それは、親切の押し売りのようなもの。
――カラーンコローン♪
ふと、軽快な音が聞こえた。
それは小さな鐘の音だ。青銅製の鐘とその中にある振り子、それら全体を振る事によって奏でられる楽器――ハンドベルの音だ。
……という具合に若干小難しく説明を入れてみたけど、俺にはハンドベルに対してこれ以上の知識を披露する事は出来そうにない。
故にもっと単純に、ざっくりかつ分かりやすい説明にて締めさせて頂くとしよう。
要するは、デパートやらの福引き等で「大〜当た〜り~」なんて台詞と共に聞こえてきそうな、お馴染みのアレ。
『――やぁやぁおめでとーう! 君は見事、転生する権利を得ましたぁ!!』
「…………はい?」
目を開けると。
待っていたのはそんなハンドベルを片手に、ニコニコと笑う見たことのない青年。そして、
突拍子も無い――というより、あまりにもトンチンカンなお告げだった。
●
『さぁて、それでは早速手続きを始めようか。久利生伊月君、先ずは……』
「いやいや待て待て!?」
『んー?』
あまりにもワケが分からない状況に、面倒ながら彼の言葉に割り込んで静止を図る。
辺りを見渡すと、視界に映ったのは様々な書物が揃えられた本棚が陳列する、執務室や書斎と呼べる様な部屋だった。
その中で俺は、年が近そうなこの謎の男と二人きり。何やら紙の束が無造作に置かれた机に向かう形で椅子に座らされていて。
……そして先程の第一声だ。うん、頭が痛くなってきた。
「悪いんですけど、先ず説明をお願いしてもいいですかねぇ……?」
『あ、そっかそうだよね。君が動揺するのは理解出来る、ではでは』
真っ白な装束を身に纏い、白と黒の入り混じった長髪に青い瞳。
目の前にいた何処か現実離れしたその青年は、手にしていたハンドベルを机の上に置くとゆっくりと椅子に座り、此方に視線を向ける。
『――先ず、僕は神様です』
「いきなり受け入れがたい情報ぅー……」
初っ端から心が折れそうなのだが。
『あっはっは。でもここは受け入れてくれないとお話が進まないので諦めてくれたまえ』
「いやまぁ確かにね? 百歩譲って見た目は白いしそんな感じではあるけれど」
でもどうせなら、頭に輪っかを付けてヒゲが真っ白でモサッとしたおじいさんとかの方がまだすんなり受け入れられたなぁ。
あの某有名カードゲームの宣告とか通告する人的な。
『こほん……続いて此処について説明したいんだけど』
「あ、はいすみませんお願いします……」
青年はゆっくりと指を立てて。
『此処は、死後の魂を導く場所だ』
「――っ」
『そして最後に、君が此処にいる理由だけど――もう、お分かりだよね』
嘲笑ではなく、かといって哀れみも慈愛も感じさせない。
そんな形だけの笑顔で投げ掛けられた問いかけに……少しだけ、目を瞑る。
(もし目の前にいるこの男の話が、真実なのだとしたら)
ぼんやりと思い出せる、此処に来る直前までの記憶。
そして〝死後の魂を導く場所〟……そんな所にいる時点で、結論は明白ってな。
「体良く死ねた、っと」
『うんうん、君は勇敢にも一人の女の子を救っ……そう来るかぁ』
「結果論ですけどねー」
生きる意味も価値も無く。役に立たず前に進めず、親の元で停滞と浪費のみを繰り返すただの置物。
そんな俺の様な未来のない奴の犠牲で、未来ある命が救われた。それは側から見れば、それなりにマシな最後だと言えるだろう。
まぁ……色々と、思う所もあるけれど。
『ふむふむ……さて、他に聞きたいことはあるかな?』
「あー……いや、無いです」
『そっか』
軽い返事と共に何やらサラサラと紙に書くと、先程の返事に落胆した様子も見せずそんな質問を投げかけてくる。
慣れているのだろう。死後の魂を扱う場所、そんな所で仕事をしているのだから変な奴なんて幾らでも見てきているだろうし。
または単に人に興味ないだけ。……まぁ、どっちでも良いか。
『それじゃあ話を戻そうか。選考基準等は省かせて貰うけど……君は何とも運が良い。こうして神々の気まぐれと戯れにより直々に第二の人生を約束されたんだからね!』
選考基準、神の気まぐれと戯れ言ってますやん。
「転生……ねぇ」
それはおそらく、神様の言う通り本当に運がいいのだろう。
第二の生、それは望んだとて普通は手に入らないであろう代物だ。かくいう俺もまた学生生活とかやり直したいなーとか思わないでもなかったなーうんうん。
……しかし、だ。俺は机の上にある山の様なある物に視線を向けて一つ質問。
「もしかして、その分厚い書類全部に目を通したり記入したり?」
ザッと見たところ広○苑5〜6冊分はあるのだが。
『ん? そうだね、一緒に書き進めていく形に――』
「よし――じゃ、お断りします!」
・
・
・
「……あれ? 何この空気」
突然静寂に包まれたのだけど。何故に?
『いやいやこっちこそ何で!? 転生だよ死後の世界だと予約も殺到で数百年待ちの超絶大人気コンテンツなんだよ!? 一からの生まれ変わりからある程度設定した年齢から始める事も出来る上にお約束のチート能力から言語等のサポートまで万全な親切サービスなんだよ!?』
おおぅ、さっきまでの落ち着き具合はどこに置いて来たー?
てか、大人気なのか……まぁ分からないでもないけど。しかしチート能力って、何処に転生させる気なんだろう。
「でもさ、もう書類関係とか辛過ぎて無理。大人しく死なせて下さい」
『えー』
遠い目をしながら、そう答える。
生前面接に落ちては書いて、落ちては書いて。そんなことを繰り返しているうちに文字の羅列が嫌になり過ぎてラノベですら拒絶反応があるのだ。
……それに、転生しても怠惰な俺の事だ。いくらやり直しが出来たとしてもどうせまたロクな生き方なんて出来やしない、自分の事だからよーく分かる。
『こほん……ちなみに次の転生先ね。これは既に決まっているのだけど』
「あー、別にいいですよ何処だって。俺の意思はそう簡単に――」
『剣や魔法の存在するファンタジーな世界だと言ったら?』
「――っ」
その言葉に、思わず息を飲んだ。
〝剣と魔法の存在するファンタジー〟。
そう、それは男ならば一度は憧れる夢の舞台と言っても過言ではないだろう。
まだ見ぬ大地、立ち塞がる強敵、助け合うかけがえのない仲間。そんな世界を目的の為に勇気を振り絞って戦い、冒険する。何とも心踊る事だろうか。これは豆腐の様に硬い俺の意思が揺らぐのも仕方ないのではっ。
(…………いや待てよ?)
落ち着いて考えてみると、だ。
それは他者よりも強い勇気を持ち、頼れる仲間と類稀なる力を手にした勇気ある者のみが輝く、そういう風に作られている世界では?
故に俺の様な屑は、その親切サービスとやらでいくらチート能力とやらを貰ったところで仲間を作れず孤立してその辺の野盗だかモンスターだかに殺されて二度目の人生も終わる。
『どうだい、実に夢が広がる話じゃないかい? これで少しは乗り気になってくれたかな、それじゃあ張り切って――』
「あっはっは、謹んでお断r」
『――転生する際の設定を決めていこうじゃーないかぁ!』
「話を聞けー!?」
おっと相手は神だというのについまたタメ口に。え、初めから敬語が怪しかった? デスヨネー。
しかしそんな事は些細な事は気にしないのだろう。抗議の声も引っ括めて全て鼻歌を歌いながら無視すると、ペラリペラリと紙を捲りながら何処か楽しげに進行させていく。
『いやほら、そろそろ読者もこのうだうだしたやり取りに飽きて来たと思うんだよね』
「いやうん良くわかんねぇけど止めろ? てかそうじゃなくて俺はもうメンドくさくてだな……っ」
『まぁまぁ安心して。特別に書類関係は僕が神様パワーでパパッと片付けるからさ』
「何だよ神様パワーって。てかそこまでして転生させたいのか!?」
パチンッ、と指を鳴らす乾いた音が響く。
すると神様の手にぽとりと落ちた物に俺は唖然となった……何故ならそれは、
手の平に収まるサイズの――六面の賽子。
「……ちょい待て、それでどーするつもりだ」
『どーするって、賽子をこうコロコロ~っと……』
俺の問いに、ニヤリと口端を吊り上げると……賽子がテーブルの上を音を立てて転がった。出た目は、2。
『2は偶数だから……っと。それじゃお次はー』
「うおぃ!?」
『僕さ、最近他の神々に誘われて始めたんだけどてぃーあるぴーじぃとか、ぼーどげーむとやらにハマってしまってね?』
「いや聞いてねぇしだとしてもそれを仕事に持ち込むなよ!? 大体賽子で決めるとか人の人生なんだと思っ――ぐっ!?」
頭に血が上り、勢いよく立ち上がろうとして……身体が、動かないことに気付く。
『あ、残念だけど動く事は諦めた方がいい。此処は神である僕のみが自由を許される空間だ、何かあったら怖いからね』
「そりゃそんなふざけた事してたら何かあってもおかしくはないだろうなぁ!?」
『元は君が拒否するから……まぁ大人しくそこで少しでも自分のいい様な目が出る事を懇願しながら見ていてくれたまえ』
「てっめ……!」
理解した。此奴はあれだ、尊敬とか信仰とか、そういうのをしたくないタイプの神だ。
だが、そんな俺の抗議を無視して賽子の転がる音がまた、一つ。
『ほぅほぅ。では続いて基礎クラスはそうだなぁ……剣士、盗賊、プリーストにー……よし、番号の振り分けはこんなものかな』
「待て待て待て待て! 職業すらこっちから要望は出せないのか!?」
『はっはっは、その方が愉しいじゃないか♪ あ、そうだこれで決まったものは変更も不可能にしよう、転生先でのクラス変更等も諦めてくれ給え』
「性悪野ろ――」
『おおっと手が滑ってしまった! ……5、魔法使いか。くっふふ、三十にはならなかったとはいえ死ぬまで童貞だった君にはお似合いだねぇ?』
「だまれぇぇぇぇぇえっ!?」
そんなやりとりが、数十分程行われ。
『ではでは久利生君、次はいい人生をー。グッドラーック』
またおちゃらけたノリに戻ると和かな表情でもう一度パチンと指を鳴らす。
するとなんと。俺の足元に突然大きな穴が空い……はいー!?
「うおぉぉおいつか必ず此処に戻ってテメェをぶん殴ってやるからなぁぁぁぁあ!?」
『やだなにそれ怖い。あ、君の能力等の説明はポケットに入れとくから後で見てねー』
………
……
…
「――ッ」
視界がグラグラする。それはまるで、乗り物酔いに似た感覚。
(ここは……路地裏か?)
目を開けると、其処は薄暗く物が閑散とした場所だった。
最悪だ。本当にまた、俺は生きている。
頭痛と多少の吐き気にウンザリとしながら。一先ずこんな所に居続けるのもどうかと思いおぼつかない足取りで立ち上がると、
「……んんんんん?」
視界が、とても低い。
……と言うか、今の可愛らしい声は何処からだろう。
「っ! ……いや、誰もいな……ぁ」
勢いよく背後を振り返り、其処に何もいないことを確認して。
窓ガラスに映った自分の姿に、言葉を失った。
何故なら其処に映っていたのは、まだ小学生くらいの――女の子。
「……マジ?」
こうして俺の人生は、望まぬ第二幕の始まりを告げたのであった。
とりあえず一旦此処まで。
書きたいことをずらずら書いて書き直してを繰り返しているので、羅列が長すぎて読み辛かったらすみません……。
リハビリしながら、徐々に改善していきたいと思います。お付き合いいただけたら嬉しいですー。