それはこの世界で、はじめての。
「ふわぁ……ねむ、い……」
まだ太陽が登り出して間もない早朝。
未だ睡魔に落とされかねない意識をどうにか揺り起こすと、欠伸を嚙み殺しながらふらふらとした足取りで冒険者ギルドを後にする。
「いやーそれにしても……くふ、ふふふふ」
手にした革袋の中身を覗き込むと、たんまり入った紙幣や硬貨に思わずにんまり。
寝不足で目が死んでるのもあって、おそらく周りからは危ない子にしか見えてないだろうけど……うん、気にしない。
――このお金については、昨夜に遡る。
憲兵さん達に連れられ、無事に町に戻ると冒険者ギルドへと案内されて。
「はいこれ、ギルドからの懸賞金ね」
「え」
なんて軽いノリで、結果として懸賞首を捕まえたオレはギルドから金一封を貰うという嬉しい誤算があったのだ。
しかもなんと、同時に二人という事でボーナス付き。渡された時はその大量の硬貨や紙幣の山に唖然しました。あの盗賊達、今まで余程悪いことしてきたのだろう。
なおこのボーナスはギルドに来たついでという事で冒険者としての登録もした際、二人分の費用で綺麗サッパリ消えました。
……冒険者免許ってこんな歳でも簡単に取れる代わりに結構高いんだね。
「ま、とりあえず先立つ物が全く無かったし助かった助かったー」
目に留まったお店の物価と手持ちのお金を見比べてみるけど、これだけあれば当分は生活に困ることはなさそうだ。
しかし現状、問題が一つある。それは大金が入った袋をこうしてぶら下げながら歩く、というのがあまりにも心許ないモノだと初めて知った事。
これは至急リュックとか買いに行かないと。ついでに他の装備品とかも見てみたいなー。
「ま、待ってイツキ様……っ」
「……ん?」
そんな感じで、革袋を大事に抱え込みつつ。
キョロキョロと改めて町を見渡しながら歩いていると……背後から、此方を呼び止める声が聞こえた。
それは女の子の声だ。足を止めて振り返るとそこには予想通りの人物が急いで走ってきたのか、息を整えている最中だった。
「やっと、追い付いた……」
この少女の名前は、リィナ。
ややグラデーションの入ったベージュの長い髪をリボンで束ねて、若干眠そうに瞼が垂れているのが特徴的な紅い瞳。
そしてオレより身長は高いとはいえ、それにしてはあまりにも実り実った二つの巨峰。
――そう、つまりは昨日オレが助けた例の女の子。
「って、何その背負ってるやつ」
「ふぇ? ……あ、これはあの人達に取られてたの、さっきギルドの人から返してもらえて」
「おおお、カッコいい……っ!」
「そ、そう……?」
彼女が手に取って見せてくれたモノに、視線が釘付けになる。
持ち主よりも大きく見えるソレは、恐らく大剣だ。
だが、その丸いフォルムの頭身は刃の部分以外、なんと空洞。どうやって使うんだろアレ、人一人分くらいの頭ならすっぽり入りそうだけども。
いいなぁ、オレもああいうのぶん回して見たかったなぁ……。
「あの……イツキ様?」
「――あ、ごめん何ですかねっ!?」
ぼーっとしてたな今。困った顔させてるし。
「えと。色々助けて貰ったのに、ちゃんとしたお礼がまだまだだったから……ホントに、助けてくれてありがとう」
「ん、どういたしまして」
リィナは大剣を背負い直すと、ぺこりと丁寧にお辞儀。
彼女は昨日はこっちに戻った後、盗賊に盛られた毒を解毒する為に憲兵さん達に連れられてバタバタしていたし、オレはオレで色々あったのでこうして落ち着いて話すのはひと段落ついた深夜以来となる。
といっても、その時はお互い疲れてたし軽い自己紹介だけした後すぐ寝ちゃったからなぁ。……その話は置いといて。
「……あとその、さっきのお金は……」
「あーいや、気にしないでいいよ。これくらいのお節介はさせてくれ」
「ぅ……あり、がと」
「うむ」
さっきの、とは二人分支払った登録料の事だろう。
聞いた話だと冒険者になりたくてどっかの田舎から出て来たばかりらしいが、道中色々あってすっからかんとの事だったので放って置けなかった。昨日は散々だったしな。
「それより、体はもう平気なのか?」
「ん、ここの人達が親切にしてくれたから。……一応出て来る前にいくつか、薬草もくれた」
そう言ってショルダーバッグの中から、いくつか薬草と思われるモノを見せてきた。
あー成る程、だから遅れて出てきたのか。ギルドまでは一緒だったから追いかけてきた時ちょっと疑問だった。
「そっか良かったな。……んじゃっ!」
これで、唯一心のつっかえだった心配事も無くなり。
ずびしっと敬礼して、回れ右。さぁって買い物しに行――、
「ん!」
「――っだだだ!? 髪を引っ張るなっ!?」
こうとしたが、突然後ろ髪を掴まれて強制停止。
てか物理耐性とかあろうが、こーいうのはフツーに痛いのか。崖から落ちた時はノーダメだったのに、何故。
「ご、ごめんなさい……でもわたし、イツキ様に――」
「よーしストップだ。とりあえずさっきからスルーしたけど、その様付けは勘弁してくれませんかね。歳も近いだろうしイツキ、で良いからさ」
ほぅら、見てごらんよお嬢さん。周りの目がこんなにも痛い、正に針のむしろという状況だ。
皆さん違うからね? オレにそんな趣味とか無いからねー……あ、目を逸らされた。ナンテコッタイ。
「でも……イツキさ」
「んー、次言ったら怒るぞ?」
「……あぅ、ごめんなさい」
ニッコリと拳を作りながら言うと、どうにか大人しく引き下がらせる事に成功。
しかしどうやらこの子は、昨日オレに助けられた事に恩義を感じているらしい。
でもそれで様付けって安直と言うかなんというか。
盗賊に捕まったのも商人と間違えたまま信じてしまったとの事だし、これからが心配になるなぁ……。
「じゃあ……イツキ」
「――っ」
「……あの、なんでそっぽ向くの?」
「ああいやだいじょぶ気にしないでくださいホント……」
片手で顔を隠しながら、動揺してしどろもどろとした受け答えに。
なんという事だ。まずい、予想していなかった。
真正面から女の子に下の名前を呼ばれるなんて経験、記憶に無いしあったとしてもいつの話だというレベルだし仕方ないといえば仕方ないのだけども。
あとこの子近くで改めて見るとものすごく可愛いのだ。なのでそれも相まって――いや待てそれだとオレはロリコンになってしまうのでは!?
(いや違う恐らくあれだ視点が近い分意識してしまいやすいとかだろう精神的にはいくら大人であったとしてもそれ以上に今は子供としての視点がそういう感情の変化を促しているとかだな……というか今のオレは女の子なのだからそういう点で見ても問題ない問題ない問題な)
「……あ。ならイツキも、わたしの事、リィナって呼んで?」
「……はい?」
なんて感じに必至に自分を正当化させようとしていると……名案を思い付いたとでもいうように、目の前の少女は少し声を弾ませながら続け様にそんな事を宣ってきた。
あー、よく考えればそういう流れになってもおかしくなかったよね。
そうと気付いていれば……いやでも、様付けはキツイ。
「えーっと、ホントに宜しいのでしょうか」
「イツキなら、よろしいのです」
「そ、そうですか。……では」
こほん、と咳払いを挟みつつ。
そうだ落ち着けオレ。今自分は女の子、故にこれはあくまで友達感覚としての提案なのだろう。
それに精神年齢は高いオレから見ればこの子は妹とかそういった観点で見れなくもない、つまりクールに、ただその名前を呼ぶだけでいいんだ。
「……………り、リィナ」
「ん♪」
「」
あーうん名前を呼び捨てにすると何だかこっぱずかしいねーとかそういう感想と同意を得ようとか考えていたのだが、名前を呼ばれた瞬間にへらと顔を綻ばせた彼女の笑顔を見てしまいなんかもう色々と吹き飛んだ。
――可愛過ぎないかなぁこの子ぉっ!?
「えと、それでね……イツキに、お願いがあるの」
「オレに?」
胸を抑え、某コラ画像みたいに倒れ込みそうになっていると……恐る恐るといった様子で、リィナは切り出し始める。
なんだろう、何かとても言いづらそうな様子だが、そういう頼み事となると……あ。
「成る程お金か! お互い一文無しだったしな。しゃあない、たんまり貰えたしある程度分けてやらなくも――」
「んーんっ!」
あるぇ、ブンブンと首を振って否定された。
「イツキ、いじわる……っ」
「ごめんなさい、ホントにごめんなさい」
こんな町中でお金の話とか一文無しとかデリカシー無かったですよね、すみません。
「そんじゃどんなお願いなんだ?」
「わたしを、イツキの仲間にしてほしいの」
「って、お前なぁ」
予想外の申し出に、思わず頭を抱える。
世間知らず故に昨日酷い目にあったばかりだろうに、少し助けられたくらいで人を信用するのは危ないんじゃないかなー。
ほら、大体オレだってギリ二十代前半の立派なおじさ……んでは無いのか。うぐぐぐ。
なんて悩んでいると、不安にさせてしまったのか。
「わたし、イツキと一緒に冒険したかったけど……やっぱり、じゃま?」
「ああいやそうじゃない、そうじゃないだけどな!?」
目を潤ませながら、しょんぼりとした様子に。
しかしどうした事か。
別にリィナが同行するのは嫌じゃない。それに冒険するなら、一人より仲間がいた方が心強いし楽しいだろう。
それと、この子をこのまま一人にしておくのはやっぱり心配ではある……が。
単純に「はい」と答えるのは、ちょーっと面白くないかなー?
「よぅし! じゃあオレとゲームをしよう」
「……げぇむ?」
「そそ、ゲーム。ちょっとした運試し、それで勝てたなら仲間にしてやるってのはどうだ?」
「むぅ〜」
「はーい、不満そうな顔しない」
気持ちは分かるけどね?
でも何かしらやっとかないとつまらないと思うのだよ。
「それじゃあ……よし」
少し考えて。手にしていた革袋の中から、一枚の硬貨を取り出す。
「このコインの数字が彫られた面か何もない平らな面か。今からオレがコイツを指で弾いて地面に落とすから、どっちが出てくるか当てられたらリィナの勝ち。おっけ?」
「ん」
「よし」
しかしこれは、言わずもながら公平なゲームではない。
何故コイントスの定番である手のひらで受け止めるのではなく、地面に落とすことを選んだのか。
それはオレがこのコインに触れた際、例の能力により魔法の標的にしたから。
これで後は風を起こすなり重力で落とすなりして、地面に落ちるタイミングで上手くオレに有利な面を出せるという算段。
まぁそうでなくとも(戦闘面以外)運S+というステータスがあるわけで……この勝負、貰った!
「リィナ、どっちに賭ける?」
「じゃあ…………平らな方」
おいこら、何故今オレの胸を見た。
「……了解。では正々堂々、勝負!」
コインを片手の指に乗せ、二人の間に突き出す。
正々堂々、なんてどの口が言うのだろうとか自分で思いつつ。しかし勝負は常に非情、バレなければイカサマじゃあないのだよ!
くくく。今一度大人の汚さを思い知るがいい……オレ今子供だけどね!
「……まだ?」
はい、ちゃっちゃとコイントスしまーす。
チャリィ――、
「――ふっ!」
――ドグシャァァアッ!!
「…………へ?」
目の前で起きた事に、少しの間理解出来なかった。
えっと? 確かオレはコインを指で弾き、コインがそれはそれは華麗に宙を舞った――刹那。
リィナは素早い動きで背負っていた大剣を再び手に取りながら即座に宙返りしてオレとの距離を取ると、得物を水平に構えて勢い良く地面に叩きつけ……アイエエナンデッ!? コウゲキナンデッ!?
「はふぅ……ん。平たい方、出た」
一息入れて、満足げな表情で大剣を退けると。地面は一部粉々になり、土がめくれ上がった中。
あの一瞬で変わった形をした大剣の先端にある少ない面積の平べったい部分でそれはもう器用に叩きつけられたコインは、リィナの言う通り平らな面を見せていた。……ん?
「……」
拾い上げ、よく見てみる。
はい。それはもう、ものの見事に両面真っ平ら。
すっごーい、硬貨ってこんな簡単にひしゃげるんだね。笑えるくらい綺麗に薄くなってるー……って、コレは反則なのでは。
でも一先ずその前に。
「リィナ、逃げるぞ!」
「ふぇっ!?」
リィナの手を引きながら、慌ててこの場を退散。
「な、なんで逃げる、の……っ!?」
まだ朝早いから! 町中であんな騒音立てちゃダメ!
◇
「はぁ、はぁ……此処まで来れば安心かな」
などと言うが着いたのは路地裏。そう、オレが初めてこの世界に来た時居た場所だ。
他にゆっくり出来そうな場所を知らないのもあるが、此処なら多少騒いでも問題ない……はず。
しかしアレだなー。
もしオレが男だったら、まだ年端もいかない少女をこんな所に連れ込んでいるとか間違いなくギルティ。他意はないとはいえ、女の子で良かった……。
「さて、リィナさんや」
「?」
「アレは、ズルじゃないかな」
「……それは、お互い様」
(うぐっ!?)
リィナは淡々とした態度で、ジトーッと此方を見つめてくる。
ぐぬぬ、そこを突かれたら言い返せない。
というかオレがイカサマしようとしてた事に気付かれてたのかー……でも人を疑う心はあったという事には少し安心。
しかし小柄な体型に反してなんて馬鹿力だろう。技を力で蹂躙された策士の心境を理解したぞオレは。
ううむ……だがそうなると、魔法のタゲにする際に自分では分からないが外部的には分かりやすいアクションを見せてた事になる。
視線? 手の動き? それとも魔法的なエフェクト――んんん分からない、でも改善しなきゃだしここは。
「あのぅ、どこで分かったかご教授願いしても……?」
「……ほら、やっぱり」
「へ?」
あれこれ可能性を考えながら、リィナはムスッとした表情でポツリと呟いた。
あ、あれ? もしかしてコレ、やってしまいました、か……?
「さっきの……当てずっぽうで、言ってみただけ」
「ごめんなさいでしたぁぁあっ!?」
「ぴゃっ、いいいいいつきっ!?」
これには思わず土下座。
リィナはあくまでもオレと一緒に冒険したいという純粋な気持ちだったというのに。ただ形だけでも運試しがしたいなんて動機で、しかもイカサマしようとした自分に罪悪感で押し潰されそうになる。
「いや一応弁明させてもらうとイカサマして出す面はリィナが賭けた方にするつもりだったんですけどなんかすみませんホントにごめんなさいもうしません……」
「あわ、あわわ……いいから顔上げて……っ!?」
そう。あくまで操作するのはオレが勝つ面ではなくオレに有利な面。
つまりは茶番ですごめんなさい。
てかこんな天然娘野放しにしておいたら危なすぎると思いました、はい。
「じゃ、これからイツキと一緒に旅しても、いい……よね?」
「えと、その……これから宜しく」
「……ん♪」
というわけで、リィナが仲間になりました。
なおその後目撃者の証言によりギルドの方々から怒られ、二人仲良く地面を均す事になったのは笑い話。