悪夢の研究所<デーモンラボ> 第12話
人ならば・・・人であり続けるのなら。
悪魔に手を貸してはならない。
悪魔に魂を売ってはならない。
況してや、自ら望んで悪魔の力を欲してはならない。
たとえどれ程、愛しい人を救いたいと願おうが・・・手を出してはならなかった。
「この子達には、救いが訪れるのだろうか?
私に救いの手を指し伸ばす事が出来るのだろうか?」
闇の異能に手を染めたプロフェッサー島田が、微かに残る良心に訴える。
「この世界に悪魔が居るというのなら、神はどこに居るんだ?
何故救いの手を指し伸ばさない?何故理不尽にも邪悪だけが存在するのだ?」
求めるのは自らの呵責。自らへの粛罪からか?
「天に召します我等が神よ・・・祈りだけでは救いは与えられ無いというのか?!」
祈りはとうに捧げた。もう数えるのが嫌になるだけ・・・それでも。
「神仏の助けは届かない、最早私にはその資格さえも残ってはいない」
研究室には、数十本もの管が並んでいた。
人体を納めた管を、島田は澱んだ眼で見ている。
「魔法使い・・・魔力を秘めた者。
彼女達は自分達が望む場所へ行けたのだろうか?」
一人ひとり、各々が違う理想を綴った。
自ら望んで魔法を研究に捧げた者。また、家族を想って金銭に釣られて来た者。
書類の束が教えるモノは・・・
「これだけ多くの者を以ってしても。
私には解放の糸口しか見つけられていないんだよ、ミユキ?」
呪われてしまった手で、書類の束を撫でる。
数十枚にも及ぶ書類には、各々の名前と志願理由が記されている。
中には偽りの名と、勝手に書かれた志願理由もあるだろう。
書類を捲り、少女達に想いを馳せていた島田の手が停まった。
「せめてもの償い。彼女達の肉親に詫びる意味もある・・・」
捲られた書類に貼られた写真を、まるで愛おしむかのように撫でる。
「もし、天に神が居わすというのならば。
この子を姉の元に還して貰いたい、生きて帰して貰いたいのだ。
私が出来たのはロッソアの魔女に運命を託す事だけ。
マリーベル少尉に眠る良心に、賭けるしかなかったのだ」
黒髪の女性が収められた管に寄り添い、島田が溢すのは。
「なぁミユキ。私は間違いを繰り返す愚か者だよ。
どんな言い訳を言い繕おうが、手にして来た事は許されはしない。
せめて息子だけでも救おうとしたのは、私のエゴに過ぎないのだろうか?」
写真を手に、ミユキの眠る管に手を添えて。
「ミユキ・・・私に救いがあると言うのなら。
眠り続ける君の傍に居られる事だけだ。それだけが私の願いとなってしまったよ」
諦めに近い感情が、圧し潰そうとでも言うのか。
紅く澱みかけた瞳の奥に、映る女性の顔を観て。
「バローニア将軍が言ったよ。
もう直ぐこの地も引き上げる事になる。
明日には遠く地の果てに追いやられる事になったんだ。
極寒の地から、熱帯の砂漠へと・・・ね」
ロッソア帝国は、戦争の武器研究にだけ施設を使わせた。
魔鋼戦車を開発させ、戦争を有利に進める為に。
既に生産も軌道に乗り、新たな開発を必要としなくなった。
研究資料を手にした軍部は、それ以上の価値を見出せなかった。
「バローニアが言ってたよ。
私達は<新総統>とかいう奴に買われたんだと。
新たな地で、闇の力を手にしてみないかと・・・
新しい世界を創造する者に、手を貸せと言ったよ」
闇の力・・・それは島田にとっては必要不可欠の異能であった。
これまでの研究では得られなかった、復活に不可欠な力。
「私の良心が保てる間に、君達を解放したい。
彼の地で何が待つのかは分からないが、その力を手に出来るのなら・・・」
己を捨て、破滅を招くと分っていても。
島田は選択した・・・悪魔に身を堕とそうとも救うと。
「ミユキ・・・もう私は君にとっての悪夢となるだろう」
既にここに至るまで、数十人にも及ぶ魔法少女を貶めて来たのだから。
手の甲に着けられた痣。
紫色に濁る闇の紋章・・・悪魔の力を行使した報い。
島田はミユキと呼ぶ黒髪の女性に覚悟を告げる。
「君が目覚めたなら、一番最初に祓って貰いたいんだ。
邪なる者として、私を君の手で。
悪魔祓いの巫女ミユキとしてね・・・」
管の女性からは何も返っては来ず、唯、眠ったままだった。
周辺の衛星国には、反ロッソア帝国を標榜する武装蜂起が起きていた。
始まりはニーレン思想による民の民に依る政治を掲げていた。
しかし、一部暴徒による略奪が広まると、事態は急激に悪化の一途を辿った。
反政府を名乗る一部暴徒が、罪もない人々に襲い掛かり略奪を始めたのだ。
傀儡政権は暴徒鎮圧を名に、粛清を始める。
正規軍が暴徒を攻撃するだけに留まらず、
村々に押し入ると、こともあろうに略奪を始めたからだ。
歯止めを失った軍による暴行と略奪に、地方の住民は生きる場を求めて彷徨う事になった。
農村から住民が逃げた事に因り、作物は造られず農地は荒れ果てた。
折角作られた麦や作物も、軍隊が持ち去り住民の口に届く事が無くなった。
衛星国の政府は非常事態を宣言し、国民に戒厳令を布く事になる。
ゲリラと化した暴徒は軍部の中にまで入り込み、内部から崩壊させようと画策した。
戒厳令により市場経済は崩壊し、闇で流通する食べ物は高騰の一途となる。
十分な財産を持つ者ならまだしも、一般の国民は飢えに苦しむ。
不満は傀儡政権に向けられ、どの町でも反社会的な暴動が起きるようになる。
商店は暴徒に襲われ略奪を受け、政府寄りの住民は迫害を受けた。
国家は二分され、内戦にまで拡大する。
そして・・・火の手は本国にまで及ぶ事になった。
衛星国からの税も生産品も滞り、帝国は内部崩壊の道を転げ落ちて行く事となるのだ。
嘗て威勢を誇ったロッソアに、ニーレン主義の赤旗が翻る。
紅き旗がはためく先には、青白赤のロッソア帝国国旗が降ろされていくのだった。
既に帝国の半分近くが、赤旗に染められていた。
もはやその流れは帝国の瓦解以外には停められそうにもなかった・・・
フェアリアとの干戈が交えられてまだ、1年も経ってはいない冬の始り。
帝国最後の冬が訪れていた。
白銀色の髪を振り乱して駆ける。
オープンカーの右助手席には、プラチナブロンドの貴婦人が振り返っている。
「どうしても行くというんだね、エル?」
「何度も言った筈よカイン。私に出来るのならばやらなければいけないの」
車に乗る王女エルリッヒと武官カインハルト卿。
眦を決して話すエルリッヒ姫と、想いを抱くカインが目指すものとは?
「王女である私にしか出来ない事がある筈なの!
帝国をこれ以上惨禍にまみれさせるのを停められるのなら!」
王女は帝国に蔓延る闇を知った。
傅く幼馴染は、決意を秘めた王女を護ると誓った。
「エルリッヒ姫が決意されたのなら、私は武官として御守りするだけ。
エルがボクを必要とするのなら、血の底まで付き添うのが幼馴染の約束。
それがアイスマンの・・・カインハルトの誓いだから」
決意を告げられたエルが、カインの肩に凭れ掛かる。
「一緒・・・一緒にどこまででも」
カインの求めにエルが小さく頷いた。
宮殿を抜け出た、二人が向かう先とは?
時代の流れは、人々の運命をも突き動かす。
この世界に流れる、光と闇の魔法の中で。
それぞれの想いは運命を変えれるのか?
ロッソア帝国がフェアリアとの停戦交渉に入るちょうど4か月前の事だった・・・
<次回予告! 妹奪還 君は生きて帰る事が出来るか?!>
漸く研究所の秘密が知れましたが。
島田教授は闇に堕ちたのか?
魔法使いの魂を機械に宿すなんて?
だとすれば、ノエルは?
いいや、ノエルの魂は此処に居るけど、体は?
雪の中、ルビ達が闘うのは?
次回 妹奪還 第1話
王女は涙に暮れる・・・そして希望を求めて旅立つのでした・・・・