魔法"処女"、狩屋三咲。 その5
笑里って誰よ、という方は
魔法少女のオキテ Another Side
をご覧ください。現在は更新途絶えてますが、いずれお話は補完しますので。
ではまた次回。
狩屋三咲は魔法少女である。魔法少女は魔法で一日一善をしなければならない。
GWのある日、彼女は街の名士の息子である真柴秀典と出会う。彼の誘いに乗りつつ今日の【一善義務】を果たそうとした彼女は思いがけない事態に出会う。真柴家の家政婦、木下に不審者扱いを受けたのである。大人として義務感にかられた彼女に半ば脅迫されつつ真柴邸に足を踏み入れたのだが・・・・・・。
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「ではわたくしはこの猫をお風呂に入れてきます」
「お風呂って・・・・・・そこまでですかね」
「そこまで、です。自慢じゃありませんが当家の調度品は高級なものばかり。汚されでもしたらわたくしが大目玉ですもの」
そういって木下はルシファの首根っこをむんずとつかみ、すたすたと歩いていく。迷ったらかなわない、と三咲も後に付いていくが、木下は南京錠のついた扉の前でいきなりとまった。懐から鍵を取り出し、手慣れた様子で開ける。
「そうそう三咲さん。貴女も何でもいいんで、とりあえずその格好をどうにしかしてもらいましょう」
こちらで着替えてください、と通された部屋は衣装部屋のようだった。それだけで倉庫一つ分くらいの大きさがある。男性用の正装から私服、女性用のドレス、ネグリジェなんてものもあった。デパート並の品ぞろえだ。
「うわ、すごい」
「よろしければ差し上げますよ。お好きなものがあれば」
「いいんですか?」
「ええ。貴女に男装の趣味があれば困ったことになりますが、婦人服はもう持ち主がいませんから」
では、と目礼して木下はルシファにアイアンクローをかましつつ出て行くのだった。
「持ち主が、いない・・・・・・」
少し引っかかる物言いに三咲は首を傾げる。
しかし、三咲も年頃の女の子であった。普段は全く服装に気をかけない彼女も、ここまでの種類を見せつけられてしまえば話は別である。すぐにそんな話を頭から追い出して、婦人服を見て回った。
ラックに掛けられている品々を見て、気になるものがあれば手に取ってみる。
「あたし、そういえばこういうの全然わかんないんだよね」
赤いキュロットを手にとって、一体これはスカートなんだろうか、パンツなんだろうか、と物珍しげに見つめる。
「ダメだ、やっぱ無難にしよ。背伸びして笑われるのイヤだし」
結局紺色で膝丈のフレアスカートと無地のブラウスを手にとる。だがこの装いでスニーカーというのもあんまりだ、と思って見渡すと大量の靴用の箱と思わしきボックスがラックの下に整然と並んでいた。一つ手にとって開けてみれば、そこにはモノトーンで暗めの色のパンプスが入っていた。
「これでいいか」
靴下を脱いで素足で足を通す。ストッキングがほしいところだが、そこまで贅沢はいえないだろう。フレアスカートとブラウスを体に当てて、近くにあった姿見で全身を検める。
「おぉ・・・・・・深窓の令嬢ってやつ?」
ふふん♪
そんな風に上機嫌にそのまま一回りしてみる。
普段の彼女を知っている人間からすれば気持ちの悪い光景だが、ツッコミ役の相棒は今は入浴中である。
その時、気づいてしまった。
フレアスカートに筆記体で刺繍が施してある。
H to M
目立たぬように、ほんの小さい刺繍だ。
どこかのブランド名だろうか。そういうことに疎い三咲ははて、と首を傾げる。なんとなく他の服も確かめると、そのほとんどに同じ刺繍が施してある。
何だろう。
ブランドには疎いものの、もしかして、と三咲の中で何かが閃く。
現当主の名前、真柴秀隆。
そして持ち主のいない大量の婦人服。
それに刺繍されたH to Mの文字。
それらが、繋がった気がした。
人差し指でそれにふれようとしたとき、衣装部屋の扉が音を立てて開いた。
(殺される! あの女、猫に親を殺されでもしたのか! ひどい! まったくもってひどい! 風呂桶に猫をぶちこむなんて正気の沙汰じゃねえ! 足つかねーんだぞ!)
涙声でルシファが駆け込んできた。全身が水で濡れており、水滴が延々と扉から続いていた。
(三咲、ここを出るぞ! 命がいくつあっても足りやしねぇよ!)
三咲は冷たい視線で逃げ込んできた猫を見つめる。
「あんたさ、死なないんじゃなかったっけ?」
(死なないのと苦痛がないのはイコールじゃねぇ。むしろ苦痛が続く分だけひでぇよ)
ぶるぶる、と全身を震わせて水滴を飛ばす黒猫。
「木下さんはどうしたの」
(撒いてきた。ほら、今のうちだ。逃げようぜ。あの女、どうも前どっかで見たことがある気がしてならねぇ。しかもイヤな思い出な気がする。不吉だ)
つい数分前の三咲ならここで間違いなく首を縦に振っただろう。
しかし、今彼女の中で言いようのない予感めいたものが働いていた。
小さな刺繍を、指の腹で撫でる。
「いや、もう少しあたしはここにいるよ」
(は? 馬鹿言うな)
「あんたじゃないけど。”不条理を感じ”るんだよ、あたし」
(あの発言はオレ様の勘違いだ。いや、勘違いなんてありえないがとりあえずそういうことにしろ。行くぞ)
ルシファはその小さな口で三咲の肌を甘噛みして連れだそうとするが、彼女は動かなかった。
その代わりに、こう告げた。
「あたしが自分の名字が嫌いな理由、まだあんたに話してなかったよね。あたしがあんたと契約した理由も。それで何がしたいかも」
いつになく真剣な様子の三咲に、黒猫も無理矢理連れ出そうとするのをやめた。
(何だよいきなり。どうしたってんだ)
「気にならないの、その理由。あたしが本当に魔法を使ってしたいことは、善行なんかじゃない。それは知ってるでしょ。でもあたしは今日まで一善義務のためにしか魔法を使ってこなかった。それはふんぎりがつかなかったから」
その言葉にルシファはへっ、と笑ってみせる。
(お前らしくねぇな。自分語りは嫌いなはずだろうが、”狩屋”三咲さんよ。他人に関わるのも関わられるのも嫌いだって、いつも言ってたじゃねえか)
ルシファはそうやって挑発するように三咲の姓を口にする。いつもなら聞き逃さずに意趣返しするところだったが、今の三咲は違った。
「ここにいればその答えが、少しわかる気がするんだよ。だからつきあって。ルシファ、あんたはあたしの命を救いもしたけど、同時に現在進行形で奪い続けてる。だからあんたにはあたしの行く末を見届ける義務がある。”魔法少女の掟”に則りなさい」
(掟にあるのは、契約者の行く末を見届ける事じゃない。契約者が魔法を悪用しないか見届けることだ)
お互い譲らず、しばらくの間にらみ合いが続く。
三咲はいつになく真剣な眼差しでルシファを見つめた。
そして。
(わかったよ、三咲。お前の勝ちだ。お前の行動をオレ様は強制することはできない。お前が掟に従ってる限り、オレ様はただお前についていくしかねぇ)
「よろしい」
満足げに三咲は言うと、ルシファの首をひっつかむ。
(おい、両者合意に達したのに一体何をするつもりなんだ)
慌てて反駁するも、当然でしょ、といった風にどこふく風状態の三咲である。
「着替えるから出てろってこと。変態猫」
ぽい。
そう効果音の出そうなほど華麗にルシファを外に捨て去ると、ピシャっと扉を閉める。
(おい! 今閉め出されたらオレ様はどうなるんだ!)
「知らない! 一度死ぬような目にあってもいいんじゃない?」
(なんて奴だ・・・・・・)
せっかく逃げてきたのに、追い出されてしまった。
どこだぁ! 猫ぉ~!
遠くで木下の叫び声が聞こえる。ああもうダメだ、とルシファは覚悟を決めそこを動くのを諦めた。見つかるのも時間の問題である。
でもそんなことより。
全く別の感慨がルシファの中に押し寄せていた。
(勝手にオレ様の呼び方を決めたり、強情で譲らねぇとこ。今度の契約者はお前にそっくりだぜ、笑里)
かつての契約者の名をつぶやき、ルシファは苦笑いするのであった。
つづく……