翻弄される希望 第6話
失意より希望を持たなきゃいけなかった。
王女には同じ轍を踏んでは貰いたくなかった。
そう・・・古の魔女として。
自分達が置かれた状況を考える。
ロッソア帝国は崩壊に向かっている・・・国内で起きた武装蜂起で。
フェアリアは敢闘している・・・国境へと押し戻そうとして。
二つの事実が齎すのは?
「つまり、もう直ぐ戦争は終結を迎えるんじゃないのか?」
導きだしたのは、単なる希望なんかじゃない。
「そうだとしても、ロッソアに平和が訪れるとは限らない」
それも言える。武装蜂起が直ぐに帝国を瓦解するとは思えない。
まだまだ内部で政変が起きるかもしれないのだから。
国家が内部から破綻する時には、多くの犠牲が伴われることくらい知っているさ。
「だったら、俺達はどうすれば良い?
このまま暫く身を潜めておくだけで良いのか?」
結論は汽車が停まるまでに出さねばならない。
もう後半日も経たない間に・・・だ。
「ロッソア帝国が瓦解するのなら、あなた達はどうしたい?
民と共に生きるか、それとも肉親たちを助けて逃げると思うのか?」
魔女ロゼに乗っ取られた魔鋼の乙女が訊いた。
「もし、あなた達の生きる先に光があるのなら。
それは誰かを犠牲にしてまで手に入れたい物なの?
それとも誰かの為に尽くして手に入れるべきモノなの?」
蒼き瞳で問い質す。
同じ蒼き瞳の元王女へ。
「分からない・・・分からないけど。
私はカインと共に生きようと思ったの、唯本当の自由を手にしてみたかったの」
自由を得る代償に、自分は既に手を穢してしまった。
既に何人もの不幸な人を産んでしまったのだと・・・
逃げ出した事への憂いと罪の重さを、王女エルリッヒは感じ取っている。
「あなたはそうやって逃げる口実を探している。
自分の運命から逃げる事だけを選んで来た。
それがどれだけ不幸を撒き散らすのかも分からずに・・・」
王女エルリッヒ姫に理の事実を突きつける魔女。
王女である事からも逃げ、民の不幸をないがしろにする行為を諫めて。
「確かに運命から逃れるのも容易い事ではない。
だが、逃げた処で本当の自由など手に出来ようか?
心に刺さった棘はいつかは自分を苦しめるだろう。いつの日にかは棘は心を闇に貶めるだろう。
今こうして話している魔女の様に・・・」
自ら冒した罪に重ねて、王女エルを諭さんと言葉を紐解く。
「闇に心を縛られ、自分に課せられた罪の意識にのたうつ。
魂まで闇に囚われてしまえば、死した後でも粛罪に苦しめられる。
やがて呪いと化し、死した後でも彷徨う事になる。
救いを求め、魂の安息を欲し・・・誰かに不幸を撒き散らし続ける存在に」
生きている間に成し遂げなければならなかった。
逃げるだけではなく立ち向かわねば救いなど訪れようがないと。
魔女の口から零れだしたのは、己の存在が他人までも巻き込んでしまう不幸。
自らが求めた結末に、係わりの無い者まで死に至らしめた事実。
「私が求めた結末・・・それは自らの粛罪。
魔女となった魔法使いが最期に望む希望・・・」
魔女の瞳が訴えるのは、自らの終末。彷徨い続けた魂が安息を求めているのだ。
「魔女よ、それではエルにどうしろというんだ?
何に立ち向かえば良いと言うんだ?」
王女に傅くカインが問う。二人が追われる身であるのを知った魔女へと。
「己が心に正直になれば良いのだ、運命から逃げず立ち向かえば道は開けよう」
答えはエルの中にあるのだという。
宮殿から逃げ出した王女が自ら引き出さねばならないのだと。
「王女エルリッヒよ、そなたの中では未だに肉親への希望を抱き続けておるのではないのか?
心の奥では助け出してみたいと願っているのではないのか?」
魔女の言葉はエルの心の扉を叩いていた。
封じ込めた想いを、もう一度だけ曝け出してみせた。
「でも、今更どうやって?
私は追われる身に堕ちたのですよ?お父様の心には私なんて居ないのです」
「この僕にもそう見えました。だから二人で自由を求めようと逃げたのです」
幼馴染は手を携えて訊いて来る。
「それが本当ならば、なぜまだ躊躇う心を持っている?
なぜ今少し抗おうとしなかった?闇に負けようとしておるのだ?」
魔女の瞳が同じ過ちを繰り返そうとする二人に質す。
「血の繋がった者をどうして見放す。なぜそなたの手で正さない。
そなたにはそれだけの力があるというのに、なぜ罪を拭ってやらないのだ?」
魔女の言葉に二人は目を配らせ合う。
皇帝と王女、父と娘・・・絆は途絶えたとは言い切れないのかと。
「このままではそなたの父は死しても救えぬぞ。
今のまま逃げ果せたとしても罪の意識に苛まれ、やがては自らも堕ちよう。
それが今のそなたには見える、葛藤の中で知ってしまった今ならばな」
逃げ出す前はなんとかして皇帝を諫めようと努力した。
取り巻きの悪意から助けようと試みた。
諦めてしまったのは自分の力の無さ、心が折れて逃げ出してしまった。
「そなたに一言進ぜよう。
心弱き時は頼れば良い、志を同じくする者に。
だが、諦めてしまえば何もかもが崩れ去ると心しておくことだ」
諦めて逃げ出したエル。魔女の言葉は胸を貫いた。
「誰に?誰と志を同じくすれば良いのですか?」
心を打った光に、エルが求める答えは。
「既にそなたは手にしておるではないか。
巨悪に立ち向かえる光の刃を握り締めておる筈だが?」
微笑んだ魔女が握られた手を示す。
「嘗ての私には無かったモノを、既に手に出来ておるだろうに」
それこそが魔女に成らざるを得なかった理由。
魔女ロゼになったのは、携えられる人が傍に居なかったから。
「今こそ言える、そなた等を知った魔女ならば言う事が出来る。
理を携えられる者ならば、運命を切り開く事も出来るのだと」
魔女の瞳から呪いの一端が消えた。
彷徨い続けた数百年もの永きに亘る<呪い>という災いが。
「私達だけで救えるのでしょうか?お父様を・・・」
まだ確信が持てないエルが魔女へと質すが、そこにはもう魔女の魂は表れてはいなかった。
「ほへっ?!あれ?アタシ・・・何を喋ってたの?」
ブルッと寒がりロゼッタに戻って惚けた声を上げる。
横で聴いていた俺がロゼの肩を引いて。
「いやぁ~っなに。魔女さんが俺達に頼んだんだよ。
ロッソアの未来を託す、この二人にな!」
話は全部聴いていた。
ロゼッタに宿った訳も、どうして今迄俺達について来たのかも。
魔女のロゼさんは、オーリエさんのようにはいかなかっただけなんだ。
二人とは違い、たった一人ぼっちだったから。
「なぁレオン?ロッソアを救うなんて、大それたことだと思うかい?
それとも俺達なら出来ると思うかい?」
出来ないなんて一言も言ってないぜ?
だって、俺にはこの世で最強の魔鋼力があるんだから。
ー ルビ兄ぃ・・・カッコつけ過ぎ!
ほらな、指輪だって断っちゃいねぇんだぜ?
「まったく・・・お人好しにも程があるぜルビナス・ルナナイト?!」
そりゃぁどうも!レオンも同意したようだぜ?!
「あにょぉ・・・何がどうなってるのか?」
むぅ・・・損な乙女を忘れてた。
「なぁロゼ。ロッソアの英雄になるのも悪くないぜ?」
「はぁ?!何を言ってるのよ、妹ちゃんをどうする気なのよ?」
寝台に横たわらせたノエルを指し、勝手に決めるなと文句を返して来やがったけど。
「もう決めたんだロゼ。
妹を目覚めさせるには平和が必要なんだって分かったから。
フェアリアに帰っても平和じゃなきゃ意味がない。
戦争を終わらせて帰れば良いんじゃないかってね!」
それが出来るのは、世界中で俺だけなのかもしれないんだから。
ー だぁ~からぁ!カッコつけ過ぎ!
指輪の中で、妹が笑ってら。
躰から魂を抜かれたままでも。俺の右手に居る状態でも。
「アンタねぇ・・・どこまで本気なのよ?
この二人に何を願うというのよ?」
ロゼが剥きになって訊き返しやがる。
「そりゃぁ簡単!俺は本気だ、本気で英雄って奴になるのさ!
フェアリアじゃなくてロッソアの民に語られる魔鋼の猟兵って奴に。
新たなロッソアを目指す二人に乞われた魔鋼の猟兵って奴にさ!」
二人が成し遂げようとしているのは父皇って奴の救出だと分かってる。
だけどそれだけじゃないとも判るんだ。
現皇帝に追われる身の王女が成し遂げようとしているのは、自由をその手に掴む事。
王女が自由を望むのであれば、民も自由を手に出来る。
それに手を差し伸べるのはつまり・・・
「俺達は平和を希求する者に乞われる魔鋼猟兵なんだぜ!」
終着駅に着く前。
俺達の進むべき道が決まった。
そして・・・俺が都へと向う事になった本当の訳とは・・・
遂に!
最後の目標が定まったようです。
王女エルを擁してロッソアを救うという大それた目論見を?!
さぁ!遂にラストへ向かうのか?
いよいよ最大の戦いへ!
またシリアス展開になる?!
次回 終わりと始まり 第1話
君は本当の相手を知る・・・そいつはあまりに強大なる敵だったのだ




