福光(ふっこう) 第1話
さよなら
さよなら我が友よ。
さよならロッソアよ!
約1年半に亘った紛争と戦争が終わりを迎えようとしていた。
フェアリアからの終戦協議に応じる構えを見せていた新ロッソア政府は、改めて協議を開催を打診する事にし、第3国オスマン皇国を通して通知したのだった。
王女エルリッヒを擁する暫定政府は、フェアリアとの休戦条約に応じて軍を国境まで引き揚げさせたのだった。
それは反政権軍が宮殿になだれ込んだ日から、丸一週間過ぎた春めいた頃・・・
「それじゃあ、お二人は結婚なさるのですね?」
今になってだが、俺は場違いな所に居ると感じて来たんだ。
だってそうだろ、ここはロッソアの中心でもある宮殿の中なんだぜ?
フェアリアの平民だった俺が居て良いような場所なんかじゃないんだ。
目の前に居るのは、今や一国を代表するお姫様・・・モトイ、女王陛下なんだぜ?
「ああ、二人でよく考えた末の話だけどね」
カインはそう言うが、エルリッヒ様は顔を紅くして頷いてるんですけど?
「あらら・・・羨ましいわぁ、お似合いですもんねお二人なら」
うぷぷっと囃し立てるのは冬眠熊。
「そ、そう見えるのかしら?ねぇカイン?」
モジモジ身体をくねらせ顔を隠してエルが恥ずかしがる。
確かにカインはエルリッヒ様を護って来たナイトだからなぁ、王女と騎士ならお似合いだろうさ。
「いや、お二人ならお似合いのカップルですよ。俺が保証しますから」
「ルビに保証されても一文の価値も無いから」
揚げ足をロゼに取られてしまったが、まぁいいや。
「ありがとう、ルビナス。それで君達はこれからどうするんだ?」
カインは自分達の事よりも、俺達の今後を訊ね返して来た。
「ああ、軍隊も国境にまで下がり始めたって言うし。
フェアリアに帰ろうと思ってるんだ、ロゼも十分肥えたしね」
「うっ、うるひゃいっ!ちょっと5キロくらい大きくなっただけよ!」
・・・一週間で5キロ?!逆の意味で超絶だよ。体重・・・量ってたのね?!
「僕達としては新政府が誕生するまで、ロッソアに滞在して欲しいと思っているんだが?」
「いや、それは。このままロゼを飼ってたら国家破綻してしまうぞ?」
ブクッたロゼに嫌味を言ってやったが、当の本人からも断りの一言が。
「丁重にお断りしますわ。アタシ達にはまだやらなきゃならない事があるから」
おお、冬眠熊が?!
「ルビの妹ちゃんの躰を取り戻さなきゃならないのよ。
それには一度フェアリアに帰って、しかるべきところに預かって貰わないといけない。
その後、研究所で出会った島田とか言う魔鋼技師の元まで行かなきゃいけないんですから」
おおおおっ?!ロゼがまともな答えを返しやがったぜ?!
「と、いうことなんです。
俺達は捕虜交換という立場で国境を越えたいんです。
無許可でロッソアに来たからパスポートなんて無いし。
戦争が休戦状態になってる今しか、どさくさまぎれに出国できないでしょう?」
「なるほど・・・だったらこうしてみないかルビナス?」
俺達が密入国して来たのを思い出したカインが、一つの提案をしてきてくれたんだ。
それは・・・
「帰って行っちゃうんだね・・・」
「ああ、彼等こそ救国の士だったよ。伝説通りにね」
「ロッソアの悪しき闇を打ち砕いてくれた、月夜の騎士と魔女か」
宮殿のバルコニーで車列を見送る女王エルリッヒとカインハルト卿、その傍らに前皇帝の姿があった。
「お父様が密かに進められていたなんて。カインも教えてくれなかったのよ?」
十数台の車列は市内をパレードして行く。
沿道には市民が総出で見送っているのがバルコニーからも見えていた。
「それは、余がきつく言い渡しておいたからだ。
もしもエルリッヒに分かられてしまえば、謀は無に帰す虞があったからな。
娘を助ける為だと言い聞かせ、またカインはそれを守ってくれたのだ。
余の為ではなくそなたを思えばこそ・・・アイスマンは果たし抜いてくれたのだ」
エルの傍に立つカインに対し、前皇帝は頭を下げる。
「お辞め下さい上皇様。僕は陛下の恩義を忘れなかっただけですから。
人質として連れて来られた僕を、虐げることなく育ててくだされたのです。
それにエルリッヒの幼馴染として平等に扱ってくだされ、
アイザック家の跡取りに据え、貴族の一員として傍に置いてくだされました。
その恩に報えるのなら、どんなことでもやり通そうと思ったのですから」
前皇帝の手を取り、カインは宿願を果す一役を務め遂せただけという。
悪しき因習を断ち切る為、ひいてはロッソアを救わんが為。
二人の謀に踊らされたエルだったが、今にして思う処があった。
「お母様が亡くなったのも・・・貴族達の手引きだったの?
それにフェアリアに嫁いだ伯母様も?みんな彼奴等の手引きだった?」
ロッソア古来からの因習とでも呼べる陰謀術。
上に立つ者を利用し、自分の栄華を手にする謀。
もしエルの想った通りなら、父の恨みは如何程だったか。
肉親や愛する妻迄奪われたと知った時、父の中で巻き起こった恨みはどれだけ強いものだったのだろうかと考えさせられたのだ。
「余の姉は、心の病だったそうだが。
ロッソアを他国から観た時、余を案じてくれたのであろう。
その心労が病を呼び、彼の国で失意の内に倒れたのであろう。
後にカインから手渡された書状には、滾々と余の身を案じていると記してあったのだ。
エルリッヒの二人の姉についても手が廻され毒されているとも記してあった」
自分がなぜ第3王女と呼ばれていたのか。
父の姉が戻ってきた場合、長女の娘が皇位継承権を手にした時を考えて<第3>と言われて来たのを思い出した。
フェアリア皇王からの親書にも、その件が記されてあったという。
「貴族院長達の狙いは、フェアリアの懐柔にあったのだが。
姉の諫めを聴いたフェアリアル2世は、皇太子に第4王女を選んだ。
公にではなかったが内通者からの報告を受けた貴族院長は怒り、強硬手段を執った。
それがフェアリアとの紛争、そして戦争だったのだ。
彼の国の富を奪えると、余に自負しておった愚か者の失敗だったのだよ」
今迄語られなかった戦争の真実が、エルに知らされる事になった。
「じゃあ、彼奴等が自分達の欲望の為に?
支配し続ける為だけに戦争を巻き起こしたというのですか?」
驚いたエルが父に真相を訊き直した。
「いいや、そうとばかりは言えん処もあるのだ。
二年前、宮殿の中に奴が蘇ったのにも関係があるのだろう。
エルリッヒも知っておろう?この地には魔王が眠っておったのを。
そやつが目覚めたのも大いに関係があると思うのだ。
人々を苦しめ、人々に闇を振り撒く存在・・・魔王。
余の前にも現れよった魔王が、手引きしたのかもしれん」
「魔王?!やっぱり本当の話だったの?
お父様は魔王に宿られていたのではないのですね?」
カインからも聞かされていたベルゼブブの復活。
それが父からも話されたとなれば。
「お父様は魔王に感化されていたのでは?」
「そう、彼奴は魔王としては愚かな奴であった。
いいや、余の方が魔王より悪賢かっただけなのかもしれんな」
自嘲気味にエルに答えると、
「余は魔王を謀り続けてやった。
彼奴はロッソアは最早堕ちたと思ったのであろう。
だから今度はフェアリアを貶めようと打って出る事にしたようだ。
だが、余には裏の裏があったのだよ、人間の中にも魔王を越えようとする者が居たのを知り。
敢えて奴等と手を結んでいたのだ、<真総統>とかいう者と・・・な」
フェアリアの秘密結社と内通し、魔王がそちらに向かう事を知らせたという。
そしてまんまと魔王は討ち果たされたのだとも。
「これで全てが終わったと悟った余は、御前会議を開き最期の復讐を自らの手で果たそうと思った。
父と姉、そしてそなたの母を奪った憎き貴族院長をこの手で討ち果たそうと。
<真総統>の部下が齎しそなたに授けたこの短剣で・・・な」
前皇帝は白金の短剣を指して、エルに答えるのだった。
全てが白日の下に晒された。
これが二国間戦争のあらまし。
たった独りの手でなされてしまった罪深き復讐の顛末でもあった。
事実は3人だけのモノ。
知らされたカインもエルも父である権力者が故の復讐劇に、口を噤まざるを得ないと思った。
もしも事実が漏れでもすれば、ロッソアは再び紛争の坩堝に為り兼ねないと思うから。
「前皇帝は死んだのです。
死んだ事になっているのです。
だから、今お話しになられたのも幻。
幻から聞いた話など、夢幻の逸話にしか過ぎません」
カインはエルと共に心の奥に仕舞い込むと決めた。
決して明かしてはならぬと・・・ロッソアの宮殿の中に仕舞い込む事にしたのだ。
折角手にした平和を砕かぬ為に。
それが国を治めるという立場の者だからなのだと・・・
カインが提案してくれたんだけど。
こそばゆいというか、身に余る褒美を頂いたというか。
パレードの中で緊張していたよ俺は!
だってさぁ、観てくれよ俺達の姿を。
オープンカーに載せられて、着ているのは礼装で士官服なんだぜ?!
フェアリアでは下士官でもなかった俺が、ロッソアの中尉なんて・・・・
「ルビィ・・・恥ずかしい」
ぎこちなく手を振りながらロゼが呟く。
「市街地を出るまでって言ってたじゃないの?いつまでこの状態なのよ?」
俺に訊くなよ、こんな筈じゃなかったんだろ?タブン・・・
市街地を抜けたら車列は解散する手筈だった。
それなのに、沿道には市民が総出で手を振り続けている。
市街地を抜けても・・・まだまだ人の山が出来ていたんだよ。
「これじゃあ、フェアリアに着くまでずっとこのままなんじゃないの?」
・・・いや、いくらなんでもそれは無い・・・と、思うよ。
「それにしてもレオン大尉殿は、国家の英雄としてこれからも語り継がれていくんだよなぁ」
一緒に乗っているレオンは颯爽として見える。
兄の死を乗り越えて敵だった俺達と共に闘ってくれた、両国の英雄として名を刻んだんだから。
「止せよルビ。私にはその価値なんて無いんだから」
照れるレオンを観て、今になって気が付いたよ。
「何を言うんだよ、胸を張って名乗れば良いじゃないか。
ロッソアを正義の名の下で救った<救国の乙女>だって、新聞にも載ったじゃないか!」
栗毛色の髪が日に照らされて眩しく見える。
微笑む顔が美しく輝いて観えているんだ、闘い終えた今なら。
「そうよ、レオンが居なかったらアタシ達だってこうしていられなかったんだから」
ぽっちゃりしたロゼを観れば・・・納得するわな。
「そうかな・・・私は二人の方が英雄だと思うんだけど?」
「いや、エルと出逢わなかったら出国するのも隠れてだっただろうし。
本当にロッソアを救ったのは、あの二人だったのさ。
二人に巡り合わせてくれたのも、レオンが居てくれたからこそなんだぜ?!
二つの国を繋いでくれたレオンこそ、真の英雄に間違いないんだよ!」
そうだろう?俺は何も間違った事を言ってないぜ?
その証拠に指輪も喜んでいるし・・・
「なぁ、レオン。いろいろと世話になったな、感謝してるぜ」
「そう!レオンが居てくれなかったら何度危ない目に遭っていたか数えきれないもん」
感謝しても言葉に尽くせない程。
「もし、両国の間に和平が合意できて、親善が始ったら。
フェアリアに来てくれよ、その時は俺達が歓待する番だから」
「ホント!レオンに見せたい景色や紹介したい人達が居るの。
平和になったら、絶対に来て・・・絶対よ!」
涙ぐんだレオンが微笑む。
辛かった過去を涙に替えて、希望に微笑みを浮かべて。
「ああ、約束するよ。我が友と・・・我が永久の仲間と!」
朗らかに答えるレオンに俺達も応えた。
通じ合えた双方の国を代表するように、不幸な時代を飛び越えて。
「やっと掴めた平和を、永遠に誓う。
俺達の様に、信じあえる友になれるだろうさ。フェアリアとロッソアは!」
人々の歓呼の声が鳴り止まない中、車上の上から蒼き晴れ渡った空を見上げて想った。
「新しい世界が始るんだよ!
礎になった魂達の願いが報われて、今、新しい時代が始まったんだ!」
永き闇の終焉を告げる鐘の音が鳴り響いていた。
ロッソアの都には、人々に平和の尊さを知らせるチャペルの鐘が鳴り響いていたんだ。
もう誰も犠牲を出さなくても良いのだと。
もう不幸な時代は終わったのだと・・・そう思っていたんだ。
俺とロゼは友と別れを告げて帰郷の途に付いたんだ。
でもさぁ・・・ロゼ。
そんだけ喰ってばかりじゃぁ・・・なぁ?
次回 福光 第2話
君達の故郷は・・・あの日のままだった・・・衝撃の光景に涙が止まらない