終わりと始まり 第5話
髭親爺バラッシュとの邂逅が俺達の運命を切り開いた。
髭親爺が俺に言いやがる。
「おい、若ぇの。もう直ぐだな」
都迄一緒に来た髭親爺のバラッシュ。
こいつとの出会いがなけりゃぁ、俺も王女エルもどうなっていたか分からない。
況して寒がりのロゼがどうなっていたかなんて・・・
汽車から降りた俺達が初めに出遭った戦力、バラッシュ一家。
野盗になった農牧民の一家が、全ての始りだったんだ。
雪の中で途方に暮れていた俺達の前に現れた<騎兵隊>バラッシュ一家。
俺はバラッシュに持ち掛けたんだ、都迄攻め込まねぇかと。
こちらには攻め寄せるだけの動機があるのだから、皇帝の娘を助けるっていう大義名分が。
「なにぃ?!皇帝の娘だとぉ?!」
初めは信じようともしなかったさ。
だけど、傍に控える武官カインが居たんだよ、俺達には。
「そうだ、こちらに居られるのは第3王女殿下のエルリッヒ殿下だ」
平民に姿を変えられている王女を指して、カインが鞄から取り出したのは王家に纏わる紋章付きのネックレス。
「どうだい?金貨をせしめたくはねぇか?
王女を擁して都入りすれば、御褒美が貰えるぜ?!」
トドメに俺が金貨を投げて渡した。
そいつらが野盗か強盗団なら、飛びつくと思ったんだよ。
そんな奴等を信じても大丈夫なのかって?
まぁ、途中で裏切られるのは慣れっこになっていたからね。
イザとなりゃぁ、俺には奥の手があったから・・・さ。
このままロゼを放置できないし、妹の躰も心配だったからな。
「ふむ・・・本物らしいな。
だが、若けぇの。見損なっちゃぁこまるぜ、こう見えても俺達はバラッシュ一家だ。
そこいらの盗賊や野盗なんかと一緒にされちゃぁ迷惑だぜ?」
あれ?!違ったのか・・・見たまんまなら野盗としか見えんが?
後になって解るんだけど、政府軍と一戦交えた訳は遊牧民の宝である羊を奪われたからなんだそうだ。
理不尽にも政府軍は税を納めろと言う勝手過ぎる理由で、一家の羊を残らず奪い去ったんだという。
税は戦争を続ける国家に忠誠を果す意味があるのだと納得して、バラッシュ一家は黙っていたらしいが、
政府軍の指揮官が私利私欲で奪ったんだと気付いたバラッシュ達が、猛烈に抗議すると指揮官が一家に向けて発砲を命じたんだという。
だが、一家は元々栄えある騎兵の民だった。
勿論武器たる得物は猟銃くらいしかなかったが、政府軍を驚愕させれるだけの馬術を誇ったんだという。
逃げ去った政府軍が遺棄していった武器を手に、羊の弁償を政府に陳情する為にここまで来たんだという。
「そうか・・・本物のお姫様が逃げなくてはならないとは・・・」
溜息とも嘆きともとれる声を出した髭親爺バラッシュだったが、王女エルを観る目は明らかに同情を表しているように見えたんだ。
「それにしても、どうして殿下であられる姫様がこんな場所で?」
「それは皇帝陛下を騙す卑劣な輩の所為だ。間違った政を執る政府の重職達の所為なのだ」
髭親爺はカインの言葉に頷くと、仲間達を振り返って幕舎を建てさせる。
「我が一家は栄えあるロッソア王朝騎兵の末裔。
王家に仇名す者が国内に居るのを見逃すわけにはいかんが、儂等は地方政府迄行くだけだったからな」
都迄行くのは予定外だと言ったバラッシュだけど、カインの話した政府の有様を聞いて仲間内で集まり協議を開いたんだ。
それまで男所帯だけだと思っていた一家だったが、幌馬車の中には女子供も乗っていたんだ。
幼い子が、ひょっこり幌から顔を出して俺達を見ていると、その脇から伯母さんが手で招き寄せてくれたんだ。幌馬車の中においでなさいと。
願い叶ったりだったよ。
俺はレオンに頼んで王女とロゼを馬車の中へ連れて行って貰う事にした。
カインと俺で、バラッシュ達に応じる事にしたんだ。
幕舎の中で喧々囂々の会議が続いていた。
そりゃそうだよな、女子供を引連れて来ていたんだから。
これから攻め寄せる事になる道中では、なにが起きるかなんて分かりようがないんだから。
でも、俺には指輪があるんだ。
未来を少々見渡せる魔女の魂が宿る指輪ってモンがね。
「ちょっと良いか、アンタに触れさせてくれ?」
バラッシュ以外の奴も俺を変な目で見やがるんだけど、この際気にしちゃいられないよな?
「アンタ達の未来が見えるんだよ、この魔法のリングならね?」
詳しい話は折々で良いだろ?振れれば未来ってモンが感じられるんだとだけ教えりゃ十分だろ。
ヘンな目で観ていた奴等に<魔法>という言葉は意外にも効き目があったようで。
「その蒼い指輪が?魔法使いの証なのか?」
親爺が訊いたけど、黙って手に触れてみた。
「どうだ?親爺さん達はどうなるんだ?」
ノエルに未来を観て貰うと、直ぐに答えが返って来た。
ー ルビ兄ぃ、オジサン達に言って欲しいの。
本当に嫌なら行かなくて良いよって。
特に女の人や子供達は連れて行かない方が良いって・・・
この先の悲劇を回避する為だと、ノエルが応えたんだ。
ー それと、この人は王家に恩義を感じているわ。
特に王女エルさんの事を、少なからず気の毒に思っているみたいよ?
どういうことなんだ、恩義を皇帝に感じているだなんて?
なにか授かりでもしたのか?
指輪のノエルに訊いてみる前に、髭親爺の方からカインに問いかけて来やがった。
「お前さんに訊きたいんだが。
皇帝は君側の奸に毒されているだけなのか?
それとも御自身自体が醜聞通りの悪帝になられてしまったというのか?」
俺を通り越してカインに訊きやがった。
まぁ、俺の姿形から傍に仕えていないのが判るのだろうけど、なんだか癪に合わんな。
「ああ、アンタの言う通りだ。
陛下はとある時点から、人が変わったようになられてしまったんだ。
それまでの慈父たるお姿から、まるで鬼のような姿声にな・・・」
カインはバラッシュの言葉を否定しない。
俺にはどう言う事かは分からなかったが、髭親爺には判ったみたいだ。
「そうか、あのお方が。
それで姫君迄追放の憂き目に遭われたというのだな?」
「追放ではないが、逃げねばならなくなる程までに忌み嫌われたのだ」
髭親爺はカインの捕捉に頷き、俺を垣間見て。
「最早決した。我が一家はエルリッヒ殿下を擁し奉り、王都へ出向く。
我が忠誠を姫君に捧げて陛下の御身を君側の奸から解き放つのだ!」
バラッシュが宣言すると、周りの者達も一様に頷く。
ー ルビ兄ぃ、早く言わないと!
流石に危ないと思ったのか、ノエルが急き立てて来た。
「ちょっと待ってくれ!女子供はどうする気なんだよ?
いくら正義の為だとは言え、女子供まで戦場に向かわせるのは無謀だぞ!」
幕舎に響くぐらいの大声で翻意を促した俺に、
「王女殿下を御守りするには、侍女や傍女が必要だろうが。
我が一家に居られるからには、御所を奉ぜねばなるまい」
昔気質というか、髭親爺の時代錯誤というか。
「いいか?俺達が攻め上る途中には政府に味方する部隊がごちゃまんといるんだぜ?
女子供をそんな所に連れて行く気かよ?正気の沙汰じゃないぜ?」
声を荒くして辞める様に言ったんだが、髭親爺は余程の堅物だった。
「いいや、姫様を奉じて向かうのだ、逆賊たちは平伏すだろう」
「いやいや。相手はエル王女の方を逆賊に見立てるだけさ!」
現皇帝と王女ならば、皇帝側に立つ者の方が多いだろうと、俺が忠告したんだが。
ー ルビ兄ぃ、それならこうすればどう?
相手が折れる様子を見せないから、ノエルが口を挟んで来たんだ。
意見の折衷案という奴を・・・
「なぁ、魔法の指輪が言うんだ。前線に王女を晒すのは危険過ぎるって。
だから、俺達男連中が先鋒を務めて後からついて来るようにしたらどうかってな」
「なんだと?先陣を務められないというのか?
戦ならば、将が先陣を務めるのがしきたりだろうに?!」
またもや、古すぎる考え方に凝り固まる髭親爺。
ー ねぇ、見えたのはこんな少人数じゃなかったよ?
もう少し経ったら、この数十倍もの人が仲間になってるんだよ。
そうなったら、オジサンも文句が言えなくなるから。
暫くは言う通りにさせてあげたらどうかな?
「なんだって?!数十倍もの人数に膨れ上がるのかよ?」
指輪に話した俺を、不審そうに見ている髭親爺に教えてやったんだ。
「バラッシュさん、暫く行くと同胞が集い始めるみたいだぜ?
そうなったら王女や女子供を後手に廻してくれよな、制御出来なくなっちまうからさ」
制御って言うのは、闘いだけじゃなくなるってことなんだ。
大所帯になったら、食料弾薬を取り仕切らねばならなくなるし、部隊の作戦を司らなきゃならなくなる。
一所帯でいられる今なら良いが、複数の部隊構成になったら司令部が必要になるのだから。
「そうなのか?そうなった時は考え直さねばならんな」
髭を扱いてバラッシュが頷いた。
髭親爺もついに認めやがったぜ。
「そういうことだ、髭のバラッシュさん。
取り敢えずはこのまま北へ向かおう。
途中で何があるかは分からないけど、都迄はまだ相当日数がかかるだろうからな」
作戦と言っても何も図りようがなかった。
今は唯、真一文字に北上するだけだって、棟梁バラッシュに頼んだんだ。
「よし、それでは男は馬に乗れ、王女殿下と侍女達は馬車に乗る事になるからな」
バラッシュはさも当たり前のように馬に乗れって言うんだけど・・・
ー きゃーきゃー!乗馬だよ乗馬!
ノエルははしゃいでいるんだけど、俺って馬なんて跨った事も無いんだけど?
どうなるんだ・・・俺?!
で?
案の定、初めはずり落ちたもんだよ。
その度に指輪がため息を吐いていたのも覚えてるさ。
馬車の中に居る魔女ロゼも、昔の騎士を思い出してか悪態を吐くのも忘れて観ていたモンだったよ。
人の気も知らずにさ・・・
まぁ、周りの連中に教えて貰いながらだったけど、どうやら乗馬しながら射撃できるまでにはね?
え?カインかい?
あいつ・・・端から乗馬できやがりやがんの。
やっぱり貴族の出ってことかな?それとも王族の血が為せる技かな?
初めから乗馬出来て、しかも魔法を放ちやがるんだぜ?
反則だろぉ?氷の魔法でかちんこちんにしやがるんだぜ?
・・・俺には無理だよ、乗馬も魔法もやりこなすなんて芸当は!・・・
碧い指輪の中で、全く前途を考えない声がしたもんさ。
俺が必死に乗馬の練習をしてるのに。
このままだったら、敵と闘う前に落馬で死んじまう・・・
どうなるんだ・・・俺?
ー きゃははっ!乗馬って気持ちいいー!
↑
おい・・・ノエル?!
本当に、俺の立場はどうなるんだよ?!
そう思ったもんだよ、二か月前はね。
そう・・・それから二か月があっという間に経ったんだ・・・
どうやら、俺達にも運が廻ってきたようだ。
騎馬遊牧民のバラッシュ一家が味方になってくれた。
心強い仲間だけど、なんだか古めかしい奴なんだよな。
戦いを繰り広げて・・・って、言いたい所だけど。
政府に不満を持つのは民間人だけじゃぁなかったんだ。
軍人も、無理矢理軍隊に入らされた人達が多かったってことかな?
次回 終わりと始まり 第6話
君は元々猟兵だったからね、物足りないんじゃないのかい?