終わりと始まり 第6話
遊牧民バラッシュ一家と、俺達は旅に出た。
向かうのは皇帝のいる都。
闘うのは政権軍、同じロッソアの正規軍だ。
紅き旗が翻る・・・俺達の旗が。
反旗を翻した他の紅き旗とは違う、王女の紅き御旗が俺達と共に進んでいたんだ。
ニーレンの思想を汲んだ紅き旗が労働者の旗だとしたら、俺達の旗は別の意味があったんだ。
紅の地に民を表す金色の丸が左上に一つ、そこから放射状にのびる線は遍く国を照らす政治の顕れ。
この旗の意味は、民によって国を治めんとする王女エルリッヒを表す御旗でもあったんだ。
帝国主義の廃止と特権階級制度の取りやめ、並びに議会政治を民意で行う・・・
立憲民主政府を目指すカインやエルの想いを旗にしたモノだったんだ。
ニーレンの思想とは似てるようでも違う。
自由民主主義とでも云えば良いのだろうか。
国の政治は議会で行われ、国家国民の象徴としてだけ王家が存在する。
王家の存続と民主国家を求めるカインの発案による、国の在り方だった。
旅立ってからバラッシュ一家に身を寄せていた俺達が、初めに遭遇したのは政府軍では無かった。
皇帝の悪政に反旗を翻したニーレン派の一団だったんだ。
本来なら政府打倒を目指して共闘すべきだったが、あいつ等はこともあろうにエルを人質にしようと襲い掛かって来やがった。
自分達に有利となると信じ込んで、政府側に脅しをかけるためにだ。
手に手に得物を持ち、訳の分からないスローガンを叫びながら・・・
「エル殿下を御守りしろ!奴等を近寄らせるな!」
バラッシュは馬郡を引連れ一家の先陣を務める。
20騎の竜騎兵が短機関銃を撃ちまくり、襲い掛かった暴徒を駆逐する。
一般の不平分子達には騎馬がどれほど強靭な集団か分からなかったのだろう。
群れて襲えばどうにかなるとでも思っていたのか、それとも単に集団心理だったのか。
馬群に蹴散らされた後には、数十人もの怪我人が横たわる結果になったんだ。
バラッシュ一家は、王女エルの命令で暴徒の治療と埋葬を行った。
怪我人には王女エルの立場と、反乱するだけでは政治は決して民の為にならないと説いた。
目的もなく暴徒化するだけでは、却って国を混乱させて他人を苦しめる事になるのだと教えたんだ。
それは、ニーレン思想を曲解した者達にとっては目から鱗だっただろう。
周りの者に感化されただけの暴徒に、未来を考えるねばならないと教える事にもなったらしい。
闘った相手に対しても治療を施す姿を観て、暴徒の中には仲間になる者が出て来てくれた。
同胞だから、生活に窮した者だからこそ、エルの言葉に共鳴したのかもしれない。
一時前進を阻まれた俺達だったが、遊牧民であり騎馬兵で闘いに慣れた一家の戦闘力は暴徒を退けて仲間を増やすのに貢献したんだ。
一家は新たに歩兵隊を持ち、再び王都への道を進み始めることになったんだけど・・・
「え?!俺に対戦車兵を指揮しろだって?」
野営中の幕舎の中で・・・カインに呼び出されて訊き返したんだ。
「そう、ロゼッタさんもレオンさんも。
聴けば元々戦車兵として従軍していたらしいじゃないか?」
バラッシュとカイン、それにエルの前で俺は正直に答えるべきか悩んだ。
元戦車兵と云っても操縦しか出来ない俺と、砲を撃つしか出来ないロゼ、それにレオン。
俺は元々戦車猟兵と呼ばれる対戦車訓練を受けた特技章付きだからまぁいいけど、二人には荷が重いと思うんだ。
「俺だけですよ、対戦車歩兵は。二人は純粋に戦車砲手だったんです」
隠し立てするより、この際はっきり言っておこうと決心した。
「だから、二人は後方に留まるべきだし、もし大砲を放つのなら任せておけば良いと思うんです」
相手によっては砲を撃たねばならなくなるだろうから。
もう少し都に近寄れば、必ず機甲部隊が出張って来るだろう。
もしかしたら紅き旗の反乱軍にも戦車があるかも知れないし・・・それに。
「二人には妹の面倒も見て欲しいんです」
そうなんだ、ノエルの身体を診ておいて貰いたかったんだ。
「そうでしょうね。二人には初めからそう言っていましたものね」
王女エルさんが気を遣ってくれるのに対して、カインの野郎が言うには。
「ですが、二人の魔法使いを後方に置いておくだけでは勿体ない。
貴重な戦力をみすみす使わない手は無いでしょう」
二人を先頭に置けと言うのか?この野郎は?!
「それに彼女達も伴に闘うと言われていますからね」
なに?!誰が共になんて言うんだよ?
レオンもロゼも得意分野じゃない筈だぜ猟兵なんて。
ー ルビ兄ィ・・・ちょっと言い難いんだけどさ。
ロゼさんがね、一人だけ幌馬車に乗ってるのは気が引けるんだって言うんだよ?
指輪の中からノエルが知らせて来る。
なんだか困ったような声で・・・だ。
ー 一人だけ安穏としてるのは嫌なんだって・・・口ではそう言うんだよ?
それはおかしいだろ?
ロゼにはノエルの面倒を任せたんだし、寒がりなんだからさ・・・
「待てよ、ロゼは寒がりじゃないか。
戦車の中ならイザ知らず、歩兵の俺と一緒だなんていう筈が無い」
野良を駆け回り雪に塗れ、凍える中で闘うのを自ら求める筈が無いと言ったんだ。
「それがなぁ若いの。あんたの思い違いだぞ、多分」
バラッシュが苦笑いしながら言いやがる。
「それにあの娘は、お前の妹の面倒もちゃんと診るからって言ったぜ?」
「はぁ?!どうやって戦闘中でもノエルを診れるってんだよ?」
髭親爺に噛みついた俺に、幕舎の外から声がかかった。
「どうやってだって?!こうやってだよ・・・おいロゼ!」
レオンの声がもう一人を呼び出す。
「ルビ、妹ちゃんは温かいのよ!」
雪達磨・・・もとい、ロゼが冬季迷彩コートを開けて現れ出た。
防寒具のコートの中にはロゼの胸に顔を埋めたノエルが・・・
「なんだよ、また抱っこしてるだけじゃないか!」
自分で言って可笑しなことに気付いたんだ。
ロゼがノエルを抱っこしてる?!待て、手は両手ともコートを開いてるぞ?
手を離してもノエルはロゼに抱えられている?
しかも大して苦になってないように見えるんだが?
「あはははっ!抱っこですって?!
ルビも大概進歩の無い男ねぇ、か弱いアタシに妹ちゃんを抱っこしづけられる訳がないでしょ?!」
ぎゃははと嗤うロゼが、コートを足元まで開くと。
「なっ?!なんじゃそりゃぁ?!」
なんと、ノエルの身体を支える装甲板と車輪付き運搬台車が・・・
「ふふふっ!見たかっこれぞ魔鋼装甲猫車よ!」
「・・・・はぁ?!」
そんなものに魔鋼がつくかっ?!
呆れを通り越して返す声が出なくなっただろ?!
「ごほんっ。あ~、これは私が造ったんだが。文句あるのか?」
咳ばらいをしたレオンが俺にとどめを刺した。
あのぉ、レオンさん・・・マジメにやってるんですか?
「なんだよそりゃぁ?!そんなので闘おうって腹なのかよ?!」
「ルビ・・・分かっちゃいないわねぇ。これはある意味最強の装備なんだよ?」
・・・どこ等辺りが?
突っ込む前にレオンが教えてくれたのは。
「ふっ、魔女のロゼは寒がり。ロゼッタも然り。
ノエルの躰から発散される魔法力を魔女が増幅できるんだそうだぜ。
つまり、この装備は魔女三位一体とも言える最強の魔砲を撃てるんだ」
・・・・なんだか、納得できない。
「そーいうこと!防御も小銃如きでは貫通出来ないし、攻撃力はご承知のとおりよ!」
・・・だからぁ、承知できませんってば。
「私がフォローするし、動きだって緩慢じゃねぇんだぞ!」
・・・お二人さん、真面目に言ってるんですよね?
ポカンと口を開いたままの俺に、カインが笑いながらこう言いやがった。
「ではルビナスを戦車猟兵の隊長に任命する。
二人はその補佐並びに副隊長って事にしておくよ」
バラッシュもカインも笑いやがる。
唯心配そうに観てくれている王女エルだけが、俺の印象に残ったんだけどね。
指揮官なんて俺の柄じゃないし、今迄独りで勝手に闘って来たんだ。
部下を持つって事はそれなりに心を配らないといけない訳だし、どう接するかで戦闘の形態も変わるだろうから。
大所帯になりつつある俺達の中で、対戦車戦を行える人員になったのは30人くらいか。
その30人を前にして、俺は思ったよ。
「この人達は戦車を前にして闘う事ができるんだろうか?」・・・てね。
老若男女って言えばいいか、老いも若きも混成の小隊ってとこだ。
その面構えを見れば分かるよ、無理だってね。
ー でもルビ兄ィは、この人達の上に立たなきゃいけないんだよ?
犠牲を出さないように務めなきゃいけないんだからね?
・・・分かってるよノエル。
だから今考えてるんだ、どうすりゃ良いのかを。
若い子は中学生くらいか。
年寄は親爺より年嵩だろうな。
ざっと見廻して、本当に期待が持てるのは3人ぐらいなもんだ。
「これじゃあ分隊に区分けするにも3個ぐらいなもんだぜ、ロゼ?」
傍らに居る魔女を宿したロゼに向けて訊ねると、
「う~んっ、そうなるわね」
ロゼもパっと見た途端に、俺の考えを察したみたいだ。
体格の良い俺より年上の男と、不愛想だが眼の鋭い男。
それにもう一人、気の強そうなおばさんが分隊長ってところだろう。
「3個の分隊は各々8人として。俺が直接率いるのは6人ってとこだよな」
予め人数訳をロゼに告げてから、3人を呼び出して長になるように命じたんだ。
そしたら周りの奴等が文句を言いだしやがった、自分が長になるからってね。
ぶつぶつ文句を溢す奴等の前に立ちはだかったのは、誰だと思う?
「アンタ等!隊長さんの命令が聴けないって言うのかい?
文句があるならワシがぶっ飛ばしてやるよ!」
そう。気の強そうなおばさんが物凄い剣幕で威圧したんだぜ?
俺もロゼさえも、その大きな声に耳を塞いだくらいだ。
「あ、あなたのお名前は?どちらの士官さんでしょうか?」
おっかなびっくり名前を訊ねてみた。
「おう、儂かい?ワシはノッコモアのトータスってケチな人足だったもんさ」
ボサボサの銀髪を掻き揚げて、太った身体を揺すり上げるトータスおばさん。
「こいつ等みたいになよなよはしてないからね、なにせ男ばかりの炭鉱で人足だったからさ」
なるほど、炭鉱夫・・・いや炭鉱婦だったんですか。
それで声も大きく力強いってことなんですねぇ・・・
3人の中でも頼りになりそうに思えたトータスおばさんに、先任分隊長になって貰ったのは言うまでもないだろ?
30人の配分を終えた俺は、ロゼとレオンに部隊の訓練をやろうと言ったんだ。
いきなり実戦をやるのは指揮を執る上でも問題があるからさ。
「そうねぇ。でも、ゆっくりしていられないから。
進軍しながらやるのがいいかもしれないわね?」
ロゼは初めから部隊に期待してはいなさそうだ。
まぁ、素人を速成出来る程時間もないし、耐えれる訳もなさそうだったから。
「武器の扱い方や命令に対して即応できれば、なんとか形にはなれるんじゃないか?」
レオンも同じ意見の様だ。
「それにルビ、この人達って死の恐怖に耐えれると思うの?」
そうだよな、それが一番の問題だった。
目の前に巨大な戦車が現れたら、震えあがっちまうだろう。
目を瞑って対戦車兵器を使われでもしたら、仲間に被害が及ぶかもしれないしな。
「だからぁ、命じられた行動を間違いなく執れるだけで良いんじゃないかな?」
ー そうそう!この人達には今の処だけど心配しなくても良いみたいだよ?
ロゼは分隊長の元に集まる私服の兵を観て、言葉を結んだんだ。
だけども、瞳には過去の悲惨さが思い出されている気がしたし、フェアリアで味わった苦闘が始るのだと告げていたんだが。
ロゼの考えは間違いじゃなかった。
指輪の中からノエルが教えて来た未来は嘘では無かったんだ。
初めの頃は敵も数が少なかったけど、王都に近付くにつれて兵力が増大して来た。
それでも時の指輪を使わずに済んでいたのは僥倖だった。
政府軍の偵察に出ていたバラッシュからの一報が、大虐殺の始りだったんだ。
それは雪が降りそうな曇天の朝。
王都迄残り30キロにまで近寄れていたんだ。
バラッシュ一家に救われたあの日から・・・2か月過ぎた遅い春を待っていた朝の事だったんだ。
仲間が増えるってのは良い事だ。
俺達は味方を増やしつつ進んで行く。
間も無く都に辿り着こうとしていた旅路の終わり。
俺達の前に現れたのは?!
次回 終わりと始まり 第7話
妹よ、辛い記憶から抜け出すんだ!甦るのは始まりの夜。