翻弄される希望 第4話
汽車の中で。
窮地を脱した王女エルと向かい合っていた・・・
車窓の眺めが安心させた。
流れゆく景色が心を緩ませてくれていた。
汽車の中に居るのだと、目でも教えてくれたから。
「危ない処を助けて下さり、本当にありがとうございました」
白金の髪が顔を隠す。
やっと口を開いて謝意を告げて来た。
気品ある顔立ち、言葉使いも上品。
目の前に居る少女は、俺とは違う世界の人間なのだと教えているようなものだった。
「感謝する。このお礼は必ず返す、目的地に辿り着ければ」
少し・・・鼻に着く野郎だが、こいつも気品ある顔立ちだと思った。
「いやぁ~っ、良いんですよ。困った時はお互い様なんですからぁ」
ロゼが反対側の席から答える・・・ビクビクしながら。
寒さに弱いロゼが、汽車の中だというのに防寒着を着こんでいる。
白金の髪の少女の傍に座る銀髪の男に怯えながら。
「いいえ、本当に危ない処だったのですから。
あなた方が救いの手を挿し伸ばして下さらなかったら・・・」
今迄話しかけても答えようとはして来なかった少女が、頭を下げたまま礼を述べる。
「エル・・・いいえ、エルリッヒ殿下の仰る通り。感謝しております」
銀髪で<蒼い瞳>になっている、傍らの男もだが。
エルリッヒとか言う少女と、幾分鼻に着く話し方のこの男と出逢ったのは。
「それにしても偶然って、面白いものよねぇ。
カフェーに入ったら、物凄い威圧感があったもんなぁ、アンタには」
コートを脱いだレオンが、興味深げに男に訊いた。
「あれは・・・憲兵が入って来たのかと思って・・・申し訳ない」
「いやいや・・・あん時のアンタって奴は、本当に魔法を放つかと思ったぜ?」
謝罪する男に、レオンが笑い掛けて。
「なぁ、ロゼッタ。そう思ったよなぁ?」
ブルブル震えている着ぶくれ魔女を観て笑う。
「そーっ、観た瞬間に。これは凍えさせられちゃうって思ったわよ!」
男の何に怯えているのかを、それとなく口にする魔女状態のロゼさん。
ブルブル震えているのは、その所為だろう。
「おいおい、ロゼ。もう良いだろう?これだけ温かい車内なんだから」
指輪を撫でて、妹にも言い聞かせてみせる。
右手に填めた指輪も、何やら震えていたから。
ー だってぇルビ兄ィ。この人の魔力は氷結だもん・・・
ノエルも魔力を感じ取って寒がっているようだ。
このままの状態じゃあ、詳しい話も伺えなくなっちまう。
そこで男に話す事にしたんだ。
「あの、そろそろ警戒を解いて貰えませんか?あなたの魔力でこいつらが寒がっていますから」
俺の頼みが不意だったのか、それとも不服だったのか。
男は睨む様に俺を観やがる・・・と。
「ねぇカイン、この方の言う通りにして?」
傍の少女が男の袖を引いた。
話の分かる少女だぜ、ますます気に入った。
顔にかかった白金の髪を掬い上げた仕草なんかも、上品にさえも思える。
この子はきっと、両家の子女に間違いなかろう。
袖を曳かれたカインという男が、睨むのを辞めると。
「別に警戒していた訳では無かったのですが。魔力を停めるには如何にして行えばいいのやら?」
少し困ったような顔になって少女に応える。
「はぁ?!魔法力を停められないって?そいつはどうして?」
驚いたレオンが聞き咎めると、カインは小首を傾げてこう言ったのだ。
「私の魔法力は凍結魔法なのですが、普段は発揮しないように務めるだけで。
どうすれば途絶えさせれるのかなんて、やったこともありませんから・・・」
これには俺達全員が絶句したんだ。
考えてもみてくれ。無限大の魔法力なんて聞いた事も無いぜ?
「それじゃあ、アンタはいつも魔法使いとして生活できていたのか?
魔力が底を尽かない・・・って、どんだけ魔力を持ってるんだよ?」
呆れたようにレオンが訊く。
「いや、そんなことはこの際良いとして。
魔法力を垂れ流しに出来るアンタって・・・魔物かよ?」
日常でも魔法力を垂れ流せるなんて・・・と、言う意味で驚いたんだが。
カインには不適切な言葉だったのだろう、傍の少女を一目見てから俺に言い返して来やがった。
「魔物ではない。魔法が齎す不幸を誰かに与える者ではない。
君が言う魔法力の垂れ流しで、誰かを不幸にした例なんかはない!」
少女を観てから言った事からして、こいつは少女に特別の感情をもってやがる。
間違いなく、こいつは少女の為だけに力を放ってやがるんだと感じた。
「はいはい、判りましたよ。あんたが魔法力を誇示している訳じゃないことぐらい」
ここでいらぬ諍いを起こす訳にはいかないだろう?
カインという男とエルリッヒさんがどうして追われているのかを聞きたいしさ。
「ロゼ、そういうことで。敵意が無いんだから、怯えてないで服を脱げよ?」
「やぁだぁ~っ、寒いんだから!」
・・・無碍もない一言を。
「だぁっ?!だったら魔女のロゼさんは暫く陰をに潜んでてくれ!」
「・・・寒いもん」
・・・しつこい!
「寝ててくださいっ、おやすみっ!」
「・・・スヤァ・・・」
・・・こいつに限る!
防寒着を着たまま、ロゼ・・・魔女のロゼもロゼッタも・・・寝たようだ。
「目障りなのを寝かしつけたから。そろそろお互いの事を晒してみませんか?」
最終車輛の寝台車に居るのは俺達だけ。
貸し切り状態の車両で、俺達と二人の客人が今迄の件を話し合った。
「そうだったの・・・この娘が、そんな目に遭われたのですか」
寝台に寝かされたノエルの身体を視て、エルリッヒ元王女が溢した。
あ、呼ぶ時に長ったらしいからこれからはカインが呼ぶように<エル>って呼ぶからな。
ご自身もそれで良いって言ってんだからさ。
「そうです。両親が侵略を受けた時に他界して・・・と、言ってましたから」
指輪を撫でて、間違ってないよなとノエルに訊き直してたのは内緒。
「侵略戦争だったなんて・・・聞かされても居ませんでした。
私が聞き及んでいたのは、国境の紛争を解決する為だけだと・・・愚かでした」
元王女妃殿下から、そう言われても・・・なぁ?
「それにしても、軍が暴走していたのは間違いない。
ボクにも魔鋼の技術の何たるかが知らされていなかった。
まして他国の研究者を拉致していたなんて・・・報告さえ届いていなかった」
まぁ、武官には畑違いだから報告されなくて当然だと思うけど?
二人が交々言ったことで、一国の王女に知らされているのは包み込まれた事実だけだと分かったよ。
大国故なのかは知らないけど。
「それにしても姫殿下様。どうしてお逃げになられたのですか?
何不自由ない身分なのに、そのまま皇帝の娘でいたら幸せに暮らせたのではないのですか?」
王女だと知って、元ロッソア軍人のレオンの言葉使いが改まっている。
帝国軍人だったレオンにしても、姫様が逃避行する訳が知りたいのだろう。
「それは・・・お恥ずかしいのですけど。惹かれたからです」
そっとカインの方を観て、エルが応える。
レオンにはそれで意味が通じたのか、成る程と頷いて。
「愛の逃避行ってやつですか?身分違いの恋に走られた?」
勝手に思い込んでエルを覗き込んだら。
「いいえ、私は自由に焦がれたのです、惹かれたのです。
ロッソア王女になんて縛り付けられたまま生きるのが嫌になったのです。
・・・それに、この帝国はもう腐り切ってしまったのです」
意外な答えが返ってきて、レオンを驚かせた。
「このロッソアには、正しき政治を行なえる者など居なくなってしまったの。
どれだけ言葉を尽くして諫めても、訊き入れて貰えなくなった。
娘である私より、取り巻き達の諫言を採ってしまわれる・・・皇帝に成り果てられたの」
父親である皇帝にも見放され、挙句に訴追されようとは。
逃げだした事に因り、王女としてさえ扱われなくなったと知った心はいかばかりだろう。
罪人扱いされたと知った王女の心を想い、言葉が思いつかなくなる。
「エルは僕が連れ出したんだ、罪はボクにある。
そう言った処で、赦しを下さるかは分からない。
もしも捕らえられれば、どんな酷い事になるかは想像するに容易い」
二人の居場所はもうロッソアには無いのだな・・・と、だけ分かった。
「それじゃぁ、自由を求めて亡命されるってことですよね?
行き先は?汽車を乗り捨てた後に、どちらへ向かわれるのですか?」
レオンが亡命先の心配を二人に訊ねる。
衛星国に逃げたにしろ、いずれは手が回るだろうと忠告する為に。
「ああ、それは僕の生まれ故郷に。青海の畔にあるスゥエッセン公国に行こうと思ってるんだ」
カインが目的地を口にした瞬間、蒼褪めたレオンが立ち上がった。
「スゥエッセンですって?!まさかご存じないのですか?
彼の公国は、フェアリアとの戦争が始まるひと月前に降伏したのですよ?!
我が軍の元、たったの1週間で・・・無条件降伏に及んだのですよ?!」
レオンの顔を見上げたカインの顔から血の気が退いた。
「何も知らなかったのですか?もう半年にもなるのに?!
スゥエッセンの王族は皆、斬首に晒されたのですよ!」
レオンの言葉は、カインの希望を奪い去る。
「間違いなんてないのです。
なぜなら、私はスゥエッセンを滅ぼした部隊に居たのですから!」
エルの手を握り締めたカインの口がへの字に曲がる。
それは希望を絶たれてしまった男の顔。
そして・・・護るべき人に見せられない苦悶の表情だった。
汽車は俺達を載せて走っていく・・・目的の終点地を目指して。
そこに何が待ち受けているのか、そこに向かうべきなのか。
蒸気機関車からモクモクと吐き揚げられた黒煙が、空を灰色に染めていた・・・
衝撃の証言が。
レオンが居た戦車隊は小国を攻め滅ぼしたという。
その国はカインの生まれ故郷。
希望は断たれてしまったのか?
これから2人はどうすれば良いのか?
次回 翻弄される希望 第5話
絶たれた希望に心を痛める。だが、その時古の魔女が諭すのだった・・・