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プロローグ


 この日は――見渡す限り一切雲のない、星がよく見える静かな夜だった。


(ああ、また落ちたなー……)

 先程までの光景を思い出す。

 結果は後日郵送にて。そう言って立ち去っていく面接官の顔は、時間を無駄にした事に対する感情が隠し切れていなかった。

 受け答えをしていくにつれて消えていく表情、雑になる対応、早々に切り上げられる面接。誰でも落ちたと分かるくらい察しやすい対応だった。


 ……これで受かっていたら、驚きを通り越して逆に怒りしか湧かないだろう。


「やっぱり印象が良くなりそうな嘘の一つでも吐くべきなんかねぇ」

 誰もいない夜の公園のベンチで。落ちることが確定したバイトのビラを丸めながら、誰もいない真っ暗な闇に向かってそんな問いを投げかけていた。……答えなんて帰ってくるはずはないのに。

 でも仕方ないではないか。頭痛持ちでちょいちょい目も開けられないくらい酷い痛みに苛まれるだとか、身体が弱くて体調を崩しやすいだとか、隠してもし面接通っても後が辛いだろう?

(……なんてな)

 そんな理由は通らない、分かっている。結局は自分の考えが甘いだけ。


 内心ため息を吐きながら手にしていた紙クズを備え付けのゴミ箱に放り投げ、入るのを確認して立ち上がる。


「……さみぃ、帰ろう」

 もう今年も残り僅かだというのに、安易な軽装で出てきてしまった浅はかな自分を恨みながら。

 かじかむ両手をポケットに突っ込んで、ダラダラと帰路につく。




 ◆




(あ……そういや今日は古本屋に寄ろうとしてたんだった)

 人通りの多い駅前を抜けて。

 近道のために人通りの少ない裏道を歩いていると、ふと思い出す。


 むぅ、多少通り過ぎてしまったが仕方ない。こんな寒い中で億劫だが、踵を返す事にしよう。


「……おー、今日は星が見えるな」

 歩きながら、億劫で半開きな目のまま空を見上げるといくつもの輝く星が見えた。

 それはおそらく〝綺麗〟と定義できるものなのだろう。

 しかしそれをそう感じる事が出来るのは、心に余裕のある奴だけで。

「早く、自分に胸を張れる様にならなくちゃなー……」


 ――ガッシャァァァンッ!!


「うぉおぅっ!?」

 すると突如、上空からけたたましい音がした。


 音がした方に視線を向ける……すると、何かとても大きなモノが落下するのが見えた。

 ……鉄骨だ。重量は詳しく分からないが、少なくともビル十数階分はある高さから落下して来るそれは、人間に当たれば一溜まりもない事だけは分かる。

 だが、此処は基本人通りの少ない道。しかも今は夜、街灯が少ないこっちをわざわざ歩いて来る物好きなんて俺だけだろう。故に後は、俺がこうして被害を受けないであろう安全地帯まで逃げて、万事解け――、

「――ッ!?」


 そこで、目を見開いた。


 目の前から、鉄骨が落下する位置に歩いている女の子がいたのだ。

 いや、それだけならまだ良い。それならばあの音に気付いてすぐに逃げるはずだし十二分に間に合っただろう。

 ……しかし、その女の子はヘッドホンをしていた。慌てた様子を見せない所から、あのけたたましい音にすら気付かない程の大音量で音楽を聴いているのだろう。しかも、歩きながらスマホを弄っているというオマケ付きだ。

「おいっ、危ない――」

「〜♪」

 ……駄目だ、聞こえていない。

 このままではあの子は、次の瞬間には落下してきた鉄骨に押し潰されて死ぬ。

 俺が見ている前で、自らの不注意が仇となり、無残に血をばら撒いて、即死する。


 ……でも、今俺があの子を突き飛ばせば、助けられるのではないか?


 否――それはナンセンスだ。既に退避を済ませてしまっている俺とは微妙に距離があるから、んな事をしたら此方が危険に晒される。

 こんな見ず知らずの、不注意の塊みたいな馬鹿の為に俺が命懸けで助ける義理なんてあるのだろうか? いやない。

(そう、だから俺は……)

 一歩、更に後ろに下がれ。巻き込まれたくはないだろう?

 これは俺のせいじゃない、だれも、俺を責められはしない。


 ――でも、嗚呼、それでも。


「ッ――だぁぁぁあぁあっ!!」

 此処で動かないと、俺は一生後悔する。

 だから……理性とは逆に、体は勝手に動いていた。女の子の元まで駆け寄り、そして。



 精一杯の力で、突き飛ばした。



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