第八冊 『岩石蜥蜴危機一発』
「敵襲!」
その夜、全員が眠りについてから数時間。ティアが見張りの番の時に、それは起きた。
陽はティアの叫び声を聞き、目を開きながら態勢を起こす。その言葉通りならば、悠長に寝ている暇ではない。視線を別の方に向ければ、蜥蜴型で四足歩行の魔物を食い止めるティアの姿が。
「大丈夫!? ティア!」
「今のところは! けどすぐ駄目になるだろうから、すぐに準備をして!」
「わかった! ヨウはフィリアを起こしてくれ!」
「了解!」
ヨウより少し先に起きていたのだろう。カルムはもうすでに準備が完了していて、ティアに状況を聞き、陽に指示をした。
言われた通り準備をし、いまだ寝ているフィリアを揺さぶって起こせば、直ぐに剣を持ってそちらに向かう。
蜥蜴型の魔物────岩を主食とし、全身の耐久度が鉱石の様に固い魔物、『岩石蜥蜴』は、全部で八体、そのうち一体は既にティアが倒し、続けて四体を相手にしていた。残りの三体も襲い掛かろうとしていたが、陽に一体、カルムに二体、襲い掛かってくる。
「数が多い……ヨウ! カバーはいいから、確実に一体、いける!?」
「あ、ああ! やってみる!」
カルムからの指示を受け、一瞬逡巡するも、承諾する。
正直やれるかどうかは分からない。初めての魔物だし、何より『堅い』と言うのが難点だ。ティアの様に鋭い斬撃を放てたり、カルムの様に堅さを気にしないで攻撃できるのならともかく、陽にとってそれは難しい。
(試してみるしかないか……!)
無骨な剣を握るとあ、足に力を入れ、ティアに習った通の体勢で構える。様には成っていないが、経験者とギリギリ言える、そんなレベルだ。何もしないよりはいい。
岩石蜥蜴はこちらに鳴き声を上げながら警戒すると、元から低い体勢を更に低くし、飛び掛かってきた。その口は大きく開いていて、どうやら噛みつくつもりらしい。
「っ……はぁ!」
在り来たりな掛け声とともに、陽は横に回避する。だが、それだけでは完全とまで行かず、剣で受け流す形となった。岩石蜥蜴はこちらに振り返ると、再度飛び掛かり、今度はその爪で引っ掻こうとしてきた。陽は咄嗟に横に倒れ込んで、攻撃を避ける。
「───う”ぅ」
少し腹を打ち鈍い声が出るが、支障はない。
岩石蜥蜴のほうに向き直れば、周りを見渡し、陽を探している。見失ったらしい。チャンス、と思い、陽は剣を振ろうとし────
(……あっ!)
相手が四足歩行だったせいか、危うく空ぶりそうになった。咄嗟に向きを変え振り降ろすが、胴体の所を少し掠っただけ。「ッギャウッ!?」という声を上げて、こちらに振り返ってしまった。
陽は今度こそ注意して、剣を突き刺そうとする。しかし、相手は蜥蜴だ。軽い動きで後ろへ下がれば、お互い睨み合う空間が出来上がった。
────こんなものだ。陽の実力など。実際の戦闘など。創作物ではあっさりと敵を殺している。ナイフを振るえば相手の首は切断され、魔法を放てば相手は炎上する。そんな、簡単なものではない。命のやり取りだ。陽にとっても、死に物狂いな出来事なのだ。陽の場合でも、上出来と言えるだろう。狼の時はまぐれ。偶然と確率の気紛れによって起きたことだ。それを宛にしてはならない。
今まで経験した戦闘だってそうだ。今回よりは少し楽だったが、虫だろうとやはり、生きようとしていた。
陽はいったん深呼吸をすると、剣を右手だけで持ち、左手は前の空間に翳した。
「……『命の源よ、言の葉に応え、姿を現せ』」
魔法の詠唱。言葉によって魔力を変換し、摩訶不思議な現象を起こすこの世界のルール。陽は初級以外使えないが、それでも使わないよりはマシである。今回使うのは火の魔法。火球だ。
相手も何かを感じ取ったのか、より一層警戒が強まった気がする。
「……火球!」
ゴウッ!
空間に火の玉が生成され、それが岩石蜥蜴に真っすぐ飛んでいく。相手もバカではない。それを見てから横に回避し、野生動物特有の身体能力で距離を詰めてくる。
だが、それは想定内だ。
「くっ」
「ギャゥッ!?」
次の瞬間、岩石蜥蜴は悲鳴を上げた。
先ほど避けたはずの魔法が、背中に直撃したからだ。簡単な話である。陽は火球に僅かに残る魔力を使い、操作した。最初からこれを狙っていたのだ。岩石蜥蜴は痛みに悶えて、ジタバタと転がっている。
「はぁ……はぁ!」
「ギャゥ! ギァヤァァッ!!」
何故か荒くなる息を少し押さえ、陽は接近し、剣を振り下ろす。振り下ろす場所は腹だ。腹だけは、岩の様に堅くないらしい。サクッ、と言う案外軽い手ごたえを感じるが、直ぐに阻まれた。骨だ。普通は、そう簡単に切断出来るものではない。血がブシャっと、弾ける。
それでも両手で何とか力を入れて貫通させていく。ゴキリ、ゴキリ、と嫌な感触がし、陽は顔を顰めた。
「はぁ……は”ぁ…終わった……」
段々岩石蜥蜴はピクピクと痙攣し始め、血の池が形成されていく。そして止めを刺そうとさらに力を入れた時────相手は足掻いた。
「うわっ!」
身を捩り、生きようと必死だ。それによって陽は剣を弾かれ、後方に尻餅をついた。「うっ……」と呻くが、言ってられない。すぐさま相手を睨み返す。岩石蜥蜴は剣が刺さっていた所から内臓を露出させながらも、もがき、足掻き、逃げようとしていた。
「ギャァッッ! ギヤッッ!!」
「なんだ、これ……」
血の匂い。あの時生きると誓った。けど、やっぱり、怖い。こいつは生きてる。人間と同じで生きてる。なんだこれ。内臓だ。血をまき散らして。必至だ。殺し合いだ。別に甘く見ていたわけじゃない。何度もこういうのにそうぐうした。狼だって殺した。まぐれだったけど、しっかり乗り越えた。
「殺してやらないと……きっと、苦しい……」
陽は心の内でそう思い、まるで自分の意思を固める様に口に出していた。近づき、まだまだ足掻き続ける岩石蜥蜴の腹にもう一回剣を振り下ろす。外れた。もう一度振り下ろす。今度は命中。バキ、ボキ、と何かが砕けるような音がし、岩石蜥蜴の眼から光が失われていく。
剣を腹から抜き、危うく吐きかけた。何でこんな、怯えている様な状態に成るのだろうか。乗り越えたんじゃないの? 生物が死ぬところは何回も見ているのに?
「……そうだ。他の三人は……」
先ほどよりも荒い息を抑え、陽は周囲を見渡す。
魔法使いであるカルムはいつの間にか参戦していたフィリアと共に三体を相手にし、そのうち一体を殺していた。二人とも傷等は負っておらず、まだまだ万全だろう。ティアは相変わらず四体を相手しているようだが、その数は二体に減っている。既に二対殺したらしい。
「よし。ヨウ、ティア! いったん固まるよ! 分断されては駄目だ。四人で役割分担して、一体一体しっかり撃破していくんだ!」
その指示を受け、陽はカルム達の方へと走っていく。ティアも残りの二体を牽制し、最終的にカルムの魔法に助けられ、四人は一か所に集まった。ただ、周囲を囲まれている状態だ。その為身を寄せ合うような形になっている。個々撃破するのはいいのだが、一方を攻撃すれば別の方向から攻撃が来るような状況だった。
全部で四体。こちらの人数と同じだ。だが、一体一人で対処するにも限界がある。もう一度同じことをしろと言われ、精神的にも肉体的にも耐えられる自信はなかった。
「……『空の下に広がる陸よ、微小の恩恵で現状を打破する力を貸さん』……土槍! 今の内だ!」
其れでもカルムは動く。土魔法を詠唱し、全ての岩石蜥蜴の足元に土の槍を生やす。個々さまざな反応を示すが、三体は回避、フィリアの目の前に居るが一体は足に傷を負った。後退しようとしているが足を満足に動かせないらしい。だが、それを押さえて岩石蜥蜴はフィリアに大口を開けて飛び掛かった。
「フィリア! ティア! 頼む。ヨウは僕の援護を!」
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返事をしている暇はない。
フィリアは飛び掛かる岩石蜥蜴に対し、剣ではなく盾で対峙した。ガチンッ、と、牙が盾の窪みを捉える。岩の様に堅い岩石蜥蜴の牙は、同様に岩の堅さを誇る。受け止められたが、盾を貫通していた。
「……それなら……!」
だが、それすらもフィリアは利用する。牙が刺さっているという事は、今岩石蜥蜴は身動きを取れない。抜けないうちに剣を地面に置き、盾の側面を両手で持てば、その腕力を活かしてティアの所まで飛ばす。
「えっ!?」
「……ティア……切って……!」
「ん……なるほど───」
ティアはフィリアの意図を理解したらしい。握っている剣の根元を右手でギュッと掴むと、盾がティアに届く少し早いタイミングで振い───空ぶった。いや、わざと空ぶった。そしてそのまま剣の先当たりの位置に盾を噛んでいる岩石蜥蜴が来ると、左手で柄頭の部分を押す。それによって剣が瞬時に移動し、堅い岩石蜥蜴の頭を貫いた。
「───とった」
剣聖流:『防御殺し』である。利き手で剣の根元を持ち、柄頭の辺りを空ける。その状態で相手を横なぎに切るふりをし、わざと空ぶる。剣先が相手の目の前に移動したところで、柄頭を思いっきり押し、瞬間的火力を出す技だ。突き技に分類され、相手の意表を突く時や硬い物を貫通する時に使用される。初心者でも基礎さえあれば使用出る。だがこの技は『諸刃の剣』なのである。剣の耐久度が無ければ技を使った瞬間に折れてしまうため、余程の耐久度が無ければ使用できない。その点ティアの剣は『不変性』をもった神製道具なのでこの技を使用できる。
ティアは剣の血を拭い、フィリアは盾を回収し、カルムと陽が持ち応えているはずの三匹の方へと向かっていく。
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同時刻。
「『全てを司る流れの結晶にして、虚空より出でし大海の断片よ。水分の集合体と成りて、対象を断罪する幻想の剱へと至れ』! 水王斬撃───変換:氷斬撃!」
三体を前にし、まずカルムは水の魔法を詠唱する。だが、それは付け加えられた言葉によって氷へと変化した。この世界の『氷魔法』とは、水魔法の第二適性だ。しかし、カルムには氷魔法の適性は無い。だが、一部の魔法使いは既存の魔法の応用で、異なる現象を起こす。これは『魔法変換式』と言われている方法だ。
これもその一つ。水の魔法に必要以上の魔法を込め、『温度』を調節することにより、結果的に氷を発動させる。普通の氷魔法なら最初から氷なのだが、この場合水から変換するというプロセスが必要になる。
皇帝の杖から生み出されたのは水魔法:上級、水王斬撃だ。地球で言う水圧カッターのようなものだが、この世界ではそういう理論の話ではない。
これを氷結させ、氷状にしたのが、氷魔法:中級、氷斬撃である。元々威力のあった氷は、他の魔法の追随を許さないスピードで岩石蜥蜴へと向かい、四本の足の内、二本を吹き飛ばし、二本を凍らせた。完全に身動きが取れない状況のようだ。
「ギチャッ!」
「ヨウ、今のうちに! 魔力も無尽蔵じゃないんだ!」
「ぁあ……!」
カルムは自身に迫る残り二匹の岩石蜥蜴を皇帝の杖で牽制し、担当していた。陽の数倍から数十倍魔力はあるだろうが、言葉通り無尽蔵ではない。それに、魔力が切れたら気絶してしまう。これ以上魔法を使うのは得策ではないのだろう。
陽は胃が落ちているような怠さを覚えながらも、剣を握り、歯をグッと噛みしめて接近する。カルムの氷斬撃を受けた岩石蜥蜴はもう動けない。死ぬ気はない! と言う様にこちらを睨んでくるが、徐々に体温を奪われているらしく、瞼が落ちてきている。
(……惨い……)
それしか思い浮かばなかった。岩石蜥蜴の足は氷によって凍らされ、飛ばされた足の断面からは血が滴り、僅かに筋肉と思われる肉が出ている。これから、自分が止めを刺すという事実が信じられない。現実なのに、まるで空想の様な感覚だ。いや、空想だと思いたい。
「……」
けれど、カルムを見捨てる選択肢の方がない。陽は内心謝りながらも、その剣を頭に突き刺そうとし……弾かれた。かと言って、柔らかい腹は完全に血を向いている。裏返す? そんな手間は掛けてられない。だったら────目?
「え、おい。ちょっと待てよ……」
「ヨウ!?」
なんだか想像つかない。眼を刺す? 自分が握っている剣で? 思わず岩石蜥蜴の体を見回す。眼が充血していて紅い。口は閉じられている。剣でも差し込もう物なら食い千切られるかもしれない。胴体、岩の様にゴツゴツしていて剣が弾かれそうだ。
ティアの様に剣術を使うのも思い浮かんだが、今の陽が使えるのは初級だけ。その中で生物に『岩を切り裂く』様な技は無い。だとするのならば、やはり────
「……ごめん」
────陽は岩石蜥蜴の眼に剣を突き立てた。言葉では表せない本能による叫びが一瞬響き、その気力も無くなったのかすぐ止まる。目を向けられない。もう死んでいるのか、生きているのか。それすらもハッキリしない。止めとばかりに思いっきり力を込めて剣を刺せば、ゴツンッ、という、篭った堅い音が響く。どうやら肉を貫通し、地面に剣が届いたらしい。それを確認し、陽は剣を抜く。
(気持ち悪い……気持ち悪い……)
鬱な感情を抱きながらも、剣は全て抜かれる。そしてそのまま、その辺に放った。今日はこれ以上、剣を持つ気にはなれなかった。
カルムの方を見れば、ティアとフィリアも合流していた。残っている二体の内一体は死に、一体も死に体だ。次期に、終わるだろう。陽はゆっくりと、そちらに歩いていく。
「……これで────」
フィリアの剣が岩石蜥蜴の心臓部分を突き刺し、血が辺りに飛び散る。一瞬ビクンッ、と体が跳ねれば、ぐったりとし、絶命した。
それを見て、陽は再び顔を背ける。背けちゃいけないことは分かっているのだ。今まで死んで逝った岩石蜥蜴八匹のうち、二匹は陽が殺したのだから。腹に剣を突き立て、或いは目を残酷に突き刺し。
「お疲れ様。全員、怪我したところは無いかい?」
カルムは、役目を終えた皇帝の杖を割れ物を扱う様に丁寧に拭きながら、三人に問いかけた。
普段なら、その優しさに痛み入る所だ。けど、今回ばかりはそうはいかない。
「ううん。大丈夫よ。フィリアは?」
「……私も、盾に穴が開いたぐらいで……私自身は……大丈夫……」
「あー、確かに。けど、交換した方がよさそうかな……ん? ちょっと待って。フィリア、額に怪我してるじゃないか。ほら、良く見せて?」
「!? ……え、あ、ちょっと……!」
天然なのか。それとも幼馴染だから気にしない、と言う理由なのか。カルムがフィリアの髪を掻き分け、その額を覗き込む。
────なぜ、そんなに普通で居られるのだろうか。
「へぇ……カルムって、もしかしたら気づいている?」
「? 何がだい? それより、治療しないと……『癒しの力よ、今再び、この者に現世を謳歌する力を与え給え』、回復」
「……あ……ありがとう……カルム……」
頬を染めるフィリアの様子も気づかず、カルムは回復魔法を詠唱。額の傷が瞬く間に再生していく。
───質の悪い、冗談の様だ。なぜ、平然といられるのか。
「まったく……やっぱり二人は仲いいね。羨ましい」
「いやいや。僕たちは幼馴染だろ? 其処に優劣なんかないって」
「……そうだよ……………今のところは」
「フィリア、貴方も大概ね……いいわよ。私はヨウ君と仲良くしてるから。ね? ヨウく、ヨウ君?」
ようやくこちらに気づいたのだろうか。ティアは只ならぬ様子の陽に近づくと、「どうしたの?」と心配そうな声をかけ、背中を摩ってくれた。体温と優しさが伝わってきて、少し楽にはなった。
────どうして、魔物を殺して平気でいられるのだろうか。
いや、違う。この世界ではそれが普通なのだ。この世界では皆、生まれた頃から生き物を自分たちで殺すのが普通で。どんなに可愛い生き物だろうと、生命の危機に陥ったら殺し、喰らうのが道理で。それは地球でも同じだった。いや、地球の方が、よっぽど酷かった。自分でしっかり生命と向き合えるだけでも、幸福なのだ。
だけど、それでも耐えられない。
「……ごめん。ちょっと気分が悪くて」
「そう? 大丈夫? 無理はしない方がいいよ」
カルムも同様に、声をかけてくれる。少しでも、負担が無いように、という事だろうか。フィリアは続けて、陽の付けている篭手などの軽装を取り外してくれる。それが申し訳なくなって断ったが、聞かなかった。
「あ……うん。ユースティア、大丈夫だ。一人で歩ける」
「大丈夫? 辛かったら言ってね? 戦闘や仕事も大事だけど、体が一番大事なんだから」
再び大丈夫、と言うと、カルムとフィリアは並んで歩き出す。ティアは陽を見守るが如く、一メートル程後ろから陽の歩くペースに合わせてくれる。
本当に、痛み入る優しさだ。話すのも億劫な状況でなかったら泣いて歓喜したかもしれない。
だけど、今は一刻も早く意識を闇の中へ落としたかった。吐き気と嫌悪感が襲ってきて、まるでマラソンを終えた後の様に視界がチカチカと光っている。肉体を動かす余裕はあるが、それも次期に限界を迎えるだろう。
───そんな、時だった。
ギギッ……タンッ!
「───! なっ」
重低音。
瞬間、何かが弾ける音が響いたと思えば、鞭状の何かがティアの両足を縛っていた。続けて、畳みかける様に両手を拘束する。全員が鞭の方へ視線を向ければ、そこには白狐が居た。但し、特徴である尻尾は生えておらず、背中部分から二本、触手の様に細く白い物が生えている。どうやら、これを伸ばしてティアを拘束しているらしい。
目は赤く輝いており、アルビノ、と言う奴だろうか。何にせよ、こちらに向って唸っていることから敵意があるのは間違いない。
「くっ、動けない!」
「ティア! ───『有するは自然の申し子、仮初の平穏に』───だめだ。魔力がッ!」
「……ティア……!」「ッ、ユーッ」
白狐───今まで見たことがない。名前も聞いたことがないし、カルムから対策も聞いていない。第一、こんな、背中から触手を飛ばす魔物など見たことがない。ティアは体を動かして逃げようとするが、敵わなかった。見た目の細さに似合わずかなり頑丈らしい。
白狐は軽く唸り声をあげると、態勢を低くし、ティアに急接近した。その大口を開けば、そこには凶悪に並んだ牙が。刹那、拘束が外れる。どうやらスリングショットを再現するため、足を縛ったらしい。
「───剣が!」
ティア本人が動こうにも、遅すぎる。腰にある剣を抜く暇もなければ、今から行動しようとしても逃げられない。
魔法を使えるカルムが動こうにも、瞬時に発動できる魔法は無い。第一、接近戦でティアに対抗できないカルムが助けられる道理はない。
フィリアが動こうにも、荷物を持っているフィリアでは俊敏に動けない。しかも、最も遠い位置に居るのだ。
ならば、ティアが助かる可能性を上げるのならば────
(くそっ……まじかよ……!)
陽だ。
何の逡巡の隙も無く、体が動いていた。主人公らしく正義感が働いたわけでもない。自己犠牲の精神で人を助けようとしたわけでもない。
(……精々助かったら、感謝しろよユースティア!)
跳ぶ。間に合うかは分からない。けど、間に合わせる。前へ前へ、もっと速く───!
ドンッ
「───ッ、ヨウく」
「黙ってろ! とにかく助かり────」
────気が付けば、ティアを吹き飛ばしていて。白狐の牙は陽の腹を抉り取っていて。それは、心臓より下の部分で。かなり、大きくて。痛みさえも感じられなくて。感覚さえも消えて行って、そのまま地面に落ちて。血が広がって。意識も────
───────ああ、死んだな。これ
二日連続で投稿の時間に寝落ちてしまいました……昨日は時間通りに投稿出来ず、すいません。
次回、もしくは次々回から物語は動き始めます(多分)




