お父さんと息子とパンのミミ
息子が泣きながら帰ってきた。
涙はポロポロ、鼻水がダラダラと流れている。
しかし、見た感じ、どこにもケガは無い。
どうして泣いているのか分からないので、お父さんは息子に聞いてみる事にした。
「どうしたんだい、息子よ?」
そう聞くと、息子は、話し始めた。
「授業で先生に、朝食に何を食べているの?と、聞かれたから、パンのミミと答えたの…そしたら、クラスのみんなに貧乏人と言われていじめられた。」
それを聞いたお父さんは少し考えた。
そして、笑顔で息子に話しかけた。
「わかった、なら明日から、ふつうの食パンにしよう。」
そう言うと、息子は泣き止み、お父さんに聞いてきた。
「本当に、まん中が白い食パンが食べられるの?」
お父さんはうなずいた。
そして、息子は喜んた。
これで、みんなにいじめられなくなる、そして美味しいパンも食べられる...と、息子は思っていた。
そして次の朝、起きてキッチンに行ってみると、約束をした通り、テーブルには、まん中が白い食パンがあった。
息子は大喜びして、お父さんに聞いた。
「これ、本当に食べていいの?」
お父さんは答えた。
「ああ、食べていいよ、時間が無いから、お父さんは先に出かけるよ。遅刻しないように、気をつけて学校に行くのだよ。」
そう言うと、お父さんは、お仕事をするために家を出てしまった。
息子は、ウキウキしながら袋から、まん中が白い食パンを取り出し、そしてパクリと食べてみた。
...が、息子の顔がみるみる曇る。
楽しみにしていた白い食パンが、想像のしていたのとあまりにも違い過ぎて、ショックを受けた。
その食パンは、見た目は物凄く良いが、モソモソした食感で、味も悪かった。
息子は、見た目と味の違いに大変驚き、思わずつぶやいた。
「これ、美味しくない...。」
もう一口食べてみる...が、やっぱり美味しくない。
そう思いながら、時計を見たら、今から家を出なければ、学校に遅刻してしまいそうな時間だった。
息子は、急いで食事を終わらし、家を出た。
息子は全力で走り、時間ギリギリで到着、何とか間に合った。
しかし、息子はこの後、困った事になる。
3時間目の授業が半分終わった時、息子のお腹が鳴ってしまった。
そう、朝食べた食パンがもう消化されて、お腹が減ってしまったのだ。
(おかしいな?いつもなら、こんなに早くお腹が減らないのに...。)
そう思っていると、余計にお腹が減ってきた。
お腹が減って、授業に集中できない...考える事はご飯の事ばかり。
グゥ~、グゥ~と鳴るお腹。
それを聞いた隣の席の子が、クスクス笑っている。
段々と大きくなるお腹の音、音を止めたくても止められない。
もう、頭の中は恥ずかしさと腹ペコで勉強どころではない。
息子は、お腹がすいた上に、お腹の音で恥ずかしくて辛い思いをしながら、3時間目の授業が終わるのをひたすら待った。
そして、ようやく3時間目の授業か終了。
休み時間に、クラスのみんなに、お腹の音の事で、からかわれながら、次の授業の準備を黙々としている息子の目から涙が出た。
更に残念な事に、次の授業は体育でマラソンだ。
普段は先頭で走る息子だが、この日はお腹が減っては力が出ないので、脚に力が入らない。
当然、沢山の同級生に抜かれていく。
気付けば一番後ろの集団と一緒に走っており、一番先頭の集団はゴールした時、息子はあと半分の所にいた。
先に到着した同級生から、酷いヤジがとんできた。
息子は悔しかった。
しかし、それ以上にお腹が減って辛かった。
ようやく到着した息子は、もうフラフラだった。
そして、なんとか体育の授業が終わり、待ちに待った給食の時間だ。
しかし、さらに息子に悲劇が襲う…。
なんと息子は、食事が始まる前の時、足下を誤って転倒、そのはずみで他の人の給食を撒き散らしてしまった。
仕方がなく、息子は自分の給食と交換する事になり、結局食べる事が出来たのはコッペバン1個。
午後の授業も、腹ペコでがんばる事になってしまった。
その頃、お父さんは色んなパン屋を回って、パンのミミを買っていた。
好きでパンのミミを買っている訳ではない。
お父さんの仕事はパンの評論家で、毎日沢山のパンのお店を調べなくてはならないのだ。
最初は、好きでやり始めた仕事だったが、毎日、毎食にパンを食べてそれを評価するは、意外に辛かった。
まず、お店の数が沢山有り、1つのお店でも色々な種類のパンがある。
1つ、1つパンを食べて調べていくのは限界があった。
お父さんは困り、そして悩んだ...。
そんなある日、ある有名なパンのお店での出来事である。
いつものように、お店のオススメの購入し帰ろうとした時、他のお客がパンのミミを購入し店員さんにある事を言ったのだ。
「ここの近くのお店の中で、ここのお店のパンのミミが、一番美味しいわ。」
その言葉を聞いたお父さんは、驚き、少し考えた。
もしかしたら、パンのミミでお店のパンの美味しさが分かるかもしれない...。
そう思ったので、試しに色んなお店でパンのミミを購入して調べてみる事にした。
結果、パンのミミが美味しいお店は、他のパンも美味しいと言う事が分かった。
お父さんは喜んだ。
これで、かなり仕事がやりやすくなると。
そんな訳で、お父さんは今日もパンのミミとオススメのパンを買っているのである。
ふと、息子の事を思い出す。
(昨日、時間が無かったら、スーパーで売られている食パンを用意したが...あれでは給食までにお腹が減ってしまうだろうな...。)
実は、パンのミミを朝食に出している理由は、普通のパンより腹持ちが良いからだ。
確かに、食バンは旨い...。
しかし、運動が活発な息子のお腹を満たすには、少し物足りない。
(気を使ってパンのミミにしたのが裏目になってしまったか...う~ん、難しいね、一応、かなり有名なパン屋さんのミミだったのだが...。)
確かに、パンのミミ、イコール貧乏と感じている方が多いのも事実。
要するに感覚の違いである。
もしも、息子の食べているパンのミミが、有名店のパンのミミだと周りが知っていれば、いじめられなかっただろうか?
それとも、腹持ちの為にパンのミミにしていると教えていれば、いじめられる事は無かったのだろうか?
(理由はなんにせよ、いじめをする奴は、どんな理由でも、いじめのきっかけにして、人をいじめるものだ...。)
本質を理解しようとしない奴に、なに言っても無駄である。
しかし、情報があれば、戦うと言う選択も出来たはずなので、情報と言う力を与えなかったお父さんにも落ち度は有るだろう...。
いじめの対策か...人をいじめても自分が成長する訳ではないのにな。
お父さんは、ため息を1つもらした。
家に帰ったると息子が落ち込んでいた。
また、学校でなんかあったのであろうと思ったので、お父さんは聞いてみることにした。
そして、話を聞いたお父さんは、ある事を話した。
「息子よ、良かったではないか!世の中には、食べたくても食べられない人がいる、その苦しみが、いま分かっただけでも良かったと思うぞ。」
そして、お父さんは言葉を続けた。
「実は、パンのミミは腹持ちが良いからだけで選んでいるわけではないんだよ、いつも食べているパンのミミは、この周辺で一番有名店のパンのミミでな、普通のお客には頼んでも売ってくれない、常連さん以外買う事が出来ない人気商品なんだよ。」
息子は大変驚いた。
そして、最後にお父さんは言った。
「他の人から馬鹿にされても気にするな、良いものは良い、悪いものは悪い、なにが大切か、よく考えなさい。」
そう言って、お父さんは息子の頭を撫でた。