妹(ノエル)奪還 第1話
ロッソア帝国最期の冬。
最期の王女は希望を捨てなかった・・・
第3王女の姿が王宮から消えた。
その第一報を受けたのは、姿が見えなくなって半日が過ぎた後でだった。
初め、王室侍従長はおてんば姫の悪戯かと踏んでいたが、思い違いを知らされる。
外部に秘匿する為、また自分の落ち度を隠す為もあり、部外に連絡を行わなかったのだが。
それがとんでもない思い違いで、大変な事態なのだと知らされるのは、
侍従武官でもあるカインハルト卿の謀反の一報からだった。
「侍従長、あなたは今迄何をしていたのかね?
あの撥ねっ返えりのエルリッヒ姫の事を、野放しにしていたからではないか?」
小太りの貴族院長が、運の悪い侍従長に嘲笑っている。
「は・・・申し訳もございませぬ」
冷や汗を垂らす侍従長に、尊大なる態度を見せる者達が。
「それで?行方は掴んでおらんのか?」
「も・・・申し訳もありませぬ」
答えを聞いた貴族達は、侍従長に「もうよい」と手を振って下がらせる。
「皆さん、お聞きいただいた通り。
これは格好のチャンスとなりましたな?」
「如何にも。小うるさい姫共々、逆賊を滅ぼす事になりましょうな」
貴族達は独自の情報源を持っていた。
金で買えばいくらでも集められる。
金で釣れば、あらかたの者は言う事を聞くのだと、自己流の政治学を持っているのだ。
そして集められたのは、エルリッヒ姫が何処に向かったのかと。
「勿論そのつもりだよ侯爵。
我々の世に、あの姫は邪魔でしかなかったのだからな。
これで堂々と排除出来る口実を、姫の方から掴ませてくれたのだよ」
くくくっと嘲笑う貴族院長が。
「しかも、あのアイスマンとか戯れる男もだ。
姫に傅いておったが・・・魔法使いならもう少し賢明かと思ったがな」
侍従武官であり、誉れ高い貴族の出仕でもあるカインハルト卿。
その彼を手なずけ、第3王女も手懐ける予定だったようだ。
「あれは、聞いたところによるとカインハルト家の養子だとか?
どこの馬の骨かは知りませんが、魔法使いを養子にするなど・・・愚かな話ですな」
貴族院長を中心に、集った仲間達が挙って笑う。
「それでは私は暴君様に進言いたそう。
我がロッソアには3番目はいらぬと・・・処罰の詔勅をいただいてまいろうか」
下衆な笑いを口元に浮かべて、貴族院長が立ち上がった。
昨日の晩、エルは酷く泣き続けた。
父である皇帝から受けた仕打ちに、心を折られてしまい。
「そんなに自分を責めてはいけません。
我慢はきっと実を結びます・・・今暫くの我慢をなさいませ」
女官達が宥めるが、当のエルリッヒ姫はベットに突っ伏すだけ。
「あなた達に何が判るのよ!どんなに辛いか解らないでしょうに!」
当たり散らす姫の相手に、女官達は寄り付く島もない。
「ほっといて頂戴!気が済むまで泣きたいだけだから!」
「しかし・・・それではお身体が・・・・」
女官達の中で、唯独り気遣う者へも。
「あなたは私の言う事が利けないというの?!
第3王女だからと馬鹿にしているんでしょう!」
その女官は傍に寄る事もせず、肩を竦めて苦笑いを浮かべた。
ー そうそう。そいつは貴族達に飼われた犬だからな。
いつもエルの傍に居るフリをして見張っていたんだから・・・
部屋の脇に控えるカインが、こっそり女官の顔色を観ていた。
泣きじゃくる真似をしているエルから、離れようともせずに。
「さっさと!みんな出て行って頂戴!」
声を荒げるエルリッヒ姫に、女官達が首を下げて退出していく。
最後まで部屋から出ることを拒んでいた件の女官も、致し方なく頭を下げて退出する。
その後ろ姿を陰から見送ったカインが。
「なまじ、恭順しているように見せかけるのが仇になる。
傅いてみせかけても、その眼から放たれた疑いの濁りは消し拭えはしない」
女官と入れ違いにエルの前に姿を現す。
「もう少し。もう少しだけ泣き真似を続けてくれないか、エル?」
「えぇ~っ、まだやらなきゃ駄目?もう喉がひりひりしてるのに」
ベットから起きてカインを見上げるエルが、舌を出してふざける。
「しぃ~っ!そとから寝室に聞き耳立ててるやつに聞こえちゃうよ?
もう少しの辛抱だから、我慢しておくれよエル」
窘められたエルがドアを観て、小声で幼馴染に訊いた。
「でも、よくカチューシャが間者だって分かったわね?」
「ああ、これでもボクは侍従武官だから。
女官連中の会話をそれとなく調べれば、
カチューシャという偽名を使う女が、怪しいと踏むのは当然だよ」
小声で教えるカインが、エルに泣き真似を続けさせて。
「良いかいエル。
今晩の内に抜け出すんだ、明日の朝には女官達がやって来る。
外に潜むカチューシャが、諦めて引き揚げたら・・・」
「うん、カインの手筈通りに・・・宮殿から抜け出すんだよね?」
今度はお忍びなんかじゃない。
カインの導きで出向こうとしている場所とは?
「今からは、カインハルト卿でもなく、ロッソア第3王女でもない。
一般人として振舞わなきゃならないんだよ。
目的のスゥエッセン公国に辿り着く迄は・・・良いねエル?」
カインが幼馴染エルリッヒ姫を諭す。
目的地として告げられた<スゥエッセン公国>は、ロッソアに隣した王国だった。
「カインがそんなに早くから手を廻していただなんて。
ちっとも知らなかったし、教えてくれていなかった。
西の世界に通じていたなんて、私・・・今日初めて聞かされたのよ?」
魔法使いとして貴族アイザック子爵家に養子として迎えられたカイン。
産まれは隣国だとは聞かされていたのだが。
「忘れてしまってたのかいエル。
僕の生まれたのはスゥエッセンだったことに。
当時ロッソアに懐柔を迫られていた王家の中から、僕が人質代わりに養子縁組された事を?」
「そうだったわね・・・まだ赤ちゃんだったカインを無理やり奪った。
お爺様が皇帝だった頃の話だけど、昔からロッソアは他国を蹂躙していたのよね?」
強国が懐柔を迫る時、人質を獲るのは昔も今も変わらない。
帝国は、懐柔した国が反旗を翻らせないように。
差し出した国は、恭順を表す為に。
エルが済まなそうにカインを観ると。
「済んだ話さ。
でも、今日まで生きて来れたのだし、エルと幼馴染に成れたんだから。
養子ってのも、まんざら悪い話じゃなかったんだよ?」
心の底からそう想っているカインが、エルに笑い掛けてみせた。
「私も。もしカインと幼馴染じゃなかったのなら。
今も自堕落な王女のままだったと思う」
笑い掛けられたエルの顔には、反省と焦燥が表れていた。
「こんな私を救おうとしてくれるあなたに。
どうやって報えたら良いのか・・・教えて欲しいの」
カインに向けられた顔には、吹っ切れない国への想いが見て取れた。
「それはねエル。簡単な話なんだよ?
このロッソアがどうなろうとも、君が生き続けてさえくれたら良いだけ。
僕のたった一つの願いを・・・叶えてくれれば良いだけなんだよ?」
答えの中に、<一つの願い>を入れたカイン。
本当は一つや二つじゃない程、エルにはお願いしたかったのだが。
「それが?!カインのお願いなの?
私が生き続けるだけで、願いが叶うっていうの?」
蒼い瞳へ翳りを魅せ、姫が騎士に問い直す。
「今は。今はそう思っているよ・・・」
本当は口に出してしまいたい・・・幼馴染とか主従の関係を通り越して。
だが、それを口に出してしまえば、願いが叶わなくなるかもしれないと言い出せなかった。
「・・・・カインは結構意気地なしなんだ・・・」
ぼそりとエルが溢す声は、当人には聞こえなかった。
程無く女官カチューシャの気配は無くなった。
監視の目を逃れる為に、夜闇を選んだカインの導きに因って。
「<スゥエッセン>の王家に纏わる者の証。
僕が王族である証の短剣を持っていて欲しいんだエルに。
君と僕とが向かう、新しい国に入る為にはどうしても必要だと思うから」
二人は亡命を企てていた。
ロッソア帝国に見切りをつけてなのか?
「今のロッソアではエルの味方は力不足なんだ。
このままではいずれ国賊達に国は間違った道を辿る。
他国に身を潜めて、時を待つ方がエルの為だと思うんだ」
カインは海外逃亡を企画していた。
予てからの望みでもあり、エルを救える唯一の方法だと信じているようだ。
寄り添う王女エルリッヒは、信頼する武官に頷き。
「私はカインがずっと抱いて来た想いを、知らずに今迄過ごして来たわ。
愚かな王女であったことを恥じているの。
それにあなたという王子様のことを、今迄家臣として扱って来た事にも」
項垂れ、そして謝罪を口に出した。
「エルが謝る事なんて何一つとして無いよ。
こうなれるように計って来た事を、黙っていた僕の方が謝らねばならないのだから」
ガレージ迄来たカインが、助手席のドアを開いてエルをエスコートする。
黙って頷くエルが車上の人になると。
「もうこれから暫くは見納めになる。
次に返って来れた時には、皆と笑い合えれるようになっている。
そう願って・・・エルも」
「うん・・・私もそれが今の想いだから」
大排気量の外国製オープンカーに二人を身を委ねる。
騒音をたてるエンジンに火が入り、カインがギアをローに入れて。
「それじゃぁ行こう。また来る時まで・・・さよならだ」
「みんな・・・お元気で。どうかご無事で・・・」
青年と乙女は旅立つ。
王女の身分も、王家の誇りも置き去りにして。
車は都を後にして走る。
遥か数千キロの旅路へと。
西に向かわず南下する車上で、エルはいつまでも王宮のある北を振り向いていた。
カインと共に旅立つエルリッヒ。
彼女の心はどこに安息を求めるというのか?
向かうは遠き国・・・求めるのは?!
一方雪に呑まれたルビ達だったが。
果して妹ノエルを救えるのか?!
次回 妹奪還 第2話
君は本当に寒がりだったんだね?しかもこんな状況なのに?




