間違った判断
闘いに向う者は己の運命を知りはしない。
・・・知りはしないのだ。
後退した砲戦車にロゼを残して走った。
俺の手には戦車猟兵が使う擲弾小銃が握られている。
腰にぶら下げた対人擲弾が重い。
分隊長が未だ居る筈の戦車壕に向けて、俺は走った。
車内にロゼを残して。
一緒に来るんだと泣き喚いたロゼを、ラクの看護に充てて。
スライドさせた銃底に、5発付のクリップを差し込みボルトを押し込む。
遊底から初弾が装填されボルトアクションの小銃に弾が込められた。
次いで、銃口下部に着けられてある擲弾発射筒の引き金を底部まで引き下げ、
腰に下げて来た対人用の榴弾を筒先から放り込んだ。
投擲される距離は短いが、手で投げるよりかは遠くにまで飛ばす事が出来る。
小型の迫撃砲だと思えば良い。
陣地に近寄ると、そこは既に銃撃戦を展開中だった。
「分隊長?!ハスボック軍曹っ?!」
第3分隊長の古参軍曹は一号車と共に居た。
駆け寄った俺が軍曹を捕まえて訊いた。
「小隊はどうなってるんですか?連携が執れていないように観えますが?」
第1第2分隊との連絡が取れていないのか、各個に撃ち合っているようにしか観えない。
「ああ、それなんだがな。レイリィ少尉が戦死されたんだ」
あっさりと軍曹が言って聞かせた。
たったの数分前には小隊の指揮を執っていた若い少尉だったのに。
「双眼鏡が敵の眼を惹いたんだな。一発で撃ち殺されたよ」
指で第1分隊を指す軍曹が肩を竦めている。
「じゃあ、小隊の指揮は誰が執られているんですか?」
銃声に負けじと、大き目の声で訊ねた俺に。
「さてな、誰が執っているのか。俺には解らんよ」
分隊長が古参者として指揮を執るべきなのでは?
喉迄出かかったのを無理やり飲み込むと。
「ハスボック軍曹が指揮されるのはこの分隊だけですか?
だったら、直ぐに後退させてください、俺の車両がある処まで」
50メートル程下がった斜面に、窪地がある。
そこなら敵砲弾の死角だし、敵からも観えていない。
「ああ、そうだな。そうするか・・・だがな、今はちょっと無理だぞ?」
砲戦車の影になった場所で俺と話していた軍曹が、拒む理由は。
「分隊長!ユラムとダバンが息を引き取りました!」
その声に俺は砲戦車を見直して気付かされた。
既に一号車は操縦席を破壊されてしまっていたのだ。
乗員だった3人はもろに破壊に巻き込まれたのだ。
操縦手だった少年兵はその場で即死。
砲手と装填手は重傷を受けたのが、今、事切れたという。
分隊員5名中3人が死亡・・・・
「尚更ですっ、今直ぐに後退してください!」
残ったのは軍曹と二等兵ハムだけ。
俺と併せても3人しかこの場に居ない。
隣の第2分隊は健在なようだが。
「ここで俺達だけが下がったのが敵に知られれば、小隊は全滅の憂き目にあうぞ?!」
軍曹が俺の勧めを断る理由はそこに在った。
「それなら、俺が第2分隊にも知らせに行きますから!
軍曹は後退した小隊の指揮を執るべきです!」
ハスボック軍曹は俺を視て口を開けたまま黙り込んだ。
「今から軍曹が小隊長です、先任軍曹なのですから当然です!」
残っていたハム二等兵も、俺に賛同した。
「若けぇの、死ぬんじゃないぞ。お前は生き残らんけりゃーならんのだぞ?!」
軍曹が俺を叩いて励ましてきた。
「ええ、死ぬ気なんて毛頭ありませんよ。
俺はそう簡単にくたばりゃーしませんから」
笑って言い返してやった。
本気でそう思ったからもあるけどな。
「よし、お前の所の砲戦車は生きているんだな。
そこで落ち合う様に言ってくれ、間違っても第1分隊迄行こうとするなよ?」
「解ってますよ、俺は欲張りじゃないんでね。役目を終えたらさっさと逃げますから」
軍曹にはそう答えた。
だけど、生きていられるかは、その時の運だと思っていた。
「いいか、生きて帰れ!死ぬなよ若いの!」
軍曹は銃撃の的にならないよう、姿勢を低くしたまま引き下がって行った。
俺も右に居座るままのだい2分隊目掛けて駆けだした。
そこ彼処に銃弾が突き刺さる。
敵の歩兵はもう手の届きそうな場所まで迫っていた。
それに、数両のBT-7まで近づいている。
隣の分隊迄なんとか辿り着いた時だった。
ブシュ ブシュ ブシュン
銃弾が目の前を横切った・・・
「ぎゃっ!」
「ぐっ?!」
声を掛けようとしていた二人が相次いで血まみれになった。
「お、おい?!」
俺は咄嗟に砲弾穴に突っ伏した。
バリバリバリッ!
何が起きたのかも分からなくなる。
「ぎゃっ!」
また一人・・・断末魔の声を聞いた。
ドサッ と。
俺の身体に重みが懸かる。
背中になにか柔らかい・・・生臭い物が落ちて来た。
背中にずっしりと重みが掛けられ、払いのけようとした俺の手に。
「うっ?!うわぁっ?」
絡みついて来たのはヌメッとした腸。
血に塗れた胴体だけが、俺の背中に乗っかっている。
手も足も・・・頭さえも無くした、断ち裂かれた胴体だけが載っていたんだ。
辺りにはこいつの頭と手足が散らばっている。
榴弾を喰らって死んだ奴の腸に塗れ、俺は自分の身体に疵一つない事に呆れた。
死んだ奴が全てを背負ってくれたのか?
いいや、こいつを俺が背負っているんだ。どっちもどっちだろう?
気が狂わなかったのは、俺がそんな死人を何度も観ていたからかもしれない。
いつも次は俺の番かも知れないと、嘯いていたからかもしれない。
俺は撃って来た敵が目前まで近寄っているのを感じ取っていた。
直ぐに小銃を取り直し、気配を探る。
死体に塗れて・・・死人の振りを執りながら。
「来たな・・・」
気配というより荒々しい足音で気付かされた。
ザッ ザッザッ!
複数人いる・・・でもこっちには来ない!
足音は間違いなく敵の方から聞こえる。
俺を死人だと誤認したのか、誤解したのか・・・・
血まみれの俺が飛び起き様に擲弾筒のケッヂを外した。
(( ボンっ! ))
気の抜けたシャンパンを開けた音。
だが、その音が告げるのは・・・
(( ダッダァーン! ))
目の前十メートルも無い場所で榴弾が炸裂した。
二人のロッソア兵を横殴りに吹き飛ばして。
途端に他の歩兵達が俺を狙い始める。
砲弾穴の縁に銃弾が当たり、砂を突き破って頭上を掠める。
そう、軍帽も被っていない俺の頭の上を・・・
ー 動けねぇな・・・
周りを囲まれた気がした。
もう助からないかも・・・心のどこかで叫んでいる声がする。
銃弾が頭の上を掠め去った後、急に思考が霞みだしやがった。
ー すまんな・・・約束を果せなくなりそうだ・・・
俺の存在理由・・・復讐を遂げるのは無理になった・・・
そう考える自分と、もう一人の自分が錯綜している。
ー ノエル・・・俺ももう直ぐそっちに行くから・・・
妹が悲し気に俺を視ている・・・
妹だとばかり思っていた少女の顔が・・・
ー ロゼ?!お前がどうしてそこに居るんだ?
悲し気に見詰めているロゼが、首を振って言った。
「死なないで!約束したじゃない勝手に死なないって
帰って来るっていったじゃない!」
ロゼなのか?ノエルなのか?
走馬燈の様に流れる少女の顔。
俺が求めるのはノエルなのか・・・ロゼッタなのか?
段々と薄れていく意識。
俺が本当に求めるのは復讐なのか?それとも・・・
意識が飛ぶ時、俺は強く願った。
ロゼにもう一度逢いたいと。
軍曹と共に撤退するべきだったと・・・
魔法使いが闇に堕ちる?!
堕ちたのならどうなってしまうのか?
俺の記憶に、いつか聞いた事のある伝説が過ぎった・・・・
次回 人ならざる者と抗う者達
君の家に伝わる伝説とは?!