終わりと始まり 第1話
少年達の死が端緒だった。
新聞社が灰燼に帰したのも不満を一層募らせることとなった。
衛星国だけに留まらず、ロッソア国内に於いても政権に歯向かう者達が次々に武装蜂起を起こした。
況してや、衛星国では傀儡政権が倒れ去り、独立運動や反旗を翻す者達であふれる状況になった。
初めは武力で封じ込めていた帝国政権も、次第に自分達の想い通りにいかなくなった現状が判り始めて来た。
このまま放置しておけば自分達の身も危ぶまれると・・・
「フェアリアに送り込んだ部隊を引き揚げさせるのだ。
前線は維持、引き上げるのは後方に展開している部隊だけでよい」
戦争を知らない貴族院長の発案に、異議を申し述べる者は居なかった。
もし、この場で異議をたてれば反乱者達の仲間と扱われる虞があったからだ。
「機甲部隊も、それに付随する補給部隊もだ!」
前線からは矢の催促で補給を促して来ているのに・・・
折角抑えた占領地に送り込めた筈の戦略物資や補充兵も、この命令で霧散してしまう。
保身に奔る貴族院長に誰もが呆れ、やがては追従する者達も離れて行く結果となる。
それも上に立つ者を見限った、貴族達の保身とも言えたのだが。
ある貴族は全財産を手に、近隣の外国と密談を交わした。
自分の身を保証する代わりに財産を分け与えると。
またある貴族は反旗を翻した民達に紛れて政権から逃げ去った。
落ち目の貴族達は、次第に皇帝から遠退く。
没落するのが分かったから。もはやその日も目前だと悟ったのだろう。
皇都は次第に騒乱の巷となっていく。
宮殿に配されている近衛兵の姿も、次第に少なくなっていった。
それはもう、軍さえも皇帝の命をないがしろにし始めた証であった。
時にロッソア帝国最期の春明けやらん3月の事だった。
「情報によれば、皇帝一派は最期の賭けに出た模様だ。
機甲部隊から抽出した一個連隊を都に入れたようだぞ?!」
冬季迷彩を施したコートを羽織った銀髪の魔砲将校が地図に書き入れる。
「そう・・・まだ闘いを続けるというのね?」
悲し気にその様子を、奥の高座から見下ろしている金髪の乙女が呟く。
「エル・・・いいえ、皇太子姫。
これからが本当の戦なのです、これからが正念場なのですよ」
銀髪の将校が皇太子姫と呼んだのは。
「大佐・・・カイン。もうお父上に勧告するべきなのでは?
このままだったら、間違いなく捕らえられてしまうか自刃なされてしまわれるわ」
都を逃げ出した筈のエルリッヒ王女その人。
傍らに傅くのは元王女側近であり幼馴染でもある侍従武官カインだった。
二人が居る天幕の外には、紅き旗が翻っていた。
紅き旗の元、数百人ものロッソア軍人が集って、それに付随した戦車の姿さえも見えた。
都から僅か50キロ。
もう都市部の外輪にまで迫った軍団は、一時的に停止しているようだったが。
「もう少しここに留まるように命じてあります。
急激な侵攻は逃げ遅れた民にも不幸を招きますから」
カインは地図に書き込まれた現状を示して、皇太子姫を慰めるのだった。
「でも、彼等には彼等なりの闘い方があるって言ってらしたから。
もう都の中にまで先行されているのでは?」
顔を挙げたエルが、此処に居ない<彼等>の今を訊ねる。
「皆がここまでやって来れたのも魔鋼の力があってこそ。
時の指輪があったからこそなのでしょう?」
「はい、仰る通りです。彼等は自ら進んで望んだのですから。
ロッソアに平和を齎せようと・・・買って出てくれたからです」
二人の前に広げられた戦略地図には、<魔鋼猟兵部隊>が記されている。
そこに書かれてあるのは、一人の魔鋼猟兵の名。
フェアリア人の義勇兵としてではなく、二つの国に伝説として語り継がれて来た古の騎士に由来する名。
その名は・・・月夜の孤狼
「いいか!奴等の側面に廻り込め!姿を晒さず忍び寄れ!」
俺は今、孤独な闘いから解放されていたんだ。
仲間達が居る。信じあえる友が居る。
そして想いを同じくする戦友達が居るんだ。
「側面下部の車体に当てろ!間違っても車輪なんかに当てるんじゃないぞ!」
破孔爆雷と推進式装甲榴弾を手に、俺達は敵に忍び寄る。
目標と定めたのは、ロッソア軍の政府側に属した戦車中隊。
主力のT-34ではないが、民兵達にとっては脅威の存在だ。
人員殺傷が目的じゃないけど、危険な存在は排除しなければならない。
俺は傍らの雪達磨に合図を送る。
その雪達磨から突き出されているモノに期待を込めて。
「やれロゼ!一発ぶちかましてやれ!」
長い鉄の棒のような物を戦車に向けていた雪達磨が、僅かに傾くと。
「雪ダルマじゃないもん!」
馴染みの反発声が聞こえたかと思うと。
バシュッ!
鉄の棒が火を噴いて飛んで行く、20メートル先の戦車へ向けて。
車体に突き当たった鉄の棒が先端から炎を吹き出して、装甲を焼き切った。
戦車内部に高熱を注ぎ込み、内部に破壊を齎す。
忽ち乗員がハッチから逃げ出す。
そのハッチから煙が立ち上り・・・・
ダッダーンッ!
砲弾にでも火が廻ったのか爆発を起こして完全に破壊された。
「一丁揚がり!」
雪達磨が自慢する。
まぁ、ここまで近寄れば・・・外す方がどうかと思うんだが。
ロゼの射撃が引き金となり、忍び寄った仲間達の攻撃が始り・・・瞬く間に終わりを告げた。
戦車中隊は歩兵を伴っていなかった。
忍び寄った俺達に有効な反撃方法や阻止方法が無かったということだ。
車内から逃れ出られた者達を、一か所に集める仲間達。
「どうするねルビさん?踏ん縛ってしまうかい?」
初老のおじさんが訊いて来るのを押し留めて。
「いや、話すだけでいいさ」
集められた戦車兵達に近寄ると。
「なぁ、みんな。俺達の仲間にならねぇかい?」
旧知の友達に話しかけるみたいに気軽く誘ったんだ。
「ルビィ、どんどん仲間が増えるねぇ?」
雪達磨がフードを脱いで笑い掛けて来る。
「大所帯になり過ぎじゃないの?」
フードから零れた金髪が日の光を受けてキラキラ光る。
いつもながらロゼは明るく俺に接してくれている・・・有り難い事に。
「でもさぁ、アタシはいつも二人だけでも良いと思ってるんだよ?」
ホント、感謝してるからロゼには。
「だって。ぬくぬく温かいもん、二人なら」
巨大な着ぶくれ・・・モトイ、雪達磨状態のロゼさんには。
いつの間にか慣れてしまってるけど、初対面の奴なら不思議がるだろうぜ。
その姿を観れば・・・
二人分の防寒着には、魔女の魔法力でくっついているロゼと・・・
「妹ちゃんも、温かいよね?」
抱っこ紐で括られた妹が入っているんだ。
・・・びっくりだろ?
「ルビさん、いよいよ都に攻め寄せるんだよな?」
仲間が空を見上げて訊いて来る。
「ああ、この2か月散々この日を待ち望んだんだからな。
エルも早く逢いたいだろうしさ、親爺さんとやらに」
振り向いて遠くにはためく紅い旗を観た。
そこに居る筈の王女様とやらに、想いを馳せて。
「皇太子姫を名乗られた王女エルリッヒ殿下を祀り上げるなんざぁ策士だねぇ」
傍らのおじさんも、遠くはためく旗を観て、苦笑いを返して来る。
「いいや、本当の策士ってのは。あそこに居るさ」
はためく旗の下に居るであろう銀髪の魔鋼士を差して、俺も口元を歪めてみせたんだ。
だって。何もかもが二人と出逢ったからなんだぜ?
俺達が紅き旗の元に立ち上がったのは。
「カイン大佐かい?確かにあの御仁の策は的を得てるからなぁ」
集まり始めた仲間が溢す。
「それに時の魔法使いのアンタも。死なない男だからねぇ」
・・・それは言いすぎだろ?
嫌味ともとれる誉め言葉に、何も言い返さずロゼを見た。
何もかも。そう2か月前のあの日。
俺達は新たな旅立ちに足を踏み込んだんだ。
汽車から降りて・・・直ぐに。
攻め上るルビ達。
仲間達と共に目指すのは皇帝の居る都だった。
王女を擁し、先帝を滅ぼすとでも言うのか?
それとも?
次回 終わりと始まり 第2話
汽車の中で問い詰めたのは本当の望み。エルもルビも望むのは?!




