妹(ノエル)奪還 第9話
エルには悪気なんて微塵もなかった・・・のに。
チュータはそれをもったまま帰ってしまった・・・
(作者注・本文中にショッキングな描写がございます)
寝台車で微睡んでいた。
やっと安全と思われる場所を与えられたと思って。
だが、生来の魔法使いとして。
いいや、育まれた勘がそうさせているのかは分からないが。
深い眠りには着けずにいた。
向かいの寝台には、安らかに寝息をたてている王女が居たから。
「エル・・・」
幼い時から貴族として仕えて来た。
初めて自分が王子であるのを知らせた時、幼馴染は驚きと共に謝罪してくれた。
何も知らなかった罪を、今迄王女として無碍にしてきた時間を。
少女は今、国を追われようとしている。
それを停め様ともせず、自分に着いて来るように勧めてしまった。
「ボクには君しか居ないんだ・・・君だけが僕の全て」
見詰める王女の眼には、涙の痕が残されている。
親兄弟を見捨て、自分と共に進む道を選ばせてしまった。
「君を救うという建前で、ボクは愚かにも危険な目に遭わせている。
救いがあるというのなら・・・これから君を幸せにすると誓うだけなんだ」
起き上がったカインは、エルの寝顔を決意を込めて見詰めていた。
それは最終列車がホームから出て行った半時位後だった。
腰に下げた短剣に手を当てて、チュータは仲間達少年少女の元へ帰って来た。
帰って来たのだが、そこに仲間達の姿は無かった。
「あれ?みんなは何処だ?」
不意に悪寒が背を奔る。
「まさか・・・?!」
恐怖と戸惑い。
そして、ねぐらの掘立小屋まで来た時だ。
誰かの悲鳴と、何かが倒される音が耳を打ったのは。
掘っ立て小屋の裏側で、仲間の少女や少年達が憲兵に銃を突きつけられていた。
反抗する少年を、銃の尻で押さえつけて。泣く少女の髪を掴み上げて。
「何も知らねぇって、さっきから言ってるだろ!」
憲兵に押さえつけられた少年が、無駄と知りつつ暴れていたが。
「知らない訳がなかろう?
あの車に仕掛けてあった重石は、此処に在った鋼屋のモンだぜ?」
憲兵の声が鼓膜を打った。
ー しまった!もう気が付きやがったのか?!
咄嗟に掴み上げた鋼材に、元所有者の目印が刻まれてある事に気付かなかった己の軽率さに臍を噛んだ。
「俺の所為だ・・・仲間に迷惑を掛けちまった」
悔やんでも後の祭り。
憲兵達は動かぬ証拠を突きつけている。
「だからって、なぜ俺達が捕まらなきゃならねぇんだよ?」
暴れる少年が疑われる筋が無いと言い返した時だ。
「ふん、言い逃れようったって無駄だ。
俺達はお偉方から密命を受けているんだぜ?
ネズミの命なんてどうなろうが知ったこっちゃねぇんだよ!
白状しないのならこの場で処分したって問題にもならねぇんだ」
憲兵の責任者か上官なのかは知らないが、拳銃を抜き放った男が言い放った。
「10秒だけ待ってやる。白状しなければ・・・」
男の眼は狂気に染まっている・・・間違いなく撃ち殺す気だ。
「こいつを撃つぞ?お前等、それで良いんだな?」
数人の少年少女に睨みを効かせて、筒先を少年の額に向けた。
ー 待てよ、そいつらは何も知らねぇんだ!
出て行くか、出まいかを逡巡してしまう。
チュータの腰にはエルリッヒから貰った短剣が下げられている。
ー こいつらに姫さんがどうしたのかを教えて、仲間を救うべきなのか?
それとも仲間を見殺しにして姫さんの逃亡を隠し通すべきか?
義賊カブレのチュータの頭の中は、その2点だけに絞られていた。
二つの考えだけしか持てなかったのは、少年の純真な心だったからか?
出て行って白状した後に、自分達がどうなるのかを考えれるだけの思考力が備わっていなかったようだ。
「教えないってか?俺達が撃つ筈が無いと多寡を括ってやがるのか?」
十秒が経った・・・男が少年に吐き捨てた。
陰から観ていたチュータも、まさか大の大人である憲兵の指先が動くなんて思いもしなかった。
いくら非情な輩達だからって、無抵抗な少年へ引き金を絞るなんて。
脅しだけだと思っていたのは、やはり幼さ故か・・・
ぱんっ!
赤い血飛沫が、憲兵迄跳んだ。
「俺は嘘なんて言っちゃいねぇぜ?
こいつみたいになりたくなかったら白状しな?!」
事切れた少年に唾を吐きかけ、生き残った少年少女へ迫った。
「ひっ?!ほ、本当に何も知らないの!」
怯えた少女が助けを求める。
「人殺し!お前達は悪魔だ!」
反抗する少年が死んだ友を助けようともがく。
ー あ・・・悪魔だ。こいつらは人間の皮を被った悪魔なんだ?!
目を覆いたくなる惨劇に、チュータの心は張り裂けそうだった。
「悪魔だぁ?ほざくにも程があるぜぇ?!
俺達が悪魔だというのなら、俺達に命じた奴はもっと悪魔なんだろうさ。
政敵を処分する為には手段を択ばない・・・悪魔の中の悪魔って奴かぁ?」
ゲタゲタ笑う憲兵達が、少年少女を一か所に纏めて。
「白状しないと言うのなら、お前達には褒美として鉛玉をくれてやるが?」
少年を撃ち殺した憲兵が、囲んだ仲間に目配せする。
小銃のボルトを引き装弾し終えた憲兵達が、一斉に筒先を少年達へ突き出した。
ー もう・・・此処までだ。
姫さんよ、許してくれよな!
陰から身体が飛び出た。
少年義賊は仲間を救えると信じて飛び出したのだ。
「待てよ!そいつらは何にも知らねぇんだ!解放してくれ」
飛び出したチュータに、憲兵が拳銃を向ける。
「ほほぅ?お前は知ってるって言うんだな」
「そうだ!話すから仲間を解放してやってくれ!」
飛び出した子ネズミをあしらう様に、憲兵がこっちまで来るように拳銃を上下させる。
「それはお前が間違いない情報を提供するかにかかっている」
意外な事にも憲兵は、チュータが現れたのが面白くなさそうだった。
ブスリと言った言葉の端に、殺戮が出来なかったのが面白くないとも聞き取れた。
「情報?俺が話すのは重石についてだけだぞ?!」
伏線を貼ったつもりで、交渉に臨んだチュータであったが。
「お前如きに誑かされる馬鹿とでも思うのか!
検問所に向けて発車させるのもお前が関与していたんだろう?
初めから車を囮にするように仕向けたんじゃないのか?」
憲兵の方が上手だった。
既に誰かが仕組んだと見越して、此処に現れたのだ。
捜査とは名ばかりの、拷問の為に。
見栄を張るつもりだったチュータに、憲兵の言葉は動揺を齎した。
自分が何をしたかを見透かされているのだと、漸く言い逃れが出来ない事を悟らされたからだ。
「だんまりは肯定と取られるぞ?
指図したのなら、二人がその後どうしたのかも知っている筈だな?」
追い詰められていくチュータに、答えることなど出来よう筈もない。
「ふん・・・威勢だけはいっちょ前だったが・・・所詮は餓鬼の浅知恵ってやつか。
答えないとあらば、こいつらを一人づつ撃っていくぞ!」
ニヤリと哂う憲兵が、少女へ筒先を向ける。
パンッ!
凶弾が少女の眉間を貫いた。
声もなく崩れ落ちる・・・幼い命がまたもや絶たれてしまった。
ー こいつは・・・人殺しを楽しんでいる?!
悪魔の様に無抵抗の人間を殺す憲兵を観て、チュータは吐き気を感じた。
「ほぉらなぁ?!とっとと白状しないからぁ。
また一匹撃ち殺しちまったじゃねぇかぁ?」
人を害虫や害獣とでも言わんばかりに、細い目を尚更細めて嘲笑っている。
ー もう駄目だ。俺はとんでもない事に首を突っ込んじまったんだ!
このままなら、此処に居る仲間は皆殺されてしまうと覚悟した。
「分かった!あの二人を中央駅まで逃がした。その後は知らねえ!」
とうとうチュータは、全てを台無しにしてしまった。
「中央駅・・・か。なるほど、そこから汽車に乗り込ませたんだな?」
憲兵が頷き、チュータにとどめの一言を問う。
「お前が逃亡者に加担したのなら、証拠を見せろ。
嘘で助かろうとしていない証を見せてみろ?!」
拳銃を突きつける憲兵が、チュータの心に迫った。
手渡された短剣、それこそが王女に出会った動かぬ証拠なのだから。
「これで・・・分かるだろ!」
半ば自暴自棄になった少年が、短剣を突き出してみせた。
ロッソア人なら、刻まれた紋章が王家に纏わるモノだと瞬時に分かる。
こんなボロを着た少年の手に在るべきものでないと即断出来る。
小金造りの短剣は、見る者の眼を惹き付けた。
そしてそれが事態を悪化させるとは、チュータにさえも分からなかった。
物欲にまみれた瞳が、短剣に注がれていた。
「どうせ誰も見てはいない・・・どうせ口封じするつもりだったのだ」
口を醜く歪めた憲兵が仲間に目配せした。
金貨を目の前にした者の様に、憲兵の眼は眩んでいた。
少年達を囲んでいた憲兵達が、筒先を向けたまま半歩退がった。
「よぉし、それを寄越せ。
大人しく言う事を聞いたら、仲間と共に<自由>にしてやる」
筒先を上に向けた憲兵が、空いた手をチュータに向けて突き出して来た。
「約束だぞ?!これを渡せば解放しろよ!」
「・・・嘘は言わん」
細く笑む憲兵に、王女から貰った短剣を差し出してしまう。
短剣を受け取った憲兵が、半歩さがり道を開く。
それを観てチュータは生き残った4人の元へ駆け寄る。
「もう大丈夫だ、ここから出よう」
強張る顔のままでいる少年達に脱出を促したのだが・・・
「金の短剣・・・しかも紋章付きだぜ?!こいつは高く売れそうだぜ!」
証拠の品を売捌くつもりだと言う憲兵。
「ありがとよ坊主。おかげで暫く遊んで暮らせそうだぜ」
短剣を仲間に見せびらかして、憲兵が嘲笑う。
還せとも言えず、チュータは仲間達と憲兵を睨んだのだが。
「もう用はないな・・・ネズミ共には」
拳銃を降ろした憲兵が、仲間達へ向けて顎を杓った。
「待てよ!約束が・・・」
気が付いたチュータが叫んだ時。
パンッ バンバンバン!
路地裏に一発の拳銃音と3発の小銃の発射音が響き渡った。
「どうしたんだい、エル?」
不意に起き上がったエルに、気付いたカインが手を引っ込める。
「ううん・・・少し。気味の悪い夢を観てしまったの」
寝台の陰に向けてエルが溢した。
「都の中で不吉な影が渦巻いているように思えて・・・」
瞼を瞬かせて、王女エルが心配そうに教えて来た。
「エル、もう皇都に居るんじゃないから・・・」
宥めるカインが、もう一度手を掴むと。
「違うのよカイン。
私が心配しているのは、この後の事なの。
目的地に着く前に・・・不屈な事が起きはしないかって・・・」
「心配し過ぎだよエル。
僕達の足取りを当局が掴めるのは、目的の駅に着いた後だろうから」
エルの心配を払拭しようとしたカイン。
誰の眼にも留まらなかったから、二人の足取りは途絶えたものとばかり思い込んでいた。
「それに、列車の中には僕達を知る者なんて居なかったんだから」
最終の夜行列車に飛び乗った二人。
駅までの足取りさえも、まだバレてはいないだろうと考えていたのだ。
「ほらご覧よエル。もう直ぐ夜明けだよ」
心配気なエルの気を紛らわせようと、カインはカーテンレールを牽く。
雄大なるロッソアの地平線から、旭光が差し込んで来ていた。
夜が終わりを告げている。
二人の前に現れた陽の光は、エルの心まで届くだろうか。
列車は停まる事なく突き進んで往く。
それは、少年達が非業の最期を遂げてしまった翌朝の事だった・・・
弱き者に訪れた悲劇。
腐りきった世界に起きる理不尽。
どこででも起きるかもしれない人間の残忍性。
何も知らないエル達に迫るのは?
次回 翻弄される希望 第1話
2人の逃避行は成功するのでしょうか・・・




