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やみよのもの 妖怪鬼譚  作者: ゆーやん
山姥編
2/11

1話

「この事件はうちの管轄か?警察にでも任しておけばいいだろ」


事件の書類を不機嫌そうに机に叩き付け、椅子の背もたれに背中を預け、田島雷人大佐は書類の山にため息をつく。


「村人九人の失踪事件ってだけで俺らが出ていたら体がいくつあっても足りやしねえぞ、地元の警察は昼寝でもしてんのか」


不機嫌そうなのもそのはず、元々この男、書類とにらめっこするのが苦手なのである。


「雷人様、その警察も行方不明になったのです。ただの失踪事件と片付けるにはいささか疑問が残ります。なにしろこの地には‥‥‥」


そう言って雷人の背後で待機している女性。口元を布で隠しており、その表情は読めず事件を淡々と語っている。

とある山村で起きた、村人九人の失踪事件。事件の解決に乗り出した警察も行方不明になるという事態に、事件は解決しないまま時間だけが過ぎて行った。


「‥‥‥確か箱根の山には、なるほどな。ありえない話じゃないな。」


先ほどと違い上機嫌になり、再度事件を詳しく読み直し始めた。

この男が急にやる気になったのは訳がある。ひとつは警察も行方不明になった点。二つ目は事件の起こった地に伝えられている伝説。


「だが警察も行方不明になってるんなら、事実確認が面倒だな。殲滅するなら簡単なんだが。」


おそらく本気で言っているのだろう、外一小隊がひとつの事件を解決するために一つ村が消えた事も少なくない。


「妖気を辿るやつがいるな。猟犬のやつは九州に行ってるから‥‥‥お、そうだ」


何か妙案を思いついたと言わんばかりに、雷人は嬉しそうに笑う。イタズラを思いついた子供のように、この男がこの顔の時はろくな事が起きないのだ。


「ナジュム、春人のやつに連絡を、今は屋敷にいるはずだ。それと‥‥‥姫さんにもな」


「いいのですか?この事件恐らくは……」


「この程度の事件解決できないようじゃうちの隊には入れねえ、なに‥‥‥心配すんな」


そう言って雷人は外を眺める。街中を人々が行き交う姿が映る。季節は春、出会いと始まりの季節である。そしてこの帝都からひとつの物語が始まる。


「お前が極めると言った二つの道、言葉だけじゃないとこ見せてみろよ春人」



目の前に広がるは満開の桜。人生で本当に美しいと思えるものに人は何度出会えるだろうか。この桜は少なくとも、本当に美しいと思える数少ない物であろう。桜を見上げながらそっと手に持っている饅頭を口に運ぶ。小豆を使用したシンプルな味わいながら甘すぎず上品な味わいに仕立てあげられている。皮からの香ばしい匂いが私の食欲を掻き立てる。

美味しい物と美しい物、この二つが揃った私はとても幸せだ。でも、私が本当に幸せになれるのは‥‥‥


「こんなとこに居たのか、探したぞ」


そう言って私の前に一人の男が立つ。黒の軍服に黒いズボン、髪まで真っ黒な全身黒ずくめ、私とはまるで正反対の格好である。名前は田島春人、私の未来の旦那様でもある。

「‥‥‥居なくて心配した?寂しかった?」


「ああ、心配したぞ。あまり遠くに行かないでくれよな」


つい彼を困らせようと意地悪を言ってみるが、素直に返されてしまう。これではワガママを私が言っているみたいに見えてしまう。私のそばに春人は腰掛け、桜を眺める。今自分の顔を見られなくて良かったと思った、きっと私の頬は桜と同じ色になっていただろうから。ごまかすように饅頭を食べ続ける、むぐむぐ


「美味そうな饅頭だな、一つもらうぞ」


横から伸びた手がひょいっと饅頭を取っていく、二人で桜を眺めながら饅頭を頬張っていく。大切な人と過ごすとても幸せな時間が流れていく。私にとって夢の様な時間だ。


「ほら、口元ついてるぞ」


そう言って私の顔に春人が手を伸ばす、思わずドキッとし、反射的に目を潰してしまう。ドキドキしながら身動きしない私に春人が囁く。


「‥‥‥!」


何と言っているか聞き取れないが、春人の気配が近くなる。これはもしかしてチャンスなのではないだろうか?ここで既成事実をつくってしまえば、来年には結婚も夢ではないだろう、うふふふふ

「‥‥‥!!」


春人が何か言っているがそれどころではない、彼との幸せな生活の為に私は唇をそっと‥‥‥


「いい加減起きやがれ、この馬鹿たれ!」


ガツンと頭に衝撃が走り、世界が回りだす。ああ、つまりこれは‥‥‥

と、夢から冷める前に自己紹介を済ませておこうと思う。

私の名は魅雨。夢の中でもチャンスを逃した薄幸の美少女それが私である。



「いきなり人の指をかじるとは、弁当二つじゃまだ足りなかったのかお前は」


起きがけに失礼な事を言い出す春人に私は少しむっとする、まるで私が食いしん坊のようではないか。だがここで怒れば子供のようである、大人の女として、冷静に喋ることにする。


「違う‥‥‥口づけしようとしてただけ」


「寝言はよだれを拭いてから言え馬鹿たれ」


そう言って私の口元を服の袖でぬぐい始める、子供のようで恥ずかしいがせっかくなのでそのまま動かずにいる。


「大体なんで、弁当二つも食って寝てられるんだよ。俺は一睡も出来なかったぞ‥‥‥」


そう言って汽車から窓を眺める春人。大佐に、箱根の村で起きた村人失踪事件を調査してこいと命令があり、こうして目的地まで移動している。今回は私にも召集がかかっており、こうして着いてきている。


「‥‥‥どうせ大佐の事だ。ろくでもない事件を押し付けてきたに決まってる。大体、俺はまだ隊に入ってない、見習い期間中だと言うのに‥‥‥で、お前は何の餌に釣られて、この仕事引き受けたんだ」


「春人と温泉2泊3日の旅、同室貸切と大佐に約束してもらった」


私はそう言って春人の顔を見る。恥ずかしいのだろう、私とあまり目をあわせようとしない、彼は照れ屋なのだ。


「あの野郎‥‥‥上手い事餌で釣りやがって、絶対面白がっているに決まってやがる。」


「‥‥‥春人は真面目すぎ、せっかくの汽車旅行楽しむべき。新婚旅行の練習と思えばいいのに。」


再び訪れる睡魔に瞼が重くなってくる、着いたら起こしてと春人に話し、私は再び眠る事にする。先はまだまだ長いのだ。


「‥‥‥お守りの間違いじゃないか」


失礼な声が聞こえた気がしたが気にしない事にした。


汽車に揺られる事数時間、そこから馬車に揺られて一時間かかったらしい。ようやく目的の村に着いた。村の警察に顔を出し、事件の詳しい話を聞く。村人九人の失踪事件、調査に乗り出した警察官まで消えたというこの事件に、困り果てている。元々山の中の田舎という事もあり、村人は事件を恐れ、出歩く事もしなくなってきている。


「お二人が来ることは村長に知らせています、本日はそちらでお休みください」


署長らしき男はそう言って頭を下げた。目の下にはクマが出来ており、ろくに眠れていないのだろう。春人と二人で教えられた村長の家に向かう事にする。


「しかし、活気のない村だな。昼間なのに人がほとんど歩いてない、これじゃ化物が昼間に出てきてもおかしくないぞ」


「それだけ田舎の人は信仰や伝説を信じているということ、春人はもっと考えるべき」


そんなもんかと頭を掻く春人と並んで歩く。村人は私達を遠巻きに眺めるが、話しかけようとすると、そそくさと逃げて行ってしまう。


「まあ、だいぶ参っているのは見て解るな。警察も居なくなってるんだ、軍人が来ても一緒の事だろ思われているんだろう」


家々の扉は閉められ、お通夜のような雰囲気の村は異質な物と感じる。家に貼られている御札。おそらく魔除けのつもりだろう。それだけでも、この村人達の信仰心の強さがわかる。


「さっさと事件解決して帰るぞ‥‥‥っと、ここだな」


田舎にしては立派な屋敷に着き、門の前に誰かが立っている。向こうもこちらに気づいたのだろう。私達を見て頭を下げる。


「遠く帝都から、来ていただきありがとうございます。私はこの家の主で、村長の時村と申します。長旅でお疲れでしょう、どうぞ中に入られてください」


そう言われて私たちは中に入る。そのまま部屋に案内され荷物を置くことにする。どうやら春人とは別室のようだ、気を使わずに同じ部屋にしていいと最初に言うべきだったと後悔する。少し部屋で待つと使用人らしき女性に案内され、さきほどの主人の待つ部屋に案内される。春人もすでに座っている。


「改めまして、春人さん、そして妖神の巫女様にお越しいただいてありがとうございます。すでにお聞きの事とは思いますが、今この村では村人が居なくなるという事件が多発しているのです。それも、大人から子供まで‥‥‥事件を解決に乗り出した警察まで行方不明になる始末で‥‥‥」


「で、何でそれが山姥の仕業って噂になってるんだ。人さらいの可能性も無いこともないだろうに」


そう言って春人が口を開く。少なくともこの明治の世では、人が起こす事件のほうが多いことは間違いない、まず人間を疑うべきなのは間違いない。そう、普通ならばだが


「おっしゃる通りです、ですが居なくなった村人も、見つかった方もいるのです。……体の一部だけでしたが」


そう言って村長は、見つかったのは村人の腕や足、そして体の一部が見つかった事を話し出す。


「足は村の外れの山に落ちていました。山に山菜を取りに行ったものがたまたま見つけたのですが‥‥‥その足を見つけた時に見てしまったらしいのです」


村長は苦い顔をして言葉を続ける。


「着物を血で汚し、鉈を持った老婆の姿を。見つけた村人はすぐに異常に気づきました。身長は少なくとも2(メートル)以上はあろうかという老婆が居るわけがないと、あれは伝説にある山姥なんだと。そうして山姥はゆっくりと山に戻っていったそうなのです。‥‥‥数日後に見たと言っていた村人も居なくなりました。それからです、村に活気が無くなり、人々が怯えて暮らすようになったのは」


泣きそうな顔で村長は話す。自分の村を荒らされた怒りか、それとも悲しみからだろうか。春人も話を聞きながら何か考えているようだ。


「お願いします!どうか、どうか村をお救いください。私達もできる事は何でもいたします」


「わかりました。事実として事件は起こり、妖怪を見たと言った方も居なくなっていると」


私はゆっくりと立ち上がり、片手をあげる。この村に着いたときからかすかに感じる異形の物の気配。私の髪にもチリチリと感じている。私は自分の髪に手を絡めゆっくりと前に手を伸ばす


「この事件承ります。人の世に仇名す異形の物は‥‥‥私が喰らう」

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