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ある旅人の手記  作者: まみや ろも
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祭りの少女

その日、村では祭りが行われていた。

いつものように車を停め、宿を探すあいだも絶えず、村人達が祭りが行われているだろう方向に向かって行く。

その向かう先から、遠く太鼓の音が聞こえてきた。


荷物を置き清潔な服に着替えると、早速わたしも行ってみることにした。

おそらくは村の中央にある広場が、祭りのメイン会場なのだろう。

近づくにつれ、提灯の明かりや飾り雪洞、そして屋台の数が増えていく。

あまり混む前にと、近場の屋台で簡単な食事をとりさらに先へ進む。


ふと、浴衣を持ってくれば良かったな、と考えてしまう。

もちろんわたしの車のスペースはただでさえ狭いのだから、そんな余裕は無いのだが。

周りを見回すと、やはり浴衣を着ている人が多い。

しっとりと落ち着いた紺色の浴衣が好まれているようだ。


この村のどこからこんな人が集まるのだろう、というくらい、村人の数が増えてきた。

いつの間に渡されたのか、わたしの手にはお面を持たされていた。

誰にもらったのか分からないまま、そのお面を被る。

白地に、目元や口元が朱色で縁取られた、狐のお面だった。

気が付いてみると、どの村人も同じようにお面を被っていた。


紺色の浴衣の中、赤い金魚柄の浴衣を着た幼い少女が目に飛び込んできた。

他の村人と同じように狐のお面を被っているが、頭の右斜めに被っているため、その顔が良く見えた。

ややつり目の、目鼻立ちのしっかりとした美しい少女だった。

彼女はしばらくキョロキョロと辺りを見廻すと、わたしに目を止めた。


わたしたちはしばらく、無言で見つめあっていた。

何か言った方がいいだろうか。

挨拶くらいなら。

そう思い、口を開こうとした時。

少女がカラカラと下駄を鳴らして駆け寄ってきた。

そしてわたしの手を引くと、村人の集まる中心へと進んでいく。

あれほど大勢村人がいるというのに、彼女に導かれるとスイスイと村の中心にたどり着いた。

そこでは、巨大な矢倉が建てられ、色とりどりの灯りに照らされていた。


チン チリリン チン チリリン


トコトン トコトコトン トコトン トコトコトン


矢倉の中心付近で鐘の音と太鼓の音が聞こえる。

その、単調なリズムに乗って、村人達が矢倉の周りを踊っているようだ。

灯りは、上に行くほど強くなっているせいか、下の方はそれ程灯りが届かない。

そんな中、輪になってユラユラと踊る姿を見ていると、


これが終わると、夏も終わりだね


旅に出る前、一緒に観ていた友人のセリフと共に、故郷の踊りを思い出した。


大勢の人の中。

村の風習だろう狐の面をつけ。

踊りを眺めている。

わたしの手を握っていた少女がその手を放し、お面をかぶり直すと踊りの輪の中に入っていった。

ユラユラ揺れる人々の中を、真っ赤な金魚が泳いで行くようで。

わたしはいつまでも、そこに立って踊りを見続けていた。



翌日。

祭りは終わり村には日常の生活が戻っていた。

早くに矢倉は取り壊され、屋台も消え。

提灯一つ残ってはいない。

昨日の賑わいが嘘のようだった。

そしてさらに、あれほどいた村人達も今日はすっかり見かけなくなり、わたしは閑散とした通りを歩き必要な品を買い足していった。



それから二日ほど、わたしはその村に滞在した。

だが最後まで、あの赤い金魚の少女を見かける事は無かった。

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