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てんとう虫田中

作者: 一日一説

生物の脳をコントロールする「ヒューアニマ」技術を確立した田中はすこぶる機嫌がよかった。「3杯まで」と、聞いてもいないのにいつも口ずさむカフェオレのお代りは、午前中で片手の指を超えた。


「ヒューアニマ」技術を簡単に説明すると、これは地球上のすべての生物を対象にした洗脳技術だった。つまり、ターゲットにした動物の知覚を乗っ取って自分の意のままに操ってしまう、というある意味で恐ろしい研究技術であった。

 ゆえに彼が確立した技術は人類が今だ成し得なかった未知の領域であり、この研究は田中にとって最も輝かしい研究成果の一つといえた。田中は連日を上機嫌で過ごし、人生を謳歌しているかのようだった。


 研究完成から5日後、研究結果を発表した田中はさっそく用意された緊急記者会見に臨んだ。しかし、その会見の前と後で田中はまるで別人のように怒り狂った。理由は一つ。ある記者が研究技術の素晴らしさには目もくれず、ただ一点その危険性のみを追求し続けたからだ。これには田中も苦虫を噛み潰したような顔で応じ、記者会見は誰の目にも失敗の印象を拭えなかった。


 田中は怒りから研究室に籠りきりになった。結果、本来段階を踏んで行われるはずであった実証実験をいきなり彼自身の体で試そうとし始めた。これには周囲の人間も猛反対したが、田中は自身をのぞくすべての人間を研究室から追い出したので、物理的に彼を止める者はいなかった。


 準備を終えた田中はいよいよ実験の本丸にさしかかった。田中が実験の被検体として選んだのはてんとう虫だった。理由は研究棟の眼前に広がった花壇で、唯一田中が捕獲できた昆虫だったからだ。もとより、比較的用意の簡単な昆虫を初期の実験対象にしようと田中が考えていたせいもある。


 いよいよ「ヒューアニマ」の実験が始まった。田中はヘルメット型の機器を頭部に装着し、その頭部から伸びた無数のコードが繋がれた専用の金属製カプセルにてんとう虫を入れた。

 舌なめずりと瞬きが多くなる田中。田中はこの段階にきて、自分の計画がいささか早計であったことをやや後悔した。しかしここまできた手前、引き返せないことは自身が一番よくわかっていた。それに、自身の研究結果を疑うことだけは田中が最も避けたいと考えていたことでもあった。脳裏にあの腹立たしい記者の顔がよぎる。だからこそ田中は、装置起動の段になって躊躇なくそれを実行した。


 「ヒューアニマ」が起動した瞬間、田中の身体はぐったりとした。そしてそれは、実験の成功を意味した。田中はてんとう虫に転移することに見事成功したのだ。


 しかし、実験は成功し過ぎた。田中はてんとう虫の脳をコントロールできるようになっただけでなく、てんとう虫そのものへと成り代わってしまった。言うなれば、田中の魂は完全にてんとう虫へと乗り移ってしまったのだ。瞬間的に憑依することが実験の目的であったにもかかわらず、田中はてんとう虫という生命へ生まれ変わってしまった。田中改めてんとう虫はただただカプセルの中でじっとしていた。


 田中は予期せぬ形で自身の求める研究結果の数歩も先を行く実験を成功させた。しかし、そのようなことなどもはや、てんとう虫にはなんの関係もないことだった。



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