魔鋼猟兵ルビナス 月夜(ルナティックナイト)に吠えるは紅き瞳(ルビーアイ)
陸上の戦闘で<戦車>という兵器が現れたのは、欧州でのことだ。
初めて戦争に現れた戦車は、移動式のトーチカとでも呼ぶべき存在だった。
歩兵が白刃を交わして戦う当時の戦場に出現した鋼鉄の軌道車。
機銃と小口径の榴弾砲を備えた戦車により、それまでの闘いは旧式なモノと化した。
進み来る戦車に踏みにじられ、歩兵達は為す術もなく逃げ惑う事になった。
その頃の戦車は今よりもずっと脅威に感じられた存在だったのだ。
歩兵に有効な反撃手段が与えられるまでの間は。
鋼鉄の装甲を打ち破る速射砲が歩兵部隊に与えられ、
近寄った戦車を行動不能にする穿甲爆弾が兵士に配られ、
当時の戦車には脅威となる、墳進砲弾が特別に訓練された者達の武器となった。
ここに描かれるのは、<戦車>戦がまだ黎明期だった世界の話。
我々によく似た人類が歩んだ歴史。
唯違うのは、この人類には<とある力>が与えられていた事。。
闘う一部の者達に与えられた<異能>に因り、歴史が紡がれていたこと。
それはまるで人類に何者かが試練を与えているかのように、不思議な異能だった。
とある力とは?異能とは?
物語の世界には、古から伝わる不可思議な出来事が記録されていた。
ここには神と悪魔の闘いにも似た、神話のような伝説が残されていた。
人々の間に記憶された奇跡にも等しい伝承の数々。
当事者たちが記録した出来事が全て真実だとは言い切れない。
だが、伝説を継承した者達の間に囁かれている事がある。
奇跡を呼んだとされる伝承には、決まってある事が記されている。
奇跡を呼んだ者は神でも悪魔でもなく、人だという事。
そう・・・人が奇跡を呼んだ。奇跡を行ったのだと。
<とある異能の力>とは・・・
蒼き石の存在をご存じだろうか?
唯の宝石じゃない。唯、蒼い石というだけじゃない。
不思議な輝きを放つ石には秘密があった。
奇跡を呼ぶ力を孕んだ石。
特別な異能を身に宿した者が手にすれば、蒼き石は輝きを放つ。
手にした能力者が求める時、蒼き石は異能を放つ。
奇跡を呼ぶ力を顕すのだ。
<とある異能の力>を放つ魔法の石。
それが蒼き魔法石・・・魔法使いが持つ力の根源なのだ。
物語の世界には、我々とは違う力が存在した。
<魔法>という特別な力を持つ者が居る。
魔法の力を闘いに使う者が居る。
鋼鉄の機械に魔法を与え、異能の力で武装した戦車に乗る者が居た。
普通の戦車より遥かに強靭な力を放つ・・・魔法の戦車があったのだ。
戦車が未だ黎明期だった頃の話。
敵に打ち勝つために開発された戦車の中で、紋章を浮き立たせて闘う車両があった。
乗車している者の異能力を表す紋章。
それを浮き立たせて闘う車両には、魔砲を引き出させる機械が載せられていた。
魔法と鋼鉄の融合。
先頭を切って戦う紋章を浮き立たせる車体。
敵弾を弾き、砲撃で敵を挫く。
普通の車体に乗る戦車兵達は、その勇姿を畏怖の念でこう呼んだ。
「「 魔鋼騎 」」
魔砲を放つ鋼の騎士。
真っ先に敵陣に突っ込む紋章を掲げる騎士をダブらせて。
味方なれば心強い存在、敵なれば立阻まれるのを懼れる。
敵にも、味方にも。
魔鋼騎は存在した。
数は多くなくても、その脅威は見過ごせない。
両軍の中に魔鋼騎が居れば、互いに第1目標として闘う事だろう。
双方が闘い終えた後、残った方が勝利を目指し、先鋒となって敵に押し寄せる。
魔法騎士の名にふさわしく。
だが、戦争は昔のような一騎打ちを赦す程、甘くはなくなっていた。
隙あれば敵を撃破しようと、手ぐすね引いて待ち構える戦法を執る。
魔砲の騎士とは云えど無敵ではない、敵弾を受ければダメージを喰らう。
戦車の能力差は魔砲使いでも如何ともしがたい処があった。
いくら魔砲といえども、敵の装甲が撃ち抜けなければ意味を為さない。
無敵の戦車など在りはしない。
如何に強力な魔砲を備えようが、撃ち抜けない装甲を持つ戦車が現れれば闘いにもならない。
反対にどれほど強固な装甲を持っていても、重力の元で闘う戦車のは致命的弱点がある。
地表との接点、キャタピラという防御不能な弱点が。
そこを戦闘中に破壊されでもすれば、如何に魔鋼騎だろうともいずれは撃破されてしまうのだ。
停止した戦車程脆いモノはない。
重砲で撃たれるか、対戦車砲の集中射撃を受けてしまえばどうなるか。
まして、歩兵に歩み寄られてしまえば。
如何に魔鋼騎であろうと、乗っているのは人なのだから。
歩兵は戦車に踏みにじられるだけの存在にはならなかった。
既に歩兵と言えども、戦車と闘う術を手に入れていたのだ。
対戦車戦を行えるだけの武器を手にしていたのだ。
もう一度言おう。
<無敵の戦車など存在しないのだ>・・・と。
フェアリア皇国とロッソア帝国は干戈を交えた。
一方的な戦争となるかに思えたが、小国は強大な戦闘力の帝国に善戦した。
まだ戦車を集中運用する機甲戦が確立される以前。
まだ戦車が歩兵と協働し、戦線を歩兵のスピードで伸ばしていた時代の話だ。
襲い掛かる敵軍のスピードは緩慢だった。
護る防衛軍もそれに併せられる余裕が残されていた。
戦争は旧態然として進んで行く。
そこに居る者達の命を蝕みながら。
ゆっくりと侵攻する前線は、そこに居る者達の命まで根こそぎ奪っていく。
ゆっくりと、緩慢に。しかし、確実に人の命を奪っていくのだ。
フェアリア皇国内に攻め寄せたロッソア帝国軍。
防衛線を破られながらも、徹底抗戦する町や村でどれだけの人が犠牲となったか。
国境紛争から端を発し、全面戦争になった2国間の戦争。
両国が宣戦を布告して僅かに2週間目のことだった。
一つの連隊が押し寄せた敵先遣隊と交戦し、壊滅的損害を被ったのは。
敵をして<血塗られた平原>とまで呼ばせる事になった戦場。
そこは国境線から100キロも離れた場所だった。
迂回して来た敵軍は、まさかこんな場所にフェアリア軍の防衛線が造られているとは知らなかった。
敵も味方も、遭遇戦に大混乱をきたした。
ロッソア軍は少数の戦車を保有していた。それを先鋒に出して陣地を攻略する予定だったのだが。
フェアリア軍の陣地に備えられていたとみられる対戦車砲により大方の戦車を破壊され、
戦車に随伴した歩兵部隊との間に白兵戦が執られるようになった。
両軍ともに甚大な被害を出した。
守備していたフェアリア連隊は殆どの指揮官が戦死し、指揮系統がマヒしてしまった。
攻め寄せたロッソア軍も甚大な被害に、攻撃軍指揮官は撤退を余儀なくされる。
この悲惨な戦闘は、戦車の威力を分かっていなかったロッソア指揮官に齎されたと言っても良いだろう。
もし、フェアリア軍に対抗する戦車が無いのが判っていたのなら、
真っ直ぐ敵陣に攻め駈け、踏みにじるような戦術は無策としか言えない。
対戦車戦を相手が執れないと考えたのなら、思い上がった無能故だ。
対戦車砲と周りに配置された特別に訓練された兵により、保有した戦車の全てを破壊されたのだから。
だが、この戦闘には教訓が残される事にもなった。
戦車と歩兵が協働するには、一定の条件が必要なのだと提起された。
広い陣地を攻略する戦車に、歩兵が直協随伴してはならない。
この場合、歩兵と協働するには一定の距離を保って戦うべきなのだと。
理由は簡単な事だ。
戦車の機動力を生かさねば、共倒れになるからだ。
小さなパックフロントを攻略する時はまだしも、
拡げられた防御陣地を攻略する場合には、歩兵は戦車の眼となり陣地を探れば良い。
敵に有効な対戦車陣地があるのならば、戦車によって破壊すれば良いのだから。
歩兵が随伴していれば、確かに敵陣地を見つけてはくれるだろう。
だが、考えてみれば良い。戦車に着けられている観測装置の方が肉眼で探るより遠くを見渡せる。
それに敵が戦車を狙って撃って来れば、歩兵は戦車の陰に隠れて用をなさない。
歩兵を護ろうとすれば、むしろ戦車の足枷になり砲撃されて共倒れとなるのだ。
戦争は教訓を得た者が、いかに素早く活用出来るかにかかっている。
闘う者達の命で支払った教訓を、次にいかせられるかで勝敗も決まる。
圧倒的物量を誇ったとしても、硬直した戦術を執るのなら。
支払わされるのは兵士の命。代償は計り知れない損害を齎す。
ロッソア軍は戦術を学ばず、硬直した命令系統を変えようとはしなかった。
故に、兵士の命は命令書よりも軽く見られ続けた。
皇帝を頂点とした階級社会が産んだ上下関係は、いずれ瓦解するだろう。
幾多の兵士を喪う事に因り、残された者達に反旗を掲げられて。
悲惨なる戦闘で、敵味方併せて数百の人命が喪われた。
たった一度の遭遇戦により、守備隊と攻略軍は共倒れとなった。
いや、戦術上で言えば攻略軍の敗退と言っても良いだろう。
手酷い損害を受けた上に、攻略出来なかったのだから。
平原に戦死者を置き去りにして、攻略軍は撤退した。
一面焼け野原になった平原に残されたのは破壊された鉄の棺桶。
数両のロッソア戦車が遺棄されていた。
あるモノは砲身を項垂れ、またあるモノは砲塔を吹き飛ばされた状態で。
焼け焦げた車体を野に晒している。
陸上の王者である戦車が息絶えた姿は、誰にも手が付けられる事も無く放置されている。
乗っていた乗員の魂が抜けた棺桶として。
鋼鉄の墓標と化して・・・
数多の兵士の怨唆が焼け野原に渦巻く。
ここでどんな戦いが行われたかを知らしめたくて。
自分がどうして死なねばならなかったのかと、恨みを残して。
生き残った者を恨み、嫉み。
地獄の底に引きずり込みたくて・・・自分と同じ道を歩ませたくて。
夜ともなれば、野晒しの擱座戦車に野火が燈る。
そこら中に残った怨念が生者を呪う様に。
敵味方なく、死んで逝った魂が集うのだ。
自分が死んだと判っていない、浮かばれぬ魂達が泣いているのだ。
・・・どうして自分も死なねばならなかったのだ・・・
生きていた時はきっとこう願ったに違いない。
<<自分だけは生きて帰れる、帰るのだ>>
戦闘中において兵の心は、どの国だろうが同じ。
死に逝く瞬間に想う事も・・・
<<故郷に帰りたい。大切な人の元へ帰りたい>>
だが、死の直前に思い知らされるのはーー絶望ーー。
願い叶わず死に逝く者は、迫る闇に怯え絶望に染められる。
自分をこんな目に遭わせた者を憎み恨んで、死に逝くのだろう。
その光景を細く笑むのは死神か悪魔か。
魂を弄ぶ者は、闘いに散った魂をも嘲笑う。
いがみ合い、憎しみ合い、殺し合った者達の魂を。
行き場を失った魂達は、やがて一塊となり悪魔に召される。
人であったことも忘れ、唯、呪いの言葉を吐く悪魔と一つになる。
絶望の戦場で生き永らえた者達はどうなのだ?
仲間が死に、友が倒れた瞬間を観た者達の心は?
親しい友が息絶えた瞬間を見てしまった兵は、次の瞬間に訪れるかも知れない己の死を受け入れられるのか?
それとも友を奪われた事に逆上して、敵愾心を燃やすのか?
そのどちらでもない者は?
人は恐怖を超えた時に、何を感じるのだろう。
自分の運命に何を感じ、何を想うのか?
戦争は人の心を蝕み、やがては自らの命までも蝕む。
渦中にある者は心を荒ませ、人である事さえも忘れ去る。
普段では考えられない醜い行いも平然と行ってしまう。
人殺し、殺戮。
だが、戦争の只中ではそれさえも正当化されてしまう事に、違和感さえも持たなくなる。
敵を倒す事だけを考え、自分の行為を正当化するだけとなる。
そう・・・それが戦争という物だからと割り切ってしまうのだ。
人が人ならざるものとなった瞬間。
人の仮面を被った悪魔が現れ、修羅となるのが戦争というものなのか。
連隊が全滅の憂き目をみた戦場で、生き残った者が辿るのは修羅への道。
戦争が終焉を迎える時まで闘い続けねばならない運命を背負わされた修羅が残った戦場。
独りの青年が、その戦場で始まりを迎えることになった。
死神を纏い、死を振り撒く存在として。
彼の征く道は、戦車を狩る部隊と共に。
歩兵の中でも一番危険な猟兵として、真っ先に戦車に挑む。
敵戦車を撃破する目的で訓練された猟兵として、彼は存在していた。
悲劇の戦場の中で、彼は闘った。
そして・・・生き残ってしまった。
たった一つの目的の為に。
戦争の醜さを呪いながらも。
栗毛の髪を泥に染め、軍服を地に染め。
紅き瞳で天を呪いながらも。
彼は戦場で見つけたのだ。
自分の目的を。自らが為すべき事を。
どんなに醜くとも、必ず果たさねばならない事を。
紅く澱む瞳に映ったのは、夜空に浮かぶ月。
嘗て故郷で観たのと同じ月。
彼の血に飢えたような瞳は、月に訴える。
死ぬのはまだ早い、死んでたまるかと。
死ぬのは目的を果たした暁なのだと、訴えていた。
戦車猟兵の彼には、月は特別なモノとも言えた。
何故なら彼の名はルビナスといったのだから。
ラテン語で狼を意味するルビナス。
月と狼は互いに惹かれ合う。
月夜に吠える狼こそ、彼を表しているのだから。
紅き瞳のルビナス。
彼が辿るのは死に飢えた狼の如く闘いを求める道。
ルビナスが望むのは、己が目的を果たす事。
その目的とは・・・
家族を殺した者への・・・復讐・・・
月夜に吠えるは狼。
紅き瞳の狼は仲間を殺した者への復讐を望んだ。
魔鋼騎戦記を一新させたこの物語。
戦う者の想いとは?
死者と生者を別つのは?
始るのは本当の魔鋼物語。
闘うのは人同士の戦場。
そして、生き残れるかは・・・・君次第。
闘え!生き残る為に!