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最弱で駆ける道  作者: 織重 春夏秋
第一章 『始まりの洞窟』
18/34

第十七冊 『最後の試練』

ちょっと詰め込み過ぎたかもしれませんねぇ……修正が入るかも、です。

 一体何度、苦しめばいい。一体何度、立ち向かえばいい。脳内に響いた言葉─────『龍神の試練、これが最後だ』という言葉。


「ユースティア、ユースティア!」


 ヨウはすぐさまティアを抱きかかえる。触った素肌は、徐々に冷たくなっていっていた。声すら漏らさない。完全に顔に死相が出ている。血がそこら中に散っており、おびただしい量だ。腹を内側から食い破られたみたいな感じに成っている。一体何が起きた、前振りが無い、前振りが無い前振りが無い前振りが無い前振りが無い─────


『だから言っただろ?』

「────!? 誰だ!」


 脳内に響く言葉。気持ち悪い感覚である。龍の魔導書を読んだ時の感じに似ている。さらに言えば、この声は─────先代龍神:ヴァリアントレリオンの声だ。その声色には嘲笑が含まれていて、顔も見えないのに笑った感じがした。


『あたりだな。そうさ今代。俺はヴァリアントレリオン。よろしくな』

「お前か……ユースティアをこんな風にしたのはァッ!」

『おっと、そう焦りなさんな。ほれ』


 姿は見えない、声だけ、なのに、たった今明確に『手を振るったイメージ』が伝わってくる。それと同時に、腕の中のティアが固まった・・・・感覚がする。比喩表現ではない、先ほどまで冷たかったティアの温度が無くなり、関節や腕一本たりとも動かなくなった。


「お前、何を!」

『落ち着けよ今代。俺が今行ったのは龍神の力の一つ、『時間操作』さ。お前の今抱えている、女か男かは知らんが、そいつの時間を止めた』

「時間を止める……? そんなことできるのか!?」


 思わず驚愕してしまう。時間を操作するだなんて、チートもいいところだ。龍の魔導書を使えばそれも操作可能なのだろうか。

 それよりも、何よりも、ティアが死ななかったことを喜ぶべきだろう。回復はしていないし、良くは成っていないが、時間が止まっている間はティアは死なない。


「……でも、先代、何でお前は俺の頭に居る? 何の目的があって話しかけてきた? 先代は死んだはずだろ?」

『一片に物事を尋ねるな、うっとおしぃ。順序立てて一つ一つ説明してやるから、精々ご清聴しやがれ』


 ヴァリアントレリオンのめんどくさがる雰囲気が伝わってくる。謎が多い、謎しかない。此処は黙って聞くしかないだろう。

 ヨウが黙ったのを感じ取ると、ヴァリアントレリオンはゆっくりと語り始める。


『まず、俺は死んでいる。だが何故お前に語り掛けられているかと言われれば、それは俺が『強化番魔力残留思念』だからだ』

「強化番魔力残留思念?」

『アァ、お前らの故郷、チキュウとか言ったか? そこには』

「ち─────地球!? なんでそれをしって!」


 『チキュウ』、その単語が分かるのは転生者、転移者、神(ただし死記神ナトス限定)、若しくは何らかの要因で知った者だけなはず。だが、その単語が出てくるという事は、先代龍神はそれらの人物に関りがある、若しくは該当すると言う訳で。

 それとも、龍『神』も、何らか出関わっているのだろうか。


『喚くな。説明してやるから。まずは、チキュウには残留思念ッつうモンがあるんだろ? それを魔力で強化したものだと考えればいい。どっちかっていうと、人工知能に近いらしいな』

「そ、そうか……」

『アァ、だからこそ、俺は死んでいるが今代に語り掛けられる。だがな、強化番だからと言って、別に自由に会話できるわけじゃない。予め俺が『こういう質問をしてくるな』と思ったことだけに返答できる。お前、さっき俺が『男か女か分からねえが』と言って、違和感感じなかったか?』

「あ……そういえば」


 確かに、よく考えてみれば違和感だ。ティアは別に中性的と言う訳でもないし、髪も長ければ胸もそれなりにある。なのに、『男か女か分からない』は無いだろう。

 残留思念だから、あらかじめ用意された答えでしか返答できない。納得だ。


『それで、だな。お前の手に抱えている奴が腹から血を吹き出した理由だが分かるか?』

「─────やっぱり、オマエなのか。分かる訳がないだろ!」


 一瞬、『ティアをこんな風にしたのはヴァリアントレリオンじゃない』、なんて考えが浮かんだが、本人の言葉でそれは無くなった。

 同時に、再度怒りが込み上げてくる。ティアをこんな目にあわせて、それはどんな理由が有ろうとも許されることではない。


『何度言わせたら分かる、喚くな……お前も相当の外れもん・・・・だな。それは『龍神最後の試練』だからだよ』

「最後の……? というより、試練……?」

『アァ、どうせお前は、『龍神の義』知らねえんだろ? 俺達龍神族ジルトニラ、若しくは半龍族デミ・ジルトニラはな、龍神の力を継承する時、ある儀式が行われる。それは、』


 一度言葉を区切り、


『受け継ぐ奴が一番大切だと思って居るやつを、自分の手で殺すことだ。今代』

「────おい、おい。なんだそれ……? でも、それだったらユースティアがこんな風に血を吹き出す道理はないだろ! 俺はユースティアには何もやっていない。触れてもなければ力を使ってもない!」

『疑問か? 教えてやるよ。歴代龍神は、己の一番大切な人を殺すことで、最も優先すべき対象を『種族』にしてるんだ。種族を選ぶか、大切な人を選ぶか、そういう事だ。血を吹き出したってのは、儀式のとき、瀕死の状態で殺すことが決まりに成っている。わざわざそれを再現してやったのさ』

「おいおい……ふざけるなよ……!」


 怒りが込み上げてくる。そんなふざけた理由で、ティアは、此処まで苦しんでいる。今は苦しんでいないかもしれないが、死にそうになっている。そんな、『種族を守る』なんて、理由で。

 身勝手かもしれない、けれどヨウにとってそんなものはどうでもいい。種族を守る気などないし、この力を受け継いだのは自分とティアを守るためだ。


「そんな理由で、大切な人を殺せるとでも思って居るのか!?」

『……』

「なんとも思わないのかよ! 種族の為に一番大切な人を殺して、何も思わないのかよ!」


 ヴァリアントレリオンは答えない────いや違う、答えられないのだ。なぜなら、『ヴァリアントレリオンは予想している質問にしか答えないから』。『種族を守る意思表示として、継承者は己の一番大切な人を殺す』というのは、龍神族ジルトニラ達にとって、当たり前の認識なのだ。それが、生まれた時からの常識ふつう


(くそっ……狂ってやがる)


 わずかに心の中でそう吐き捨て、ヨウは頭を掻き、瞠目する。何を言っても響かない。当たり前のことを指摘されて揺さぶられる人間(この場合は龍神族ジルトニラ)はいない。このままでは埒が明かないと思い、叫びたい感情をグッと抑え、ヨウは言葉を紡いだ。


「……わかっ、た。理解した」

『アァ、そうか。続けるぞ? お前、何も知らずとも力を受け継いだからには、龍神族ジルトニラ死記神ナトスに滅ぼされたことは知っているな? そして、俺が力を残す方法として本に俺の力を封印したことも』 

「……あぁ」


 それは知っている。 

 龍神族ジルトニラの力を恐れた神人族アルスフォークの頂点:死記神ナトスによって一斉殺害された。そして、ヴァリアントレリオンは己の力を龍の魔導書に残した。これは受け継いだ時に流れ込んできた記憶によって、既に知っている。


『この洞窟、というよりは森も、俺達、歴代の龍神が力を受け継ぐ時に『試練』として受けていた場所を再現したものでな。もっとも、オマエが何年、何十年たってから継承しているかは分からねぇから、魔物がどうとかは言えねえけどな』

「……」

『さっき俺が『チキュウ』っつったら、お前反応しただろ? 説明してやるよ。俺達には、第代転生者が多いんだ。俺はちげえけど、『チキュウ』から輪廻転生を果たしてきたやつが、龍の血族にはゴロゴロといやがる』

「……そう、か」

『おいおい、これも知らなかったのか? お前まるで、半龍族デミ・ジルドニラじゃねえみたいな?』

「……はっ?」


 静かに話を聞いていたが、その言葉には反応した。意味が分からない、半龍族デミ・ジルドニラじゃないと言われても、ヨウは人間だ。

 ─────いや、一つだけ、何故そんなことを言われたのか辻褄の合う考えがあった。


 それは、『龍の魔導書は龍しか読めない文字で書かれている。それは並の転生者では読めないが────言語理解(最上)を持っているヨウは、本来読めず、受け継ぐ可能性の無いそれを受け継いだ』、という考え。

 思いつくのはこれだけだ。だが、これだったらそこまで無理もない。正解はもしかしたらあるのかもしれないが、それをヴァリアントレリオンに言っても無駄なだけだろう。


『ほかに質問はっ?』

「……」


 話は終わりなのだろうか。そう問われ、ヨウは考える。

 龍神の力についても理解できた。その洞窟についても理解できた。何故受け継いでしまったのかも理解できた。力の使い方や、魔法についてはどうだろうか。


「……龍魔法の中で、治癒効果がある魔法は?」

『……』


 ダメなようだ、無言を決め込んでいる。となれば、後残された疑問は無い。細かいのを上げれば限が無いが、それを一つ一つ聞くのは時間がかかり過ぎる上に、手間が掛かって仕方ない。例えば壁画の下にあった糸。アレに関しても謎だが、終わった今ではどうでもいいことだ。


「いや……もうないな」

『そうか──────






なら、そいつを早く殺してやれ』


 ─────瞬間、ヴァリアントレリオンが腕を振るうイメージ脳裏に映る。


 そして……ティアの時間が動き出した。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ヴァリアントレリオン!? なにを……!」

『……』

「─────何とか答えろよッ!」


 ヨウの拳が地面を砕く。無意識に込められた魔力の乗った一撃は、地面を砕く。クレーターの様に抉られた地面だが、ティアには一切被害が及んでいない。まるでヨウの心境を鏡の様に映している。

 だが、焦っていても、ティアの命は終わりへと収束していくだけ。


「なぁ! 頼むから教えてくれよ、回復効果のある魔法を! あるんだろ? ないわけがないよなぁ、なぁ!」

『……』

「頼むよ! 龍神の試練を終えるのに大切なんだ! だから、だから……」


 段々と声が小さくなっていく。ヴァリアントレリオンの表情が一切変化しない。それは即ち、ヨウがティアを殺すまで、若しくは出血多量で死ぬまでヴァリアントレリオンが口を開く事は無いだろう。それが龍の最終試練────『一番大切な人を殺す』なのだから。


(どうすればいい……このままじゃユースティアが死ぬ……回復魔法もない……治癒効果のある龍魔法も分からない……どうすればいい、どうすればいい─────!)


 焦れば焦るほど、いい考えが浮かばない。何度もティアを治すため、その方法を繰り返したが、なにも浮かばない。手当たり次第に魔法を発動してみる? それは危ないと自分で分かっている。道具を使う? 何もないうえに、道具如きじゃ助からない。ヴァリアントレリオンにもう一度縋ってみる? 其れ無駄だと分かっているはずだ。


「どうすれば、どうすれば……」


 腕の中のティアが、確実に冷たくなっている。もうすぐ死ぬだろう、強化された龍神の体が、死の気配を敏感に感じ取っていた。その事実がヨウの焦燥を加速させる。


(考えろ考えろ! 俺に残っているものは─────『言語理解』ッ!)


 ────ヨウは拳を握る。わからない、ただ、今この瞬間頭の中にある一つの考えが浮かんだ。

 希望はそれしかない、これで失敗したら、ティアはもう死ぬ。三人は死に、せっかく乗り越えた壁も、生きる理由も、全てが無駄に成る。


(そんな理不尽────有ってたまるものかッ! もうこりごりだ!)

 

 ヨウは魔導書を地面に置けば、左手を魔導書、右手を心臓部分に当てる。途方もない、無謀な挑戦だ。だけど、可能性があるとしたらこれだ。


(『言語理解:最上』、今まで役に立たなかったけど、こんな時ぐらいは役に立ちやがれえええええ!)


 ────ヨウは、自信の奥底に眠る言語理解へ魔力を送る。特定の異能力、この場合は言語理解がどういう風に動いているかは分からない。自動発動なのかもしれないし、無意識的に発動させているのかもしれない。けど、この世界の『有り得ない現象』の元に成っているのは魔力のはず。だとするのなら、言語理解にだって『出力』という物があるはずだ。

 言語理解が本当に『言語理解(最上)』だというのならば、『龍魔法の名前に込められた効果』さえも、読み解いてくれるだろう。


 ズグンッ!


「くっ……」


 何故だか心臓が痛み、一瞬『言語』そのものが理解できなくなる。だが、確かに何かを掴んだ感覚があった。ヨウはページをめくり、そこから感じる安らぐ様なの感覚を見つけると、その言葉を詠唱し始めた。


「……『万象を癒す鼓動よ、それは龍神の恩恵なり。無垢なる癒し手へ加護を与え、流れを逆転させよ。生は死に、死は生に。救える力は救える者へ』─────『生命逆行ライフライン・エゴイズム』ッ!」


 ティアの腹に手を当て、魔法を発動させる。そして、緑色の魔法陣が一瞬にして展開した。顔を覆ってしまいそうな光が迸るが、目を瞑ることなく、それをしっかりと見ている。

 やがて数秒後、ティアの腹は完璧に修復されていた。血は飛び散ったままだが、先ほどよりも体温は上がっているし、心なしか顔も安堵の表情を浮かべている。


 『生命逆行ライフライン・エゴイズム』────生命に限り、その状態の時を逆行させる魔法。今回の場合は『重傷』から『無傷』へと、状態を逆行させた。だが、代償が大きすぎる。今までは七割残っていた魔力が一気に一割以下まで減った。この魔法は本来、未熟なヨウが使える代物ではないらしい。


 まだ力を抜くことは許されない。ヨウは己の頭に手を当てると、


「────言いなりになんか、なるかよ」

『……』

「誰がティア・・・を殺すものか。悲劇なんてもううんざりだ。龍の力は好きに使わせてもらう」

『……』

「」


 脳に語り掛けているヴァリアントレリオンの残留思念、それにしっかりとした意思表示をする。そうだ、従うつもりはない。誰が、ティアは生かす。助ける、殺さない。それは死んで逝ったフィリアとカルムに対する最後の礼儀だ。


『─────アァ、ごちゃごちゃ言っても分からねえ』

「……」

『最後に教えておいてやるよ。神の呪いによって・・・・・・・・、そいつの余命は・・・・・・・・後数百日だ・・・・・

「っ、それはどういう」


 『ことだ』、と言葉を続けようとしたところで、ヨウは自分の体が動かないことに気づく────時間を止められた? だが、目は見えているし、音は聞こえている。そんな、一部分だけなど、細部まで止める箇所の調整が出来るのだろうか。だとしたら凄まじいことだ。


『喚くな、お前の時間を止めた。最後ぐらい黙って聞きやがれ……そいつは神から愛されてるよ。同時に恨まれてる。この意味が分かるのはまだ先だろうが……俺に言えるのは、死記神ナトスを殺さねえと、そいつの内に潜む呪いが発動して、跡形もなく消えるってことだな』

「……!」


 ヨウは心の中で驚愕する。動かないのに叫びを上げそうになって、やっぱり動かなかった。それほど驚くべき内容だったからだ、ヴァリアントレリオンの言葉は。何故、ティアに呪いが掛かっているというのか。理由は? どうしてティアが?


呪い(そいつ)は龍神の力でも破壊出来ねえ。あの『死を司る神ナトス』の呪いは、存在意義そのものでもある』

「……」

『あのクソ死記神ナトスを殺すのが俺の目的だし、そいつを生かしたいんだろ? だったら、殺せ。俺の様に残留思念を残す暇もなく、精神生命体になる前に、跡形もなくぶっ殺せ』


 ヴァリアントレリオンの残留思念は、確実に、予想されていないであろう言葉でそう言い切った。これさえも予想していたとすれば、まるで未来予知のような力である。


「─────っ、たぁ! はぁ、はぁ」

『……でないと、お前の命も、大切なもんも、全て死ぬことに成るぞ』


 ヴァリアントレリオンは、そう言うと完全に消え失せた。もう頭に感じていた感覚も無ければ、時間を止められている感覚も無い。これ龍神の試練は終わり、ティアも、ヨウも、もう自由だ。だが、


 最後にヴァリアントレリオンのした話だけが、頭に残っていた。



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