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恋の行く先

作者: 8D
掲載日:2017/02/04

 私の名前は宮山《みややま》慶子《けいこ》。


 私は恋をしている。

 相手は小島《こじま》隼人《はやと》くん。

 クラスは違うけれど、同学年のカッコイイ男子だ。


 家は空手の道場をやっていて、子供の頃から空手を習得している。

 けれど、学校の部活も空手部かと言えばそうではない。

 帰宅部だ。

 空手よりサッカーが好きで、よく友達と放課後に校庭でサッカーをしている。

 勉強もそれなりに出来て、テストの成績も比較的上の方だ。


 そして何より、イケメンである。


 とはいえ、互いに恋を育んでいるわけではない。

 私が一方的に、好きなだけだ。


 隼人くんの何が良いかと言えば、真っ先に上がるのは顔だろう。

 彼に比べれば、他の有象無象の男子生徒など芋同然である。

 芋とは言えないカッコイイ男子もいるにはいるけれど、それでも隼人くんには敵わない。

 彼以上にカッコイイ男子はいないのだ。


 少なくとも、私には。


「やっぱり隼人くんはいいなぁ」


 場所は学校の屋上。

 昨日、偶然彼とすれ違った時の事を思い出し、私は呟いた。


「そうねぇ。本当にカッコイイわよね。うふっ」


 同意する野太い声が返ってくる。

 隣を見れば、すわ妖怪かと見紛うばかりの物体がいた。


 筋骨隆々を現す無双の体つきを男子制服の中に包み、厳つい顔にどぎつい化粧を施した何かだ。


 こいつの名前は大蔵《おおくら》竜三郎《りゅうざぶろう》。


 一言で表すなら男性的なフィジカルに恵まれながら、女性の心を持って生まれてしまった哀しき怪物である。


 そして認めたくない事だが、こいつは私の恋敵でもあった。

 竜三郎もまた、隼人くんの事が好きなのだ。




 こいつと出会ったのは、私が隼人くんの存在を知って程なくしての事。

 具体的な時期を言うなら、三ヶ月前である。


 ファーストコンタクトは隼人くんの教室の前。

 廊下にいた。

 壁に寄りかかると、丁度隼人くんのご尊顔を拝する事のできる場所である。


 私は本来もっと慎重な方だが、事が隼人くんに関係していると行動的だった。

 恋する乙女の成せる技だ。


 そんな折、ちゃっかりとさりげなくその奇妙な生命体は私の隣に存在していた。


 初めて見た時にはぎょっとした。

 さらに目が合おうものなら、危うく気を失う所である。


「あなた、誰? ここで何してるの?」


 私は恐れを覚えながらも、そいつに声をかけた。


「あなたこそ誰よ? 私はここで愛しい隼人くんを眺めているのよ」


 何と!

 こいつの目的が私と同じだと?


「私だってそうよ。隼人くんを見てるの」

「あら、ストーカー? 恐いわぁー」


 お前の今のモーションの方が怖ぇや。

 筋肉を躍動させて蠢くな。

 気色悪い。


「あんただって目的は同じなんでしょうよ」

「私の気持ちはピュアなのよ。あなたみたいなどす黒い感情で相手を見ていないのよ」

「ってあんた、男でしょうよ」

「心は乙女よ」


 どう足掻《あが》いても体は男だけどな。


「女と男の愛情は人間の本能からなる自然なもの。だけど、男と男の愛情は本能からかけ離れた不自然な物よ。だから肉欲の絡まない、純粋な気持ちが大事になってくるの。ほら、ピュアでしょう?」


 どういう理屈だよ。

 自然じゃないからピュア?


 自然界では、結構同性愛は盛んなんだぞ。

 キリンとか。


 と、それがファーストコンタクトだ。


 それから、私達はよく会うようになった。


 それも当たり前だ。

 お互い、隼人くんの見える所へよく行くのだから、よく会って当然である。


 と、なんやかんやおし合いへし合い、


「隼人くんは私のよ!」

「いいえ、私のよ」


 などと不毛な張り合いを続ける事一月ほど経ち……。


 結果。

 私達はよくつるむようになった。


 友達になったのである。




 そして今に到る。


 主に会うのは、学校内にある隼人くんを眺められる場所。

 今は放課後の屋上だ。

 隼人くんは放課後、校庭で友達とサッカーをする。


 それをこっそり眺めるためだ。


 屋上の手すりに寄りかかり、二人して校庭を眺めるのだ。


「彼の爽やかさの中にやんちゃを併せ持つ笑顔。見ているだけで、子宮がきゅんきゅんしちゃうわ」


 竜三郎は棒つきのオペラグラスで校庭を眺めながら言う。


 お前、そんなもんどこから用意してくるんだよ。

 どこの貴族だ。


「あんたにはないじゃん。そんなもん」

「見てると涎が出てくるわ」

「本当に出てるじゃん。ばっちいなぁ。それより竜三郎さ」

「やん、そんなごつい名前じゃなくてデイジーって呼んで」


 いつも思うけど、どっから出たんだその名前。

 由来がわからねぇよ。


「で、竜三郎」


 無視して名前で呼ぶ。


「あん、いけずぅ」


 ごつい体をくねらせるな、気持ち悪い。


「あんた、もう少し上手に化粧できないの?」

「何かおかしいかしら?」


 おかしい所だらけだけど?


「基本的に濃すぎるし、盛りすぎなんだよ」


 アイシャドウからチークまで、何もかもが濃い。

 どこのバーで働いているんですか? って感じだ。


「あらそう? でも、私の女の部分を引き立てるには、これくらいしなくちゃならないと思うんだけど」


 引き立てるも何も引き立つものがない。

 ゼロには何をかけてもゼロだ。


「あんたさぁ、その男臭い顔はどれだけ化粧塗りたくっても隠せないと思うんだけど」

「んま、失礼ね。私の素顔の美しさで人が卒倒しないように、あえてお化粧を厚くして魅力を抑えているっていうのに」


 装備品で力を押さえ込むなんて、どこのラスボスだ。


 それにさっきと言ってる事が違う。

 女を引き立てるんじゃなかったのか?


「そんな冗談はいいとして」

「私はいつも本気よ」


 あっそう。


 竜三郎の言葉を無視して続ける。


「顔の骨格からして男なんだから、化粧を厚くしても女っぽくはならないと思うわよ。どっちかっていうともっと男っぽさを逆に利用して、中性的な感じにすればいいのよ」

「あら、それもいいわね。男装の麗人って奴ね」


 ある意味今のあんたも中性的だけど、麗人というより怪人だからね。


「じゃあ、やってくれない」

「私がやんの?」

「中性的なメイクなんてやった事ないもの」


 私だってないよ。


「言いだしっぺなんだからやりなさい。メイク落としてくるわ」


 そう言うと、竜三郎は屋上から出て行った。

 しばらくして戻ってくる。


 その時に、初めて私は竜三郎のスッピンを見た。


「あんた……」

「何?」

「あんた、ノーメイクの方がいいんじゃない?」

「ほら、言ったでしょ? 素顔の美しさを抑えているって」


 うふん、とウインクする。


 やめて……っ!

 化粧無しの面《つら》でやられると違和感が凄まじく強い!


「いや、美《うつく》しかないけど」


 まぁいいや。

 イケメンじゃないし。


「ほら、お願い」


 竜三郎が私の前に座って目を閉じる。


 お願いされてもなぁ。

 仕方ないなぁ。


 私はなんとか工夫して、男装の麗人っぽさが出るようにメイクする。


 頬の丸みを消す様にチークを濃くして……。

 ……必要あんのか、これ?

 元々、頬に丸みなんてないのに。

 頬の筋肉発達してんなぁ……。

 私の頬っぺた、こんなに固くないよ。


 睫毛《まつげ》……。

 睫毛はいいね。

 元々短いから伸ばせば女っぽくなるはず。

 うわ、オネェ……と呼ぶのも憚《はばか》られるオカマ感が……。


 と、試行錯誤して何とか麗人メイクを完成させる。


「できた」

「あら、本当?」

「うん、これでばっちり男装の麗じ……」


 ……いや、これは違う。


 言いかけて、私はふと正気に戻った。


 これを男装の麗人と言い張るのはあまりにも冒涜的だ。


 これは断じて男装の麗人ではない。

 男でも女でもない、かといってオネエやオカマとも呼べない名状しがたい何かだ。


 これを男装の麗人と言い張ってしまえば、すみれの花の代紋を背負《しょ》った組織に狙撃されてしまう。


 バスティーユに行く時は要注意である。


「ごめん、やっぱ失敗した」

「ええ、ちゃんとしなさいよ」


 言いながら、竜三郎はコンパクトミラーで自分の顔を改める。


「あら、思ったよりいいじゃない。むしろ悪くないわ」

「えー、そう?」

「今度からこのメイクでもいいわね」


 それ以来、竜三郎はたまにそのメイクをしてくるようになった。


 私は何て物を生み出してしまったんだろうか……。




「そういえば、お慶ちゃん」


 自分のクラスでの事。

 友達のみちると雑談している時に、そう切り出される。


 みちるは、三つ編み眼鏡の典型的な文学少女然とした子である。


「何? ミッチー」

「大蔵くんと付き合ってるの?」


 何だと?


「え、全然そんな事ないけど」

「まったく慌てないんだね」

「やましい所がないからね」

「じゃあ、噂は噂でしかないんだね」

「噂?」

「二人は付き合ってるっていう噂がそこらで囁かれてる」


 何……だと……?


「嘘でしょう……」

「嘘じゃないよ。だって、いつも一緒にいるでしょ?」


 そりゃいるよ。

 だって友達だもん。


「いや、でも、だって、あいつ女じゃん?」


 中身が。


「どう見ても男の子じゃない」


 そうだけど……。


 しかしよく考えれば、あんな形《なり》だがあいつは男……。

 いや、どんな形でもあいつは男か……。


 男子と女子がマンツーマンでよく会っていれば、勘繰られても仕方がないか。


「その話って結構広まってるの?」

「同学年の半分くらいが知ってるんじゃないかな」


 うーん、これは由々《ゆゆ》しき事だぞ。

 そんな噂が広がり続け、隼人くんの耳に入るような事態は避けたい。


 私は対策を検討するため、その日の放課後に屋上で竜三郎と会った。


「竜三郎! 私達、付き合っているっていう噂がたってるわ!」

「何ですって! 何て不名誉な噂なの!」


 それはこっちが言いたい。


 しかしながら、気持ちが同じだからこそ利害の一致で強固に協力できるはずだ。


「何とかしましょう!」

「ええ! そうね!」


 私としては今から具体的にどうするか話し合おうとしたのだが、竜三郎はそう言うと屋上から颯爽と出て行った。


 呼び止める暇もなくそのたくましい背中を見送った私は、どうしていいのかわからず途方にくれた。


 しばらくすると、竜三郎が帰ってくる。


「何とかしてきたわ!」


 何したんだよ……。


 あとでみちるから聞いた話だが、どうやら竜三郎は校舎に残っていた生徒へ「私は男が好きよ!」と無作為に声をかけて回ったそうだ。


 言われたのが女子ならいざ知らず……。

 いや、十分にそれも怖いが……。


 突拍子もなく詰め寄られて「男が好き」とごつい男に言われた男子生徒の恐怖たるや知る由《よし》もない。

 その心中たるや如何ばかりの事であろう。


 その話は、驚くべき速さで学校中に伝播された。

 強烈なインパクトを伴う事柄は、誰かに話したくなるものである。


 そして竜三郎という存在そのものに説得力があったのでみんな簡単に信じてくれ、噂はほどなく消滅した。




 ある日、廊下での事。


 曲がり角でばったり、誰かとぶつかった。

 どうやら相手は男子らしく、私は弾き飛ばされて尻餅をついてしまった。


「痛ぇなぁ……。大丈夫か?」


 声をかけられて顔をあげる。

 すると、なんとその相手は隼人くんだった。


 思いがけず急接近してしまった事で、私は混乱による思考停止状態に陥った。


「気をつけろよ」


 手を差し出しながら言う彼。


「あ、はい」


 どうするべきかわからぬまま、私は手をとって助け起こしてもらう。


 そして、隼人くんは去って行った。


 本当に些細で、短い出来事だった。

 けれど、その間目の前で起こる事に私の感情は、体と一緒に硬直してしまっていた。


 隼人くんが去り、しばらくして固くなっていた色々な物が解れる。

 すると、ようやく今さっきあった事の重大性が理解できた。


 ど、どどど、どうしよう!

 手、握っちゃった!

 ああ、お礼言ってない!

 無礼な女の子だって思われちゃったかな?

 変な顔してなかったかな!?


 と先ほど以上の混乱が心の中を占めた。


 けれど、最終的に思った事は……。


 隼人くん格好いいな……。


 というものだ。


 遠くで見るのとは、全然違う。

 胸がドキドキする。


 やっぱり、私は隼人くんが好きだ。

 その気持ちは、狂おしいほどに強い。


 多分、その時だったんだろう。


 隼人くんと恋人になりたい。


 漠然と思っていたその気持ちが、しっかりと形を持ったのは……。


 このまま見ているだけじゃいやだ。

 気持ちを伝えよう。


 そう思った。




 私が隼人くんに気持ちを伝えるにあたって、まずやっておかなければならない事があった。


 あいつへの報告である。


 それは恋敵であり、友人であるあいつへの私なりの誠意だった。


 放課後の屋上。

 私は隼人くんを眺めるため、そこにいた。

 竜三郎も一緒である。


 隼人くんへ告白するという決心を伝えようと思った。


 けれどすぐには言い出せなくて、なんとなく普段通りに過ごす。


「あなた、もうちょっと肉を付けた方がいいんじゃない? 細いのも魅力だけど、肉も魅力の内なのよ。私みたいに」


 竜三郎が藪から棒にそんな事を言う。


 あんたは肉付けすぎだよ。


「いらないわよ。あんたこそ、少しは筋トレ控えて筋肉の量を減らしたら?」

「失礼しちゃうわ。私、生まれてこのかた筋トレなんてした事ないわよ」


 マジで?

 それはそれですごいな。


「へぇ。じゃあ、晩御飯にプロテインを混ぜた鳥ささみのミンチとか食べたりしてないの?」

「あなた、私にどういうイメージを持ってるのよ」


 私に限らず、その身体つきを見た誰もが似たようなイメージを持つと思う。


 キレてるキレてる、と裏で陰口を叩かれているに違いない。


 ふぅ……。


 これじゃあ、いつまで経っても言えないな。


 言いにくいのは多分、私がこいつに友情を感じているからなんだろうな。

 同じ人間を好きになった相手としても、よくつるむ友達としても、私は竜三郎と絆を深めていたのだから。


「ねぇ、竜三郎」

「デイジーって呼んで」


 やだよ。

 と思ったが、言葉に出さず話を続ける。


「私、一歩踏み出そうと思うんだ」

「一歩を踏み出す?」

「うん。隼人くんに気持ちを伝えてみる」


 竜三郎は私に、一瞬呆けた顔を向けた。

 その顔をまたグランドへ向けて、オペラグラスを目に当てた。


「まぁ、いいんじゃない。応援はしないけど」

「いいの?」

「いいも何も。私に了解を取る必要なんてないでしょうに」

「え、だって、私が隼人くんを取っちゃうかもしれないんだよ?」

「ふ、無理ね。あんたじゃふられるのがオチよ」


 なんだと?


 竜三郎はオペラグラスから目を離した。

 不敵な笑みを私に向ける。


「失敗して恋敵が減るなら、私の独壇場だもの。私はそれを待ってから、じっくりと隼人くんを篭絡させてもらうわ」


 あんたが篭絡できる存在なんて、マウンテンゴリラぐらいのものだ。

 これがニシローランドゴリラだったらこうは行くまい。


 しかし……。

 ふぅん。

 そんな事言うんだ。


「へん、そんな余裕かました事を後悔させてやるんだから」

「やれるもんならやってみなさい」

「言われなくても!」


 私は吐き捨てると、屋上から出て行った。


 竜三郎……。


 多分、私に譲ってくれたんだろうな……。

 それに、憎まれ口を叩いて背中も押してくれたんだ。


 竜三郎は男の子が好きだ。


 それは心が女の子だからだ。

 一緒にいれば、それが嘘じゃない事はよくわかる。


 だから、あんな悲しいほどに男の体をしていても、精一杯に化粧をしてなんとか女性としての自分をアピールしてる。


 だからって、現実逃避しているわけじゃない。


 隼人くんが好きな事は本当だろうけど、どこか一歩退いている事を私は知っている。

 口では強気な事を言っているけれど、竜三郎は一度も隼人くんと言葉を交わそうとはしない。

 遠目から見ているだけだ。


 それは多分、自分という物を世間的な尺度でしっかりと見ているからだ。

 一般的な人間が、自分をどう見ているかはっきりわかっているからだ。


 いくら心が乙女でも、どう足掻いたって気持ちが通じない事を理解している。

 だから、見ているだけなんだ。


 さっきの言葉だって、精一杯の強がりだ。


 ごめんね、竜三郎。

 ありがとう。




 さて、想いを伝えるとしてどうするべきだろう。


 私はただ想い続けるだけで想いを伝えられるテレパシストではないし、伝わると信じ込むメンヘラでもないのだ。

 想いは、ちゃんと伝えなくては伝わらない。


 人間には、身振り手振りに口振りと、多種多様な気持ちを伝える方法がある。

 それらの手段を講じなければ、人は他人に気持ちを伝えられないものである。


 どんなふうに告白しようか、いろいろな方法を吟味したが。

 どうやら私にできそうな告白方法は一つぐらいしかなさそうだった。


 ずばり、恋文である。


 つまり、ラブレターだ。


 私は自分の気持ちを素直に伝えるべく、ラブレターの内容を考えた。


 容姿に優れるわけでなく、人を惹きつけるような内面を持っているわけでもなく。

 私には男性の心を射止める武器なんてなかった。

 あるとするなら、気持ちだけ。


 心の底から好きだと思えるこの気持ちだけだ。


 ああでもない、こうでもない、と私は自分の気持ちに一番近い文言と文章を試行錯誤し、一週間の時をかけてラブレターを書き上げた。

 最後に、自分の名前で締めくくる。


 できた……。


 あとは、ラブレターを相手に渡すだけだ。

 渡すと言っても、下駄箱に入れておくのだけれど。


 そのために、誰も来ていないような時間から登校して彼の下駄箱の前に立った。


 辺りには誰もいない。

 私は彼の下駄箱を開け、中に手紙を入れた。


 それだけの事なのに、心臓のドキドキが止まらない。

 変な汗が滲み出てくる。


 いろいろな事を考えて緊張する。


 あとは、答えを待つだけだ。


 誰もいない教室で、私は授業が始まるのを待つ。


 答えは、昼休み。

 お弁当を食べたその後ぐらいに、校舎裏に来てもらうようラブレターには書いた。


 どんな答えをくれるだろう?

 それとも、来てすらくれないかな?


 期待と不安の入り混じる心を持て余し、私は自分の机に突っ伏する。


 長い時間を待ったと思ったのに、他の生徒はまだ来ない。

 一時間目の授業が始まるまでには、あとどれだけ待てばいいんだろう?

 昼休みなんて、永久に来ないかのようだ。


 そんな、途方もない時間を私は待ち続けた。


 けれど、待ちわびた答えは意外な形で、昼休みを待たずに知る事となった。



 ちらほらとクラスメイト達が教室へ集い始めた頃。


「お慶ちゃん」


 声をかけられて見ると、そこには血相を変えたみちるがいた。


「おはよう。何?」

「ねぇ、お慶ちゃん。隼人くんにラブレター出した?」

「え?」


 驚いた。

 その事は、竜三郎にしか言っていなかったから。


「出したけど。何で知ってるの?」


 痛ましい表情をする。

 その表情のまま、言い辛そうにみちるは口を開いた。


「お慶ちゃん。あのね……」


 私はみちるから話を聞き、一階の玄関まで走った。


 一階の床に下りず、階段の途中で足を止める。

 足を止めたのは、彼が居たからだ。

 私の視線の先、階段を下り切った場所に隼人くんがいた。


 彼は、友達と一緒だ。

 楽しそうに笑い合っている。


 そんな彼らの周囲には、人だかりができている。

 いや、違う。

 ここからは見えないけれど、壁にある掲示板を見ているんだ。


「あ……」


 声をかけようとして言葉に詰まる。


「ん?」


 隼人くんが私に気付く。


「お前も来いよ。楽しい物があるぜ」


 呼ばれて、私は言われるままに階段を下り切った。

 隼人くんに指で示され、私はそちらを見る。


 そこには、掲示板に貼り付けられた一枚の手紙があった。

 文面を最後まで目でなぞる事無く、私はその手紙の内容を理解した。


 全部読むまでもなく、その手紙にどんな事が書かれているのか私は知っていた。

 そしてその最後には、私の名前が書いてあるのだ。


 何故なら、張り出された手紙は私が隼人くんに出したラブレターなのだから。


 なんで、これがここに張られているの?

 なんで私の手紙が、衆目に晒されているの?


 これ、隼人くんがやったの?


「何で、こんな事するの?」

「楽しいからだろ」


 隼人くんは悪びれた様子もなく答える。


 言われた瞬間、目じりから涙が零れた。


「何泣いてるんだよ? ……ああ、なんだ。宮山慶子ってお前かよ。知らなかった」


 知らなかった……?


「つまらない毎日に、笑いを提供してくれてありがとよ。ははは」


 そう言って笑う隼人くんの顔を見ると、耐えられなくなった。


 手紙の返事も何もなかった。

 隼人くんにとって私のラブレターなど、ただただ笑いを提供するだけの愉快な代物でしかないのだから。


 隼人くん……。

 こんな人だったの?


 私は駆け出した。


 ありていに言ってしまえば、逃げたんだ。


 みっともなくて、恥ずかしくて、悔しくて……。

 裏切られたような気分で……。

 深い絶望を覚えて、私は上靴のまま走って学校を出た。


 その間も涙が流れ続けて、乾く暇もなくて……。

 結局家に帰り着くまで、涙は止まってくれなかった。


 泣きながら帰ってきたからお母さんは驚いていたけれど、一言二言交わしてすぐに自室へ向かった。

 何があったのか、お母さんには言いたくなかった。


 というより、誰にも話したくなかった。


 部屋のドアを閉じるなり、自室のベッドへ入り込む。

 布団を深く被って、蹲った。


 そのまま朝まで、眠ってしまおうと思った。


 今は心が辛いけれど。

 きっと、一晩経てば少しは楽になるはずだ。


 そうしたら学校に行って、竜三郎と話をしよう。


「ほら、言ったでしょう。ふられるのがオチだって」

「うるさい。あんたもさっさと告白してふられてこい!」

「いやよ。私はあんたと違って、無謀な玉砕なんてしないのよ。じっくりと作戦練って、相手から告白するように仕向けるんだから」

「一生無理じゃん」


 そんな軽口を叩き合っていれば、きっと辛い気持ちが残ってたってすぐに消えるはずだから……。


 なかなか眠りにつけなかったけれど、無理に目を瞑って眠ろうと努力した。


 それから眠ったり、起きたりを繰り返した。

 けれど、どれだけそのサイクルを繰り返しても、学校での事が起きる度に思い出された。

 その度に、心を抉られるような気持ちを味わって……。

 その度に、竜三郎とのやり取りを思い起こした。


 気付けば、部屋は真っ暗になっていた。


 そんな時だ。


 私の携帯電話が鳴った。


 相手は、みちるだった。


 少し迷い、電話を取る。


「もしもし?」

「「お慶ちゃん?」」

「どうしたの?」

「「大丈夫かな? と思って」」

「大丈夫じゃない」

「「だろうね」」

「じゃあ、用件は終わり?」

「「ううん。違うよ。あの後の事、聞きたくない?」」

「聞きたくない」

「「聞いてよ」」


 そう言って、みちるは続ける。


「「あの後、私はほとぼりが冷めるのを待って手紙を剥がそうとしたんだ。で、隼人くん達もいなくなって、剥がそうとしたんだけどさ……」」


 何か含みのある言い方だ。


「「結局、できなかったんだよね」」

「どうして?」

「「私より先に、剥がした人が居たから」」

「誰?」

「「大蔵くん」」


 竜三郎が?


「それで、どうなったの?」

「「興味出た?」」

「ちょっと」

「「じゃあ、続きを話そうか。それから大蔵くんは、周りにいた人に事情を聞いてた。で、そのまま自分の教室に行ったんだけど」」

「だけど?」

「「事が起こったのは、昼休みの事だよ。私は何か起こるんじゃないかと思って、隼人くんの教室を見に行っていたわけなんだけど……」」


 みちるは、その後何があったのかを話してくれた。




 昼休み。

 竜三郎は隼人の教室へ赴いた。


 彼は教室に入り、まっすぐに隼人の席へ向かう。


 そして、友人達と楽しげに笑い合う隼人の前に立った。

 隼人は、自分の視界に影が差した事に気付く。


 竜三郎が前に立っている事に気付き、その顔を見上げた。


 怪訝な顔の隼人に、竜三郎は「うふ」と笑いかけた。


「こんにちは。ちょっといいかしら?」


 竜三郎はそう声をかけた。


「何だよ、お前」

「少し用事があって」

「こっちにはねぇよ。どっかいけよ。気持ち悪いんだよ、お前」

「よく言われるわ。それにしても、奇遇ね。私も正直言って、あなたと話しているのは苦痛でしかたないわ。さっさと、ここから離れたいくらい」

「……お前、喧嘩売ってるのか?」


 隼人は竜三郎を睨み付けた。

 近くにいた二人の友達も、立ち上がって竜三郎を睨む。


「あら、それがわかるくらいにはおりこうさんだったみたいね。もっと、頭は悪いと思っていたわ」

「ああ? んだとてめぇ。ナメてんのかよ!」


 凄んで立ち上がった隼人は、竜三郎の襟首を掴んだ。


 が、竜三郎は逆にその手首を掴んだ。

 そのまま握りしめる。


「ぐっ」


 手首を握りしめられ、隼人が呻く。


「……ぎゃあぎゃあ喚いてないで、さっさとついて来なさいよ。こっちは友達傷つけられてイライラしてるの。グズグズして、これ以上イラつかせんな!」


 そして、竜三郎はドスの利いた声で言い放った。




「それで? どうなったの?」


 私は竜三郎がその後どうなったのか気になって、思わず聞き返した。


「「あとは知らない」」


 なんじゃそりゃ!?


「「誰も見てないからね。竜三郎くん、そのまま隼人くん達とどっかに行っちゃったんだ。ついていった人もいたんだけど、追い返されちゃったってさ」」


 そうなんだ。

 私は落胆する。


 私は心配だった。


 竜三郎が私のために怒ってくれたのは、正直嬉しかった。


 でも、隼人くんは家が空手の道場で自身も空手を修めているのだ。

 竜三郎が見た目、シュワちゃんもかくやというマッチョマンだったとしても格闘技は素人だ。

 しかも、三人を相手に無事で済むはずはない。


 竜三郎がどうなったのか、心配だった。


「「でも、だいたい想像はつくんだよね」」

「どうして?」

「「明日、学校に来ればわかるよ。大丈夫。昨日の事は、みんな知らんぷりしてくれると思うし」」

「そうなの?」

「「お慶ちゃんを笑おうものならどうなるか。みんなわかってると思うからね。じゃあ明日、待ってるよ。何なら、迎えに行こうか?」」

「いや、いいよ。……やっぱり、来てくれる?」


 迎えには来てもらおう。

 まだ、ちょっと不安だ。


「「わかった。じゃあ、また明日」」




 翌日、私はみちるに迎えに来てもらって、一緒に学校へ登校した。


 すると、玄関で隼人くんが待っていた。


「おい」


 声をかけられて、けれどすぐにそれが隼人くんだとは思えなかった。


 何故なら、隼人くんのカッコ良い顔が……。

 いや、カッコ良かった顔がとんでもない有様となっていた。


 目の周りに痣ができ、全体的に顔が腫れ上がって、顔の輪郭が変わっていた。


「昨日はすみませんでした。心から、謝罪申し上げます」


 直角を超えて、クの字の形に体を折り曲げて隼人くんは深々と頭を下げた。


「申し訳ありませんでした」


 隼人くんと揃って、二人の男の子が私に頭を下げた。


 こちらも顔があんまりな事になっていたので気付かなかったが、どうやら昨日隼人くんと一緒にいた二人だったらしい。


「うん。いいよ、もう」


 その謝罪を私は受け入れた。


 みちるも言っていた通り、私を茶化すような人間はいない。


 それより気になったのは、自分の気持ちだ。

 彼に会って謝罪されても何も感じなかった。


 好きな気持ちは勿論、嫌な気持ちもなかった。

 ただただ興味が持てなかった。


 あれほど好きだったのに、私の隼人くんに対する恋心は一切なかった。

 消滅していたと言ってもいいだろう。


 特別だったはずの彼が、今の私にとっては本当にどうでもいい人になっていた。


 むしろそれより、今の私は竜三郎の事が心配だった。

 隼人くん達をこんな有様にし、謝らせたのは竜三郎だ。


 空手有段者を相手に勝ったのは凄まじいの一言に尽きるが、無傷ではあるまい。

 きっとボロボロになりながらも、私のために戦って食い下がって、なんとか隼人くん達に頭を下げさせたに違いない。


 それに、暴力行為で問題になっちゃうかもしれない。

 そういう事を考えて、竜三郎の事が心配だった。


「……! じゃ、じゃあ、これで」


 隼人くん達が焦った様子で去って行く。


「慶子。おはよう」


 竜三郎の声が後ろから聞こえた。


「竜三郎?」


 振り返る。


 さぞ酷い有様になっているだろう、と覚悟して見た竜三郎の顔は確かに酷かった。

 いつものようにどぎついメイクの酷い顔だ。


 しかし、それ以外は普段どおり。

 つまり、どう見ても無傷だった。


「ちょ、あんたなんで無傷なのよ?」

「あら何? 私が無傷だと何かおかしいっていうの?」

「そりゃだって、あんた隼人くんと戦ったんでしょう?」

「何でか弱い私が戦わなきゃならないのよ」


 あんたがか弱いなら隼人くんは何だよ。

 骨と皮か。


「違うって言うなら、隼人くんを連れて行って何したのよ。あんたが何かしたから、謝ってくれたんじゃないの?」

「あら、誰かに聞いたのね。あれは話し合っただけよ。私の魅力でメロメロにして改心させたのよ」

「話し合いで、何でボロボロになるってのよ?」

「さぁ? 転んだんじゃない?」


 明らかに嘘だろう。

 あれをやったのは、絶対に竜三郎だ。


 一目のない所へ連れ出して、メロメロ(物理)にしたに違いない。


 しかしそれはそれでおかしい。

 空手の有段者。

 それも三人がかりを相手に、何で無傷なの?

 やっぱりその疑問は消えない。


 お前、実はクリプトン星人か何かか?


「そんな事より、早く行かないと授業に遅れちゃうわよ。さ、行きましょう」


 竜三郎は私の手を取って、早足で進む。


 どういうわけか、頬がほんのりと熱を帯びた。



 あとで知った事だが、どうやら隼人くんを含めたその三人は隼人くんの家の道場で空手を修めた仲間なのだという。


 問題にしたくとも。

 まぁ、おおっぴらには言えんわな。


 空手家三人で体格がいいだけの素人(オカマ)に挑み、ボコボコに負けたとあっては。

 道場の評判にも関わるし。




 その後、私達は放課後に屋上で会った。


 もう、隼人くんを眺めたいなんて思う事もないけれど、純粋に竜三郎と会いたかった。

 一番よく会っていた場所がここだったからなんとなくここに来れば会えると思った。


 それは竜三郎も同じだったらしい。

 一人で少し待っていたら、竜三郎も後から来た。


 いつものように、二人並んで校庭を向きながら話をする。


「それにしても隼人くん。酷い顔になっちゃったわね。せっかく、私好みのイケメンだったのに」

「内面に近付いたからいいんじゃない?」

「あら、あなたも言うわね」


 笑いながら言う竜三郎。


「でも、よかったの? あんた、隼人くんの事が好きだったのに」

「顔だけの男に興味ないわ。まして、友達を傷付けるような相手なんて願い下げよ」


 友達……。


 思っていた以上に、竜三郎は私を大事にしてくれていたみたいだ。


 不意に、竜三郎は手すりに頬杖をついて溜息を吐く。


「私もまだまだね。顔だけで人を好きになっちゃうなんて。その上、コロッとその気持ちを翻しちゃうなんてね。ピュアが呆れるわ」

「それだったら、私だって……」


 私も顔だけで好きになって、あんまり隼人くんの事をわかっていなかった。


 それにあれだけ好きだったのに、今はなんとも思っていない。

 私もコロッと気持ちを翻してしまっていた。


 むしろ今気になるのは……。


 ちら、と竜三郎を見る。

 彼は頬杖をついたまま、校庭を眺めていた。


 そのメイクべったりの顔は、御世辞にも格好良いとは言えない。

 言おうものなら私は地獄に落ちて閻魔様に舌を抜かれるだろう。


 まったくもって妖怪の如き相貌である。

 夜中に会えば腰を抜かす自信がある。


 でも、メイクを取れば思ったよりも悪くない顔立ちしている。

 私はそれを知っている。


 イケメンじゃないけど。


 眉も太いし、全体的に顔つきががっしりしてる。

 イケメン特有の線の細さが一切ない。


 男子《だんし》というより、男児《だんじ》って感じがする。

 そんな顔つきだ。


 イケメンじゃないけど……。

 男前とは呼べる顔つきだった……。


 全然、好みじゃないけど……。


 濃いメイクを施した横顔。

 そこへ、前に見た素顔を思い出して重ねる。


 途端に、頬っぺたが熱くなる。


「何かしら?」


 盗み見ている事に気付かれた。


「ううん。別に」


 咄嗟に誤魔化す。


「そう? おかしな子ね」

「あんたの顔の方がおかしいよ」

「あら、失礼しちゃうわ」


 つい、憎まれ口を叩いてしまう。


「……あんたってさ、そんなんだけど案外男らしいよね」

「あら、私何で貶されているのかしら?」

「褒めてるんですけどぉ!?」

「どうせ褒めるなら、可愛らしいと言って」

「ごめん。私、そんな酷い嘘は吐けない」

「んま!」


 私は顔をそらした。


 溜息を一つ吐く。


 全然好みじゃないのにな……。


 何でこんな気持ちになっちゃうかなぁ……。


 竜三郎は、私の事を大事にしてくれている。

 それは友情からだったんだろうけれど。

 それでも、私のために体を張ってくれたんだ。


 そう思うと、嬉しくてならない。

 こんな浮ついた熱っぽい気持ちにもなってしまう。


 私もちょろいなぁ……。


「ねぇ、竜三郎。私、あんたの事結構好きかも」

「あら、百合? やめてよ。私にそんなアブノーマルな趣味はないわよ」

「私だってノーマルよっ!」




 どうやら、私の恋の行く先は……。

 悔しいけれど、次はこいつになりそうだ。

 ニシローランドゴリラ>慶子

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― 新着の感想 ―
[良い点] すまん、私は日本語が下手ので、最後まで竜三郎さんは男性だと思い込んでいました。。。まさかのとんでもない誤解でした。。。 アブノーマルは面白いよwww 私は百合な趣味がありますwww
[一言] 続編が読みたいです。
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