終わりと始まり 第10話
遂に明かされる事実。
俺の魔法は時を戻す。
そして秘められ続けてきた真相を明かすんだ!
もうこれまでだと感じた。
このままだと取り返しのつかない事になると思ったんだ。
俺達の足元には衛兵が倒れ込んでいる。
勿論殺したんじゃないぜ、眠って貰ってるだけさ。
魔女の魔法はこういう時にこそ使うべきだよな。
一方のカインは、見境もなく凍り付かせやがったけど。
「良いのか?!今なら全員揃ってやがるぜ?」
言い争う声が絶えない会議室の外で、俺達は聞き耳を立てて待っていたんだ。
「いや、未だだ。まだ肝心なことが話されてはいない」
カインが小声で推し量っていた。
この中に入るには、核心部分を聞いてからだと。
「お父様・・・闇に支配されていたのではなかったのね?」
王女エルが唇を震わせて涙を零している。
「だったらなぜなの?どうして私を追い払うような真似を?」
カインの後ろに居たエルの手がドアへと伸びていく。
その手を掴んだのはカイン。
王女付武官であり王室に近い貴族でもあり、なによりもエルの幼馴染。
そのカインがエルを押し留めているのだ。
声には出さないが、エルの瞳は<なぜ?>と問う。
「真実を聞かねばならないだろ?」
人質としてロッソア帝国の貴族の元へ養子に入ったカインハルト・フォン・アイザック。
人質なのになぜエルリッヒの幼馴染となれた?
なぜ今迄エルの傍に留め置かれ続けられたのか?
「それが僕の真実でもあるし、皇帝陛下の御意志でもあるのだから」
カインの言葉に魔女が気付いた。
カインハルトという男は、初めから知っていたのだと。
「あなたは本当にアイスマンね。策士に加担するだけあるわ」
ロゼッタの口から魔女のため息が漏れる。
「全てを知りながら、今迄騙し抜いて来たのね・・・全ての者を」
ロゼの言葉にエルが眼を見開きカインを観た。
「どういうことなの・・・カイン?」
信じていた者からの答えは返って来なかった。
敢えて無視していたのではない、部屋の中から聞こえて来た罵声に反応したんだ。
「エル!さぁ入るんだ!」
ホルスターから拳銃を掴み出し二人の後を追った。
魔女ロゼは即時に魔法を放てるように宿り直している。
ここが本当の決戦場だと言えるのだから。
「なっ?!なぜお前達が?」
貴族たちが王女とカインを観てざわめき立つ。
「衛兵は何をしておるのだ!」
部屋の外で眠っている衛兵を呼びつける官僚に、俺は拳銃を突きつけて黙らしてやった。
「アンタ等の犬達は眠っちまったよ、魔女の魔法でね」
傍らの魔女に目で合図する。
無言で威圧するロゼが、手の先から魔力の光を燈し出した。
「ひぃっ?!本物の魔女だ!」
居合わせた閣僚と思われる貴族たちが怯えて立ち竦んでしまった。
流石、古の魔女ってところだぜ、ロゼさん。
俺とロゼによって、室内の空気が替えられた。
そこに居合わせた貴族達は、逃げ出す事も出来ずに震え慄くだけになった。
が、もう一人だけは怯える様子も見せずにいやがった。
「陛下・・・お父様。なぜなのですか?なぜあんな真似を?」
そうさ、エルの父親である皇帝だけは魔法にも銃にも臆さないんだ。
じっと娘に顔を向けて、声さえも出さなかったんだ。
「カインと私を訴追した訳は?
どうして私の言葉に耳を傾けようとしなかったのですか?」
王女はゆっくりと皇帝に歩み寄る。
「そなたはここに来てはならぬ。
そなたは帝国とは無関係になったのだぞ、なぜ戻って参ったのだ?!」
初めてエルに返されたのは、戸惑いとも哀しみともとれる父の声だった。
「そなたは最早王女では無いのだぞ、王女エルリッヒはロッソアから居なくなったのだぞ。
余が皇位を託す者は、もはやこの帝国には居らぬようにしたのだぞ!」
初めは戸惑い、やがては憐れむ様に・・・王女は父である皇帝に問い質す。
「陛下は私を亡き者にしたいのでしょうか?
忌み嫌い、愚かにも逃げた娘だと思われておられるのですか?」
「・・・逃げたのではない、逃がしたのだ」
エルに返されたのが本当ならば。
「アイザック卿に頼んだのは余だ。
此処に居れば巻き添いになるかも知れなかった。
民の前で断罪になる虞があったからだ。余の望みが果たされた暁に」
真実が当人から零れだした。
傍に居たカインに王女を託したと言い、自らの運命を示してみせた。
「エルリッヒよ、なぜ舞い戻ったのだ。
そなたはカインハルトと結ばれる筈では無かったのか?
余はそれを望んだのだぞ?
そなたに暴君と罵られようと、悪魔と呼ばれようと構いはしない。
余の復讐を果し、呪われた帝国を瓦解できるのならば」
皇帝から聞かされたのが事実ならば、何もかもが虚ろになる。
「それでは父上は初めから?」
信じられない想いなのだろうエルには。
涙を堪えて父と対峙して、声を詰まらせて真実を求める。
「そうだ、今あるのは復讐の為。
余の父から姉を奪い、その果てに殺した者への復讐。
そして宮殿に宿る悪魔への復讐・・・それを果す為に嘯いて来たのだ。
だが、それも今果たされようとしておる。
古よりずっと呪われ続けた、ロッソア帝国の終焉と共に」
真実ならば、この皇帝こそが真の咎者。
自分の復讐の為に国を巻き込み、数多の人を殺した・・・大罪人。
だけど魔法を司る俺には、皇帝だけに罪があるとは思えなかった。
だってそうじゃないか、戦争は相手が無けりゃあ出来ないんだぜ?
「余は、小奴等が憎かった。
議会を独占し、逆らう者は謀殺まで行い排除した。
その上で栄華を極め、国民から多くの富を奪い去ったのだ。
思い上がった小奴等に余の父も母も誅殺され、姉までも他国に追い出された。
衛星国からは奴隷を求め、高い税で苦しめ抜いた。
いつの日にか終わらせねばならなかったのだ、貴族達のロッソア帝国など。
どれほど犠牲を出そうとも、余の手で終わらせねばならなかったのだ。
この不幸な帝国を後にまで残してはならなかったのだ」
エルの前で皇帝が貴族院長を睨み、腰に手を廻した。
「良いかエルリッヒ、そなたはこの場から立ち去るのだ。
民衆が宮殿になだれ込む前に、この宮殿から逃げてカインと自由を手にするが良いぞ!」
そこまで話した皇帝は腰から短剣を抜き放つと、貴族院長に飛びかかった。
白刃が煌めく、最期の復讐を果さんが為に。
だけど、おっさん。娘の前ですることかよ?!
俺が拳銃を放つ前に光ったんだ、蒼き光が。
バシュンッ!
魔女のロゼが魔砲を撃ったんだ。
皇帝の翳した短剣目掛けて・・・
「いい加減にしなさいよ!
黙って聴いてりゃ勝手な事ばかり!
アンタには正論かもしれないけど、巻き込まれた者は堪ったもんじゃないのよ!」
ブルーマリンの瞳から炎が見えてるような気がするぜ。
俺には魔女の言葉の方が正論に聞こえるんだがな、おっさんよ。
「いいこと?!王女を思っていたのなら、どうして誤魔化していたのよ。
自分だけが悪者になって済む筈が無いじゃないの!
王女だったエルリッヒにも危害が及ぶと、なぜ思いつかなかったのよ?
王家の者全てが断罪になるかも知れないのよ、娘を断首台に昇らせる気なの?!」
そ、そこ迄は思いつかんかったよ、魔女のロゼさん。
「はっきりと言っておくわ。
不平不満の民が、自分達の肉親を奪った者を赦す筈が無い。
同じように一人残らず根絶やしにする、喩え他国に逃げたにしても。
復讐を果す為に追いかけて来るでしょうね。
もしそこまで考えられなかったのなら、人間学を学び直しなさい。
復讐の怨唆から逃れられないのは、自分を観たら分かるでしょうに!」
まぁね、ロゼさんの言うのも尤もだけど。
俺は別の意見があるんだけどな、時の魔法を司る身だから。
「あの、訊いて良いかな?
皇帝さんは自分の復讐を果した今、どう感じてるんだい?
国を崩壊させて人々に不幸を振り撒いて・・・どう感じてるのか教えてくれないか?」
「ふふふっ、虚しいだけかもしれん」
そう・・・そうなんだよな。
俺も一時期は復讐に燃えていたんだよ、だけど知ってしまったから。
「虚無とは言わないけど、恨みを晴らすだけじゃあ何も変えられないぜ?
どれだけの罪を犯した奴でも、最期は同じなんだ。
残ったのは虚しさと次なる復讐。
分かるかい?復讐は復讐を産むんだぜ?
負の連鎖に入っちまうだけなんだ、こっちが望もうと望まぬと・・・ね」
そうだっただろ?
フェアリアで知っちまったんだよ俺は。
復讐は際限なく闇を呼び、果たされた後は新たな復讐を産むんだってね。
魔女ロゼも判ってくれる筈さ、オーリエさんを思い出せれば。
「そなたの言う通りだったのかもしれん・・・が。
最早手遅れなのだ、救いは余の前には無いのだよ」
皇帝は自らの犯した罪に押しつぶされている。
数万人もの犠牲を出した戦争も、厳しい税で苦しめたことも。
全て自分の所為だと思うのだろうか?
「なぁ、アンタ。
こいつ等こそ悪の張本人だと言ってなかったのか?
アンタの親兄妹もこいつらに殺されたと聞いたけど、審判を受けさせる気は無いかい?」
俺は拳銃で貴族達を指した。
「ば、馬鹿なことを言うな。なぜ私達が審判を受けねばならんのだ?!」
貴族は判っちゃいないらしい、時代が変わるのを。
「一つ言っておこう。間も無く宮殿は反政権軍に占拠される。
どいう意味かが分かるかい?
市民も近衛隊も、全てアンタ等に愛想を尽かしたんだよ。
新しい政権が出来るのは間違いないって事さ」
俺は俺なりに、優しく解るように言ってやったつもりだぜ?
つまり、お前達は裁判を受ける事になるぜってね。
「そして次はアンタ達の番だぜ王女エルとカイン。
宮殿の外には仲間達がいるんだ、真実を告げる勇気はあるかい?」
皇帝と俺を代わる代わるに観る二人に、俺と指輪が教えたのは。
「なぁ、魔女のロゼ。こんな時にこそ魔法ってモンがあるんだろ?」
カインに向けては持てる魔力を、エルに向けては真実の暴露を。
そしてロゼには・・・
最初に乗り込んで来たのはバラッシュ達だった。
勿論レオンとノエルの躰もだったけど。
寝かされた皇帝の傍に傅く俺達を見て、誰もが黙り込んでしまったんだ。
「陛下は御罷れました・・・」
魔女ロゼの声が午前会議室に木魂した。
そう・・・それが俺の考えた解決法だったんだ。
ロッソアとフェアリアの間には架け橋があった。
皇帝の姉がフェアリアに嫁いでいた。
それをも謀殺したのか?前の皇帝や妃まで?!
そりゃあ怨みもするぜ、一族の殆んどを殺されたら・・・
だけどもおっさん、あんたも同じことをしてきたんだぜ?
復讐を遂げるだけじゃあ何も解決しないんだ!
恨みを断ち切るのが本当の正義だとは思わないかい?
俺はとある方法を思いついたぜ!
次回 終わりと始まり 第11話
任せておけよ!王女エル。俺には最強の仲間がいるんだぜ!