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最弱で駆ける道  作者: 織重 春夏秋
第一章 『始まりの洞窟』
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第十三冊 『死ねない、死に体』

 ─────魔法使いの少年、カルム・フィティリスは、世界の時間が止まったような錯覚を覚える。目の前の光景が信じられず、何度も何度も思考を繰り返すが、答えは出てこない。いや、遮断しているだけかもしれない。目の前の光景を信じたくないと、まだ『彼』を信じていたい・・・・・・と、心のどこかが真実を遮断している。


 『彼』を信じていたい、現状を信じたくない、信じれるわけがない。だって、だってこんな─────酷いことあってたまるものか。


(─────)


 目の前に巨大な剣が迫っている。だが、それが到達するのには、やはり時間がかかっていた。どうやら世界が止まっているわけではなく、カルムの考えが加速しているだけのよ様だ。死の淵に発動する生命の『生きたい』という欲望、それが今起こっている。つまりはもうすぐ死を迎える。


 死ぬ前になかなか死ねないというのは矛盾しているな、なんて考えていた。

 何度言葉を繰り返そうと、信じられない。受け入れたくない。こんなところでは終わりたくない。まだやりたいことがたくさんある。


 段々と、過去の光景が脳裏に浮かんできた。走馬灯という奴だろうか。今まで見てきた走馬灯のどれよりも、色濃く鮮明だ。それはそうだ。こんなところで死んでは、何も出来ないのだから。まだ何の恩返しもしていない。


 親に『生んでくれてありがとう』とお礼も言ってない。何時も隣に居てくれたフィリアに何も出来てない。ティアとの決着がまだついていない。まだ、何も出来ていない。やりたいことが多い、多い。多い。


 なぜこんなことに成っている──────最後ぐらい、素直に成ってやろうか。


 ────ヨウが裏切ったから?

 

 できれば信じたく無かった。確かに勇気は足りないしここぞという時にすぐ動けなかったが、それでも命の恩人を見捨てる人間だとは信じたくなかった。カルムは現金な人間だ。偽善などでは人を助けない。見返りを求めての事。ヨウがどうなるかは考えていなかったが、まさかこんなことになるとは思わなかった。


 ヨウは強くなっていた。何が起きたかは分からないが、明らかに何かが起き、ヨウに力が宿ったのだ。ティアもそれには気づいていたし、ヨウ自身もそれがあったから戻ってきたのだ。


 だから、助かったと思った。


 そこまで強い力を持っているのなら、目の前のオークを押さえつける様な圧力を手に入れたヨウなら、必ず助けてくれると、これで死ななくて済んだんだと。そう考えた─────けど、ヨウは見捨てた。

 最後には自分の命が惜しくなって、使えば終わる話なのに怖がって、カルムとティアを見捨てた。


 使えるだけ使って、カルムとティアを最後に見捨てた。今までしてきたことをすべて壊して、何もかも置き去りにして、自分の命だけを優先し、ボロ雑巾の様に命を捨てた。あのヨウが。何時もヨウが。


「く”くっ────クソ、がぁ……!」


 吐き捨てる様に呻いた。剣がもう、目の前まで迫ってきている。ヨウは見捨てた。俺達を見捨てた! 見捨てた! 怖いから、人の命を捨てた! 

 

「アァ────」


 ────カルムが最後に聞いたのは、ゴキュ、という骨が砕け始める音と、ティアの悲鳴だった。


 (一生恨むぞ、死んじまえ───────クズ野郎)
















 


 ────禁忌発動

 ─────『    』、起動

 ──────充填率、1%


 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 必死に、無我夢中に走り続けて、どれだけの時間が経ったのか分からない。


 龍神の身体能力か、息が切れる事は無く、しかし流れる汗と漏れる息。心の中が狂気でどうにかなりそうになりながら、それでも走り続けた。

 止まれば、後ろから追ってくるオークに捕まる。いや、音は聞こえないし追ってくる気配もない。だけど逃げないと、逃げないと死ぬ、という確信があった。


 あるいは、ヨウが逃げているのは現実からか。カルムを見捨て、ティアを見捨てたにも関わらず、まだどこかで助かると信じ切っている。何もかも終わった話を、先に進めることなく戻ろうとしている。それはなんと、愚かな事か。


 耳を離れない。あの声が。カルムの絶叫が、ティアの悲鳴が、オークの唸り声が、フィリアの漏らした声が。離れない。離れない。離れない。離れない。離れない。離れない。離れない。離れない。


 あの三人が死ぬ寸前(ティアは見てないから分からないが)、どんな恨み言を漏らして死んで逝ったのか。それを考えただけで狂いそうになる。世界に絶望して死んで逝ったのだろうか、ヨウを恨みながら死んで逝ったのか、或いは怒りと主に死んで逝ったのか。何にせよ、ろくなことは考えていなかっただろう。自分自身が死ぬ瞬間にまともなことを考えられる人間など、それこそまともではない。


 考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考える「あっ、ぐ……ああああああああああああああああ!」考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな


 三人の死に様を考えてはいけない。考えたら狂う、オカシクナル。感情とも呼べないお粗末なモノに食い殺されてしまう。フィリアへの友情も、カルムへの感謝も、ティアへの恋心も。人間として、死ぬ─────もう、人としては死んでいる様な物だろ?


 そんな、そんな考えが何度も脳裏を過る。死んでいるというのは別に、龍の力を継承したことで肉体が変化したから人間じゃない、と言う訳ではない。精神的な問題だ。

 等々時間の感覚は無くなっていた。先ほどまでは走っていたのに、いつの間にか歩きに変わっている。涙を滂沱の様に流し、あふれ出てくる力を制御せず、変わった肉体をただただ動かし続け、ヨウはそれでも歩いていた。死にたくないから、歩いて、生きていた。


 その時だ。

 

 バタンッ


「ぉ……」


 気が付けば、ヨウは倒れていた。体に何か起きて─────と、一瞬考えたが、足の感覚からそうでは無い様子。どうやら何かに躓いたらしい。龍神の力を継承したヨウなら、龍の魔導書の説明を見る限り転ぶことなどない。だが、ボー、っとしていたせいか、反射神経まで鈍っていた様だ。


 痛みは無い。肉体も強くなっているからだ居る。精神は逆に弱くなっているが。

 ヨウは一瞬、このまま倒れていてもいいかな、なんて考えたが、馬鹿な考えだと割り切りと、立ち上がり埃を払う。そして涙を拭き取れば、何に躓いたのを確認し─────下半身の無いフィリアが眼に入った。


「なっ────────ッ!?」


 驚きを通り越した驚き。向け堕ちた表情に今一度生気が灯る。叫び声も出る筈だろうに、声が出なかった。それに追い打ちをかける様に、フィリアはピクリと死に体で手を動かしたのだ。

 酷い有様である。上半身だけで横たわっており、下半身は数m離れた所で分離している。上下の顔は下を向いており、全身切り傷だらけ。普段なら吐いても可笑しくないグロさだが、状況が状況である。


「っ、フィリアッ! フィリアッ!!」

「………………ョ……………………ゥ………………………?」


 一瞬何もかも置き去りにするが如く、ヨウはフィリアに駆け寄って、膝を着き、必死に呼びかけていた。それは純粋な喜び。ヨウが犯した罪などは一切関係なく、フィリアが生きていてよかった、という喜びだ。

 凄まじい生命力である。もしかしたらフィリアが生きている秘密があるのかもしれないが、それを聞いている余裕は無い。


「い、い、いま、今治療を。回復を」


 この世界に回復薬ヒーリングポーションという物は無い。技術云々もあるがその説明はいま重要ではない。つまりは回復薬ヒーリングポーションでフィリアを回復させるという選択肢は無い。

 ヨウは回復魔法が使えない。回復魔法だけは特殊であり、『一般人であるならば誰でも使える初級魔法』という枠から外れている。そもそも回復魔法でも、上級以上でないと肉体の欠損などは再生させる事ができない。


 あの時、オークに腕を切られたヨウにカルムが使った回復魔法は中級。再生レキュペレーション。肉体の再生機能を爆発的に増大・加速させるもの。あの時は腕がぎりぎりつながっていたし、傷がまだ新しかったから出来た芸当だ。今となってはそれも不可能である。


 だが、ヨウは龍魔法の魔導書────龍神の力を再現する本を持っている。攻撃だけでなく回復もあるはずだと、紅い本を必死に捲ろうとするが、それをフィリアは阻止した。震える手を伸ばし、静かに、ヨウの手に触れたのだ。


「回復回復回復回復回復─────」

「……………………い……………………い……………………よ……………………」

「はっ? ど、どうして!? どうして! いま、直すから、大丈夫だから。治療、回復、治すから、まって、まってて、」


「つよく……………………なったんだ……………………ヨウ……………………」


 死にそうな顔で、声で、肉体で。それでもフィリアはしっかりと、強くその言葉を喋った。紙を捲るヨウの手が止まる。驚きに目を見開き、フィリアを見るだけ。今度は手を弱弱しく握ると、顔を上げて、話し始めた。


「……………………ヨウは……………………つよぃ……………………じゃ……………………あ……………………安心…………………………………………」


 何が安心というのだろうか。何が強いというのだろうか。フィリアは地に濡れた顔を涙で上書きし、何が楽しいのか、ヨウの手を微笑みながら握っていた。

 なんで、なんで、なんでそんな表情が出来るんだ。


「なに、を……」

「…………………………………………助けてあげて…………………………」

「なに、言って……!」


 それはある意味死の言葉だ。フィリアは知らない。ヨウが二人を裏切って、逃げてきたことを。フィリアは知らない。カルムは既に死んでいることを。フィリアは知らない。ヨウが本当は、強くなんてないことを。逃下出す様な臆病者だという事を。


「……やめて……やめて」

「…………………………ふたりは…………………………ああみえて…………………………よわい、から…………………………」

「やめてくれ……やめてくれ、やめてやめてやめて……」

「…………………………そんなに強いヨウなら…………………………助けられる……………………………………………………」

「やめてやめてやめてやめてやめて……やめてくれ。もうやめてくれぇ……」

「これで私も…………………………安心して……………………………………………………やすめ…………………………る」

「やめてくれ、それ以上言わないで言わないでくれ。やめて、やめて、もうこれ以上俺を殺さないでくれ……」


 フィリアの言葉がどんな刃物より鋭く、そして鈍く、心臓に突き刺さる幻覚があった。内部から『ヨウ』という存在を殺す力が込められている。無意識だろう。無意識が故に、余計に質が悪い。


「……ヨ……ウ……」


 その一言。名前を呼ばれたこと。それには、まるで次に大きな言葉を告げる様な雰囲気があった。ヨウは身構えない。何もできない。ただ、それが全ての終わりを暗示しているようで、酷く恐ろしくなった。


「だめだ、言うな!」

「……ヨウ……」


 止めるのも、もう遅い。フィリアはヨウの手を死に掛けとは思えない力で強く握り、顔をむくりと上げ、最後に一番の笑顔を見せると、


「ヨウ──────生きててくれて有難う。二人をよろしくね………………………………………………………………」

「ツ──────ッ!」


 ─────ヨウの手を握っていたフィリアの手が、力をなくして零れ落ち、ピチャリと血の池に浮かぶ。同時に顔も地面に落ち、冷たくなりながらフィリアは死んだ。もう何も言わない。毎日美味しそうに料理を食べていた口も、もう動かない。


「あ、あ、あ、あああ、あああ、ああああ、あぁあ、あああ。ああああああ、あああああ。ああああ、あああ、ああ。あ。あ、あああ、ああああ、ああ。あああ、あああ。あああ、あああ、ああ。あああ、ああ。ああああああ、あ。あああ、ああ。ああ」


 壊れた機械の様に声を出す。同時に頬を何かが流れた。目の前の現実を受け止められない。たった今目の前でフィリアが死んだ、生きていたはずのフィリアが。しかし、一番心に突き刺さったのは、


 フィリアが最後に、幸せそうな顔をしていたこと。


 ヨウはカルムとティアを裏切った。だが、フィリアはそれを知らない。裏切ったヨウに対し、二人を頼むと、助けて上げてと、彼女はそう言っていた。最後まで、こんなヨウを信じ切って。死んで言ったのだ。

 フィリアは、大切な人達を何も告げられず、何も言われることもなく、最後に裏切り者に見送られながら、無残に死んで言った。その事実がヨウの崩壊を加速させる。その死に方は余りにも救えない。惨すぎる。


 だって、彼女の願いはもう届かない。幾らヨウを信じていようとも、ヨウは戦えない。そして、誰にも知らずに朽ちていく。大切な人に顔を見られることもなく見ることもなく。このままここで、ずっと、ずーっと、骨になっても誰も見ずに、唯ひたすらに終わっていく。


 ピシリ。


「あ、あああああ、あああああああ」


 心が壊れる音がする。


 ピシャリ


「ああああああああああああ、あああああああああああああッ」


 地面に頭を打ち付ける。血が吹き出す。地面に落ちた血がフィリアの血と混ざり合った。だんだん骨が見え始め、尋常じゃない音が響く。しかし、そうでもしなければ生きていられなかった。多分こうでもしていないと、ヨウは今すぐにでも死にたくなる。死ぬ勇気もないのに。


 ビシリ


「アアアアアアアッ! アガアアアアアアアアアアアアッ!」


 脳を何かが直接握っている感覚だ。それ程までに常軌を逸した状況。フィリア、カルム、ティア、三人の今までの表情がフラッシュバックし、ヨウは感情を表に出す。

 まるで赤子の様に泣きわめき、辺りを力任せに破壊する。地面や壁に穴が開き、破片がそこら中に舞うが、それを気にしている余裕は無い。


「アアアアアアアッ! ──────何でお前は……生きてるんだぁアアアア!!!!」


 それは、誰へ向けた言葉だったのか。オークか、或いは自分か。


 唯一つだけ言えることは、この日、四人の全ては崩壊した。


 跡形もなく、修復は不可能に、崩壊した。


「あああああああああああああああああッ!」


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