Mの勇者
その日、天使は荒れていた。慈悲深いといわれる彼らだったが、上司である神のダメダメっぷりに、堪忍袋が決壊。人間達が拝むほどの美しい相貌を鬼と変え、その瞳に蔑みの光を宿していた。更に神が怒れる天使を前に、『いけない扉を開きそう』なんて言ったため、彼は問答無用で神を別室へ投げ飛ばし、仕事をしろといい渡した所だった。
「あーもう。糞ほど忙しいというのに、次から次へと厄介ごとを」
ため息をつく天使の前に漂っているのは人の子の魂だ。その魂は神のうっかりで寿命よりかなり早くここへ来ることになった憐れな子羊だった。しかも人助けという善行を行って死んだという注釈もつく。
この魂の救済に神様が直接行くと言ったので、天使はぶちギレて神様を仕事部屋に閉じ込め、代わりに来たわけだったが、どうするべきかと悩んでいた。
生き返らせるのは簡単だが、干渉が大きすぎて周りが歪む。その歪みは大きな災害へ代わり、更に多くの人の子の命を消すことになるだろう。だとすると、新しく生まれ直してもらうのが一番いいのだが、生憎とこの魂が元々いた世界では転生の順番に空きがなく、かなりの期間がかかる。
「いっそ、別の世界に転生してもらいますか」
別の世界なら、幸いに融通が利く場所があった。しかしこの魂が生きていた世界より生命の危険がある場所だ。死亡率が高く、子沢山な世界だからこそ融通が利く場所だが、生まれてすぐにまた死んでしまうような事になっては憐れである。
「善行も積んでいるわけですし、能力値を上げましょうか。あー……あれ? これどうやって電源入れるんでしたっけ」
天使はタブレットを取りだしたが、最初の時点で出鼻をくじかれ頭を悩ませた。
最近書面よりも簡単で、情報共有がしやすいと、情報部からタブレットを配布され、これで転生する為の情報を入力するように言われたのだ。しかしこの天使は新しいものを使うのが苦手だった。神と対等に話せるぐらいの立場なので、見た目がどれだけ若くても、天使の中でかなりの古株だ。つまりはジジイ。最近の若者が簡単に使う機械類は、本当に苦手だった。
「あ、ああ。これですね。えっと転生の手続きのあぷりは……あれ? これじゃないですね。これも違う……」
ああ。できるなら、紙の時代に戻って欲しい。タイプライターにようやく慣れたと思ったのに、ワープロに移行した時も、天使は苦労していた。
きっといつかはこのタブレットにもなれるだろうが、せめて千年はこのままで居てくれないだろうかと思いながら、アプリと格闘していた。
「ああ。コレでは時間がかかりすぎてしまう。忙しいというのに……」
ようやくアプリを見つけて情報を入力するが、転生先を間違えて入力してしまったので、最初に戻る羽目になった天使は嘆いた。
能力値の入力は厄介なのだ。何故ならあまりにも項目が多いからだ。
能力値は頑張った時に最大でとこまで伸びるかといういうものだ。この能力値が高くなければ、頑張っても最終的に越えられない壁となって人生に立ちはだかることになる。その壁とどう向き合っていくかが人生の課題となるのだが、今回この魂の能力値は全てMAXまであげるつもりだった。
しかし細かい項目に、天使はうんざりしていた。
ちまちまと入力している所で、ふと天使は一番上にあるチェック項目に気が付いた。
「全てのMにチェックする?」
どういう意味だろう。まだ半分もできていなかった天使は、試しにチェックを入れてみた。
「ああ。なんて素晴らしい」
先ほどまでちまちまとチェックしていた項目が全てMAX値に変わっていたのだ。
天使は喜び、特に確認せずに決定を押した。普通なら全てをMAXにする事はないので、確認しないなんてあり得ない。しかし今回は特別なのだ。
だから彼は気が付かなかった。
項目の中にSM性癖が存在し、それがMの方に振りきれてしまっている事を。
◇◆◇◆◇◆
マリウス・マイアは、恵まれていた。
マイア家は貴族ではないものの、裕福な家だ。父親が魔物を退治する勇者業をしていた為、不在で会えない事は多かったが、兄や姉、弟、妹がいた為寂しいと感じることはまずなかった。
金髪に緑の瞳は美しく、運動神経も親に似てかなり良く、勉強も得意だった。いわゆる出木杉君だ。こうなると兄弟仲に亀裂が入りそうなものだが、親が絶対贔屓しなかった事と、兄弟もそれぞれ優れたものを持っていた事、更にマリウスが穏やかな性格だった為特に問題は起こらなかった。ただ一点、太りやすい体質だったのが欠点とも言えたが、兄弟は誰も彼の容姿を馬鹿にせず、むしろマスコット的に可愛いがった。
でも家を一歩出れば状況は変わる。
マイア家の誰かが一緒ならからかわれない容姿も、彼一人で出かけると陰口が叩かれた。
「何、あのメタボ」
「豚みたい」
「うわー。キモッ」
勿論、面と向かって言われる事はない。何故なら、彼は太ってはいるが、その他の能力は他人を遥かに凌駕していたからだ。例え石を投げられたとしても、彼は華麗にかわせる。なんなら相手を地面に叩き伏せる事だってできる。頭のできも、馬鹿にした方が恥をかく。だから、全ては陰口だ。
それでも終始陰口を聞き続けたら、普通なら鬱になっただろう。しかし彼はこの陰口を初めて叩かれた時から、ある感覚を覚えていた。
「ああ。もっと、罵られたい……。面と向かって言ってくれればいいのに」
この性癖が変だという事は、頭のいい彼はかなり初期の時期から気が付いていた。その為家族が心配しないように普段は表に出さないようにしている。しかし一人になるといつも思うのだ。
もっと刺激が欲しいと。
「家族のみんなは優し過ぎるもんなぁ」
勿論虐待されたいとまでは思っていないので、これまで通りの家族が好きだ。しかし、マリウスは罵られたかったし、何なら殴られたかった。きっとそんな刺激が入ったら気持ちいいに違いないとよだれが出てきて、慌てて口元を擦る。
実を言えば、太りやすい体質ではあるが、食べるのを我慢できないかと言われればそうでもない。我慢はご褒美だ。だから彼は痩せようと思えば痩せられる。しかし家族の顔立ち、更に自分の髪と瞳の色を思い浮かべた結果、メタボ体型を維持していた。何故ならこの体型がなくなれば、いじってもらえなくなる為だ。
兄や姉、弟、妹のように、周りからキャーキャー言われ、恋人になって欲しいとる迫られるのは正直好きではない。蔑まれて、一歩引いた位置に居てくれるのがちょうどいいとマリウスは本気で思っていた。
さて、自分自身でも認めるM体質だったが、マリウスは鍛えるのは好きだった。自分の筋肉を苛めるって最高だよねと心の中でいつも思っている。
黙々と基礎練習をするマリウスを弟や妹は尊敬の眼差しで見ていたが、マリウスは特に興味なく、うぬぼれずに鍛錬を積んだ。おかげでめきめきと武術や剣術が上達し、彼は村で一番強くなった。
強くなった理由はアレだが、誰よりも強くなったマリウスはそのまま両親と同じ勇者となった。
あまりに太った勇者という事で、最初は馬鹿にされる。しかし戦うとめちゃくちゃ強いという事で、彼の二つ名はMの勇者だ。メ(M)タボだけど、め(M)ちゃくちゃ強い、イニシャルMの勇者の略だ。実を言えば、そこに性癖がMというのも追加されるが、これはマリウスだけの秘密だ。いっそ打ち明けて蔑まれたかったが、それをすると同業者の家族にまで迷惑がかかるので、優しい性格の彼はずっと秘密にして過ごしていた。
「うう。最近、刺激が足りない」
魔物を退治するのが基本的な仕事だが、魔物相手に多少傷つけられても、気持ちよさはそこまで強くない。まあ多少はあるので、すすんで毒などは受けていたが、最近抗体ができてしまい利かなくなってきた。丈夫過ぎる体が恨めしいが、丈夫でなければ性癖の所為で命を落としていたので、ある意味良かったとも言えよう。
それでも罵ってもらえないのが辛い。初対面の人は何も言わずともだらしない体型に大抵蔑んだ眼差しをくれるが、しばらく付き合いが続くと、それをしてくれなくなる。同業者の場合、下手すると尊敬の眼差しで見てくるが、正直それはいらないとマリウスは思う。
何か、手っ取り早く傷つけてくれる方法はないだろうか。
そう思っていた時、手元に届いたのが、国が主催する武道大会のお知らせだった。正直これを見た瞬間、マリウスはこれぞ天啓だと感じた。
武道大会。
これなら、正々堂々殴られる事が可能だ。しかも、二回戦、三回戦と駒を進めていくうちに、もっと強い相手に殴ってもらえる。
「何て素晴らしい」
マリウスは早速エントリーし、幸せを受け止める事にした。
ただし、一回の戦闘で受け止めるのは一度のみと自分を戒めた。より長く、より強い相手にボコられる為だ。負けてしまったらそこで終わり。なので、マリウスは一度だけ相手の攻撃を受けたら、反撃して勝つというルーチンをこなした。
その結果。
「優勝、マリウス!」
武道大会でマリウスは優勝してしまった。周りからは歓声を貰ったが、正直それはいらない。できるならこんな豚野郎が勝つなんてっ! と罵って欲しいと思ったぐらいだ。
しかし何故か、マリウスの評判はうなぎ上りなる。
「マリウスさん、稽古をつけて下さりありがとうございます!!」
「マリウスの兄貴、凄いです。優勝ですよ!!」
「お前なら、やると思った」
誰でもいいから、豚野郎を倒そうとする気概のある勇者はいないのだろうか。マリウスは尊敬の眼差しに、苦笑いをするしかなかった。
「マリウスよ、褒美は何がいい。どんな願いでも叶えよう」
国王に呼ばれてそんな言葉を賜ったマリウスは、なら罵って下さいと言いたかったが、寸前で我慢した。優しい家族が周りからアイツの兄弟Mなんだぜなんて国中から罵られるのは困る。罵られるのは自分だけでいい。むしろ自分を罵ってくれ。
そんなマリウスの心の声を聞く者はおらず、マリウスは褒賞を辞退した。特にお金にも困っていないし、罵る以外に何かして欲しい事もない。
「できるなら、この武道大会をずっと続けて下さい。そうすれば、きっと勇者の能力も底上げされましょう。もしもお金を私に下さるというのなら、そのお金で勇者を養成できる学校の創立をお願いしたいです」
そうすればもっと強い相手に殴ってもらえる。
マリウスは自分の為に発言したが、この言葉に国王は酷く感激した。さらに感激しすぎた国王は、姫との結婚を一方的に許してしまった。
これに慌てたのが、マリウスと姫だ。姫はこんな豚みたいな男と結婚などしたくないと思った。マリウスは姫の蔑んだ目に、ゾクリとはきたが、だからといって流石に自分と結婚なんて可哀想すぎると考えた。
「王様、それはなりません。私はただの勇者。このような美しく聡明な姫には似合いません。それに姫と結婚となればそれ相当の身分が必要となりましょう。しかし私は貴族として国に仕えるよりも、勇者として世界を守りたいのです」
「そなたは本当に素晴らしい心根の持ち主だ。分かった。結婚は取り下げよう。そして貴殿の願いを叶えようではないか」
そんなやり取りに、姫はほっとするよりも、自分が見た目しか見ていなかった事にショックを受けていた。しかも美しく、聡明とマリウスは言った。きっと自分の容姿が醜いが為に、マリウスは自分への恋心を殺したのだと嘆いた。
「そもそも、太ってはみえるけれど、金の髪は美しく、緑の瞳も宝石の様。運動もできて、頭もよく、性格もいい。結婚は困るけれど、彼の助けになりたい」
姫はマリウスに対して密かに護衛をつけた。
しかしマリウスはそんな護衛よりもはるかに強い。その為、護衛の役割はむしろマリウスの行動を姫に伝えるのが主となってしまった。
「そうなのね。マリウス様は、今日は草餅をおやつに食べられたの。……ああ。草餅を食べるマリウス様、なんて可愛らしいの」
そしていつしか姫はマリウスの写真を貰いうっとりするようになった。ストーカ兼微ヤンデレ姫の爆誕である。マリウスが知れば精神的恐怖にMの血が騒いだだろうが、生憎と彼はこの事を知ることはなかった。
◇◆◇◆◇◆
護衛についた男は、マリウスがあまり好きではなかった。
武道大会で相手を指導するかのように一度殴られ、相手の弱い所を攻撃するなんてすかしているし、褒賞を断り勇者の為だ、世界の為だなんて言っているのも気にくわない。
そもそも、そのたるんだ体はなんだ。馬鹿にしているのかというのが、彼の感想だ。
しかし仕事は仕事だ。好きではなかろうが、命令とあれば護衛にだってつく。
「なあ、武道大会でアンタの力を見て感動したんだ。俺とパーティーを組まないか?」
武道大会の優勝者をこっそり護衛をするのは困難と考えた男、エリアスはマリウスとパーティーを組む事にした。こうすれば合法的に相手を守れるだろうと考えてだ。
「はぁ。僕なんかでいいなら」
「いや。僕なんかって、お前、優勝者だろ。普通に周りから申し込まれてるんじゃないのか?」
マリウスはあまり自己評価の高い男ではなかった。
優勝するような奴は、鼻持ちならないプライドの高い連中ばかりだとエリアスは思っていたが、マリウスに限ってはそれはなかった。
「僕は生憎とこの容姿だからね。一緒に居たいと思わないだろ? でも、パーティーの申し出はありがたいよ。一人よりもチームの方が、危険度の高い依頼もこなせるから。一人だと依頼そのものが受けられなかったりするだろ?」
「……痩せればいいんじゃないか?」
あれだけ運動しているのだから、痩せようと思えば簡単に痩せられるだろうとエリアスは思った。普通に考えれば怠慢だが……でも、ちょっとおかしくないかとも思う。マリウスの強さから見て、鍛錬を怠っている様には見えない。
「僕は生まれつきこういう体質なんだ」
「えっ」
マリウスは太りやすい、ドMだという意味で言っていたが、ドMである事を公表していなかったので、エリアスはマリウスには持病があるのだと勘違いした。
そういえば、腎臓が悪い人は、体が浮腫みやすいらしい。それが生まれつきともなれば、ここまでの強さを得るために、マリウスはどれだけ頑張ったのだろう。だからこそ、勇者という職業に誇りを持ち、王に進言したのかもしれない。
エリアスは見た目と噂だけで相手を判断してしまっていたと己を恥じた。
「それは……辛かったな」
「そうなんです。でも、大丈夫。エリアスさんが一緒に戦ってくれるなら。ありがとうございます」
マリウスは、ドM体質を隠すのが辛く、それでも今後はもっと強い魔物と戦えて、少しはいい刺激が入りそうだという意味で伝えたが、勿論伝わるはずがない。
まっすぐ貴方が必要だという好意を示され、エリアスはマリウス沼に落ちた。
俺はこの先ずっとマリウスの力になろうと。
仲間兼下僕の爆誕である。
しかしマリウスは率先として傷つきに行ってしまう為、エリアスは生涯ハラハラさせられる事になる。更にマリウスは天然魔性な魅力で、色んな人を誑かしてしまうので、それを追い払う度に、胃痛と戦うことになった。
◇◆◇◆◇◆
「怪我を治しますから見せて下さい」
修道女である少女ミラは、治癒魔法が得意だった。
治癒魔法は協会の者だけが使える秘儀であり、修道女達は神の教えを広める為にその力を使っていた。しかしこの治癒魔法はかなりの精神力と体力を使う。
その為階級の低い修道女達は、神父に強制されて力を使い過ぎ短命な人生を送っていた。
ならば修道女など止めてしまえばいいと思うだろうが、修道女となった者は、皆貧しい家の者だ。明日のパンすら買えない家の子供が、死んでしまうぐらいならばと修道女となる。そして彼女達は食い物にされるのだ。
ミラも同じだ。
餓死を免れる為に修道女となった。しかし修道女となっても、結局は早死にが決められている。今日も馬鹿な勇者の傷をいやす為に呼びつけられ、ミラは自分の人生は何なのだろうと心の底で思っていた。
勇者は国で暴れる魔物を殺す大切な職業だ。彼らがいなければ生活が成り立たない。
しかし治癒魔法という便利なものがある為に、彼らは平気で怪我をする。それを治す者の命が削られているなんて知りもしない。
ミラは勇者はどっちだと心の中で彼らを馬鹿にしていた。そうしなければ、あまりに自分がみじめだったからだ。
「えっ。い、いりません。大丈夫ですよ、こんな傷」
「はい?」
武道大会優勝者である勇者の傷を治せという命令が下り、向かった先に居たのはメタボな勇者だった。どうしてそんなに太れるのかと問いただしたくなる肥満野郎に、イライラしつつも仕事をこなそうとしていたのに、出鼻をくじかれた。
「いえ、ご命令ですので」
「誰にです?」
「誰って……国王陛下ですが」
このデブが優勝者だというのは、何らかのペテンでも働いたのかと思ったが、噂を聞く限り本気で強いのは確からしい。
国王まで懇意にしているのは、元々何か高貴な血筋だからかもしれないが、一応優勝者だからという事になっている。
「あー、分かりました。今後はこういう気づかいは必要ないと文をしたためておきます。すみません、こんな場所までご足労頂いてしまって」
「いや。えっ。でも、怪我してますよね」
「大丈夫ですって。そもそも僕、男だから傷跡残っても問題ないですし。それに治癒魔法は命を削ると聞きます。大切な貴方の命を使うなら、もっと必要ある方でお願いします」
マリウスは折角できた死なない程度の痛みを取り除かれてなるものかと、M属性メーター満タンで、反論した。
「マリウス、そんな。お前にもしものことがあったら……」
「この程度でなるわけがないじゃないか。エリアルさんは本当に心配性だよ。ちゃんと消毒してるし、なんなら後で怪我の治りを早くする薬草を積むから。苦いけど、良く効くって知ってるだろ?」
心配そうにするエリアルとマリウスの距離が微妙に近くて、ミラは何だコイツと思ったが、苦い薬草を飲んでもいいから治癒は受けないというマリウスを見直した。
マリウスは傷の痛みが持続しないなら、せめて苦い薬で自分の快感を刺激しようと企んでいただけだが、誰もそんな心の内を知りようがなかった。
「修道女さんも、怪我が大したことのない相手なら、苦い薬を勧めれば良いんですよ。そうすれば怪我を極力しないようにしようと勇者だって思いますし。奇跡の力は素晴らしいですが、犠牲の上で成り立っていることをもっと皆が知って乱用するべきではないんです。それに出し惜しみしておいた方が、より価値が上がります。この奇跡は安売りしていいものじゃないです」
マリウスはペラペラとおのが怪我を治されない為に喋っただけだったが、ミラは目元を熱くした。
「でも修道女の替えなんて沢山います」
「はあ。そうかもしれませんが、怪我を負うのは勇者だけではありませんし、他に治す方法があるなら併用すればいいじゃないですか。楽をして治るなら楽をとるべきです。それに修道女の替えはあっても、貴方の替えはないですよ?」
マリウスの言葉に、ミラはこの方こそ神だと思った。
何処までも優し過ぎる言葉に、ミラは感動し涙を流した。
「ありが……とう……ごさいます」
「えっ。お礼を言われる事は何もしていないというか……。はあ。どうも。あの、汗臭いかもしれませんが、ハンカチ使って下さい」
ミラは渡されたハンカチを握りしめた。これは聖なる布だ。汗臭い? そんなはずはない。神の持っているものなのだ。
「貴方様の教え、必ずや広めます」
ここに新しい狂祖――もとい教祖が爆誕した。
Mの勇者は、メタボの勇者。
しかしある時から彼の姿は見かけなくなる。
何故なら、自分がかなり神格化されてしまっている事に気が付いたからだ。Mの勇者は伝説となったが、彼はそんな物は望んでいない。
ただの一ドMでいたいだけだ。
だから彼は速攻で痩せその身を隠した。
「ああ、本当に誰か、蔑んでくれないかなぁ。年を取ったら人相変わるし、ジジイキモイとか言ってもらえるかなぁ」
痩せたマリウスは誰もが振り返る美男子だった。しかし彼はそんなもの望んでいない。
彼は今日もいたぶられる為に魔物狩りへと向かうのだった。