌だったんです。姉と同じ戦車に乗るのが・・・だから」
「嘘じゃろ?お嬢ちゃんは異能を使う事が嫌じゃった。
魔砲を使う事で誰かを傷付ける・・・殺すのが危険極まりないと解かっておるんじゃろ?」
軍曹の声にロゼの表情が引き攣った。
「儂も聞いた事があるんじゃよ。
魔法使いが闇に堕ちてしまえば、悪魔に為ると。
闇の力を手にしてしまえば、もう人ではなくなり悪魔に為るんだと」
軍曹の言った事で思い出したんだ。
このフェアリアに伝わる伝承を。
悪魔と魔女の伝説を・・・
「月の夜に現れる魔女・・・そして人を喰らう狼の伝説。
魔王と魔女が君臨した<月夜>の代・・・」
俺がそれを口に出したのは何年ぶりの事か。
「敵も味方も・・・人という者を全て憎んだ悪魔の伝説・・・」
ロゼも知っているのか。
呟く声は低く重い。
「奴等はその時を待っていやがる。
この国に居る魔法使いを出汁に、ロッソアとの交渉をしていやがるんじゃ」
小隊長ハスボック軍曹が終わりに言った。
中央に君臨する者が始めた戦争には、訳があるのだと。
フェアリアに居る魔法使いを使う事で、何某かの利を貪ろうとしていると。
しかも、敵との交渉材料としてしか観ていないとも。
「そう。
それに・・・アタシ達、魔砲使いの魂を汚そうとしているの。
穢した魂を何かに使おうとしているみたいに・・・そうお母様が仰られていたの」
ポツリとロゼが言った言葉を、俺は気にも懸けなかった。
いや、気にする暇も無かったのが本当の処だったんだ。
何故なら。
「お喋りはここ迄だ!
奴等が来るぞ!射撃用意っ」
座席の上から飛び降りて来た軍曹に、俺達は再び修羅の道に連れ戻されちまったからだ!
気がついたルビ。
何かが違う、どこかが変えられている?
だが、その訳を知るには、今少し時が必要だった・・・
次回 魔砲を放つ者
救援者は現れ、敵を撃つ。魔法で強化された弾を放って




