都合がいいとは言うけれど
※※※ R18になるのか判断に困る残酷な描写あり ※※※
以上が問題なければどうぞ。
正直、残酷な描写がある人対人の戦闘シーン(一方的でも合戦でも)ってR15で済ませていいのかR18に該当するのかよくわかりません。
平和を求める人々と、争いを求める人々が半分半分の世界で、ある時、人の国でも最大規模の国の王様が、四人の魔法使いたちに言いました。
「都合のいい少女を異世界より召喚し、聖女として次の戦争の神輿としよう」
異世界人の召喚。その魔法は太古から存在し、現在まで研究され続けてきたため、珍しいものではありません。しかし、術式と詠唱がとても難しく、複数人の魔法使いが揃って、やっと発動するものでした。それも条件付きともなると、さらに難しくなります。王様自慢の四人の魔法使いたちでも、発動は困難であることに変わりありません。
それでも無理だとは言えない、国が誇る最高の魔法使い四人は、都合がいい少女とは何かを考えます。
「聖女と呼ばれるに相応しい、見目のいい少女だろう」
「しかし、見目がいいだけでは都合がいいとは言えない。男にも金にも興味のない、欲に乏しい娘がいい」
「それだけでは足りない。元の世界に未練のない、孤独なおなごがいい」
「戦地に赴くのであれば、それらに加えて、人の血に慣れ、死肉に親しんだ子がいい」
こうして、四つの条件は王様に提示されました。王様は大層喜び、召喚が成功すれば、四人がそれぞれ望む褒美を取らせることを約束しました。褒美が出るともなれば、俄然やる気になります。
四人の魔法使いたちは、持てる力を振り絞り、意地で召喚を成功させました。
複雑な幾何学模様の陣の中心に立つのは、血の匂いを纏う、顔以外の肌を黒で隠した少女でした。髪は黒く、肩先に付くほどの長さですが、さらさらとしていて、ろうそくの火に照らされてつやつやと輝いています。肌はやや青さがありますが、白くて綺麗なのが暗くてもわかります。身に付けた黒い衣服はどうみても男物でしたが、ぴったりとしているため曲線の乏しい体を細く見せています。まだ幼さの残る顔立ちと諦めの宿る黒い瞳が、なんとも庇護欲をそそります。
満身創痍の四人の魔法使いたちは、歓声を上げました。この少女こそ、聖女だと。
少女を見た王様は言います。
「貴女はこの世界に救いを齎す聖女だ。どうか、我が国に力を貸してほしい」
少女は、瞬きを一つします。聞いてもいないのに語られる世界各国の情勢。この国の現状。そして百年以上続く、世界共通の敵である魔物の国との戦争。少女は、ただ無感動に話を聞きました。そして思いました。綺麗ごとを並び立てているけど、結局は、私を戦争の道具にしたいだけだ、と。
少女は、決めました。
『あの人たちがいないなら、いっそ…』
少女が召喚された三日後、王様が少女を連れて魔物の国との戦地に赴きました。
「今日でお前たち魔物の命運は尽きる。我が国には世界中の人間を救える聖女がいる」
王様は、得意げに語ります。しかし、魔物は誰も聞いていません。それもそのはず。魔物に人の言葉は通じないのですから。
少女は、初めて見た魔物に目を輝かせました。創作の世界でしか存在を知らないそれが、今、自分の目の前にいるのです。ここで初めて、少女は強く望みました。
『彼らのことを知りたい』
元の世界では、食事も運動も趣味もすべて管理されていた少女は、確かに、"欲に乏しい娘"でした。しかし、少女は密かに憧れていたのです。欲していたのです。
人ならざる存在を。
自分を殺してくれる存在を。
少女は思います。彼らのことを知るには、この王様が邪魔だ、と。
王様は、兵士たちは、魔法使いたちは、少女がそんなことを思っているなんて気付いていません。
少女は、服の手首に仕込まれた長い針を二本、王様の首に狙って投げました。見事ある二点に刺さった針により、王様がわずかに首から血を噴き出しながら、前のめりに倒れていきます。
さらに、手袋に仕込まれた糸を伸ばし、振り回します。王様の傍に立っていた兵士が、剣を抜きながら少女の方を向いた瞬間、細い金属の糸により首を深く切り裂かれました。血潮がかからないよう、少女は舞うように、次々と近くにいる兵士たちの首を切っていきます。
恐怖のあまり、少女を召喚した魔法使いの一人が、少女に向かって青い火の玉を放ちました。しかし、少女は難なく目にも止まらない早さで躱し、そのまま糸を振り下ろして魔法使いの体をスライスしました。放たれた青い火の玉は、魔法使いにとって味方であった兵士たち、同士であった三人の魔法使いたちに襲い掛かり、彼らを骨も残らず燃やし尽くします。
人側の陣地は、混乱を極めていました。魔物側の陣地も、次々と逃げ帰る敵に狼狽えています。
やがて、人側の陣地に生きて立つ者は少女一人となりました。魔物たちは少女の姿を見て、恐れ慄きます。
――あれはもはや、人とは言えない。
少女は人型の兵器として薬物による改造を施された、戦争孤児でした。
失うものなどないと絶望していた少女ですから、彼女を引き取った裏組織の人間にとってはとても都合のいい存在でした。しかし、彼らにとってすべて都合がよかったわけではありません。
少女は、加減が下手でした。戦闘実習では、殺さない、ということができないのです。武器を振るえば最後。振るわれた相手は死ぬことしか許されません。少女との戦闘実習で、何人もの少女同様に改造を施された子どもたちが死んでいきました。せっかく得た手駒候補を減らされて、裏組織の人間は少女を軟禁しました。少女の力が必要な時にだけ、外に出しました。それが結果的に、少女に考える時間を与えることになり、欲を芽吹かせることになりました。
少女は、もう自分が人ではないと思っています。だから、誰かに殺されたいのです。人の姿をしているのに、持つ力は兵器そのものだから、と。
少女は、ようやくそれを叶えてくれそうな存在を見つけました。ふらふらと、覚束ない足取りで、少女は魔物たちに向かって歩きます。
『彼らに自我はあるのだろうか』
『彼らに理性はあるのだろうか』
『彼らに殺戮本能はあるのだろうか』
『彼らは、私を殺してくれるだろうか』
召喚された時、いっそ自害してしまおう、と少女は思っていました。しかし、ナイフを突き立てても針を刺しても、少女は痛くて苦しいだけで、死ぬことができませんでした。傷は勝手に塞がり、赤褐色に変色した血は甘ったるい匂いを放ちながらすぐに蒸発します。肉も硬くて、腹にナイフを刺しても、一センチほどしか沈みません。
しかし、目の前の魔物たちは、切り裂くことに特化した大きな爪や、骨ごとかみ砕くことができそうな鋭い歯を持っています。無駄に頑丈になってしまった少女の体にも、通用しそうです。
少女は、歩みを進めます。期待に、胸を膨らませて。
そこに、人の形に似た大きな魔物が立ちはだかりました。片方だけ先の欠けた二本の太く鋭い黒銀の角に、白金の毛に覆われた犬のような耳。それ以外は鈍色の、筋肉質な人の体。豪奢な深紅のマントで上半身のほとんどは隠れていますが、見事に割れた腹筋はよくわかります。ぱっつんと張り裂けそうな漆黒のズボンは、すでにところどころ裂け目が見えます。ちょっとでも力んでしまえば、ズボンはただの布切れになってしまいそうです。
「聖女とアレに呼ばれた娘か」
その魔物は、低く勇ましい声で、人の言葉を話しました。他の魔物はぎゃあぎゃあがうがう言っています。人の形に似ているから、人の言葉を話せるのだろうか。そう少女は考察します。
「何故アレを殺した?」
それは、純粋な疑問のようでした。恐ろしくも逞しい見た目の魔物ですが、存外中身は人よりも人らしいのかもしれません。
しかし、その疑問に少女は答えられません。声帯を毒で潰されていて、声を出すことができないのです。それでも、唇の動きでわかってもらえるだろうか、と、声を出さずに答えました。
魔物は、それで察したのでしょう。少女の喉に手を当てると、淡い緑色の光を発しました。光が当たっている喉が、ぽかぽかと温かくなります。
「これで、声が出るだろう」
声を、出そうとしてみます。しかし、喉は震えるのに、声になりません。
「しばらく喉を使っていなかった故か…すまない、無理に声を出そうとしなくてもいい」
喉から醜くグァ、と音が出ると、魔物は申し訳なさそうに、そう言いました。どことなく、落ち込んでいるように見えます。
「貴女を、我が国に招待する。そこで、声を出す練習をするといい」
どうやら、少女は目の前の魔物に気に入られたようです。少女は一つ瞬きをして、首を傾げました。
それを見た魔物が、苦笑いを一つ溢します。
「貴女を殺す気はない。例え、貴女が死を望んでいたとしても。我々魔物は、元来戦を、殺戮を好まないのだ」
魔物の言葉に、少女は愕然としました。殺してもらおうと思ったのに、相手は殺す気がないと言うのです。そして、少女はあの王様が自分を都合のいい存在と見たのと同じように、自分も魔物たちを都合のいい存在と見ていたのだと気付きました。
静かにはらはらと涙を溢す少女に、魔物が慌てました。
「ま、まさか死を望んでいたとは…」
魔物は慌ててマントの裾で、自分の体から見て三分の一ほどの高さにある少女の顔全体を拭いました。不器用で、痛みさえ感じるそれに、少女は心臓が高鳴ったのを感じました。魔物の行為は、少女にとって、戦争で家族を失う前までは確かにあった優しさでした。
「貴女が何故死を望むのかは知らない。しかし、死は望むものではなく迎えるものだ。いつか、貴女にも訪れるものだ。もし傷が付いても死なない体だと言うのであっても、大丈夫。生命は皆等しく、死を迎え入れる定めなのだ」
それは、魔物だけではないのだろうか。そう思って随分と高いところにある魔物の顔を見ると、魔物は困ったように笑いました。
「すべてには等しく始まりと終わりがあり、それは生と死である。これが世界の理の一つだ。世界に存在するすべてに、この理は適用される。不死鳥でさえ、死なないわけではないのだから」
少女は納得しました。確かに魔物の言う通りです。不死鳥は死んでも生き返るだけで、実質死ぬことに変わりはないのですから。
魔物は自分の言いたいことを理解したのだろう少女を見て、嬉しそうに笑いました。
「貴女の我が国での生活を保障しよう。それと同時に、幸福を約束しよう。どうか、我が国で生きてくれないだろうか」
少女は思っていました。この力は、この体は、人とは呼べないものだから、いっそ人らしく死んでしまいたい、と。
少女は思いました。命ある者には死が必ず訪れるというのであれば、その時まで人ならざる者たちの国で暮らして待ってみても、いいかもしれない、と。
少女の頷きを見て、魔物は少女を軽々と抱き上げました。
「ありがとう」
魔物の感謝の言葉に、他の魔物たちが歓声だろう声を上げました。あいにく動物のような鳴き声ばかりのため、何と言っているのかわかりません。しかし、少女には自分を国に迎え入れることに歓喜しているように聞こえます。
首を傾げると、人の形に似た魔物は、幸せそうに笑いました。
「貴女は必ず、私が幸せにしよう」
その言葉に、少女は求婚されていたのだと気付きました。
なぜ求婚されたのかはわかりませんが、知らずに受けてしまった以上、なるようにしかないでしょう。しかし、それも悪くはないな、と。少女は自然と緩む頬を感じながら、そう思いました。
少女に求婚した魔物が実は魔王で、知らない間に体を魔物に作り替えられていたり、喧嘩を売って来た獣人の国の兵士たちを魔王妃となった少女が拳一つで土下座させたり、いろいろありますが、それらはまた、別の話。
少女を召喚した国は、他の人の国によって無血で滅ぼされました。王様の圧政と絶えない戦争、王様にとって都合のいい人しか豊かになれない環境に不満を募らせていた民や官吏、兵士たちが、進んで国の内情や知りえる機密を売り、報酬に得た金で近隣諸国に移住したことが大きく、王様がいないこともあって、いとも簡単に王都は制圧されました。
魔物の国との戦争の開始前に、王様が召喚した聖女によって殺された事実を知り、滅ぼした国の王様は驚きました。そして、国で崇める神に、異世界人の召喚は行わないことを誓いました。さらにその話を、他国にも広めました。
やがてその世界では、異世界人が召喚されることはなくなりました。誰も、都合のいい存在に首を絞められたくはないですから。
派生は気が向いたら書きます。