魔法"処女"、狩屋三咲。 その3
二千字だと毎回遅々として話が進みません。
読みやすさと内容の進行の両立は中々難しいものですね…。
では次回も狩屋三咲編更新します。
「名前って言えば自己紹介がまだだったよね」
ルシファに気を取られてすっかり忘れていた。三咲は一番最初にすませるべきことをやっと思い出したのだった。
「あたしは三咲。少年、君は?」
「おねーちゃん、あれ! 見て!」
相変わらずルシファをもてあそび続ける少年は、ふと立ち止まってある家を指さした。
「人の話聞けよなぁ…なに、どれよ」
ずいぶんと歩いてきたことはわかっていたが、ここは街の郊外に近い場所だった。気づいてみたらとんでもないところまで来てしまった。見渡しても人影はほとんどなく、もう少し歩けば林がある。立地としては本当に高級住宅街といったかんじ。まわりの家々も小綺麗なものばかりで、見た目からして多機能住宅だろうということが伺えた。しかし少年が指さしたそれは別格。周りからも浮きまくっている。
一言で言えば、それはいわゆる豪邸だった。ガレージだけで三咲の済んでいたアパートの一室がいくつ入るかわからない。家の前には門扉が設けられており、その頂点には二匹のガーゴイル。
洋風の屋敷は、もはや映画にしか出てこないような規模のものだった。
高級とかそういうものではなくて、格式が違う。
「うわぉ、こりゃすごいね。コウモリのコスプレしたヒーローでも住んでそう」
「そうかな。こんなもんだと思うよ」
少年は平然と返す。ねー? とルシファに同意を求めるが、もうその意識はもうろうとしている様子だった。
「そんなこと言っちゃあかんぜ、少年。世の中にはこんな豪邸に住むことを夢見ている人間なんて山ほどいるんだからさ」
ふーん、と少年はあまり納得行かない様子で答える。
「じゃあ、行こうよ。君んち、まだ歩くんでしょ」
「ううん。すぐだよ」
そう言うと、少年は門扉におもむろに近づいていき、呼び鈴を鳴らした。
三咲の目が点になる。
『はい真柴でございます』
丁寧な女性の声がインターホンから聞こえてきた。
「ちょっと、少年、なに勝手にそんなことしてんの! ピンポンダッシュなんて流行ったの何年前だっての!」
三咲は声を抑えつつ少年に呼びかけたが、彼はやっぱり平然としている。
「三咲おねーちゃん、なにいっているの。ここぼくんちだよ」
そして、衝撃的な事実が伝えられたのだった。
※※※
「何が殿様と平民だよ、何が・・・・・・」
つい先ほどまで威張り腐っていた自分の愚行をのろい、三咲は頭を抱えている。ルシファは相変わらず虚脱状態で少年のなすがままだ。
門扉から豪邸の玄関までは見た目以上に距離があった。豪邸があまりにも大きいので遠近感覚が狂ってしまっていたのだ。門扉から歩いて五分ほどして、やっとその玄関に着いた。
「秀典坊ちゃん! 心配したんですよ、遊びに行くなら行くと仰ってくれなければ困ります」
玄関ではエプロン姿の若い女性が待ちかまえていた。化粧っけがなく、ほぼすっぴん状態だがそれでも整った顔だと言うことがわかる。清楚なタイプの美人だった。
「でもぼくが遊びに行くっていったら木下はついてくるじゃないか」
「それがわたくしの仕事です」
ふくれ顔で受け答える彼女の見た目は20代半ばといったところだったが、仕草が少し幼く感じられる。もしかしたらまだ学生といっても通用する年齢なのかもしれない。
「坊ちゃん、そちらの方は?」
木下と呼ばれた女性は早速豪邸に似つかわしくない小汚いたたずまいの三咲を訝しげに見つめた。ばつが悪く、視線を逸らしてしまう。
「あーその、あたしは、」
「この人は妖精さんだよ」
少年が割り込んでそう答えた。
「妖精・・・・・・?」
「うん。公園で寝てたんだけど、お腹空いてるって言ってたからつれてきたんだ」
木下はそれでだいたいの事情を把握したようだった。かげっていた表情がどんどん険しくなっていく。
「なるほど。本来なら当家の屋敷ではなく、国家権力にお任せする事案の気がしますね」
「コッカケンリョク?」
「坊ちゃんは中にお入りください。わたくしはこの方とお話がありますので」
「そう? わかったけど、早くしてよね。ぼくもお腹ぺこぺこなんだ」
「わかっておりますとも。あと坊ちゃん、その猫はここに置いていってください」
「えー?!」
「そんな汚い猫を歩かせたら掃除が大変です」
「わかったよ、もう」
彼は落胆した様子でルシファを三咲に預ける。三咲は少年に助けを求めようとアイコンタクトを送って見るも、少年には伝わらなかったようだった。
「? じゃ、おねーちゃん、入ってるからね?」
そう軽く言葉を残して、秀典という名前らしい少年は玄関を全身で力を込めて押し開け、中に入った。重厚な木製の玄関は明らかに特注品で、彫刻もレーザー彫りでないのは三咲にさえよくわかった。すでにそれは芸術の域に達している。かなりの重さのようだが、こつは知っているようで苦戦する様子もない。この豪邸は本当に少年の家らしかった。
(くそ、結局取り残されちゃったよ)
ルシファの正気を取り戻そうと少し強めに撫でるが、微動だにしない。
木下は玄関が完全に閉じられるのを確認したあと、冷や汗をかいている三咲に向き直って問いただした。
「さて。わたくしはこの真柴の家にお仕えしております、木下と申します。色々聞きたいことはあるのですが、まずは貴女のお名前をお聞きしましょうか」
「あたしは、三咲っていいます。数字の三に、花が咲くの咲」
「三咲さん、貴女の姓は?」
ぐっ、と三咲がうめく。
「言いたくないって、言ったら?」
「自分の家系を名乗れない者には当家の敷地を跨がせるわけにはいきませんし、身元不明の不審者として警察に通報します」
声に出さずくそ、と毒づく。
しかしここで警察沙汰にでもされたら正直魔法を使うしかなくなってしまう。
そんな無駄なことに魔法を浪費したくない。そういった計算が働き、三咲は忌々しげに自分の姓を告げるのだった。
「狩屋です。狩人の狩、屋敷の屋。狩屋三咲」
続く・・・・・・