魔法”処女”、狩屋三咲。 その2
Another Sideの新田笑里編は諸事情でしばらく更新途絶えますが、書く気に満ち満ちていますのでよろしければ待っていてください。ネタかぶりしているラノベを見つけてしまったので、検証してから打ち切りかどうか報告しますので…。
打ち切りの場合でも、設定は絶対ここで補完します。というか狩屋三咲編もかなり新田笑里編と関わり合いがありますので、言及なしに続けるのは無理です。
というわけで。しばらくは狩屋三咲編オンリーでやっていきます…。
オレ様は悪魔だ、とソレは言った。
三咲が初めてソレに出会ったときは黒猫だった。その次はカラス。鳩、ネズミ。
魔法というものが神様が特別扱いしてくれた力なら、ソレは神様から選ばれた存在だと三咲は勝手に思っている。ただどういうふうに選ばれたのかはわからない。
祝福されたのか。呪われたのか。
ただソレは自然の法則に囚われない。殺そうと思っても殺せないし、抱きしめようと思っても実際に触れられるのはソレが憑依している動物だ。ソレ自体ではない。ソレには肉体がない。魂だけの存在だ。だから何にでもなれる。
ソレは魔法という存在をその体で体現しているようなものだ。
(痛い、地味に痛い。というか鼻水付く。ほんと、鼻水付くから!)
にゃーにゃーいいながら少年の頬に猫パンチするソイツ。
もちろん元気盛りの小学生男子には全く通用しない。
今は偶然公園で話しかけてくれた少年の誘いで、彼の自宅に招かれている最中である。その道中、二人と一匹は雑談を交わしながら歩いている。少年は黒猫を気に入ったようで腕で抱いて先導し、三咲は後ろからついていっているカタチだ。
「この子やんちゃだね、おねーちゃん!」
悪魔。悪魔、ね。
三咲は胸中で繰り返す。悪魔かぁ、と何度もその言葉を繰り返す。
残念ながら、小学校低学年の少年にいじくり回されているただの猫にしか見えないのだが。
「あ、うん。まあそうだね」
三咲は心の底から楽しそうにして悪魔にじゃれついている少年に曖昧な言葉を返した。子供の細腕でさえ軽々と持ち上げられるその矮躯は子猫そのものなのだが。
実際そいつは悪魔らしいよ、なんて教えたらなんて思うだろうか。
(三咲、助けろ!)
少年にほおずりされてさぞ憔悴仕切った様子の悪魔。さすがに気の毒に思えたので助け船を出してやる。
「少年よ、可愛がるのもほどほどにね」
しかし少年は全く黒猫を放してやる気配を見せない。
「だってあんなところでおねーちゃんと一緒に”妖精さん”になってたんだもん、かわいそうだよ。いっぱい可愛がってあげなきゃ」
「”妖精さん”?」
そんな可愛らしいものになった覚えはない。
いや待て。
自分の天性の美貌がなせる業か。いや待て待て。だとしたらかわいそう、とはなんだ?
三咲の中で色々な思惑が錯綜した。
「お母さんが言ってたんだ。公園にはたくさん妖精さんがいるけど、間違って近づくとみんなびっくりするから近寄っちゃだめよって」
三咲はその言葉を聞き、自らの装いを検めた。
よれよれのTシャツ。すり切れたジーパン。ひもの切れかけたスニーカー。
はーん。
なるほどね。
だから”もしかしておうちがないの?”なんて突拍子もないこと聞いてきたわけだね。
折れ欠けた心を何とか立て直すと、三咲は少年に質問してみることにした。
「じゃあなんであたしには声をかけてくれたの?」
少年は即答する。
「おねーちゃんはあんまりびっくりしたりする人に見えなかったから」
こうして、三咲の心は二度折れた。
数分後、何とか三咲が崩折れそうになる精神を立て直したあと。
「この子名前はなんて言うの?」
少年はそんなことをつゆ知らず、素朴な質問を三咲に投げかけた。
「名前? 名前、か。うーん・・・・・・」
これは困ったな、と三咲は腕をこまねいて考える。いつも二人きりのときは。
『おい猫(カラス、鳩、ネズミetc...)コラァ!』
とか
『クソ悪魔!』
とかろくでもない呼び方しかしていない。さすがに小学生の低学年らしき少年に呼ばせるのはばかられてしまう。
(そっか・・・・・・ここらで呼び方決めてもいいかもな)
なんて三咲は思うのだ。
といってもネーミングセンスにはあまり自信がない。小学校のときに少し動物の世話係をしたくらいで、他はペットなんて飼ったことがなかった。そんな余裕もない生活だった。
うーん、と三咲は考え込む。考え込んで、
「そうだな、ルシファ、かな」
と、思いついた言葉を発した。
「ルシファ? かわいい!」
少年はそう聞くやいなや、少年はいっそう強く黒猫を抱きしめる。
(ぐぎぎぎぎ・・・・・・動物愛護の精神は何処・・・・・・)
黒猫は胸を圧迫されて舌をだらしなく延ばす。
「むしろ愛されすぎてるよね」
そう苦笑を浮かべつっ呟く三咲であった。
※※※
悪魔と契約して魔法使いになる。
これは字面的には完璧に正しいように見えるが、実際のところ狩屋三咲とソレとの契約の本質は異なっている。
そもそも、ソレが言うには自分は神の使者だ、とか。神の使者はいわゆる天使であるはずで、悪魔ではない。だから一番最初三咲は混乱したものだ。ならばなぜ一番最初に悪魔などと名乗ったのか、と。
ソレは答えた。
(一番最初はオレ様だって天使だと名乗ってたさ。だがそれにいちゃもんつけるヤツがいてな。命やら記憶やらと引き替えにするなんて悪魔そのものじゃないか、なんて言いやがってよ。オレ様だってそんな不名誉な称号嫌だったよ、そりゃ。
だがまぁ、それから色々思うところあってな、今は悪魔と名乗ってるというわけさ。本質は変わっちゃいない)
要は文句言われたから変えた、ということらしい。
(そんな単純なもんじゃねえ。まぁ、お前に言っても無駄か・・・・・・)
グチグチ言われたものの、ソレの言い分を総合すると次のようになる。
魔法とは本来、神様ーー世界のルールそのものーーが如何ともしがたい不条理、たとえばどうしようもない飢餓や戦争、虐殺、流行病、天変地異などを解消するために生まれた、ルールから特別に外された力である。神通力と呼んでもいいが、より的確に表すならばやはり”魔法”という言葉に限る。
この世には善悪二神論というものがあるが、ここでの神とはルールのことをいうので、意思も属性ももたない。悪でも善でもない。そもそも人格をもたないのだ。ソレはただ不条理を嫌い、安定させようとする存在だ。魔法とは、その神のルール、”神の法”から外れた文字通り”魔の法”なのである。魔とは悪を意味する言葉ではなく、あくまで神の定めた掟に縛られないということを示す。
ただ、魔法は何にも縛られない力ではない。魔法には魔法の掟があり、もちろんの狩屋三咲もその掟に縛られている。いわば、”魔法少女の掟”だ。そしてその”魔法少女の掟”に縛られるのは三咲だけではない。神の代行者であるソレも、掟に縛られる。魔法少女を監視し、魔法を正しく使うように指導しなければならないのだ。
掟を破れば、契約者である魔法少女はもちろん、代行者であるソレも罰を受けるという。詳しい内容はお前には関係ない、と突っぱねられてしまったが。
要するに。
アニメやマンガであるほど、魔法少女とは軟派な存在じゃないらしい。本当は”契約者”というのが正式な呼び方だとソレは言うくらいだし、イメージとしては公務員に近いのかもしれない。実際に狩屋三咲はプリティでブリリアントな衣装に変身などしないし、魔法のステッキを振りかざしたりもしない。
天使だと名乗ったり悪魔だと名乗ったりするソレも、本質はどちらでもない。ただ観察し、指導するだけのルールの執行者、レフェリーみたいなものなのだ。
それでも天使から悪魔なんて相反する存在に自称を翻していることは、三咲の脳裏になんとなく張り付いていた。
そこでとっさにつけてしまったのが”ルシファ”である。
ラテン語で”堕天使”を意味するその言葉は、ソレの呼び名としてはぴったりだ、と三咲は内心自慢げに思ってみたりするのだった。
つづく……