翻弄される希望 第2話
近付く2つの運命。
王女エルは束の間の自由に浮かれていた・・・
まるで悪魔に憑りつかれたかのようだった。
父親として命じたとも、正常なる思考の故とも言えない。
その顔に浮かんでいるのは、ただ自分の意に沿わない者へ向けられた憎悪。
取り巻き達でさえ退いてしまう程の歪んだ貌。
「たった今命じた通りにせよ。反論など申すな」
玉座に座る大帝が、内閣府の長に吐き捨てる。
「御意に、ござりますれば」
翻意も促さず、慇懃に復命するのは貴族院議長。
「只今をもちまして、第3王女の身位は消去。
訴追するするはエルリッヒ姫に非ず・・・で、よろしゅうございますか」
玉座に平伏す貴族院長に、認可を下す大帝は。
「嫌疑の程は、その首をこれに差し出せばよい。
余に歯向かうなど、身の程を弁えぬ者として断罪せよ」
娘としても扱わなくなっていた。
強権の上に立つロッソア皇帝として、エルを放擲するのではなく断罪を求めたのだ。
血も涙もないそのやり口は、代々続いて来た王朝を揺ぎ無いものにしてきたのだが。
「良いか?元王女として扱うべからず。
余に歯向かった愚か者として処分せよ、情けなど微塵も懸けるべからず」
皇帝の断は絶対。
歯向かう者なら身内でさえ、見せしめにするのだと宣旨を下したのだ。
「飽く迄歯向かうのならば、情け容赦なくその場にて処断せよ。
捕らえたのなら余の前に曳き出し、余の前で処刑せよ。
余に歯向かう愚かさを、広く下民にも見せしめよ!」
「御意・・・」
大帝の宣旨に、貴族院長が内閣を代して承る。
口元を歪に歪ませて。自らの策謀が的を得たりと・・・
場末の質屋に、件の憲兵が人目を気にしながら入る。
その質屋は非合法な商品も扱う闇の商人としても、その筋には名を轟かせていた。
包んだ風呂敷には、エルの短剣が忍ばせてあった。
辺りを伺いながら質屋の門を潜る男の姿を、陰から観ていた眼があった事も知らず。
「どうだ?疑いないだろう。こんな代物はまたとはねぇぜぇ?」
下衆いた声を吐く憲兵に、店主は小金造りの短剣を手に取ると。
「確かに・・・ですが、あなたはこれをどこで手にされたのですか?」
闇の質屋だけあって、店の中は殺風景なほど何も置かれてはいない。
それどころか、暗く澱んだような黴臭さが異様なまでの雰囲気を醸し出していた。
「どこでって・・・どこだって良いだろう?」
教える訳にはいかないと、声を荒げて値踏みする男に。
「これは現皇帝の御印が刻まれてありますが?
盗まれた訳じゃありますまいな?短剣は王女方に贈られたと聞き及んでおりますが?」
「なっ?!どうしてそんなことを訊きやがる?俺が盗んだ証拠でもあるのかよ?!」
店主の手から短剣を奪い返した憲兵がヤバイとでも踏んだのか、
「もういい。余所を当たらせて貰うぜ」
質屋から逃げ出そうとドアに手をかけた時。
「少しお待ちになられたらどうです。私が買い取らせて頂こうではありませんか?」
そのドアを開けて入って来た者が商談を持ち掛けて来た。
「なっ?!なんだっ、てめえはっ?」
驚きながらも凄んだ憲兵に向けて。
「ご紹介が至らなかったようですね、私がこの<紅き闇>の主人。
ロッソアの紅き旗に属する地下組織の闇主、ベヒーモフと名乗る者ですよ」
ニヤリと哂う瞳は、憲兵を陰から観ていた、妖しき者だった。
「是非、その聖剣を私のモノとしたい。
いつの日にかロッソア王朝を復活させる為に・・・ね」
憲兵を見据えるベヒーモフの眼が紅く澱む。
手に握られたサイレンサー付の拳銃を観て、自分の命も同じなのだと気が付かされた。
非業な最期を迎えさせた、6人の子供達の後を追う事になるのだと。
何かが倒れる音がした数分後。
店番が大きなスーツケースを運び出したのだが、場末の路地には誰も咎めたてする者は居なかった。
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駅の周りにある街並みは、雪を被りながらも平和そのものだった。
フェアリアと干戈を交えているなど、まるで別世界の出来事のようだった。
西洋風の建物には人々が集い、店舗の中では商品が煌びやかに飾られてある。
ここが同じロッソアだとは思えない程の長閑さだった。
「エル!エルっ、待って!」
前を飛び跳ねる青年姿に変装したエルへ向けて呼びかける。
「ねぇねぇカイン!これはなに?」
最初だけは大人しかったのだが、好奇心には勝てなかったのか。
「これって食べ物なの?観たことも無い黄色くて大きな・・・変な匂いがするわ!」
近寄って臭いを嗅ぐエルが、目を見開いて燥ぎまわっている。
「それはブルーチーズ・・・って、こらっ!」
追いかけるのも一苦労。
大はしゃぎするエルが撒き散らす迷惑に、店主たちへと代金を支払うだけに追われる始末。
「ああ、楽しい。これが自由っていうものなのね」
自由を履き違えるエルに、文句を言う気力を奪い去られるカイン。
嬉しそうに笑うエルを観てはため息を吐くのだが。
「どうやら、この街には僕達を疑う者なんて居ないようだな」
男物の換え上着とズボンを穿かせてみたのが無駄だったと、一息ついて嬉しく思えた。
「ねぇカイン、喉が渇いちゃったよ」
燥ぎまわっていたエルが、にっこり笑うと傍のテラスを指差している。
「それだけはしゃげば無理ないよ」
しょうがないと腰に手を添えたカインだったが、自分も喉が渇いていたから。
「コーヒーがあるかな?それともココアでもあれば良いんだが」
手を牽くエルと共に、出発時間まではまだあるなと店のドアを開いたのだった。
高台の駅に汽車が停まっているのが見える。
その少し手前に見える広場に、件の部隊も停留してしまうのも。
「ちぃっ?!早く出て行かないかなぁ?」
助手席で双眼鏡を構えたレオンが悪態を吐いている。
「まぁ、しょうがないさ。奴等も食事を摂ってるだろうし」
どうやら、あの部隊は駅に用があるみたいだ。
何かの荷物でも引き取るのか、それとも誰かを迎えにでも来たのだろうと多寡を括っていたんだが。
「ひぃもじぃよぉ~っ」
ロゼは我慢できない子になっている。
もう真昼間。お昼ご飯を頂く時間。
「レーションで我慢できないのかロゼッタ!」
イライラしているレオンが、怒りの先を我慢できない子に向けた。
「レーションなんて凍ってるもん!」
寒がりのロゼには、焚火も出来ない状況が我慢できないのだろう。
下手に火でも起こせば、奴等に感づかれる事にも為り兼ねないから。
ここは我慢のしどころだと思うのだが。
「お腹空いたぁ~っ、温まりたいよぉ~っ」
我慢を通り越して駄々を捏ね始めやがった。
「ねぇねぇ、ちょこっとでいいから。
街に行かない?ちょっとお昼ご飯を食べるだけだから・・・行こうよぉ?」
「煩いなぁ!状況を把握できないのかよ、この腐れ魔女がぁ!」
ブちぎれたレオンが牙を剥いた。
「・・・そんなに怒んなくったっていいじゃない・・・ブツブツ」
雪達磨状態のロゼが捻くれた。
仲間同士でいがみ合うのは、きっと二人共お腹が減った証拠だよな?
ー そうそう!女の子はお腹が経ると収拾がつかなくなるからねぇ?
無責任な妹の一言を聞き流し、俺はどうすべきかを考える。
「このままだと汽車には乗り遅れるは、奴等が居座るのなら補給もままならない。
いっその事、ジープを捨てて行ってみるのも一計だよな」
駅までの距離は約1キロ。
奴等に見つかれば、話はややこしくなるが・・・
「ルビィーっ、何考えてんだよ。見つからない訳がないじゃないか?」
途端にレオンが噛み付いて来た。
「そう思うけど。見つかったにせよ切り抜ければ良いんだよな?
俺達が怪しい者じゃないって思わせれば良いんだろ?」
俺はロゼに振り返って思いついたんだ。
「元々レオンはロッソア軍人だったよな?
戦傷病者が帰隊する時ってさ、身内の者が見送りに来てもおかしくはないよな?」
「ん?!まぁそれは・・・不自然じゃないが?」
興味を惹かれたのかレオンが肯定しながら、話を聴きたいと身体をのめり出す。
「そこでだ。俺達はレオンを見送りに来た家族と友達って事にしてだな・・・」
考え付いた作戦を二人と指輪に披露したんだ。
尤も、認めるかは別だったけどね?
咄嗟にエルを窓側から隠した。
どかどかと走り過ぎる兵隊を観たからだ。
数人の兵は、駆け足で駅に向かっている。
「カイン・・・もしかして?」
か細い声でエルが訊いて来た。
それまではしゃいでいた顔には、憂いと焦燥が表れている。
「そうだとは言い切れない。もしかしたら追手ではないかもしれない」
そう思いたい心が口に出たのか。
エルを心配させたくないから、そう言わしめたのか。
「だけど、気を付けなきゃぁいけないな」
店の時計の針は出発の刻限迄、残り20分を指していた。
「奴等の目的が何にあるのか、様子を視なきゃいけない」
残り時間を推し量り、カインは店の窓辺から兵隊達が汽車に入る姿を観ても、エルには教えようとはしなかった。
その行動はどう見ても自分達の追手なのだと知らせていたから。
汽車に乗り込んだ兵隊に自分達の存在がバレでもすれば、その後に待ち受けているモノは・・・
遂に、同じ場所で。
運命は2つの道を繋げるのか?
それにしても寒がり魔女さん・・・別人状態じゃないのかい?
次回 翻弄される希望 第3話
運命は2つの魔法使いを繋ぐ?!遂に邂逅のときが来る?!