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最弱で駆ける道  作者: 織重 春夏秋
第一章 『始まりの洞窟』
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第九冊 『掲げろ、生き様を』

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どなたか知りませんが、さらなる感謝を!

「────ヨウッッ!!」


 耳を劈く様なフィリアの叫びが木霊する。カルムやティアも声さえ上げはしないが、目の前の光景が信じられない、といった様子で唖然としている。

 だが、魔物にとって、戦場にとって、それは圧倒的な隙だ。


「───■■■■!!」

 

 言葉では表せない雄たけびを上げ、白狐は、自らの背中に生える触手を手足の様に二本、伸ばす。ぐにゃぐにゃと微妙に形を変えて迫る触手は、鋭い槍を彷彿とさせる。だが、先端が尖っているわけではなく、叩きつける、拘束する、などといった用途でしか使えないだろう。でなければ、最初からティアの足に触手を刺していたはずだ。


「……『空の下に広がる陸よ、微小の恩恵を付与せよ』、土遊びテッラ・ダーレ……」


 フィリアは動く。盾は無くなっているが故、剣に土の力(剣の耐久度強化)を付与し、突っ込んでいく。伸びる二本の触手を迷いのない太刀筋で両断すると、己の体を持って相手を吹き飛ばす。抵抗しようにも、触手が無くなった白狐は混乱したのだろうか。成す術も無かった。だが、吹き飛ばされたと同時に触手は復活した。


「今の内にヨウを、早くッ!」

「ッ、分かった! ティア、頼むぞ!」


 ほぼ同時に、フィリアは叫ぶ。普段ゆっくりとした口調の彼女が此処までハキハキ喋っていることに尋常じゃない焦燥を感じたのか、カルムは陽の体に回復魔法を掛けながら抱きかかえ、拠点(仮)の方へと運んでいく。今カルムの使える回復魔法の中で、体の欠損などを丸ごと回復させるような魔法は無い。


 そして、指示を受けたティアはと言うと、


「─────もう、やってるわ」

 

 白狐は地面を転がりながら触手を持って態勢を直そうとしたらしいが、瞬間、触手がある部分を根元から切断され、絶叫と共に鮮血が噴き出た。触手の回復には条件などがあるのだろうか。それ以上回復する事は無かった。


 ティアは返す刀で、己を傷つけた犯人を捜していた白狐の四肢を六分割する。空中に鮮血と肉が舞い、さらに絶叫が響き渡った。それを気にすることもなく、ティアは再度斬り付けていく。抵抗できない様に刻まれた白狐は、等々声を上げる事も出来ず血だまりを作って死んだ。


 それを確認したティアは火球ファイアーボールを持って死体を燃やすと、フィリアと共に陽の元へ向かう。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 魔法使いの少年、カルムは考える。目の前に横たわり、今にも死にかけているヨウを救う方法を。かなり重症だ。脇腹は丸ごと抉り取られ、内臓が飛び出している。一応、魔力回復瓶ポーション(地球で言う酸素ボンベのような物。液体ではなく中の気体を吸う感じ)を飲んで回復魔法を掛けておいた。そのお陰で、止血はされ、ある程度治療はされている。


「……けど……」


 だが、カルムの魔法は万能ではない。ある程度の治療は出来ても、これほどの怪我は完治させないと何れ死んでしまう。謂わば今は、手術半ばでやめているような状態だ。現在使える最大の魔法を使ったが、治らなかった。いくら重ねたところで結果は同じだ。それは経験からわかる。


 かといってどうするのか。神製道具アーティファクトには、『中にある物質の時間を止める』物があるが、それは持っていないし、生物には使用できない。

 他の属性にも、使えそうな魔法は無い。魔法とは基本的に、人を傷つける。攻撃魔法なら『超級』を習得しているが、回復魔法は上級までである。


「くっ……!」


 カルムは拳を地面に打ち付ける。もちろん、血が出ない程度でだ。

 焦るな、焦るなと体に訴えかけるが、ヨウの状態は悪くなるばかりだ。辛うじて動いている心臓もあと何分で止まるか分からない。出血多量、呼吸器官の停止、血液の乾燥、死因はいくらでも考えられる。


 『魔石』に蓄積されている魔法にも回復魔法の類は無い。今までここまでの重傷を負ったことが無かった。前例がない故に、カルムも対策していない。

  持っている神製道具アーティファクトも、便利道具と言うだけで、人の命を救う道具は皆無だ。


(考えろ、考えろ! ヨウを救える方法を! 何か何か────




 ───一つだけ、あった)


 カルムは『物を収納する』神製道具アーティファクトの中にある、ある一冊の『紙』を取り出す。普通の紙ではない。酷く異質だった。色は真っ黒で、大きさはA5用紙程。表にはびっしりと文字が書かれており、裏にはハートマークを握りつぶす髑髏のマークが。全体的に怪しい雰囲気を醸し出している。


 魔導書────魔法の詠唱、仕組みが書かれている、魔法の教科書だ。この紙は、その中の一ページを切り取った物である。世界のどこにでも存在するが、基本的に高価で取引される。まあ、魔導書だけを持っていたところで、使い方まで学べるわけではないので、結局魔法を教えてもらう教師が必要になるのだが。


 勘違いしてはいけないのが、普通の魔導書は黒くない。書いてある魔法の属性によって表紙の色は変化する。ではなぜ、黒いのか。それは、これが『禁忌魔法』の詠唱であるからだ。禁忌魔法とは、文字通り『禁忌タブー』に指定されている魔法の事だ。命に直接干渉するもの、使用者の四肢を代償に発動する物。


 兎に角、危険な魔法である。そういう魔法は『級』に関係なく、一般人が触れることが無いように禁忌に指定されるのだ。無断で使った者は死刑になる。最も、許可があれば使える、と言う問題でもないのだが。


 何時から持っていたのか、何処で手に入れたのか、分からない。けどカルムには、この禁忌魔法の魔導書の一ページが『自分の所有物』であることだけが分かっていた。


「……」


 考える。この魔法を使うに、ヨウは値するか。禁忌と言うのは、魔法使いにとってプライドを捨てるのと同義だ。料理人が汚い環境で料理する、武人が禁止技を使って相手を倒す。それに相当する行為なのだから。


 そもそも、使えるかだ。それは問題ないかもしれない。禁忌魔法と言っても飽くまで『禁忌に指定されている魔法』。適性は必ず、基本四代属性から始まっている。


「……しょうがない」


 人の、命の問題なのだ。プライドでヨウを救えるのならとうに救っている。

 カルムはため息を付くと、その紙に書かれている禁忌魔法を詠唱し始めた─────


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「……」

 

 陽は、悪夢を見て目を覚ました。なんて事は無い。自分が殺されたり、家族が殺されたり、そんな夢だ。もちろん、その家族の名前も分からなければ、起きた今では顔も覚えていない。夢特有の『何となく』わかる、という曖昧な感じだ。

 現在居るのは、四人が拠点としている、木材で建てられた小屋の様な何かである。カルムの魔法によって作れたのは、言うまでもない。


「……そうだ、脇腹は……」


 脇腹を触ってみれば、そこにあった傷は完全に治っている。跡形もなく、良くある表現方法だが、まるでえぐり取られていない様な感じだった。


(カルム……? だろうな)


 思い浮かぶのは仲間の魔法使い。三人の中でこんなことが出来そうなのはカルムぐらいのものだ。十中八九回復魔法を使って治療してくれたのだろう。一度ならずに度までも、こんなんでは頭が上がらなくなってしまう。


(……)


 不思議な感覚が陽の中にはあった。

 脇腹は治っている。痛みももうない。だが、まだあの魔物に脇腹を喰われている様な気がする。幻覚痛、と言う奴だろうか。それにしては、痛みが精神的すぎる。もっとこう、本当に『感覚』なのだ。難しいが、痛んでいるのは脇腹なのに、それを感じているのは頭、と言った感じだろうか。


 そこまで考えて、陽はあの時吹き飛ばした少女───ティアのことを考える。吹き飛ばした後は周りを見るような状況ではなく、白狐の攻撃から逃れられたかどうかも分からなかった。というより、体を張ったのだから無事で居てくれなかったら草臥れ儲け、と言うやつである。


「────まだ、脇腹は痛む?」

「……ユースティア」


 いつの間にか、小屋の入り口にユースティアが立っていた。その手には木で出来たお盆にコップが一つ置かれている。彼女は陽の方まで歩いてくると、そのコップをに渡してきた。素直に受け取れば、その中身は普通の水だ。一気に呷った。


「……いや、大丈夫だ。もう、痛くないよ」

「そう? なら良かった……あの時はありがとう。陽君が吹き飛ばしてくれなかったら、多分死んでたかもしれない」

「……ああ」


 微笑みながら、ティアは礼を述べた。

 普段ならば見惚れてしまいそうな表情だ。いや、普通に可愛いのだが、そんな精神的余裕は今の陽にはなかった。

 まだ、心がぐちゃぐちゃだ。


「……いや、気にしなくていいよ。あの化け物の時、治療してくれたのはカルムだけど、助けてくれたのはユースティアだろ?」

「そうだけど、それでも。今回助けてくれのは陽君で、助かったのは私だから。それにほら、いつも陽君には美味しい料理を作ってもらってるし」

「……そうだな」


 陽はその言葉を聞き流しながら、コップを揺らし、中の水を眺める。頭がボーっと、して、あまり考え事をしたくない。かと言って、何をしたいわけでもない。何もしたくない。もうあんな光景観たくない。水を見ていれば楽になった。


「けど、こんなことはやめてね? 私は助かったかもしれないけど、陽君は死んでたかもしれないんだから! 死んだら元も子も無いんだよ!?」

「……ごめん」

「仲間を思うのは大切だけど、まずは自分から。陽君は……その……わ、私たちの中で一番戦闘力がないんだから、ほら、自己防衛しないと」

「……ああ」

「あ、そうだ。カルムとフィリアに陽君が目を覚ましたって言ってこないと。カルムは魔法を使ったせいで元気ないし、フィリアはヨウ君のこと心配してそこら辺うろうろしてたし」

「……そうか」


 ただ、ただ、水を見つめている。ティアの話を聞いてはいるが、半分以上耳に入ってこない。聞きたくない。混乱はしていないが、入った情報がすぐ出てしまう程にあの時・・・を思い出している。ずっとこうしていた。ただ水を見ていたい。それが一番楽だ。


「どうしたの? もしかして、やっぱり痛む……?」

「……別に?」

「……怒ってる? やっぱり、その、私のせいで怪我したから?」

「……どうでも?」

「……もう!」


 痺れを切らした様にティアは声を上げ、陽の頬をつねろうと、手を伸ばし────陽の眼に、それが見えた。


「やめろ!」

「ッ、え……?」


 ティアの手には血が付いていた。本当に小さい血である。本人の? 陽の? 誰かの? ────恐らく、岩石蜥蜴リザハード、若しくは白狐の物だ。いや、誰の、何かはどうでもいい。だが、それを見た瞬間、陽の脳内はあの時の記憶がフラッシュバババアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア─────


「────ぅえ……!」

「ぁっ、ヨウ君!?」


 気が付けば陽は拒絶反応を起こして、ティアを押し飛ばしていた。同時に吐き気が襲ってくる。眠る前に食べた肉の味が込み上げてくるような感覚が襲ってきた。気持ち悪い感覚、吐き気はするのに吐けない、それはある意味一番きつい状況だ。


「だ、大丈夫? 水の飲む? あ、カルム呼んでくるね!?」

「……離れてくれ……頼むから……! ───お前のせいなんだよッ!」


 ティアが心配し、背中を摩ってくる。だが、むしろ余計に酷くなるだけだった。あの時の血肉の感覚、濃密な死の気配、その全てが蘇えってきている。


 ────気が付けば言っては成らないことを口に出していた。後悔は、もう遅い。


「わ、私の?」

「───なんなんだよ! なんなんだ!」


 後戻りはできない、そう表す様に、口々に言葉を出していた。


「なんなんだッ! どうして平然としていられるんだ! あんな、生き物を殺してるんだぞ!?」

「……」

「俺は今までそんなことしたことなかった! だからなのか!? お前らの考えがちっとも理解できない! どうして平然とできるんだ!? あんな殺されそうになって、殺して! 笑ってられる!?」


 それが陽の本心だった。普通の人間だ。馬鹿みたいな頭脳を備えているわけでも、過酷な運命に立ち向かう勇気がある訳でも、一点特化の才能がある訳でも、人より違った感性がある訳でもない。陽は普通の人間だ。


 誰しも。誰しも生き物を殺して平然としてられるだろうか? 確かに、陽も前は『生き物を殺す? 異世界に行けば余裕だろ』なんて、正真正銘のバカな考えをしていた。


「生き物が、動物が死んでるんだぞ!? あんな……あんな、血が出て! 苦しんで! そいつらがどう考えて死んで逝ったかもわからず、なんでお前たちはへらへらしていられるんだ!?」


 失っている記憶。その中でも、アニメやゲーム関連の記憶は残っている。

 確かに昔は、『生き物の死に怯える? ウザいだけだろ』と思って居た。けど実際体験する側に成ってみれば、その恐怖性は段違いだ。


 目の前で動いていた動物が、次の瞬間には血肉を出し、蠢いている。血液が、鉄臭い液体が溢れている。自分が次こうなるのかと考えると心が折れそうだ────いや、とうに折れている。

 あの時、白狐に腹を抉られた時点でもう折れていた。陽は戦えない────


「生きてるんだぞ!? 必死に生きてるんだ! なんで、殺し合って平気でいられる? どうして、今まで生きていたやつらの肉を喰える!?」

「────知らないわよ」


 衝撃を受けた。陽はいつの間にか、胸ぐらを掴まれていて、ティアの顔が近くにあった。ふわりと、甘い匂いが漂う。だが、その顔は正反対の表情だ。


「知らない。私が生まれたことから殺しは当たり前だったし、物心ついた時には魔物を殺していた。だから、分からない。けど、私たちが殺した動物だって、他の動物を殺して生きてる。殺された動物も他の動物を殺して、その動物も……そうやって、皆生きてるの」


 ティアが言いたいのは、食物連鎖の事だ。生物は生物を殺し、生きている。その頂点に居るのは人間だ。けど、やっぱり理解できない。どうして、そんな、そんな、残酷なことを言えるのか。


「……無理だ。理解できない。なんで、生き物たちは死ななくちゃならない? なんで、俺たちは生きようとしている奴らを殺して生きてる?」

「それこそ御門違いよ。あのね、ヨウ君。生物・・の死に、・・・・意味なんて無いの・・・・・・・・。けど、それでも、ヨウ君が言うように『答え』が欲しいなら────そうね」


 そこまで言うと、ティアは陽の胸倉を離し、言葉を区切り、


「私たちは命を殺してきている。私たちの体は、私たち以外の、今まで殺した生物、食べてきた生物の『死』で出来ているの……けど、それを恐れちゃいけない。それは一番の失礼よ。生きてる生物を食べること、それは命を受け継ぐ事。それを後悔するという事は─────君が今まで食べてきた生き物が、真の意味で『死ぬ』、という事なのよ?」

「!」


 ヨウを諭す様に、ティアはそう言ったのだ。


 その瞬間、陽の心にある『闇』は取れた。言葉がピッタリ嵌った訳でも、感嘆を受けた訳でもない。そうではない。ティアという少女が、その言葉を語ったことに衝撃を受けたのだ。

 本物の重み、と言うやつである。数々の生物を殺し、逞しく生きているティアだからこそ意味が生まれる言葉。


 決して、その言葉は全てに対する回答ではない。この言葉を聞いた誰かは『それは間違っている』というかもしれないし、これが絶対に正しいわけでもない。ただ、この言葉は、陽だからこそ意味のある言葉。だからこそ、



 ティアは、バカな考えをしていた陽に、真っ向から向かってくれたのだ。



「───って、なんだか、哲学みたいだったかな。あはは……」

「いや───ありがとう。なんだか、俺がバカみたいだ」

「……考えは改まった?」

「いや?」


 陽は首を振る。そうではない。ティアが言った通り、『生物の死に意味はない』。けど、


「──────俺は俺なりに、と向き合ってみるよ。死ぬのは怖い、生きるのも怖い、殺し合いは一番怖い。それが俺にとっての『生きてる』ってことなんだろうよ」

「そっ、か────何があっても、生きてね」

「……わかった」


 ティアは満足そうに笑い、小屋を出ていこうとする。

 それに続き、陽も出ていこうとした。だが、


 きゅ~……


「……」

「……」

「……おなかが、すきました……」


「……ユースティア」


 んなバカな。


ティアの言葉に関してはもちろん、賛否両論だと思います。『いい』と思っていただけたら幸いですが、『違う』と思った方もいらっしゃるでしょう。ですが、ティアの言葉はヨウ君に『は』響いたという事ですので、其処は一つ、お願いします。

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