第三十冊 『過去と現在と未来と』
なんで……なんで証明せなアカンの……? もう訳分からへん……
と言う訳で遅れてすいません! 本編どうぞ!
『夢の中でな』─────そんな言葉を投げられ、理解するのに数秒を要した。
どうやらヨウは予想外の言葉を聞いた時、なにも反応せず自分の中で考え、自己完結させる癖がある様だ。それはある意味、異常なことが起きてすぐ行動できるような主人公ではなく、『一般人』と言えるだろう。
(夢の中……?)
文字通り受け取れば、『この世界は夢の中であり、ヨウが死んだのは夢の中。つまりヨウは実際には死んでいない』という事に成る。ただ、それを無条件に『そうなのか』と納得できるほど、ヨウには経験と知識、そして思考力が足りない。
この世界は等しく『超常』で、きっと物理法則なんかも地球とは違う。空を見れば天使族や鳥人族が飛び交い、陸を見れば多種多様な生物、そして魔法。海を見れば悍ましい生物、そして現象。いくら異世界系を見ていた『オタク』とはいえ、実際にそれをみて、無条件で受け入れることができるかと言えばそうではない。
今回も同じで、『夢の中で死ぬ』と言う現象を理解できないのだ。
魔力が絡んでいることは間違いないが(と言うよりこの世界の出来事は大概魔力が絡んでいるが)、あまりにも『現実』とかけ離れている。
ヨウも同じように有り得ない現象を起こせるが、自分の起こしているものと得体の知れない存在が起こした物は訳が違う。それに、『死』とは生物にとって終着点だ。それを確実に感じて『ごめん、夢だから死んでないわ☆彡』なんて、やっぱり理解が出来ない。
洞窟の中で脇腹を抉られ、死にかけたことはあるが、その時はどちらかと言えば気絶していた。しかし今回は─────継輝神がわざと封じていたのだろうが、気絶することもなく自分自身の『死』を実感させられたのだ。文字通り重みが違う。
考えても見てほしい。学校や会社で避難訓練をすると言われて、実際その日付に成ってみれば実際に災害が起こった。予想外の事態に驚いて本当に逃げ出せば、後から『ごめん、これ演出』と言われたようなものである(軽すぎるかもしれないが、ヨウの頭に浮かんでのはそんな下らない例えだった)。
要するに、現実的過ぎて『本当じゃない』という言葉を信じられないのだ。
悩んでいても仕方がない、と、ヨウは考えに耽るのを辞める。思考速度とは早いもので(実際は本人の喋る速度以上で考えることは出来ないが、言語化しなくてもある程度は纏められる)、上記の事を考えるまでに掛かった時間は三秒ほどだ。
「つまりどういう事だってばよ」
「ハッ! 深く考えた割に何も分かってねぇのかよ、おい」
結局結論を出せなかったヨウへ、継輝神はそうやって悪態をついた。そんなことを言われても常識が違うのだ。高校生が高校のあるあるを中学生に聞かせている様な物である。文字通り『存在』が違う二人にとって常識のすれ違いは必然だろう。
「まぁいいだろう。龍神は力が強いが、歴代でも学のあるやつは中々いなかったしな」
「サラッと馬鹿にするなよ。馬鹿なのは自覚してる」
「俺がバカにしてるのはその学が無いのを認めたうえで、それを直そうとしないことだよ」
そうして継輝神は周囲の瓦礫を見て、その中でも平たく巨大な奴へ座る。『座れよ』と言わんばかりに顎で他の破片をヨウへ示した。
そんな椅子に座れ見たいな感じで言われても困るし、なにが何だが分からない状況だが、まぁ確かに立ちながらのもアレである。ヨウは大人しく近くの破片へ座った。
「……お前の魔法で木の椅子とか作れないのか?」
ふと、ヨウの口から出たのはそんな言葉だ。言った目的は複数存在するのだが、平たく言えば『相手との親睦を深めようとした』と言う感じである。だが、彼は手に持つ槍弓鎖を地面に置き、肩をぐるぐるとまわしながら、
「俺の魔法は『生命魔法』、というより命と言う概念だ。確かに木を生やす事も出来るしそれを自由自在に変形させる事も出来るが、それは無理のない範囲に限られる。木だろうが椅子に加工されてしまえば死んでしまい、操れなくなるし、俺は命を生き返らせることは出来ない」
「……、……つまり?」
「座った瞬間、枝がぶっささって死んでいいなら作ってやる」
「遠慮しとくわ」
さっき殺されたかもしれないのに、もう一度死ぬなど絶対に嫌である。しかも死因が『椅子の枝に体を貫かれて死亡』など、馬鹿馬鹿しすぎて目も当てられない。椅子などが正直どうでもいいのだ。
それよりも、
「そんで、此処は何処なんだ? 見たところセルビスに似ているが、でもそれはねえだろ。お前の幻影夢想空間とやらは不完全な街を再現するとでも言うのか?」
指し示し、疑問を告げる。空の模様もさることながら、町の景色も普通ではない(あえて異常とは言わない)。全ての建物が瓦礫と成り果て、赤い血の様な物が散乱し──────そんな、終わった町が目の前にある。
「おいおい、不完全とは心外だな─────この空間は完全さ。寸分違わず再現してある」
「……でも、それがこんなに壊れている理由にはならないだろ」
「いや、そうじゃない」
と、
「壊れているのは正解だ」
とも、
「なんてったって、このセルビスは過去のセルビスなんだからな」
「……過去?」
「あぁそうさ─────神の時代を終わらせ、人と獣の時代を告げる、『第一次神世界大戦』時のな」
「戦争時の?」
そう言われ、反射的にまわりを見渡す。視界に入った中、無意識的に見つけたのは店の看板だ。雑貨屋の様で、魔力回復瓶の残骸や砕け散った魔石の類が散乱している。その玄関、と言うより店頭には、『863年、オープン!』と書いてあった。
ヨウの頭が狂って居なければ、脳に刷り込まれている神代暦、終焉の年は『神代暦864年』。つまり、この店は終戦の一年前に建てられた雑貨屋。
(そういうことか)
察した。つまりこの世界は、
「─────戦争時、崩壊した過去のセルビス」
「正確には、セルビスの原型である『ガレデロッア』だ」
「お菓子みたいだな」
ヨウの言葉を肯定し、彼は更に付け足してそう言う。
終戦の一年前にこの町─────ガレデロッアは破壊された。『この町がセルビスに似ている』のではなく、『セルビスがガレデロッア』に似ているのだ。だからヨウはセルビスだと勘違いしたし、面影を感じている。
「それにしても壊れすぎだろ……」
「しょうがねえよ。ガレデロッアで激しい戦闘が行われてな、大地を司る『小神族』が暴れちまった結果がこれさ」
これが『海神族』なら違っただろうさ─────と、彼は付け足した。
大地に特別強い種族だからこうなった、という事だろう。最高レベルならもっと規模はデカいのかもしれないが、これだけでも上位種の恐ろしさが知れるという物だ。
「しかし、なんでそれを再現したんだ?」
「それは正確ではないな。確かに再現したのは俺だが、再現する場所を選定したのはお前だ」
「……? いや、意味が分からないんだが」
いきなり何を言い出すのだろうか。再現したのは継輝神なのに、選んだのはヨウとは。語彙力の問題か、それともヨウがこの世界の常識に乏しいのか。どちらにせよ、少し理解が出来ない言葉だった。
「ガレデロッア、及びギルセル王国が俺を信仰しているのは知っているか?」
「いや、知らない」
「なら覚えておけ。お前が夢から覚めた時ここで俺にされたことを悪口の如く言いふらしてみろ。ギルセルは俺と姉貴を信仰している奴が多いから、下手したら袋叩きにされるぞ」
それは覚えておくべき情報だ。ヨウの偏見だが、異世界の宗教というのは強すぎる場合が多い気がするのだ。『神』を信仰し、その恩恵を受けている場合が多いせいだろうか。
例えるのなら、教祖。その手の作品では神の代弁者だったりする。他にも神父。神の代行者として渾名ス人外と戦ったいたりして、正直あまり印象ではない。外では言葉に気を付けるとしよう。
「そして、次に俺は死んでいる」
「……そういえばそうだな。強化種の種族で、一人だけを残してみんな死んだんだっけか」
「あぁそうさ。それで俺は精神生命体になったわけだが、ギルセルの国民の信仰によって、俺はこの国に縛られているんだよ」
と、
「付喪神っていうのがあるだろう。大事にしてると物体に魂が宿るっていうやつ。後は地縛霊。厳密には違うが、基本的にはあれらと同じだ。俺は死後、精神生命体に成って『ギルセル王国』と言う国、土地、文化に宿り、縛られている」
「……そんで?」
「俺はこの精神世界以外、ギルセル王国しか見ることができない。精神生命体になった強化種なら、普通世界中を見れるんだが、それは俺が縛られているからだ。それで、なんでこの精神世界がガレデロッアかというと、まぁ、お前の肉体がある場所がギルセルだからだな」
少し混乱してきたが、何とか頭の中で整理する。後でもう一度聞き返す必要があるかもしれない。『オーケー?』と視線で聞いてくる継輝神に対し、ヨウは頷く事で肯定を伝える。
「だから、お前がセルビス以外の町へ行けば、この空間は神代暦当時のその町になる。『場所』はお前の肉体、『状況』は俺の記憶が反映されるんだよ。今回は『お前の肉体があるセルビス』が場所となって、『俺の記憶にあるセルビス=ガレデロッア』が状況になったんだ」
「……大分変な話だな」
ヨウは話頭の中でまとめ、そう呟いて瞠目する。
つまり、この空間は継輝神の作ったものだが、その『場所』を定めたのはヨウ。『状況』を定めたのは継輝神。そして、宗教の信仰により、彼はギルセル王国と言う場所に縛られている。
「俺は死んだはずだが、それはどうなってるんだ?」
「正確には神の全力で体中を穴だらけにされて、だ。自分と相手との実力差は正確にしておけ」
「ぐっ……! まだ感覚残ってるんだから思い出させるんじゃねえよ! それに、あんま関係ねえだろ!」
反射的に脳裏を過ったのは、指を引っこ抜かれる痛みと体に空洞が出来た違和感、そして何より、さっきまで動いていた肉が動かないという気持ち悪さだ。さらに言えば、それが戻っているのも、少し気持ち悪い。
「ククッ! まだ怯えてるのかよ」
「そりゃそうだよ!? あるものが無い感覚お前に分かるか!?」
「俺、お前に首切られてんだけど?」
「そういえばそうでしたねぇ!」
手首を押さえながら、
「いてえんだよ! お前は慣れたかもしれないけど、俺は初めてなんだよ! 痛いのとか嫌だからぁ! 好きじゃないからぁ! さっきはアドレナリンとかで誤魔化されていたかもしれないけど、もう何色々痛いんだよ! あ! ほら! 痛くなってきた! ほらここ! 指、指がい」
閑話休題
「─────いんや、関係はあるぜ」
「と、いうと?」
「さっき言ったな。お前が死んだのはこの空間、夢の中であると。此処での肉体は『実体』ではなく『精神体』。つまり死んだとしても精神的ダメージを負うだけで、起きた時肉体に何ら影響はない」
彼は頭を掻きながら、ククッ、と笑った。
それが本当ならば凄い話だ。言い換えれば、この世界では無限に死ねるという事に成る。その分精神的ダメージが強くなるというのなら一長一短だし、ヨウの場合精神が弱いのであまり活用できないが────
「───って、俺死んだわけだけど、それやばいんじゃないのか?」
「落ち着け、不安症か。精神的ダメージとは言ったが、正確には『脳と精神』に対するダメージだ。眠るという行為は記憶を整理するためにあるものだ、それなのに情報を追加しちまったら、そりゃ変な感じになるよな」
つまり、一度死んだぐらいならまだ無事ということだろうか。これがもう一度死んだりトラウマを負ったりすると危険なのかもしれないが。
「やけに詳しんだな。こっちの世界は医学に関して疎いイメージあるんだが……」
この世界は、傷口が出来たら大概回復魔法に頼る。それ以外にも大怪我を負ったら『回復魔法さえあれば治る』と言う思考が強すぎて、簡単な処置などを行わないのだ。ばい菌を取る、消毒をする、無暗に動かさない。その手の行動を、どうせ治るから、回復魔法さえあれば元通りだからと、軽視する場合が多いのである。
「これでも俺は生命を司ってる神だ。人体の構造や、何処をどうするとどう反応するかとかは詳しいのさ。俺が知っていても、それを世界に説明して一般化するには、まだ医学の発展は乏しすぎる。お前らの世界で当たり前の事だろうと、こっちで説明したら『どうしてそうなる?』と、一瞬で切り捨てられるんだよ」
そう語る彼の顔には若干の哀感が漂っていて、今までの人生(神生?)で何度もそう尋ねられた経験があるのだろう。
というより、継輝神は死んでも死んでも一瞬で再生する能力を持っているのだから、そんな奴に常人の『怪我』について教えられても信じられない、と言うのもあるかもしれないが……
「で、何で俺はこの空間に呼ばれたんだ? お前がこの……なんだっけ。『幻影夢想空間』? に招いたんだろ?」
「─────あぁ、そうだな。そろそろ本題に入ろうか」
そういうと継輝神は槍を使った立ち上がり、その顔を不敵に歪める。
ヨウは何か不穏な空気を感じ、無意識に透明になり果てた本を摩っていた。改めて思うが、上位種の存在感と言うのは凄まじい。生物的に、概念的にヨウたちより上の存在なのだ。何度も言うが、肉体は龍神であろうと感じているのは精神。劣化種のままなので、思わずその『圧』に喉を鳴らす。
「何故、最大の敵である龍神を招いたのか。何故、俺がお前をこの場で殺したのか。何故、死んだ俺がお前を呼ぶ必要があったのか」
彼は指を立てて、
「それは」
と、
「─────姉貴を殺す手伝いを、するためだ」
ぐしゃりと、へし折った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
「死記神を殺す……? お前、何で……」
純粋な疑問だった。
彼は死記神の弟で、次点神、継輝神で──────龍神族を滅ぼした種族で、何故、姉を殺す必要があるのか。
「簡単な話だ────姉貴は好き勝手しすぎた」
と、
「元々そんな奴じゃなかった」
とも、
「まさか龍神族と神人族を皆殺しにするとは思って居なかった。自分が現世に残る為に─────」
「ちょ、ちょっと待て!」
聞き捨てならない言葉があった。それに対し待ったをかけ、ヨウは声を荒げる。
「死記神が神人族を皆殺しにしたって? 龍神族だけじゃないのか!?」
「知らなかったのか。本来神人族の中では俺が生きる予定だったんだが、姉貴は自分が生き残る為に俺を含め全員を皆殺しにした。そんなの他のやつが許すわけないと思うかもしれないが、死人に口なし。皆殺しにした後『予定が変わって自分が生き残ることになった』と言えば、万事解決さ。姉貴は力もあって、人望もそれなりに有ったからな」
信じられない事だった。死記神の提案した、『種族間で一人だけ残し、他全員は死んで精神生命体に成る』と言う提案を狂気だと思ったが、それは勘違いでも間違いでもなかった。
可笑しい。自分が生き残る為に同族を全員殺したことも、そんな力を一個人が持っていたことも。
「姉貴は『死と記憶』を司る神だ。文字通り望んだ相手を死成せることも可能。抵抗することは出来るが、一番の実力を持ち、リーダーであった姉貴を疑うやつはいなかった。神人族の中で生き残りを決める集会があって、全員が集まったんだが、一瞬で殺されたよ」
「……」
唖然として、恐怖は無いが、何と言えばいいか分からない。それは相手も察したのか、続きを話し始めた。
「だが、そんな中でも生き残った奴が居たんだ。正確には、『死ぬ寸前でとどまった奴』がな」
「……お前ではないよな? 今実際にお前は、『精神生命体』とやらになってるんだろ?」
「いいや、俺だ」
「……?」
「俺は死んだとき、爆散した。死んでも治る俺だが、流石に『死』を司っている姉貴の前には無力だった。その瞬間精神生命体となったんだが、『生命』を司っていた俺は死に底なったんだ」
と、
「死に底なったから、完璧に死んでない」
とも、
「いわば、まだ現実に片足を突っ込んでいる状態なんだ。引っ張って全部現実に戻すことは出来るが、それには時間がかかっちまう」
「どういうことだ?」
「肉体が現実に残っていて、それを復元中なのさ。肉体さえ治れば、この場に存在している『精神』を肉体に戻して、俺は完全な『生命神』として復活できる」
つまり、彼は完全に死んでいないから復活できるという事だ。流石は『生命』を司っている神、といった所だろうか。
「でも、死記神は何で自分が生き残る様にしたんだ? 死にたくなかったとかそういうんじゃないだろうし、何か利点でもあったのか?」
戦争は終わらせたいけど、まだ未練があるから死にたくない。だから殺した─────そんな下らないことも思いついたが、それは少し違うだろう。死記神が狂人と言い切ってしまえばそれまでだが、違う気がする。飽くまで勘だ。
「目的は一つ。姉貴は劣化種を滅ぼそうとしているのさ」
「────なに?」
呆けるヨウを尻目に、継輝神は続ける。
「姉貴、というか、神人族は劣化種否定派だった。しかし、いくら絶大な力を持とうとも、戦争を終わらせるだけの力はない。そこで姉貴はある作戦を実行したのさ」
「それが、自分だけが生き残る提案だと?」
「そうだ。姉さんは自分だけが生き残り、神を極限まで減らし、更に龍神族を滅ぼすことで劣化種ごと世界を支配しようとした。けど無理だったんだ」
早口だったせいか、彼は一瞬息をつき、
「龍神族の魔導書、『赤の魔導書』が残っていたからだ」
「……これか」
ヨウは懐の魔導書を取り出し、再び赤に染まっているのを確認して驚いた。先ほどまでは透明だったのに、血の様な紅いに再び染まっていた。何かしら異常が起こったのかもしれないが、別段気にしなくていいだろう。
『赤の魔導書』。ヨウが龍神の魔導書と呼んでいる物であり─────所謂正式名称だ。これが抑止力に成っていたのだという。
「『赤の魔導書』は龍神の力を丸ごと保存し、龍神族の誰かに『龍神の力』。その種族で頂点に位置する力を継承させる能力。それがある以上、姉貴は迂闊に世界を滅ぼせなかった。暴走した龍神の力では、死ぬ可能性があったからな」
「でも、神人族は『龍殺し』を持ってるんだろ? だとしたら、真っ向から戦っても勝てるんじゃ……」
「いや」
と、
「普通はそうだが、ヴァリアントレリオンは赤の魔導書にある細工をした。結局継承しても『龍殺し』が相手では瞬殺されてしまう。そこで、『龍殺しを殺す力』を魔導書に残した」
「─────まさか」
脳裏に一つ、単語が過る。継輝神が戦闘中呟いていた単語。『カウンター』と言う言葉どりなら、
「そう。何故、お前が『龍殺し』、龍に対する絶対殺害権を持つ俺の首をはねられたのか。それは」
とも、
「────龍神の魔導書によって『龍神』を受け継いだものには、『龍殺し殺し』が宿る。完全な『龍殺し殺し』ならば、死記神を殺し得る」
彼は槍弓鎖を地面に突き立てる。迫力を演出する様に甲高い音が響いた。
「段階を数段飛ばして結論を言おう────ソラシロ・ヨウ。お前には『龍殺し殺し』を持って、『柱』を破壊してもらい、行く行くは姉貴を殺してもらいたい」
「……はし……ら?」
「姉貴は精神世界とも現実世界とも別の世界、『神域』に居る。その神域と現実を繋ぐ鍵、それが『柱』だ。同時に、その柱はもう、お前を狙っている」
一気に意味不明な単語が出てきて、思わず戦慄と混乱をあらわにするが、口を挟んでいい場面ではない。ヨウは汗をぬぐい、言葉に耳を傾ける。
「狙ってる……? 柱は生き物で、なんで俺を狙ってるんだ?」
「決まっている。姉貴の刺客であり、部下であり、龍神が『不完全』な状態のうちに、殺そうとするためさ。柱は全部で7人」
彼は指折り数える。
「『無』、『炎』、『水』、『重』、『電』、『土』、『天』─────柱は、それを司ってる」
「司ってるってことは─────強化種なのか?」
「天神族。天使族の上位種であり、神人族との戦争に負け、『上位種以上、上位種未満』というレッテルを張られているやつらさ。神だったモノが他人の奴隷に成り下がり、劣化した存在。死記神に絶対の忠誠を誓っている。お前と同じさ。半龍族」
神人族は半龍族を槍で指し示し(といってももちろん指の代わりの様なもので、実際には刺していない)、もう一度『同じだ』と言葉を重ねた。
劣化種と上位種の狭間─────いわば、半天族。上位種七割、劣化種三割といった所だろうか。
「天神族だけは『死記神による提案』─────名称を付けていなかったが、此処で付けてしまおう。そうだな、『一斉掃除』にでもしようか。要らなくなった上位種を極限まで減らす掃除だ」
と、
「一斉掃除の対象外だったんだ。今で言う従者の立場であり、上位種かどうか微妙なラインとして扱われていた。あいつらは各国に潜んでいる。まるで本物の『柱』の様に散らばって、『神域』という上位世界を支えているのさ」
「……正直突拍子もない話だが、続けてくれ」
混乱して頭がぐわんぐわんと揺れる。
見知らぬ、聞き知らぬ単語が頭の中を行き来して、瞬きするたびに写真を一枚一枚見ている様な不思議な感覚だった。
「そいつらを全員殺せば─────精神生命体にさせることが出来れば、『支え』が無くなった神域は現実へ堕ちてくる。物理的じゃあない。空間が割れる様に、ガラスが割れる様に、ひっそりと堕ちてくるのさ」
「……少し、纏めさせてくれ」
一旦区切らせ、ヨウは深呼吸をして言葉を整理する。凄まじい情報量だが、謂わば今の現状は『ラスボスの見方が序盤から仲間になった様な物』なのだ。本来開示されるのは、物語的に言うなら最終章の一歩手前あたりだろう。
仲間、と現したのは、少なくとも敵ではないからだ。互いに死記神を殺す理由があり、実際継輝神は情報をぺらぺらと喋っている。いや、『仲間』ではなく『協力関係』と言うのが相応しいだろうか。ヨウ自身も継輝神も、じゃれ合うなど望んではいない。
「つまり、だ。ここはセルビスの原型であるガレデロッア。お前は暴走した死記神を殺そうとしているが、いくらお前でも敵わない。そこで『龍殺し殺し』である俺に、死記神を殺してほしいと。お前は何をするんだ?」
「最初に言っただろう。その手伝いさ。俺では姉貴に敵わない。だが、抵抗することは出来る。お前が姉貴を殺すとき、その援軍として戦うのが俺の役割だ─────俺には、何も知らずに死んで逝った奴らの仇を、直接取ることは出来ない」
彼は苦虫を噛むようにそう言った。否、噛んでいるのは、きっと死んで逝った者との思い出だ。まさに『歯がゆい』思いをしながら、彼はずっと耐えていた。
何が起きたのかは分からない。どんな酷いことが起きたのかは分からない。
でも。絶対に継輝神は悔やんでいるはずだ。救えなかったことに、自分だけ生き残ったことに。ヨウにはその気持ちが痛いほどわかる。最も、仲間を見捨てたヨウでは侮辱に成ってしまうが。
「そして、死記神へ至るには神域を支える『柱』を破壊する必要があり、それは天神族だと」
「そうだ」
と、
「改めて言う。龍神、ソラシロ・ヨウ。世界を廻れ。経験を積み、見聞を広め、姉貴を─────殺せ」
複雑な表情だった。言葉では形容し得ない。
唇を噛んでいるのに、黒瞳は闘志に萌えている。それでいて不規則に揺れていて、内心のぐちゃぐちゃを表現しているかのようだ。
「お前だってそのつもりのはずだ。お前と一緒に居る女、姉貴の『呪い』がかかっているんだろ?」
「──────そうだ、そうだった。継輝神! 呪いを解く方法は無いのか!?」
肝心なことを忘れていたとばかりに、ヨウは捲し立てる。いや、呪いのことは忘れていないが、それを尋ねることを忘れていたのだ。
しかし、目の前の神なら。『再生と自由』を司る継輝神ならば、解除可能かもしれない。『生』と『死』。打ち消し合うこの二つならば、もしかしたら──────
「無理だ」
と、
「確かに、俺と姉貴は反発しあう。呪いに俺の力をぶつければ相殺し合うだろうが、今回ばかりは無理だ。何故なら、姉貴が『本気』だから」
「……気合の入れようが違うってことか?」
「……まぁそうだ。呪いが尋常じゃない程強い上に、『神域』にいる姉貴と『精神世界』にいる俺では、パワーバランスが根本から違う。精神世界にしか存在できない俺が姉貴に勝てるとは思えない」
曰く、精神世界、現実、神域の順でバワーバランスが上なのだという。精神世界から『神域』の呪いを解くのは、自分の何十倍の力で押さえつけられているのを、強引に跳ね返す様な物らしい。
「じゃあ、結局呪いを解くには死記神を殺すしかないのか……でも、なんで死記神は呪いをかけたんだ? そんな、上位種が一人の劣化種に対して全力を尽くすなんてあるものなのか?」
こう言っては何だが、暇すぎないだろうか。いや、そんな単純な問題でないことは分かっているのだが、どうしてもそんなことを考えてしまう─────目を逸らしたい時、余計なことを考えてしまうのはヨウの悪い癖だ。
だがまぁ、不自然なのは確かだ。三人がいつの間にか『超越の魔宮』に居たことも、もしかしたら関係しているのかもしれない。
ヨウはいい返答を期待したが、
「さぁな」
と、
「姉貴は結構気まぐれで、実際俺にも理解できない行動はあった。変なカリスマ性も、そこからきているのかもしれない。そんな姉貴が、どうして劣化種一人に『呪い』を掛けたのかは分からん。唯一つ言えるのは、『解除したければ姉貴を殺せ』、という事だけだ」
「……やっぱり、其処に行き着くか」
「言っておくが、今更逃げるのは遅いぞ。龍神の力を継承した時点でお前は『安心しろ、必ず殺す』……そうか」
継輝神が話している途中で、ヨウは言葉を挟んだ。
「今さら言われるまでもない。あの子がこの先の未来を生きる為だったら、笑って過ごす為なら、俺は何でもする。本来今ここに存在しないはずの命だ、それを生かしてくれた彼女の為に使うのは、なにも狂くない」
「……そうか。それが聞けて安心した」
捲し立て、ティアを救う事の正当性を解くヨウに、彼はぽつりと一言だけ呟いた。
継輝神は『こっちを見ろ』と注目を促す様に手を叩くと、まるで何かを告げる様に大きく両手を広げる。
「最後に。セルビスにも神天使が潜んでいる。誰かは分からないが、確かに『居る』んだ。龍神、今一度言う。世界中を廻り、七柱を破壊し、必ず姉貴を─────殺してくれ」
「────っぁ」
懇願する様なその口調に違和感を覚え、何かを言おうとしたとき、それは起きた。
視界がぼやけ、世界の輪郭が不鮮明になり、意識自体がどこかへ沈んでいく。
「────限界が、来たみたいだな』
継輝神声はエコーがかかったようになっていき、不鮮明になった。何かを伝えようとしても声が出せない。
『じゃ────な───次────でには────つよ─────って』
意識があやふやに成っていく。沈んでいた体が段々浮上する様な感じで、それは子供のころ、おぼれたプールから強引に腕を引っ張られる感覚と似ていた。
今度は声も聞こえない。何もかもが分からなくなってい──────
『────ヨウ君、朝だよ? 起きて』
「……ッ」
戻って、来た。
設定詰め込みました。あえて言うなら、ここでエルテアを登場させないと具体的に何をすればいいのか分からなくなるので。
しかも、絶対話す機会あったら本編で言ってるようなこと伝えるんですよ。いろんな設定飛び出しましたけど、『柱であるセラフを殺さないとナトスへたどり着けない』と言う事実を伝えるための必要犠牲ですね。
さて、更新は遅くなると思いますが、来年には加速できると思うので、これからも気長に! 最弱で駆ける道をお願いします! たぶん、これ以降の話が本番に成ってくるので。




