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最弱で駆ける道  作者: 織重 春夏秋
第一章 『始まりの洞窟』
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第三冊 『熱に例えられない痛み』

ちょいグロです

 陽がたどり着いたのは、水が滴り落ちる壁だった。

 行き止まり。それはこの洞窟に入って初めてのことだが、それは些細なことだ。陽はその壁に銅の剣を何回も叩きつけ、崩していく。


 水が滴り落ちるという事は、隙間があるという事。しかも滴り落ちる量と勢いは結構早かった。ぴちょん、ぴちょん、と、一秒の感覚で落ちている。

 

 五回、六回、その時点でようやく、ボロボロと音を立てて崩れ始めた。一瞬洞窟全体が崩れるかも、と思い浮かびはしたが、先ほどの狼の魔物のことがまだ頭に残っていて、そこまで考えが回らなかった。

 やがて、叩いている部分を中心に亀裂が発生し始める。


 ぴき、ぴきぴき


 そんな音を立てながら、壁は崩れ向こう側へ貫通した。洞窟が崩れる事は無かったらしい。もっと壊そうと思えば出来るかもしれないが、いくら精神がボロボロだからと言ってそこまでするほど病んではいない。

 人一人通れるかというぐらいの大きさだ。穴は尖がっており、通る時少し痛そうである。


 陽はまずその穴に入る前に、覗き込んだ。先ほどから聞こえてくる水の音は一番近くなっている。

 棘などに注意しながら向こう側を覗くと、そこには川が流れていた。


「洞窟の中に……川?」


 疑問に思うのもしょうがない。だが見事なまでに川だった。

 と言ってもよく見られるような、横幅が数百メートルもある川でもなければ、底が見えないような深さでもない。


 幅は二、三メートル程、深さは底が見える所から、六十㎝程。

 大きくもなく小さくもない、家から近場で行ける川のような大きさだ。かといって、水の色が異常なわけでもない。


「……よし」


 陽は意を決して、その穴の向こうにまず銅の剣を放り込み、続いて体を入れて行く

 その瞬間身体中をチクチクとした痛みが襲った。穴の断面に生えた棘が穴に入っている体の部分を指しているのだ。かなり鋭いが、皮膚を貫通することも服を貫くこともなかったせいか、声を上げることはなかった。


 頭を中心的に守りつつ、肩、腹、腰、足と穴の中に通して行く。トゲが刺さらないように慎重に通って行けば、急にスポンッと、体が抜けた。


「ぬおっ!」


 そのまま頭から地面へダイブする。体の半分が向こう側へ入ったことで、体の重心が傾き等々落っこちたのだ。その瞬間、足に痛みが走る。というより、鮮明になって行く。

 どうやら足を少し切ったようだ。トゲが思った以上に突き刺さり、足の皮膚を貫いたのだろう。


「いたた……」


 ズボンをめくって確認してみれば、結構グロかった。

 茶色をした無数の小さいトゲが脹脛に突き刺さり、点のような血が出てきてくっつき、大きな血だまりを作っている。出血量自体は大したことなさそうだが、精神的にくるものがあった。


「うえぇ……それにしても」


 陽はなんとかそれを脳の奥に押し込み、未だ痛む足を動かしながらも、先程から視界に写っていた川を眺める。

 先程穴の向こう側から確認した時と同じだが、近くで見た方がより輝いて見えた。


 陽はその水を観察する。

 試しに口に含んでみれば、最初に浮かぶ感想は冷たいでもなく、苦いでもなくおいしいと感じた。


 怖いほどに危険性がなく、美しい水である。それは心地よい音を立てながら段々、陽から見て右の方へ流れている。どこに繋がっているかは左右どちらも暗くて見えないが、どこまでも無限に続いていそうだ。

 そこで思いついたのは、川添いに行けばどこか人のいるところへたどり着けるという、よく創作物や遭難物で聞く話である。


 所謂無駄な知識だ。もっとも、文字通り右も左も分からない今では、その知識こそ有難かった。

 問題は、どちらへ行くかである。下降か上流か。というのも、もしかしたら下に人がいるかもしれないからである。ここは洞窟の中。定石通りに考えるのならば上流だが、だからといって下降を否定できるほどの自信と知識は、陽には無かった。


 しばらく逡巡した結果、やはり定番通り上流へ向かうことにした。自分のくだらない勘を信じるよりも、世に出回っている情報を信じるべきだと判断したのだ。それ以外にも、普通に考えて上流に行けば出口、下降に行けば最深部に繋がっている可能性がある。

 陽は最後に自分の足元にサイリウム鉱石を砕いてばら撒く。もし同じ場所に来てしまってもいいように、一応目印を用意しておくのだ。

 

 そうして陽は気合いを入れるように頬を叩き、歩き出そうとする。


「っと……」


 陽はしばらく硬直していたせいか、自分の体と服が血を帯びているという事実を忘れていた。水よりもはるかにドロドロと粘り気がある血は、服に浸透してしまったせいで重りとかしたのだ。

 ただでさえ、水を含んだ衣服は重くなるというのに血などもっての他である。


 初めて血を含んだ衣服を着たが(というより、普通は血を含んだ服など一般人は着ない)、ここまで重いとは予想外だった。まるで鉄を付けているような感覚だ。いや、実際鉄なんて付けていたらこの比ではないのだろうが、飽くまでそのような感覚。


「……」


 目の前に綺麗な水の川、そして液体に汚れた自分、そこまで考えれば取る行動は一つ。

 陽は服を脱ぐとそれを水で洗い始める。幸いなことに洞窟内ということで、寒くもなく暑くもない温度。服を脱いでも十分可能だった。


 ズボンは濡れていない。顔と上半身に主にかかったおかげで、下半身を洗う必要は無かった。本来ならば血など洗い流せないはずである。服に浸透するほど時間がかかっているのだから、水で洗っても最早落ちない。陽はその事実を失念していた。血を洗い流すということを経験していなかったのが原因だろう。予想通り、洗っても何も変わらない────はずだったのだが、


「おっ」


 なんと、ゴシゴシ擦っていると色が落ちるのである。その時になって血が落ちにくいことを思い出した陽であったが、なぜか落ちたので不思議に思っている。

 落ちた血は川の中に消え、服は元の鮮やかさを取り戻した。いや、元から地味だったからそれほど鮮やかではないのだけれど。陽はその服を絞り、水気が十分飛ぶまで待ち、服を着て今度こそ上流へ歩き出した。


 その川を辿っていくと、かなり景色が変わってくる。ある時はぐにゃりと歪んで歩きにくいところだったり、ある時は段差が存在していたり。

 どうやらこの川かなり遠くから流れているらしい。しかも、川の幅が全く変わっているように見えないのだから、不思議である。


 恐らく人の手が入っているのかもしれない。

 いくら何でも整備され過ぎているし、本当にここを辿って行けば、人の居る所にたどり着くかもしれない! と、内心少し嬉しくなった。


 そうして歩いていると、また、先ほどと同じ、壁画をチラチラと見かける。その中でも一際大きい壁画が二つあった。

 先ほどの壁画は龍と人間やエルフなどが戦っている場面。


 しかし今回、一つ目の壁画は、龍が炎を吐き、人間が剣でその炎を切り裂く絵。

 そして二つ目の壁画は、人間が龍に打ち勝ちその体を切り裂く姿。二つとも、他の種族は地に伏して倒れている。


 その壁画がどういう意味を表しているのかは分からないが、人間が龍に打ち勝ち世界が平和に成る場面だろうか。

 陽にとって龍は異世界の中でも代名詞たる存在ではあるが、『龍殺しドラゴンスレイヤー』はそれ以上に憧れる出来事である。


 転生者たちのそういう姿を見てどれだけ陽が憧れたことか。できれば見てみたいものだとは思うが、それは難しいかもしれない。

 となると、この川を渡った先にいるのが人間の可能性が高い。


 打ち勝ったのが人間でまだこの壁画が残っているところを見ると、もしかしたら人間の強大な力を残し、龍を殺したことを証明するためかもしれないからだ。

 どうしてここに書いてあるかは分からないが、何かしらの意味があるのだろう。


「龍殺し……やっぱり異世界の人間は強いのだなぁ……勇者とか固有魔法オリジナルスペルなんかもあったり『プツンッ』したり……ん?」


 その時だ。動かした足に何かが当たったような感覚と共に、何かが切れるような音がしたのは。

 感覚的には、細い線のようなものが『……ンッ』食い込んだような鋭い感覚。だがすぐ切れたところを見ると『カ……ンッ』耐久度はそれほどではないし、むしろ脆いぐら『カンッ』いだ。地面を見てみても何も残っていないし、壁を見『カンッ』ても何かが生えているよ『カン』うな跡もない。罠にし『カンッ!』ては全然『カンッ!』何も起『カンッ!』きない『カンッ!!』し、痛『カンッ!!』みも『カンッ!!』な『カンッ!!』『カンッ!!』『カンッ!!』『カンッ!!』『カンッ!!』


「ん?」


 ブォンッ! ガッ!!


 ─────陽の足元に突き刺さったのは、身の丈ほどある巨大な剣だった。


「ハァッ!?」


 何かが反響するような音と共に、目の前に黒い塊が現れたと思ったら、次の瞬間には反応する暇無く地面に突き刺さっていたのだ。深く、地面の硬さから考えればあり得ない刺さり具合だった。

 状況が理解できない。なんで陽の足元に刺さったのかも、何もかも理解不能だ。


 瞬間、爆音───


「ゴガァァァァァァァァァアァァッアアアアァ!!!!」

「ッ───」


 陽の息が詰まる声すらかき消し、その声は川の水を吹き飛ばし洞窟を振動させ地面を破壊して、陽の耳に届いた。鼓膜が破壊されなかったのが不思議なぐらいの大声だ。いや、それは声と評していい音じゃない。生物が出していい音ではない。


 しかしはっきりと、洞窟にダメージを与える程大きな咆哮として聞こえた。その余波すら、叫び声がソニックブームとして可視化できるほど大きな物。

 肉体に直接ダメージが無かったものの服が少し切り裂かれ髪がぼさぼさになった。


 いや、それは良い。今最も考えるべき事態は─────


 奥から弾丸の如く駆けてくる巨大な影の姿だ。


「ッ」


 思わず恐怖で震えそうになるのも束の間。その影が大きくなるスピードが速まり、段々姿が見えてきた。それが赤色だと認識した次の瞬間には、その影────三メートル程ある巨躯の魔物は、地面に足を引き擦り、地面を大きくえぐりながら止まった。


 ガガガガッ! という音と共に川の大きさがさらに深くなり、広がったと所へ水が満ちていく。

 それを気にする暇もなく、硬直する陽を尻目に、その巨躯は足元の剣を抜き、元から持っていた剣と今抜いた剣をぶつけ合わせ、高い音と咆哮で威嚇してきた。


 キンッキンッ!

「ゴガァァァァアァァアアッ!!」


 先ほどより小さい、といってもものすごく強力な咆哮。至近距離で咆哮を受けた陽は咄嗟に顔を手で覆うも、あまりの威力に背後へ少し飛ばされた。

 それだけではない。巨躯の周りの地面が咆哮と同時に再度抉れ、今度は不格好なクレーターの様になっている。


 その姿。


 身長三メートル強、横幅は洞窟を覆うほど。顔は醜く、口から垂れた涎は地面を溶かし、冷気さえ出ている様だ。眼は赤く充血して光り、今にも飛び出しそうな目で陽を見つめている。

 歯ぎしりする口だけでなく全身から悪臭が漂い、空気が汚染されているような錯覚さえ覚える。簡素な鎧を纏い、その両手に持つのは二メートル程の大剣。体色は赤銅のようで、洞窟の茶色と似て入るが、それよりも数倍不気味だ。


 そんな魔物、陽の知識の中にはいない。


 だけど、そんな知識を統合させ絞り出した答えが一つだけある。


「ゴァァァッ!」


 ────オーク、その言葉が浮かんだ。


「く……ぅ……」


 陽は咄嗟に逃げようとするが、オークは逃がさないぞ、という意志を込められた眼を向けてくる。背後を向いた瞬間一突きだろう。

 ならば、と、陽は銅の剣を握り、脂汗を押さえながらオークを睨む。


 そして精神を落ち着かせる。大丈夫。狼を殺せたんだ。何とか抗ってやると。


「うあぁぁあっぁぁあ!」


 陽は恐怖を誤魔化すように叫び、剣を握りしめ肉薄する。


 ──────それが、大きな間違いであることを知らずに。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 しくじった(痛い)しくじった(痛い)なんで挑も(痛い)うとしたん(痛い)だあのまま(痛い)逃げていれ(痛い)ばもしかし(痛い)たらこんな(痛い)事に成らな(痛い)かったかも(痛い)知れないの(痛い)にあんな奴(痛い)勝てるわけ(痛い)がない化け(痛い)物だオーク(痛い)だもう嫌だ(痛い)まだ追って(痛い)きてる腕が(痛い)取れそうだ(痛い)もう剣も無(痛い)いどこまで(痛い)逃げればい(痛い)いどこに行(痛い)けば人がい(痛い)るもう疲れ(痛い)た化け物化(痛い)け物化け物(痛い)化け物化け(痛い)物化け物化(痛い)け物(痛い)────!


 陽は逃げていた。

 オークに立ち向かった陽は、何の攻防も行動もなく、気が付けば左腕を肩から骨半ばまで切られていた。現在陽の左腕は半分繋がっておりプラプラと垂れている。

 圧倒的、勝負、いや、命の奪い合いにすらならない。

 

 陽は勘違いをしていた。狼の魔物を殺し、慢心していたのだ。狼という一見して強力な魔物を殺したことによって、この洞窟の魔物の力を侮ってしまったのだ。

 狼に比べれば他の魔物は弱い方だろうと。


 つまり、陽が考えるべきは『命の奪い合いに対する想い』なんてものではなく『戦闘にどう勝てるか』という、初歩的なものだった。

 戦闘初心者であるから、転生者という殻を被っているから、陽は間違っていた。


 本物の強者は、弱者の心意気や信念などお構いなしに殺してくる。そこを考えずに戦闘に望んだ陽の完全なる敗北だ。

 ちなみに銅の剣は腕が切られた瞬間落としてしまった。

 

『ゴルアァアァァァアアッ!!』

「ひっ!?」


 現在、オークはそこまで追うのが得意ではないらしく、片腕が半ば取れ必死に逃げている陽にも追いつけていない。だが、確実に足音と咆哮が聞こえてくる。

 ────そして、等々


「あっ、がぁ”! あっ”! いづ”……」


 バランスを崩して転んでしまった。逆に、良くここまで持ったと考えるべきだろう。片腕が使い物に成らず重心が安定しない中で、数十秒、若しくは数分持っただけでも、儲けものだ。

 ごろごろと転がり、左腕が下敷きになるたびに激痛が走る。ブチブチと肉が裂ける感覚が襲い掛かり、声に成らない声を上げた。


 ドンドンと足音が聞こえてくる。

 そしてその巨躯が等々姿を現した。


「あ、あ、あ」

「ゴガァアッ!」


 陽は尻餅をつき、左手を除く四肢でなんとか逃げようと後退する。だが、顔を近づけながらにじり寄るオークから逃げられるわけがなかった。至近距離で見ると、言葉に言い表せないような恐怖感が襲ってくる。


 オークは笑っているように見えた。これから狩るべき獲物に歓喜しているのだろうか。だけど、それは狩られる側である陽には理解できない話だ。

 そして、勢いよく振り上げられた剣は陽に迫り─────








 













 突如、飛来した飛ぶ斬撃が、オークの腹を切り裂いた。









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