翻弄される希望 第3話
俺達の前に憲兵が居る。
阻む奴等には・・・魔法だぜ!
駅に近寄る前に、公園に残された兵隊達を観た。
どうやらこいつらは正規軍じゃなさそうだ。
どちらかと言えば憲兵部隊に見えたんだ。
「やっぱり・・・どこかの要人を迎えに来ただけなんじゃぁ?」
希望的観測を口にしていたロゼだったが、駅に近寄る程黙り込んでしまった、
こいつ等は要人警護の為に来たんじゃぁないと。
何故かって?じゃあ教えてやるよ。
「おいっ!若い女連れの男を観なかったか?!」
紅い肩章を付けた軍曹らしき指揮官が、店主の襟元を掴んで訊いている。
いや、聞いているってのは大人し過ぎるな。威圧していると言い直しておこう。
「今停まってる汽車から降りて来た中に、居る筈だ」
― 分かってるのなら、自分達で探せよ。
ノエルを背負った俺が、横目で見てそう感じた。
周りの店にも兵隊達が押し入り、店の中をかき回してやがる。隠れる処なんて無いのに。
「ロゼ・・・目を瞑ってろよ?」
あまりの粗暴さに、顔を強張らせているロゼを留まらせるのがやっとだぜ。
なにやら捕縛したいのか、見つけ次第に撃ち殺そうとでもしてるのかは知らないが、街の人にはいい迷惑だ。
商店に置かれた品物を手当たり次第にぶちまける奴、どうみても関係の無さそうな女性を観ては追い回す奴。
「呆れ果てた部隊だな、レオン少尉?」
顔を真っ赤にして目を吊り上げている、元ロッソア陸軍戦車少尉殿に嫌味を言った。
「ああ、こいつらは特務の豚野郎達だ。人間を家畜以下にしか思っちゃいないのさ」
吐き捨てるように襟を立たせたレオン少尉が答えて来た。
その横で、寒がりだったロゼが頭から湯気をたたせて怒っている。
俺達は駅に停車している汽車に乗り込むべく街に入った。
まさかロッソア部隊がこれ程までに粗暴な奴等だとは知らずに・・・だ。
但し、今の現状は俺達にとっては願いもしない幸運とも言えたのだが。
やって来た部隊は、汽車に乗って来た者にかかりっきりだ。
俺達がお尋ね者だなんてこれっぽっちも興味がないように思える。
そこで俺は中央突破に賭けてみたんだ。
コソコソした方がこの場合は疑われやすいし、いらぬ時間を使っちまう。
汽車がいつ出るのかも分からないし、早く乗り込むのに越したことがないと思ったんだ。
「だけどなぁ、いくら何でもあの中に入るのは気が引けるなぁ?」
そう言った訳は、憲兵達が駅に入るものをいちいちチェックしているのを観たからだ。
「やる事はやってるんだねぇ、憲兵だもんなぁ・・・」
ロゼも流石にまずいと踏んだのか、近寄る事を躊躇っている。
だけど、待つにしても奴等は早々には帰らないぜ?
ー ルビ兄ぃ、疲れたでしょ?少し休んでから駅に行ったら?
ノエルが指輪の中から労ってくれた。
ー それにぃ、ロゼッタさんに少しでもいいから食べさせてあげたら?
そうだった!ロゼがあれだけ騒いでいたのを忘れてた。
ふいっと首をまわして一軒のカフェーを見つけた。
そこはまだ憲兵が入っていない。つまり荒らされてはいないようだった。
「よしっ、戦の前に腹ごしらえしておくか」
誰あろう俺の言葉に耳を跳ね上げたロゼが、今迄の怒りを鎮める。
「ひゃぁっ!食べ物ぉ~っ?!」
食い気に負けて、ロゼがよなよなとしな垂れて来る。
「はいはい、魔女さん。腹ごしらえに行くよ」
カフェーを指して、引き摺って行く俺。
仕方がないなと、肩を竦めたレオンも一緒に入った。
入った瞬間に指輪が震えた。
ー ルビ兄ぃ!冷たいよ?!
と、ほぼ同時だった。
「ひぃやああぁっ?!凍り付かされるぅっ?!」
ロゼの中の魔女が叫びやがった。
「な?!なんだよ二人共?別に寒くなんて・・・」
喚きまくる二人は、何かを感じられたのだろうか?
別段店の中が寒いとは感じられないのだが。
「ルビナス・・・おい、あそこを観ろよ?」
レオンが肩越しに指で教えてくれた。
一番奥のテーブル席に座っている二人の青年を。
「うん?!」
良く見れば分かる。片方の帽子を深々と被っているのは・・・女だ!
その瞬間にパズルが完成したんだ。
憲兵達が探しているのは、この二人なんだと。
特務兵から成り立っている憲兵隊が、だんだんと本性を現し始める。
いくら待とうが目的の二人が現れないからだ。
当たり前だろうに。捕まえに来た奴等に<ハイ捕まえてください>なんて出て来る訳がなかろう?
頭の足りない奴等ではあるが、関わらされた人達はいい迷惑だ。
「停まれ!お前達は汽車に乗るのか?」
厳しく小銃を突き出して来た憲兵二人。
「乗車するのなら目的地と名前を知らせろ」
かわるがわる<俺達>に注文を付けやがる。
その眼は明らかに疑っている証拠だ。
「貴様、その口の利き方は何だ!」
そう言ったのは眼を怒らせたロッソア少尉殿。
「我が分隊にその口の利き方はなんだと訊いたのだ!」
続けて捲し立てるレオン戦車少尉殿。
襟元から見える銀のホルダーには、本物のロッソア士官章が刻まれてある。
まだ憲兵達が気が付かないから、レオンが吠えた。
「貴様ら、上官に向かって執る態度なのか?傷病帰還から前線に戻ろうとしている戦車分隊に敬意を払わんのか?!」
一喝された憲兵の眼に、漸く記章が眼に入ったようで。
「うわわっ?!それは機甲戦車章・・・少尉殿であられましたか!」
慌てて姿勢を正すと小銃を肩に立てた。
「お前等が何を見張っているのかは知らんが、我が分隊に疑いの目を向けるのは承知せんと心しろ!」
階級が全ての軍隊にあって士官と兵との差は、埋まる筈もなかった。
頭ごなしに命じられても、兵隊に拒否出来る筈もなかったのだが。
「お待ちください少尉殿。我々は中央からの特命によって罷り越したのです。
少しでも怪しいと思われる者を通す訳にはいかないのですよ」
背後から、特務隊の指揮官らしい軍曹が進み出て来た。
「なんだお前は?まだ私の分隊に疑いをかけるのか?」
レオンは嫌な奴が出て来たと、眉を顰めて軍曹と対峙する。
「疑いを腫らされれば良いだけでしょう?どこの部隊へ帰られるのですか?
この汽車はフェアリアなんかには向かわないというのに?」
疑いの目を向ける軍曹が、ニヤリと笑う。
だが、かねてより尋問されるのは承知の上だった。
「疑うのか?だが、聞いてしまったらタダでは措けなくなるが・・・良いんだな?」
勿体つけて俺達に顔を向けるレオンに、その軍曹はいとも簡単に言いやがった。
「あははっ!それ見た事か!逃亡を企てたんだろう?お前達は脱走兵じゃないのか?!」
・・・アタリだ。流石憲兵軍曹だぜ。だがな、こっちには切り札があるんだよ!
眼を閉じたレオンが、軍曹に言い放ったのは。
「馬鹿者か、お前は?よりにもよって我が分隊を脱走兵扱いにしたのだぞ?
魔鋼戦車隊に属した誉高き魔女分隊である我々に対して。
我々が向かうのは秘密裏に移動している研究施設に向かう処なのだぞ!
オスマン帝国に向かわれたプロフェッサー島田に呼ばれているのだぞ!」
一気に言い募ったレオンに、軍曹の眼はキョトンと向けられている。
「不自然と思うのならば、機密資料に載せられた魔鋼部門に問いかけるが良い。
だが、機密部門に触れたお前の処分は・・・分かっているだろうな?」
最期に処分と釘を刺した。このロッソアで処分といえば・・・死刑を意味する。
流石に臆したのか、軍曹も愚の音が出なくなったが。
「で、では・・・その証拠とやらを見せて貰わねばなりません。
証拠もなしに信じる訳には参りませんから」
言葉使いが急に慇懃になっていた。もしかしたら本当に・・・と、思ったようだ。
最大のチャンスが訪れたようだぜ。
これでこの場を切り抜けれるぜ?!
「良いのか?そんな事をさせれば、お前達全員・・・私が上官に報告するぞ?」
そう言いつつもレオン少尉はロゼッタを呼ぶ。
「しっ、しかしですな。我々も任務ですので?!」
怯えた軍曹が尚も言い返す・・・と。
やれとばかりにレオンが促す。
それまで陰に控えていた魔女ロゼが、フードを脱ぎ捨てると・・・
「魔女って言うのはな、力を出す時に瞳が替わるんだよ・・・やれっロゼ!」
レオンの声に併せて・・・発動させた。魔女の方の力を。
ビュルルッ
まるで本物の魔女の様に、旋風を伴い睨みつけた。憲兵軍曹を蒼き瞳で・・・
「ぎゃあっあ?!ほっ、本物の魔女ッ?!」
怯える軍曹が腰を抜かして這い蹲った。
それを観ていた二人の兵は、軍曹を助けるよりも先に逃げ出してしまった。
「観てしまったな?では、お前の姓名と階級を話せ!」
それがトドメだった。
腰を抜かした特務の軍曹は、這いつくばりながら逃げていく。
「待て!貴様の名を言わんか!」
逃げる背後からの一声に、軍曹は起き上がると後も見ずに逃げてしまった。
「お見事!レオンは演劇役者になれるぜ!」
俺が手を打って讃えると、まんざらでもないのかレオンが照れた。
「どうやら巧くいきましたよ、お二人さん」
一番後ろに控えていた二人が顔を挙げた。
一人は銀髪の男、もう一人はロゼの着て来た防寒コートのフードを跳ね上げる。
そこには感謝と感激の眼差しの、白金髪を束ねている女の子が立っていた。
切り抜けられたのは、魔女達の功績。
漸く俺達は出会えたんだ。
運命の仲間と!
汽車の中で王女様と身の上話に花が咲く。
だが、カインが喋った希望に、レオンが水を差す。
その訳とは?
次回 翻弄される希望 第4話
衝撃が2人を打った。かすかな光を奪われた王女は?!




