第十冊 『終焉への片道切符』
「はぁ……」
ティアの言葉を受けてから数日が立った。その間にはもちろん戦闘もあって、陽も戦った。『命に向き合う』────陽には似合わないセリフだが、宣言した以上守った。
対峙する相手のことを考え、相手を殺すことに、戦うことに全力を注ぐ。
最初は恐怖したし、戸惑ったりもした。けど、ティアが言った通り、生きている。陽も、相手も、生きている。そのことを自覚して向き合えば、それなりに立ちまわることが出来た。
岩石蜥蜴にも、白狐────蹂躙白狐にも、命がある。その命を奪うことを躊躇ってはいけない。躊躇った分だけ、奪う命に対しての失礼になる。
「はぁ……なんでだ」
現在は探索の途中。昼食も済ませ、四人ともしばしの間、自由行動に成っている。
陽は三人達から一人離れ、今回設置した拠点の近くに存在していた川の近くで、黄昏ている。その手にはすっかり馴染んだナイフが握られている。これは護身の為の物だ。
「……あぁ、くそっ」
陽はナイフを持っていない方の手で頭を掻く。そしてその場で横になると、頬杖をついた。
何故、こんなにも陽は落ち込んでいるのか。生物への向き合い方を今一度確認し、それなりに毎日を楽しく過ごせているはずだ。なのに何故、溜息が出るのか。それは───
(……ユースティアから、目が離せない)
朝起きて、気がつけば寝起きのティアを見ていたり、食事を作っている時もティアの喜ぶ顔を思い浮かべている。水を飲む時、水面を見つめていたらいつのまにかティアが浮かんで来る。戦闘時も、ティアならどうするかを考えて────いや、これは違うだろう。
とにかくだ。この様に原因不明の行動が出てしまって、それに陽は頭を悩ませていたのだ。何をするにもティア。ティアティアティア。忘れようとしても、昨日ティアが浮かべていた笑みが脳裏にこびりついて離れない。
(あぁ? どうなったんだよ俺……)
今までこんなことはなかった。心なしか、行動さえもティアを最優先にしてしまっている予感さえする。流石にそれは考えすぎだとは思うが、今の本人さえ何をしでかすかわからない状態。考えすぎ、ということはないかもしれない。
陽は一旦心を落ち着かせようとナイフを見つめ、兎に角ティア以外のことを考え始める。が───
(……よし、今日はちょっと豪快にステーキにし『陽君……』よう。そうだな、付け合わせはさっぱりとした味付け『ほら、木刀しっかり握らなきゃ』がいいかな。で……『きょ、今日のご飯は何?』……)
重症だ。
せっかく別のことを考え始めたのに、思考の端々にティアが出現する。日常で見せる仕草、行動、言葉。 他の何事よりも鮮明に思い出されて、陽は頭を抱えた。
もう手遅れである。陽の頭はティアに浸食されている。ユースティア最高、ユースティア万歳。
「……これは……なんだろうなぁ」
思い当たる症状は一つだけある────が、陽のくだらないプライド(有って無いような物)が邪魔をして、その事実を認めようとしない。認めたくない、の間違いだろうか。その言葉を口に出してしまえば、何か、負ける様な気がして。
「……」
そんな心でも、自覚はしていた。そう、人生最大の病気と称され、人によっては治ることが無いとされる。人類史上最も厄介な病魔。
────恋。
陽は、恋愛をしたことがない&吊り橋効果により、ティアに簡単に落ちてしまったのである。ティア本人に落とした気は無いだろうが、それはそれだ。
「ッ……ハハ」
自覚してしまえば、それは一気に膨れ上がる。人に初めて恋をしたという感覚。相手のことを考えるだけでとりあえず幸せになれる、魔法の様な状態。一人で自己完結してしまっていい物かは不明だが、かと言って相談できるわけでもない。唯一言えそうなのはフィリアだが、正直言うのは恥ずかしかった。
「……なんか、今考えれば俺、ユースティア尽くしだな」
カルム、フィリア、そしてティア。三人との関係もティアの剣から始まり、戦闘スタイルもティア直伝、そして蹂躙白狐の件。上げ始めれば限がない。細かい事柄も入れればそれこそ二桁はいくだろう。
今思えば、最初に助けられた頃から陽はティアに惹かれていたのかもしれない。自覚が遅いだけで、きっと、そうだろう。
「───よしっ!」
陽は立ち上がり、ナイフを懐へしまえば、頬を両手で叩き気合を入れる。
恋をしたところでそれを実行に移すのか、と言われればそれは違う。陽はティアが好きかも知れないが、ティアにとって陽は唯の『仲間』。それだけだ。
それに、恋愛経験の無い陽でもわかる。タイミングやコンディション、その他諸々の要素が必要だ。闇雲に突っ込んでいったからと言って成功するわけではない。恋とはとても難しい物だろうから。
と、いい訳をしたが、実際は─────
(告白とか、恥ずかしすぎて無理だから……!)
それが本音だ。小難しい言葉を並べ、変な考えをしても、根元にあるのはその一文である。『人に対して愛を真正面から伝える』。考えただけでも難易度:アブノーマルだというのに、目の前にティアが居た時その難易度は何処まで跳ね上がってしまうのだろう。
けど、それでも、いつかは想いを伝える時が来るだろう。状況がこの心を作り出したとしても、どんなに伝えることに戸惑っても────この感情だけはハッキリしたものなのだから。
「なんて、な」
今は、この日比が続けばいい。そう、願って──────
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「おぉ……」
「これはすごいね」
「……珍しいのか?」
「というより、見たことが無いよ」
「……食べられそう……」
「「「えっ」」」
日を三つばかり跨いだ頃。その三日間にも、もちろん探索は続けられていた。相変わらず外観は変化ないものの、新種の魔物が出現したり、ティアの顔を陽がまともに見れなかったり、フィリアにからかわれたり、少しだけ魔法と剣術が上達したり、そんな事があった。
現在は探索途中。カルムが『見たことが無い鉱石がある!』といったのが始まりだった。こぶし大の大きさ、所々尖っており、触ったら痛そうだ。全体的に翡翠色に満ちており、光さえ発していないが太陽などに照らしたら、それはそれは綺麗に輝きそうである。
カルムは懐から本を取り出すと、それをぺらぺらとめくりながら鉱石と比較して────どうやら、鉱石などが書いてある図鑑らしい。だが、その顔が好奇心に溢れていく様子を見ると、どうやら載っていなかったようだ。
「……うん……うん! 載ってない! 専門家に見せれば分からないけど、新鉱石かも知れないよ!」
「え!? 新種? すごいじゃない!」
「……食べられそう……」
「……!? ……新種って、そんなにすごいのか?」
食欲の為ならどんな事も厭わないのかフィリア!? と内心驚くが、カルムとティアの表情が『気にしたら負け』と語っていたので、スルーして別の質問をする。フィリアって食べられない物が無いのだろうか。それはそれでなんか嫌だ。
新種、陽には縁のない話である。地球で一般人だった陽にとっては、新種と言われてもどれだけ凄いのか理解できない。
「あぁ、すごいよ。僕も専門家じゃないから詳しくは分からないけど……簡単に言えば、専門家が『これは私が見つけました』といえば、一生遊んで暮らせる。そういえば理解できるかい?」
「……あぁ、何となく」
すべて理解できた、とは言えないが、何処まで凄いかは理解できた。今カルムの手に握られている鉱石は人の人生を左右するほど重要な物なのだ。
陽が軽くその価値に驚き、引いていると、フィリアがカルムの手にある鉱石を覗き込んだ。
「……懐かしい感じがする……」
「懐かしい? 見たことあるの?」
「……そういう感じじゃないけど、なんだろう……懐かしい……お母さんみたいな……」
フィリアは食い入る様に鉱石を見つめている。一種の催眠に掛かった様な様子は、少し、少しばかり狂気を感じる様子でもあった。
カルムはフィリアと鉱石を見比べると、フィリアの手に鉱石を渡し、
「そこまで気になるなら、フィリアが持っててくれ」
「! ……いいの……?」
「構わないよ。フィリアなら大切にしてくれそうだし、鉱石も、持ちたい人に持ってもらう方が幸せだろうしね。その代り、大切にしてくれると嬉しいな」
「……カルム……ありがとう……」
フィリアはカルムから鉱石を受け取れば、ウットリとした様子で頬を染める。
陽は『いや、どんなハーレム野郎だよ』と少しイラッ、とし、舌打ちをしようとして辞めた。意図的ではなく、これがカルムの素なのだ。街中であるならばハーレム物の主人公並みに女の子を落としていくかもしれない。
ため息を付きながら肩を竦めていると、ティアが体を寄せて囁いてきた。
「ねぇ? カルムの性質には私も困ってるの。特にフィリアなんかあの様子だし……」
「っ! や、やめろよ……いきなり顔近づけてきたらびっくりするだろ?」
陽は顔を赤く染め、それを恥ずかしがって顔を隠す。本来ならそんな行動はしない。唯の美少女に顔を近づけられたぐらいでは動揺しない性格だ。だが、『恋』と成れば違う。ティア側の純粋な部分も相まってか、盛大に反応してしまった。
「えぇ~? そんな恥ずかしがらなくてもいいのに。ほら、ほれ!」
「ッ! お前は猫の飼い主か! ユースティア!」
ティアは陽のそれを『恋』とは気づいてない、というより考えてみても無いのだろう。頭を撫でる様に触ってきた。陽はそれを払い、先ほどよりも顔を赤くする。
すると──────
「仲、いいねぇ」「……仲いいね……」
「お前らが言うなァッ!」
「んにゅ?」
カルムとフィリアが口を揃えて言葉を出し、陽が渾身のツッコミを披露。最後にティアが天然を発揮した。
フィリアが懐へ鉱石を仕舞ったのを確認すると、カルムは三人を先導しながら口を開く。
「まぁ、仲良くなってくれているようで何よりさ。不仲よりは百倍いい」
「そりゃそうだけどな。行動の基準、ってもんもあるだろ。ユースティアはスキンシップが少し激しいんじゃねえの?」
「いいじゃない。ヨウ君だって、別に嫌なわけじゃないんでしょ? 顔紅くしてるし」
「ン……そりゃ、そうだがよ……」
からかう様な二人の言葉に陽は顔を赤く染めたまま、返事する。
少し、変態的なことを言ってしまえば、好きな人にいじられたりするのは嬉しい。なんだか胸がポカポカしてくるし、近くに寄って笑顔で居てくれると本当にうれしい。
でもそれは仲間と一緒に居る事での『友情』への笑顔であって、陽という一人の人間に対する『愛情』ではない。それが分かり切っているからか、素直に喜べないのだ。それ故に、言ってしまう。
───『スキンシップが少し、激しいんじゃないの』かと。
「……ヨウ、照れてるだけ……ほんとはとっても嬉しい……」
「フィ、フィリア!」
フィリアはひょっこり出てきて、陽のほっぺをつんっ、と突く。カルムは反応する陽を見て頷けば、
「うんうん、だったら問題なしだ」
「っ、いや、カルム。少しは心配してやれよ」
「それだけ、ヨウを信頼してるってことだよ」
「んぉ、おう……」
ピシャリ、と言い切られて陽はたじろぐ。信頼されているという事実は少し驚きだった。なんというか、その言葉は『ティアに何かあっても大丈夫』という、意趣返しが含められている様な気がして。けど、カルムに認められている様な気がして、少し嬉しくなった。ティアの方を見れば笑うだけ。
(─────こりゃあ本当に、もう抜け出せねえな)
陽は心の中で諦めにも似た────いや、この瞬間、陽は諦めた。
少し考えていたのだ。此処の洞窟を抜ければ、森が有って、森を抜ければ、町が有って。自然と四人パーティは解消され、三人と一人は街中で合えば挨拶をするような関係に─────という風に。
そんな感じで、何時かはパーティーを抜ける様な気がしていたし、実際心の底ではそう考えていた。だが、もう無理だ。この環境を心地いいと感じてしまった。ティアが陽を揶揄い、陽が赤面し、フィリアがそれに火を注ぎ、カルムが茶かす。
曖昧な関係。だが硬く結束されたその関係を、陽はもう忘れられない。
三人も、そう思っている──────というのは、押し付けがましい考えだ。三人も表情や行動を見る限り愉しいとは思ってくれている様だが、それが陽と同レベルの感情かは分からない。思ってくれればいいが、それは又別の話だ。
「……とりあえず、進もうぜ? ほら、歩くのゆっくりに成ってるしよ」
「そうだね」
カルムは少し歩みを早くすると、三人も同様に足を動かす。だが、最後、首を後ろに向け、少しだけ唇を歪めながら、
「君がそう思うんなら、それが一番さ」
そう、言ったのだった。
その後も探索は続き、四人はある壁画へと到達していた。
陽が、洞窟に入って発見していた『龍』の壁画。ただ、発見していたものとは違う。今度は『龍と人間族、森人族、その他の種族が仲良く宴をしている絵』だった。今までのとは違い、全体的に賑やかで平和だ。
「へぇ……壁画とはこれまた珍しい。これは何を表しているんだろうか」
「……龍神族……恐ろしい……」
「龍神族かぁ……おいしいのかなぁ?」
「ユースティア、お前は時々フィリアを超えるよな」
それぞれ反応を見せるが、概ね『驚愕』といった所だ。陽はそれよりもティアの言動にツッコんでしまったが……それは置いておこう。
其れよりも気になったのは、フィリアの言葉だ。龍神族────龍とは基本的に恐ろしい生物だが、この世界でもそうなのだろうか?
「フィリア、龍神族って、どういう存在なんだ?」
「……? どういう存在って……?」
「あー……なんというか……」
失念していた。
この世界にとって、というより普通、異世界系にとって、『生物や概念の話』は一般的なのだ。恐らくだが、『龍とは何か』と聞くのは、地球で言う『猫とは何か』、等に相当する質問だ。そりゃあ、そんな質問をされたら驚くという物である。
フィリアは少し考えた後、右の拳を左の掌に当てるという、古臭いモーションを行う。魔法に関しての前例があるせいだろうか。察してくれた様だ。
「……龍神族っていうのは、太古の昔存在していたとされている伝説上の生物。もう滅んでるけど、とても強い力や知恵を持っていて、空を飛べたり、固有魔法を操れたりした。竜獣族。龍の血族。少し劣るけど、強い……」
「成程な。外見で分かるものなのか?」
「……ん……龍神族は四足歩行だけど、竜獣族は二足だったり、四肢が無かったりするから……」
分かりやすい様に説明してくれた。陽の方も、しっかりと理解することが出来た……はずだ。龍はもう滅んでいるらしい。強い力を持つというのは地球でも異世界でも変わらないようだが、滅んでいる、というのは驚きだった。
その末裔であるという竜獣族も強いらしいが、何だが、『龍』と比べると劣りそうではあった。文字で書けば『龍』と『竜』。創作物などでも、明確に差が付けられていることが多い種族だ。
「私は、竜獣族を討伐したことがあるよ。といっても暴走した奴だけどね」
「竜獣族を単独で撃破するんだよ? ほんと、ティアは何処まで強いんだろうね。ヨウ君?」
「……竜獣族を単独とか……想像つかねえよ」
凄まじすぎて顔を顰めそうになった。ティアの強さが留まるところを知らない、とでも言えばいいのだろうか。竜獣族がどれだけの強さを持つかは分からないが、カルムの言葉を聞く限り相当強いのだろう。それを単独で殺せるティアは、それより強いので在って……最早恐ろしい。
そこで、フィリアは何かに気付いた様に「んっ」、と声を上げる。彼女は視線を壁画とは別方向へ向け、指を指していた。
「……あそこ……また壁画がある……また龍神族かな……」
「────フィリア、本当かい?」
言葉に反応し、壁画を観察していたカルムがそちらの方向へ視線を向ける。しかしそこからではよく見え無かったらしく、フィリアはトテトテと新しい壁画の方向へ歩みっ『プツンッ』寄り────
「………何か今……」
「フィリア、どう『……ッ』だい?」
「ん……えっとね、何か龍神族が他『カ……ッ』の種族に倒されていて、特に人間が『カンッ……』龍神族の上に立ってて、剣を突き刺し『カンッ……』てる。」
───陽は動きを止める。聞いたことがある乾いた音がどこからか響き、無意識の内に冷や汗が噴き出した。その様子を見て、ティアが歩みを止め『カンッ!』る。
「ヨウ君『カンッ!』? どうしたの?」『カンッ!』
『カンッ!』「いや、この音ど『カンッ!』っかで聞いたこ『カンッ!』とあって……」
「……そうい『カンッ!』えば、さっきから『カンッ!』音がしてるね」
「……耳障『カンッ!』り……」
『カンッ!』空『カンッ!』間全体を震わせる『カンッ!』様な音に、全員が不『カンッ!』信感を覚『カンッ!』える。それは段々と大きな振『カンッ!』動と『カンッ!』成って洞窟全『カンッ!』体を『カンッ!』震わせ『カンッ!』───────
『B5I5C1I4B4C2E3B2?』
─────フィリアの腹に、巨大な剣が突き刺さっていた。そして段々と、目の光が失われて行って、
「……カル、ム……」
「ッ──────フィリア”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ッ!!」
はてさて、この話は『最弱を駆ける道』にとっても、ヨウ君達にとっても大きなターニングポイントになると思います。読者様が次回を気になってくれたなら、また次回で。ありがとうございました。




