1話
「なあ、本当にこんな山奥にやつらの住処があるんだろうな?どんどん人里から離れていってるし、騙されてないか?」
「否。やつらの気配が途切れていない、近くに対象がいる証拠だ。無駄口をたたく前に周囲を警戒しろ、春人」
妖怪を倒した俺は仲間と合流し、山を登っていく。死に際のやつの言葉から山頂付近がやつらの住処らしい。
「あー、魅雨が帰省中だってのに任務任務とは、羽も伸ばせやしない」
ぶつぶつ文句を言いながら春人は俺の後ろをついてくる。黒の軍服に黒の剣を脇に差したその姿は全身真っ黒、唯一違うのは髪に金色が少し混じっているぐらいだ。
隊長の息子だから期待していたんだが……大丈夫か?入隊前に事件を一つ解決した期待の新人と言われているが、まだまだ経験不足、この任務では俺が主に動く事になるだろう。
「こいつが住処か?」
進んでいく俺達の目の前に村が見えてくる。人気はなく家も荒れ果てている。
「何でこんな山奥に村があるんだ?だいぶ古いみたいだけど、こんなとこに妖怪がいるのか?」
「良。おそらくは人目につきたくない者たちが集まって作られた村、落ち武者か病気……そんなところだろう。それと妖怪なら先程から気配を捉えている」
俺は意識を集中させ気配をさぐる。俺達から近い所で気配は一つ、二つ、三つ……
「これより強襲する、着いてこい」
春人にそう告げて俺は走り始める。民家の屋根に飛び乗り、対象へと近づいていく。すぐに目標を視界に捉える。人間の姿をしてはいるが、その腕には無数の瞳がぎょろりと辺りを見ている。こちらにまだ気づいてないのを確認した俺は、対象に向かって跳躍、背後に降り立つと苦無を首筋に当てる。
「な、何だお前……!」
こちらを振り返る前に喉を引き裂かれた百々目鬼は、言葉を続けることができずに崩れ落ちた。俺は次の対象に向かって走り、同じように喉元を切り裂いた。そして春人が俺に追いついた時には、三人目が崩れ落ちた時だった。
「いきなり走り出したと思ったら……さすがの手際のよさだな」
春人は百々目鬼をまじまじと見ている、元々強襲と偵察が得意な俺にとってはそう難しい事ではなかった。だから目の前の扉。その奥から物音がしたとき、俺は驚き、反射的に扉を蹴り飛ばしていた。中に飛び込むとホコリが舞い上がり、人影が一つ浮かびあがっていた。俺は対象に苦無を構え……
「まったまった!攻撃やめ!こいつは妖怪じゃないぞ!」
春人が俺の前に立ちふさがり、対象をかばっている。ホコリが晴れた室内には体を柱に縛り付けられ、こちらを見て震えている少女が残っていた。
「なあ、やっぱり一度戻ったほうが良くないか?この子連れて妖怪の本拠地に行くのはちょっと……」
「否。こちらが気配を感じ取っている以上、対象がこちらに気づいている可能性がある。逃げられては事件が再発する恐れが大きい。心配ならお前が警護しろ、春人」
春人の提案を却下して俺は歩く。気配を辿りながら村の奥へと進んでいくにつれ、百々目鬼と遭遇する回数が増えていく。奇襲によってこちらに攻撃する間もなく、倒された連中だったのでさほど苦労はしなかった。
「まあ、俺達から離れなければ大丈夫だから。えーっと、妙ちゃんって言ったね、何であいつらに捕まってたんだ?」
春人が助けた女……妙と名乗った女に話を聞く。事情聴取の手間がなくなるので続けさせることにする。
「わ、私の村をあの妖怪達が襲ってきたんです。隣の家から悲鳴が聞こえて、様子を見に行ったらそこには殺した村人の目玉を手に取り、嬉しそうに眺めているあいつらが……」
話している最中に女は震えだし、言葉を止めた。どうやらその現場を見た彼女はやつらにつかまり、幽閉されていたようだ。ふと自分の頭に幼い時の記憶が思い出される……
「おい、ここじゃないのか?」
春人が家に向かって指をさす。なるほど、確かに気配はこの家から出ている、おそらくは今までで一番強い気配が。
「先行する、春人は隙を見て援護をしてくれ」
俺は扉を開けて中を覗き込む、こちらの動きはおそらく読まれているだろう、ならば正面から行くほうが、とっさの対応がしやすいはずだ。俺は苦無を手に慎重に歩いていく、辺りを見渡すも妖怪の姿はなく、荒れた室内、不自然に汚れた部屋の染みがうつるくらいだ。俺はさらに室内に歩みを進め……
「良。その体でよく隠れたものだな」
俺は苦無を振り向きざまに投擲する、その刹那俺の頭上を壁が轟音を立て、通り過ぎていき、隣の壁を粉砕する。俺は懐から取り出した苦無を頭上に振り上げる、壁に突き刺さった苦無から液体がぽたぽたと滴り落ち、そのまま俺を潰そうと壁が落ちてくる。俺は余裕を持って下がり、体制を整える。わずかの出来事だったが、室内は以前とは見る影もないほどに崩れ、壁から開いた穴からは光が差し込み室内を照らしだした。
「感のいいやつだ、おかげで命拾いしたな」
壁の染みから声が上がる、染みの一つが動き出し、ゆっくりと開いていく。中から現れた瞳が俺を凝視する。その数は次々増えていき、無数の視線が現れる。そしてゆっくりと室内が揺れ、百々目鬼が姿を現した。その大きさは今までの百々目鬼とは比べ物にならず、俺達の身長をはるかに越すものだった。
俺が染みと思っていたものは百々目鬼の閉じられた目だったようだ。
「おいおい、みるからに親玉が現れたな」
春人が扉からこちらを覗く、姿を隠していれば奇襲する機会もあっただろうに、任務が終わったら文句をいってやらないといけない。
「随分仲間を殺してくれたようだな、お前らの目玉で補充しても足りないが仕方ないな」
ギロりとこちらを睨む妖怪に、ついて来た女から悲鳴が上がる、俺は返事をしないまま苦無を対象に向かって投げた。
百々目鬼は飛ばされてきた苦無を、腕を振って落とそうとする。だが続け様に投げた苦無を全ては落としきれず、何本かが腕に刺さった。呻き声を上げた百々目鬼は跳躍し、壁を突き破った。室内では不利と判断し、外に出たのだろう。俺は後を追い、百々目鬼に向かって跳躍する。
「……ふっ!」
飛んできた苦無を巨体とは思えない速さで回避した百々目鬼は、こちらに向かって腕を伸ばす。俺は腕を後ろに引き、体をねじる。俺の真横を全てを砕くような腕が通り過ぎていく、かすった俺の服は破れ、ちりちりと焦げた匂いがする、だが、着地した時に体制を崩したのは俺ではなかった。
「ぐあっ!」
背後からの苦無に苦しむ百々目鬼、避けたはずの苦無を引き抜き、俺に怒りの視線を向ける。
「貴様……方法はわからんが、この苦無を操っているな?飛んでいった苦無が向きを変えてこちらに向かって来たのを、俺の目が捉えたぞ」
そう言うと百々目鬼の瞳がギョロギョロ動いていく。体全身に目がある百々目鬼には背後も関係無いようだ。
「良。そういう事だ、俺の苦無はお前が避けようが関係ない。必ず獲物に喰らいつく」
俺の苦無……追想丸には後部の輪状の部分に糸が引っ付いており、それを操作して苦無を操ることが出来る。この糸は軍の部隊が開発した物であり、その強度は用意に切れる物ではない。
「避けれんなら……!」
百々目鬼はこちらに向かって突進する、俺は迎撃すべく苦無を投げるが、やつは避けようともせずに、腕を交差させて受け止める。避ける事を諦め、被害を最小限にするようだ。
俺は突進を避けるが、避けた方向には百々目鬼の腕が振り下ろされている、俺はとっさに苦無を突き出した。
「……!」
突き刺さった苦無を物ともせず、百々目鬼の腕は俺を吹き飛ばした。二転、三転と体が転がりようやく体制を立て直す。冷静に状況を確認する。体への損傷は深刻な物ではないが、右腕が衝撃で痺れている、どうやら振り上げた苦無で命拾いをしたらしい。
「ふん、手こずらせたが口ほどにもなかったようだな」
百々目鬼は勝ち誇ったようにこちらを見る、が、すぐに背後に腕を振ったのは飛び込んできた黒い影が見えたからだろう。
「ちっ、背後に目があるって厄介だな。奇襲する作戦が台無しだ」
百々目鬼の腕を切り裂き、春人が喋る。攻撃は春人に当たることなく、やつの腕に傷をつけたようだ。剣を妖怪に向けて春人が喋る。
「ってわけで、村人3人の殺人の容疑で逮捕する。何で殺したかはその目玉全部潰してから聞いてやるよ」
「ふん、小僧ごときが偉そうに。わしは村人を殺すことなんぞに興味はない、ただ仲間を迎えに行っただけだ」
春人と百々目鬼が火花を散らし始める。俺は今のうちにやつを倒す計画を練る事にする、気づけば先ほどの女が俺の横から様子を伺っていた。そして百々目鬼が何かを語り始めた。
「わしら百々目鬼が何で生まれたか知っているか?その昔盗みを働いている手癖の悪い女がいたそうだ。ある日その女が銭を盗むとその腕には無数の目が生えてきた。昔の銭は穴が開いていた事から鳥目と呼ばれていた。文字通り手に目が生えてしまったわけだ」
「説明ありがとよ、それでお前もそうしてなった妖怪だとでも言いたいのか?さぞ手癖が悪かったんだろうな」
春人は馬鹿にした様に喋るが、百々目鬼は構わず話を続ける。
「わからないか?わし達百々目鬼は元々人の心から生まれた物……そこにいるやつも同じって事じゃ」
百々目鬼はこちらに視線を向ける、間違いなくこの女の事を言っているのだろう。注目された女はびくりと驚き視線をそらす。が、急に自分の手の甲を押さえ苦しみ始める。俺は女の手を取り、手の甲を見る。
「あ……」
女は体を震わせている、その手にはギョロりと目が開かれた。震える女をよそに、その瞳はこちらを睨んでいた。






