終わりと始まり 第8話
反乱軍はまだ遠方に留め置かれている筈・・・
俺達が一番乗りなんだぜ!
他の反乱軍はまだ遠方に留め置かれている筈だった。
魔法と知恵で真っ先に辿り着いたんだ、俺達王女エルを擁した反政権軍は。
俺達の目標は一部特権階級を排除し、王政を民政へと変える事。
王女エルリッヒを擁して、政府に蔓延る闇を取り除く。
そうしなければ、誰が政府を動かせられる?誰が国政を司れる?
民意の政府を創る前に、国が崩壊してしまうだけじゃないか。
そうなれば無政府状態になり、民はもっと悲惨な目に遭うだろうに。
ただ単純に政府に背くだけでは、平和な国家にはならないとなぜ気が付かないんだ?
統治を民の中から選んだ者に委ねるにしろ、それを引っ張る者が居ないのなら単なる暴徒でしかないのだから。
先導者がバラバラだったら、また国内に不満が蔓延るのだと何故分からないんだ?
それが一人の手に授けられるというのなら。
先導者が間違った者では無いのなら。
先導者が信じられる人だったら・・・
「君達は騙されて来たのだ。
皇帝陛下の命だと思い込まされているだけなのだ!
私は王室武官として勤めて来たカインハルト卿、王女に傅く者として見て来たのだ。
陛下の御為を想うのならば、君側の奸に毒されるのを辞めるのだ!」
カインがマイクを取って流していた。
政府軍の近衛隊に向けて、翻意を促しているのだ。
「私は第3王女エルリッヒです。
近衛師団のみなさんに申し上げたい事があります。
訴追されたのは貴族院長の策謀だと判ったのです。
王室に対して謀反を起こしていたのは、むしろ一部特権階級の貴族達。
その者達を排除する事があなた方の責務ではないのではありませんか?」
王女エルも言葉を尽して投降を呼びかけていた。
宮殿前の広場には、数多くの市民達が集まって来ていた。
その人達は誰もが、王女の帰還を阻害しなければ陰口を言う者もいない。
ある一部の特権階級者の行いが、市民の逆鱗に触れていたからだ。
貴族達に牛耳られていた政権に、怒りと憤懣が募っていた証だろう。
「君達が期待していた機甲部隊も昨晩投降して来たのだ。
自分達が闘う相手は我々ではないと気が付いてくれたからだ。
今からでも遅くはない、我々と共にロッソアを救おうではないか」
カインはロッソアを救おうと言った。
それは則ちロッソア帝国の安寧を意味する。
国体の維持、それに反乱の収拾を図るとの意味だ。
「王女エルリッヒ殿下万歳っ!」
市民の中から掛け声が上がった。
「ロッソア万歳っ!太平万歳!」
次々に起こる市民からの万歳三唱。
バラッシュを始めとする王女軍に、市民達が加わり大合唱となった。
「万歳、万歳!闘いは終わりにしよう!」
国内にはまだ不平や不満が蔓延ってはいたが、都の中だけは闘いが終わろうとしていた。
「大帝陛下!どういたしましょうか?」
貴族院の貴族達は御前会議を執り行っていた。
「このままでは近衛隊までもが離反しかねませぬぞ?!」
もう我が身かわいさからか、貴族達は大帝にも敬語を使わくなっている。
口々に罵り合い、責任を転嫁するだけで見苦しいにも程があった。
「そうか、もうこれまでと思うが良い」
やっと口を開いた皇帝は、罵り合う貴族を前に薄く笑い始めた。
まるで醜く言い争う貴族を馬鹿にしたように。
「なにがおかしいのですっ、どうしてそんなに笑えるのです?!」
院長が声を荒げて帝を睨むと、皇帝はピタリと笑いを停める。
口を噤んだ皇帝が取り巻きだった貴族達を睨みつけて・・・
「可笑しいではないか、ようやく我が宿願が果たされようとしているのだぞ。
お前達の所為で我が姉君はフェアリアの妃にされたのを忘れたか?!
我が先帝、我が父に仕向けたのを忘れたとでもいうのか!
お前達全員を討ち果たすのを目論んで来たのが解らなかったのか!」
今迄暴君として君臨して来たのは、この為だと言ったのだ。
「ば、馬鹿な?!何を証拠に?」
全てを己が手で帝国ロッソアを牛耳て来た貴族院長達が狼狽える。
「証拠ならば、お前達が持っておった筈ではないのか?
フェアリア皇国からの親書を握りつぶして来たお前達が持っておったはずだが?」
貴族院長の顔から血の気が退く。
「我が姉イスカンデルが、余に遣わした書状を握りつぶそうとしたではないか。
このタペストリーに隠された呪いを知らせて来た、姉上とフェアリアル皇の親書を!」
皇帝が懐から一通の封書を取り出した。
その白い封書にはフェアリアの紋章が蝋で記されている。
「お、おのれっ!それでは最初から謀っていたのか!」
もう言い逃れは出来ないと覚悟した院長が、主君である皇帝に牙を剥いた。
「余を見くびるではないぞ。
この宮殿に宿っていた悪魔をも利用してやったのだからな。
今頃は滅ぼされておるだろう、フェアリアにいる<光と闇を抱く者>によって」
「なっ?!バローニアが滅んだと言うのか?
奴は真総統とかいう者に見捨てられたと言うのか?!」
驚愕する院長に対し、皇帝は被りを振ると。
「見捨てられた訳ではなかろうが、相手が悪かったようだな。
余には見えたのだ、光が闇を打ち砕く様が。悪魔は滅び、闇は潰えた。
余と同じように、悪しき者は消え去るのみなのだ」
「なんだと・・・貴様も死ぬと言うのか?」
貴族院長は皇帝の言う意味が分かったのだ。
全てを終わらせようとしている皇帝の心が。
「ならば、王女エルを訴追したのはどう言う理屈だ?
我等の策謀に加担したのではなかったとでも言うのか?」
自分達の意のままにならぬ姫を亡き者にせんとしたのはどう言う理由なのだと。
貴族院長は訳が解らないと詰め寄るのだが・・・
「それこそ我が意を得たのだよ、愚か者め。
この宮殿に居れば、我が娘は巻き添えを喰らう事になる。
エルリッヒだけは生きて貰いたかったのだ、カインハルト卿と共に。
お前達が仕向けた事も判らぬとでも思っていたのか?!」
「なんとっ?!アイスマンを王女の武官にしたのもその為だと言うのか?!」
何もかも、愚かなのは貴族院長だった。
自分達の栄華の為、見境もなく皇帝を祀り上げて来た報いが訪れたのだ。
祀り上げて来た<人形>に因って。
「我が復讐は今、果たされんとしている。
我が身も滅ぶがお前達賊も、因習に満ちたロッソア帝国も。
全て消え去る時が来たのだ、漸く・・・」
皇帝は哂う。自らの手に因り果されんとしている復讐を見据えて。
「何を言うか!我々は滅びなどはせぬ。
その為に大金をはたいて闇の教会に手を打ってあるのだ。
死ぬのは皇帝、お前だけだ!」
貴族達の先頭に立って、皇帝に突き付ける。
自分達は逃げ遂せられると・・・だが。
「余程の馬鹿者だと知れるな。
余の威勢をないがしろにしてきたお前達には判らぬか?
もはやお前達に組みする者など誰も居らんということに」
そう答えた皇帝が、腰に下げていた短剣を突き出す。
象牙でできた鞘には、王女へ授けた筈の紋章が着いている。
「そ、それは・・・エルリッヒの短剣?!なぜそれを持っているのだ?」
狼狽えた院長が、後退った時。
「契約は反故になったのですよ、あなたが裏切ったからね」
何処から現れたのか、そこには黒い影があった。
「私の手に入ったのでね、元の持ち主に返したのですよ。
あなたの所為で私の商売がフイになったのでね、代わりに支払って頂いたのです」
紅き瞳だけが陰から覗けた。
黒い影が嘲笑いながら消えて行く。
「もうこの国には用が無くなったのでね、急いで向かわねばならなくなったのですよ。
熱砂の砂漠へ、オスマン帝国迄ね。
あなたが約束を守らなかったから、全てがお釈迦になったのですよ」
「待て!私が約束を守らなかったというのか?
魔法少女達をくれてやったではないか?!
もうフェアリアとの闘いには必要なくなった研究ではないか!」
全てが・・・この男の一人芝居だった。
闇の者でさえ騙したと思った愚かな男だった。
その報いは今・・・
「余の復讐を冠たる物に。
余の宿願を果す為に・・・先に逝って待っておれ!」
皇帝が上段の間から走り降りて、エルの短剣を引き抜いた。
ドスッ
背後の影に気を取られていた院長の背に突き立てられた短剣。
「これで思い残すことはない。
ロッソアに新しい風が巻き起こるだろう・・・」
声もなく崩れ落ちる貴族院長を観て、皇帝は他の貴族にも命じた。
「其方はどうする?!
余と共に断首されるか。それとも自刃するか?」
鬼気迫る表情で皇帝から告げられると、目の前で死んだ貴族院長を見捨てて御前の間から逃げ出して行った。
「愚か者達め、逃げようとしても無駄だとなぜ解らぬのだ」
短剣を大事そうに手にした皇帝が、窓辺から門外を見詰める。
「後は・・・頼むぞエルリッヒ」
近衛隊が城門を開こうとしている。
王女の勧告を受け入れた近衛兵達に因り、無血開城する事になった様だ。
「お前には本当の事を知って欲しいと願うのは、罪深きことなのだろうか?」
娘に授けた短剣を喉元に当てた皇帝が、静かに手を牽いた・・・・
真相は闇に葬られてしまうのか?
王女を思う父、皇帝は何も告げずに逝ってしまうのか?
ルビ達は取り返せないのだろうか。
本当の親娘の絆さえも・・・
次回 終わりと始まり 第9話
その時こそ!真の魔法使いとして力を解き放つのだ!




