妹(ノエル)奪還 第2話
雪塗れ・・・
気がつくとソコは?!
気が付くと、研究所の周りを囲んでいるコンクリート壁の前だった。
ついさっきまで、ロゼと一緒に雪を掻き分けて進んでいたんだが。
雪に塗れ・・・と言うべきか。
雪に埋まって・・・と言えば分かりやすいか。
雪達磨ロゼが転げ落ちるのを阻もうとしたところまでは覚えているんだけど。
ー 兄ぃ、ねぇってば!気が付いたんでしょ?!
指輪の妹が呼んでいる。
「ああ、ノエルか。俺はどうしちまったんだ?
この壁って・・・まさか?」
確かにこの色と云い、高さと云い。
レオンと初めに観ていた研究所の外壁に思えるんだが?
ー んったくぅ!そーに決まってるじゃない!
指輪の中で妹が呆れて毒づいてる。
「・・・なんだそーか。研究所まで落っこちて来たんだ・・・って?!
なんだってぇっ?!これじゃあ見つかっちまうじゃないか?!」
ー 今更・・・遅いよ
ノエルがぼそっと痛い返事を言いやがった。
雪の玉が壁に激突して砕け散り、雪崩に巻き込まれたみたいな俺達を救ったのだと。
辺りを見回して漸く解った・・・のは。
「わぁっ?!ロゼがっ!」
雪に胴体までめり込ませて、気を失っている達磨ロゼを見つけたからだ。
「おいおいっ?!死んじゃぁいねえよな?」
下半身を雪に閉じ込められているロゼを引きずり出し、気付かせようと揺さぶる。
カクンカクンと頭が揺れて・・・
「ん・・・にゃぁ・・・リュビィィ・・・ちゃむいいよぉぉ~」
カチカチ歯を鳴らしながら、ロゼが訴えて来る。
観ればロゼの顔から血の気が退いて、真っ青になっているのが判った。
「雪に埋もれていたんだ。凍傷に罹っちゃいねえか?
指先や足がちゃんと動くのか?」
問いかけた俺に、ロゼがぎこちなく手足を動かして。
「にゃんとかぁ・・・動くよぉ」
凍傷には罹っていないとだけ教えると。
「でもぉ・・・寒すぎてもう動けにゃいのぉ・・・」
身体を震わせてしゃがみ込むロゼを見て、このままでは本当に凍傷に罹ると思った。
敵の目前で逃げる事も出来ず、かと言って突入なんて無謀に過ぎる。
どうすべきか・・・俺はロゼを見捨てることは出来ない。
ー ルビ兄、ちょっと良いかな?
考え込んでしまった俺に、ノエルが話して来た。
ー ロゼッタさんをこのままに出来ないでしょ?
レオンさんとの約束の事で、無茶なことをやらないって言った手前もあるし。
どうすれば打開出来るのかを考えるよりも、人命優先でいけば?
気軽に言って来る妹に、それが出来ないから困ってるんだって言おうとしたら。
ー この壁の向こうには暖かい部屋があるんじゃないの?
ルビ兄が不審な行動を執らなければ、外国人の遭難者扱いで入れてくれないかなぁ?
指輪の中から聞こえる妹の声。
魔導書を開きチェックポイントを書き記しているのだろうか?
ー もし、何かやばくなったら。迷わず<ここ>まで戻れば良いじゃない?
妹が勧めるのは、ロゼの救出。
確かに雪崩モドキに巻き込まれてしまったのには違いないのだから。
「そう易々と中に入れてくれるだろうか?
ここは軍の極秘研究所なんだろ?いきなり撃って来ないか?」
ー その時は、迷わずアタシに命じてよ。時を司る魔女にね!
妹は俺へ、健気に勧めて来る。
魔女だから・・・契約を交わした主へそうするのが当たり前だというように。
逡巡するのは、妹への冒涜だ。
直ぐに決心した俺が、ロゼに肩を廻して立ち上がらせると。
「ロゼ、こうなったら。この中で身体を温めるんだ、良いな?!」
「ほ・・・ほぇっ?!にゃにを言うのよルビぃ?
この中って・・・敵の中に入るきにゃのぉっ?!」
がちがち震えるロゼが拒絶するのも構わずに、俺は詰め所と思われる櫓目掛けて歩んだ。
「所長は昨夜の内に局長に呼び出されて出て行きましたが?」
責任者代行の島田に、詰所からの返答が知らせた。
「それでは、早急に取計ってくれたまえ。
責任は私が取る、人命を優先するように・・・」
守備を任されていた詰所から、二人の遭難者が助けを求めて来たと知らされた島田は。
ー こんな僻地に遭難する者が居て、助けを求めて来るとは。
ありえんと考えないのか、全く愚かな話だ。
この二人は内部の情報を探りに来たのか・・・若しくは?!
詰所からの第一報を聞いた時、島田の脳裏に過ったのは。
「二人の男女・・・或いは?」
まだ、フェアリアとの戦争は終わってはいないが。
思い描くのは、彼の国に残して来た子供達。
島田にはフェアリア皇国に置き去りにした姉弟が、訊ねて来たかに思えたのだ。
微かに残されたプロフェッサー島田の父たる想いが、この二人を招き入れたのだろう。
詰所との電話を取り直し、もう一つ命じる。
「遭難したという二人に暖を取らせるにあたり、研究棟に入る事を許可する。
ただし、表口までにとどめる事・・・以上だ」
ロッソア帝国正規軍が守備を担う研究所に、身分も知れぬ者を入らせる許可を与えたのだ。
ー もし、二人が子供達だとすれば?
いいや、今は脱出できない。
ミユキやリーン王女が目覚めた訳では無いのだから・・・
微かな希望も、やがては現実に引き戻される。
研究を続けねばならない、求め続けねばならない。
まだ、帰るのは早過ぎる。帰るのは二人を救えた後の話なのだから。
コードが繋がった管に納められた妻ミユキを観て。
「もし、二人の内の男がマモルならば。
ここに連行され、機械と同化さるのを防ぎ為にマリーベル少尉の良心に託した。
暗黒魔鋼騎の砲手に任じたバローニアを騙してまで。
そのマリーベルはフェアリアとの戦闘で潰えたという。
乗員であったマモルは捕虜となった・・・そう伝え聞いている。
生きていてくれさえいれば、私の企みは成就したのだが・・・」
息子を救う為に、暗示だけに留めたというプロフェッサー島田。
「秘密研究所の所在を知る者は、数える程しかいない。
強いて言うのならば、魔鋼関係者ぐらいだろう。
それもロッソア軍に属した事のある者。
ここの秘密を知る者だけだと言えるが・・・」
息子以外にも数人しか上げられない。
魔法の研究とそれに伴う武器の研究を、ここで行っていたのを知る者の数は。
「私が知る限り、機械に魂を宿らせる事に成功したのはロッソアでは二人だけ。
他にも居るかも知れないが、ここではもう新たに宿らせることは出来ないのだからな」
研究室に置かれた数々の機械の中から、一つの怪し気な逆十字架に目を向ける。
「奴はバローニアと共に行ってしまったからな。
北の魔王と呼ばれたベルザブブとかいう魔王は、もうここには居ないのだから」
研究の成果の一つ。
魂を何かに宿らせるには、魔王級の魔力が必要だと判った。
闇の魔王に力を借りねば魂は転移出来ないということが、漸く解ったのだったが。
「悪魔は私を利用した。
ミユキの魂を元に戻すと、交換条件を呑んだように見せかけるだけだった。
奴は要求を突きつけ続け、魔法少女達を次々に欲するだけだった。
愚かにも私は鵜呑みにしてしまったのだよミユキ」
自嘲する島田の眼が天を仰ぐ。
「救えるのはもう少し先になりそうだ。子供達に君を還すのもだがね」
何かを決した島田は、踵を返して正面玄関へと向かうのだった。
「何も持っていないから。
雪崩に巻き込まれた時に無くしましたので」
毛布を与えられた俺とロゼが、薪ストーブの前で震えてみせている。
「ここに建物があって人が居てくれて助かりました。
一時はどうなるかと思って、心細かったです」
片言のロッソア語を交えて、感謝の意を示してみせた。
勿論、全部嘘だったけどね。
ロゼの身体を温める為と偽って、救助を求めたのがこんなに巧くいくとは。
但し、監視の下でってのが珠に瑕だけどな。
「おいこら外国人よ。旅券は?パスポートは持っていないのか?」
しつこく訊きやがるロッソア軍曹に、何度目かの言い訳を告げた後だった。
「それくらいで勘弁してやったらどうかね?」
奥のドアが開き、黒髪の男が現れたんだ。
「どこの国から来た?
どうしてこの辺りにやってきたのかね?」
近寄る男を観た瞬間だった。
どこかでよく似た瞳をしていた子を知っているように思えたんだ。
そう、どこか昔に出会った事のある女の子と、同じ瞳の色だって気付いたんだ。
その子と同じ、黒髪で黒い瞳の男を観て・・・
「君達は?
フェアリアから来たのではないのかね?」
端正なフェアリア語を話しかけて来る東洋人の男を観て、俺は直ぐにその子を思い出したんだ。
エンカウンターから少しばかり離れた森の中で出会った、魔鋼の少女を。
「もし、君達がフェアリアから来たというのなら。
教えておくことがある。
それは、もうここには君達が求める新たな技術などが無いという事だ」
黒髪の男、プロフェッサー島田が俺達に言ったんだ。
「私はこの研究所に連行されて来た島田という者だ。
君達と同じくフェアリアから。
隣国フェアリアに巣くう内通者によってね」
教えて来た島田という東洋人が、どうしてフェアリアから連行されたのかは知らないが。
俺達を見ている瞳には、明らかに失意が浮かんでいた。
「俺達は連行された訳じゃぁありませんよ。
それに俺は本当のフェアリア人じゃありませんので・・・」
そうさ、俺の先祖は純粋なフェアリア人じゃぁないからな。
二つ国の狭間で生きて来た先祖を持っているんだから。
見返し答える俺の眼を見詰めていた島田という東洋人が。
「そうかい?それなら良いが。
君の妹じゃないのか、蒼い瞳の魔女は?」
ロゼを指しながら笑ったんだ。
まるでロゼッタに宿った魔女を見透かしたように・・・
俺はこの研究所に肉体を虜にされている妹を感じた。
ここでは魔法少女をどう扱っていたのかを思い出させられたんだ。
「君は魔法を使える筈だな?
ちょうど新しいサンプルが欲しいと思っていた処だ・・・」
悪魔のような声が、俺達に向けて放たれた。
島田という東洋人は、懐からサングラスを取り出して目を隠しやがると。
「ここに来たのは天の導きだと思い給え。
魔法使いがここに来て、無事に出られるとでも思ったのか?」
何もかも分かっていて引き込んだとでも言うのか?
「二人を研究室へと連れてくるのだ!」
悪魔のような声が、俺達へかけられる。
連れ込まれた後に、何が待ち構えているのか。
無事に済まないと言い切られた俺は、島田の後ろ姿を睨み続ける。
今しがた感じた失意の眼は、幻だったのかと思いながら・・・・
万事休すか?!
じゃあ、指輪の手配をするのか?
え?!妹ちゃん・・・どうして?
危機に瀕したルビ達は?
次回 妹奪還 第3話
其処に居たのは?!ルビが眼にするものとは?!