翻弄される希望 第5話
希望・・・
それは誰の前にも平等に表れる光・・・
その時は知る術もなかったけど。
二人には関心が深い事のようだった。
汽車に<キャシミール>で載せられたその日の朝刊が販売されていた。
夜中に発車した大陸鉄道だから、新聞も途中の駅で載せられ販売されるとは知らなかった。
今迄は情報というのは自分達で集めるよりなかったんだけど、汽車に乗るって事はこんな側面も見せてくれたんだ。
喉から手の出る程知りたかった、祖国の情報を目で観ることが出来るんだと思って。
どんな状況になっているのか、仲間達は今どうしてるだろうかと想いを馳せて。
車内販売の給仕さんから、それを受け取るまでは・・・
「ルビ・・・レオン・・・本当なのかな?」
俺が拡げた紙面を観て、ロゼが言葉を失っている。
見出し部分だけで眼が虚ろに成り果ててしまい・・・
「まぁ、新聞って言っても。半分はプロパガンダだからな・・・」
レオンも俄かには信じ難そうだった。
「いくら帝国軍が優勢だと言っても、フェアリアがそう易々と敗北する訳がない。
あっちには魔鋼戦車があるんだから・・・」
一面を飾る見出しには、フェアリア軍が敗走して首都周辺まで逃げたと知らせていた。
崩れ去ったエレニアの市街地の写真と共に。
「そうだよな・・・詳しく読まなきゃ真意の程も分からないけど。
苦戦しているのは間違いないし、攻め込まれているのも本当だと思う」
暗い気分にならざるを得ない。
送り出してくれたアリエッタや小隊の皆の顔が眼に浮かぶ。
特にロゼの落胆と心配そうな顔は観ていられなくなる程だった。
前線勤務だった姉。
同道する事をやっと認めて送り出してくれたアリエッタさんが、今どうしているだろうと妹は心配しているのだ。
「ロゼ、アリエッタさんの事だ。きっと無事に逃げ遂せているさ」
励ますのも空々しく思えるけど、そう言うしかなかったんだ・・・分かってくれ。
「ルビ、違うよ。
アタシが心配するのは、妹ちゃんを連れて行くって言ってた地方がヤバいんじゃないかと思ったんだ。
この新聞によれば、ルビの父方の親戚が居るっていってたミタアだけど・・・
既に戦線はもっと皇都拠りに移っているみたい・・・なんだよ?」
虚ろな顔でロゼが言い直して来たんだ、俺の方を心配しているのだと。
ノエルを預かって貰える親戚縁者が居る筈の土地には、ロッソア軍が居るのではないかって。
「そうだとしたら・・・って、考えちゃったんだよ?」
もし、ロゼの考えが杞憂じゃなければ。
俺達は帰る場所を失ったに近い。ロゼの母も皇都に居る筈なのだが、どうなっている事やら。
沈痛な面持ちになった俺とロゼから新聞を奪う手が。
「ごめんなさい、少し気になる事が載ってるから・・・」
碧い瞳で謝りかけるエル元王女が、片隅の記事に興味を惹かれたようだ。
俺にはどうでもいいような、ロッソア皇都で起きた殺人事件を取り扱った記事をだ。
貪るように目を通していたエルが、傍らのカインと呼ぶ男に目配せする。
「ま・・・さか?!」
衝撃を受けたように唸ったカインが、エルに首を振って何事かを知らせる・・・と。
「嘘・・・そんな?!あの子が?どうして?!」
驚愕の声を張り上げるエル。
それを押し留めるかのようにカインが抱きかかえて車両の最後部に行ってしまった。
二人が着目した記事に書かれてあったのは。
{昨夜帝都貧民窟に於いて、6名の少年が殺害された。犯人の目的は不明なれど残虐性と殺害方法から考えても、銃器に詳しい者か軍隊経験者と思われている。一部の市民から寄せられた情報によれば、脱軍者と思しき目撃情報もあり、真意の程が問題視されています。被害者は警察関係者によれば<チュータ>と呼ばれていた10歳の少年を始めとした計6名の身寄りのない子達との噂もあり・・・・}
途中で読むのを辞めた。あまりに胸糞悪い犯罪だったから。
そんな狂気の記事を読んだエルが、取り乱すなんて?
なにか事件との関りがあるのだろうか?
カインとエルは何事かを話し合っている。
エルはカインに頭をつけて涙ぐんでいるようだけど?
立ち入ってしまうのは気が牽けるし、何より俺達は自分達の事で頭が一杯だったんだ。
ノエルをどうしたら護れるのか。どこへ行ったら安心できるのかってね?
汽車の中で販売された新聞と同じ物を手にした住民が怒りに震えていた。
6人の子供を殺戮した者の噂が街中にまことしやかに流れて行った。
真意の程は分からないにせよ、噂は尾ヒレを着けて広まった。
ある男に寄れば、少年達を殺戮したのは憲兵だという。
またある婦人に由れば、憲兵は内閣府の特命を傘にしている特務隊だと言った。
住民たちは半ば懼れ、半ば怒りの矛先を特権階級に向け始めた。
自分達も、いつそうなるか分からないと。普段の暮らし向きさえ苦しいのに、いつ自分達の子息がそんな目に遭わされるかも分からないと。
恐怖と怒り。
皇都は疑いと怨念が渦巻く闇に支配されたかのようだった。
「ケシカランではないか、直ちに記事を書いた者の処罰を執り行え!」
貴族院で問題が提起された後、件の新聞社は憲兵隊によって灰燼に帰した。
つまり政府に怒りを向けさせる反政府行動と看做されたわけだ。
新聞社は朝刊を出しただけで放火され、記事を書いたものは直ちに処刑された。
いいや、記者だけではなくそこに居た者全てが。
全てが権威を笠に着る者の傲慢から起きた。
燃える新聞社から逃げ出した従業者も、憲兵に見つかると拘束されてしまった。
そこに務めていたというだけで・・・だ。
目に余る残虐行為を、住民達は黙って指を咥えるだけでは無かった。
そのころ皇都の一部にも彼等は潜んでいた。
ニーレンの思想に共感した者達は、政府を転覆させようと地下に潜んでいたのだ。
いつの日にか立ち上がらんと画策し、いつの日にか住民を巻き込もうと企てながら。
その日は、間違いなく近づいていた・・・・
情報に疎く、己の強欲さに顧みない輩は権力にしがみ付いていた。
身に迫る崩壊など、考えもせずに。
権力と金さえあれば、民などどうにでも出来るのだと多寡を括って。
確かに帝国主義が罷り通っていた頃なら、間違ってはいないかもしれない。
だが、時代は既に一部特権階級など必要としていなかった。
いくら王や皇帝だと威張って観ても、民に見捨てられれば自らの存在など虚ろに過ぎないと考えなかったのだろうか。
その日は間違いなくやって来ようとしていた・・・
衛星国で沸き起こったニーレン主義。
紅き旗の元、民が蜂起したのはフェアリアにとって幸いだったのかもしれない。
干戈を交える最中の武装蜂起は、ロッソア帝国軍に計り知れない痛手を与え続けていた。
衛星国から抽出するべき将兵、農地から出る作物糧食。
そのどちらもが滞ってしまえば、正規の軍とて勢力は保てようもない。
他国に攻め込み、富を奪取し続けた報いが今になってロッソア帝国自体を弱体化させたのだ。
帝国の傀儡政権は挙って民に討ち滅ぼされた。
その波は次第に帝国へと流れ込み、本国の中でさえもうねり始めていた。
初めは小さなうねりだったモノが、やがては大きなうねりと化し。
やがては巨大な渦となって押し寄せて来た。
衛星国で起こった紅き旗は、奔流となり皇都に押し寄せんとしていた。
時にフェアリアと開戦して10か月が経とうとしていた冬の朝の事だった。
その日は、唐突に訪れた。
新聞社が放火された後。
僅か一日後にやって来た。
とある情報によって。
皇帝や政治を司る者達への不満を、一気に爆発させるような報道によって。
それは・・・とある戦場からの報告だった。
前線に向けてなけなしの輸送を託されていた部隊の壊滅という信じがたい情報だった。
部隊からの緊急無電に触れた情報将校が、迂闊にも部外者に漏らした事に因り発覚したのだ。
帝国軍の輸送連隊が、たった一両の敵戦車により壊滅したのだと。
フェアリアの魔鋼戦車に描かれてあった紋章が、ロッソアの伝説を蘇らせることとなる。
その戦車に描かれてあったのは・・・<双璧の魔女>
フェアリアを守り抜いた魔女の復活を知らせていたのだ・・・
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新聞の片隅に書かれてあった。
この新聞社は近く国民に知らせねばならない情報を掴んだと書かれてあった。
勿論、フェアリアとの戦闘状況についてだ。
優勢に戦争を行っているにしては死傷者数が対戦国よりも多い事。
占領している地域で行われる軍政が反感を呼んでいる事。
そして一番問題視されるのは、自国の軍隊の中からも反乱が起きているという事実。
今迄に無かった事象に鑑み、帝国は直ちに戦争を中断せねばならないと。
社説として短い文に綴られた記事に目を通した時に分かったんだ。
俺達の進むべき道が。
フェアリアに辿り着く方法が。
この二国間戦争で喪われたモノに報える方法が。
但し、俺達だけでは成し得ない。
俺達魔鋼の兵だけでは戦えない。
二つの国を救えるには彼等の力がどうしても必要だった。
戦争を終結させる為には。
「ねぇ、あなたは今でもこの国を愛し続けているのかしら?」
ロゼの口から言霊が流れ出た。
フェアリアに裏切られ、ロッソアとも闘った事のある古の魔女ロゼの魂から。
「二人はこの国に自由を与えてみたくはないかしら?」
蒼き瞳は決意を促す。
「不幸な人を産まない為にも。未来ある国へと変えるつもりはないかしら?」
その先にある輝を目指して。
「それが出来るのは、私達魔鋼の異能を持つ者だけ。
闘うのなら私達と共に立ち向かいなさい、魔鋼の猟兵と化して!」
魂だけになっても、何百年もの永きに亘り求め続けた。
今、遂に手が届きそうなところまで辿り着いたのだと。
フェアリア王に訴追され、ロッソアに愛する者を奪われた魔女ロゼ。
その宿願とは?
「魔鋼猟兵ルビナスと共に、ロッソア帝国の終焉を求める!
腐り切った大国は、生まれ変わらねばならないの!
それが私の呪いを解く唯一の条件、それこそが新たな時代を開く希望!」
魔女は己が呪いを大国が生まれ変わるのと兼ね合わせた。
そして、二人の希望だとも告げる。
帰るべき国を奪われたカインに、崩壊する王朝を生まれ変わらせるエルリッヒへと。
「その時がついに来た・・・光はまだあなた達の上に輝いている」
俺達の前に現れた魔女が、遂に思い出したのだ。
自分にかけた呪いに。自分が呪った魂の呪縛に・・・解放される日は近いと。
絶たれた筈だった。
古からずっと孤独に耐えてきた。
それがやっと光を与えられた。
光は希望となり仲間達に降り注ぐ・・・
次回 翻弄される希望 第6話
そして魔女は悟った。魂の解放は目の前に居る者が齎してくれるのだと・・・それは?!




