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魔法"処女"、狩屋三咲。 その1

狩屋三咲編、やっと具体的なお話に入れます。GW〜9月の終わりごろの話をメインにしていくつかのお話を描き、途中に現在(10月)の時間軸を間話として挿入していく、という構成にします。

今回のお話はGWの数日間のお話。狩屋三咲が魔法少女として仕事らしい仕事をする、初めてのお話になります。

ゴールデンウィークに入った公園は子供たちでにぎわっている。陽気もあってか親子連れが目立ち、親たちは世間話、子供たちは走り回って遊んでいた。

そんな平和な昼下がりであった。

 狩屋三咲はそんな場所で一人ベンチで寝そべっている。格好は相変わらず飾り気がない。丸首の無地のシャツにジーンズパンツ。履いているスニーカーはずいぶん年季が入っている。

 後に金色に染めることになる彼女の髪の毛はまだ黒々しく、中学規定の標準的な髪型であり、毛先も肩口できちんと切りそろえられている。しかしその顔立ちだけは変わらずに目鼻立ちははっきりとしている。鼻梁はすっきりとしており、つり上がった目尻は気の強さを思わせる。その整った顔立ちが今は思いっきり不機嫌である。いや、いつも彼女は不機嫌なのだが、今日このときに限ってはさらに度を増していた。

「うっさい・・・・・・ガキども」

 昼寝でもしようと思ったのにこのにぎわいよう。彼女の表情は徐々に曇っていく。

 うるさい。

 とにかく、うるさい。

 子供たちが砂場で暴れる。その土埃が彼女の髪の毛にかかる。嬌声が耳朶を叩き、頭痛を引き起こす。

 とにかく、いらいらする。

「おねーちゃん、何でそんなとこでねてんの?」

 そこに興味津々といった様子で、鼻を垂らした小学生らしき男の子がベンチに近寄ってくる。遊び疲れたのか飽きたのか、どう見てもさわらぬ神になんとやら状態の彼女に、男の子はうかつにそんな質問を飛ばした。

「あ?」

 ぎろり、と瞳を開けて恫喝してみせるも、男の子は動じない。

 というより、彼はあまり状況を理解していない様子だった。

「あたしがどこで寝ようがあたしの自由だっての。公園ってのは公共の場所なの。ガキだけの所有物でも奥様のダベり場でもないの。わかる? 公共の場って意味。みんなの場所ってこと」

 ふん、とあげつらうように三咲は吐き捨てる。

 少年はしかし全く動じない。

「でもおねーちゃんは、みんなの場所で寝てるんだよね?」

「ぐ」

 枕にしていた両腕がずれて、危うく頭を打ち付けそうになる三咲。

「もしかして、おうちがないの?」

「ぐぬぬ」

 痛いところを突かれた、という風に彼女は起きあがって自分の頭を撫でつける。この少年、ぼんやりしているように見えてけっこう鋭いらしい。

「いい? あたしはね、別に家なんてなくてもいいの。あたしはすごーく特別であんたみたいなガキんちょとはぜんぜん、これはもうほんと、殿様と平民くらいの違いがあるってわけよ。何せ、あたしは魔法ーー」

 少女だからね、と言い掛けて三咲は口をつぐんだ。

 いくら彼女がまだ少女だとは言っても、本来なら中学三年生だ。魔法少女なんて可愛らしいファンシーなワードを使うには少し成長しすぎた感がある。

 それに気づいて赤面してしまう。

「まほう?」

 頭上に疑問符を浮かべる少年。

「いや、麻婆豆腐っておいしいなぁ、ってね。アハハ」

 あまりにも苦しい言い訳で、当の本人も乾いた笑みをこぼすしかない。少年は全く訳が分からない、というような表情になったあと、憐憫のまなざしを彼女に向けた。

「おねーちゃん、もしかしてお腹空いてるの? ぼくんちでご飯食べる?」

 かわいそうに、とでも続きそうな少年の声音に三咲は泣きたくなる。

 何で自分がこんなの子供に情けを掛けられなければならないのか、と自らの不憫さを思ってしまう。

(いいじゃねえかよ狩屋三咲。タダ飯にありつけるんだ、これ以上のこたぁねえよ。猫になれば嫌でもわかるってもんだ)

 そうこうしているうちに、足下にずいぶんと慣れ親しんでしまった気配が一つ。少年の前だからおおっぴらに会話はできないので、三咲は視線だけをソレに向けた。ちょうど見下ろす格好である。

 そこには一匹の貧相な体つきの黒猫がいた。丸まって暖かくなった風にその身を任せている。

(それにその坊主、結構な不条理のにおいがする)

 猫から発せられた言葉は、三咲の頭の中でわんわんと響く。言うなれば、テレパシーのようなものだ。

(今日の”ノルマ”はその坊主にすりゃ一石二鳥じゃねえか。ん?)

 猫はそのつかみ所のない視線で、三咲の瞳を射抜く。三咲は黙ったままその悪魔の言葉に耳を傾けていた。そのまま彼女は瞳を静かに閉じた。猫からの情報、少年からの提案、両方を吟味する。その間はほんの一瞬。

 そして少女は答えた。

「マジ?! タダ飯くれんの?! やっほーい!!!!!」

 否、答えた、というより叫んだ。

 そして飛び上がった。公園の中で、中学生の少女が、幼稚園児や小学生に負けないくらいに思いっきりジャンプした。

 少年は唖然とし、猫は赤面するはずのないその真っ黒い顔を赤らめる。

(てめぇ、すげえ目立ってるぞ! 馬鹿か! やめろ恥ずかしい!)

 そう反駁する猫の首をひっつかんで、三咲は自分の口元に引き寄せた。少年に聞こえないように呟く。

「あんたが言ったんじゃん、タダ飯食えるって。ーーそれに、また名字呼んだ」

(畜生・・・・・・それの復讐ってわけか)

「畜生って自分のことじゃん」

 くっ、と悔しそうに猫は目を細める。

「おねーちゃん、そんなにお腹空いてたんだね・・・・・・その猫もおねーちゃんの猫?」

「ん?・・・・・・うん、そう。この子もお腹空いてるんだけど、いいかな?」

「うん、ぼくも猫好きだし、いいよ」

 さっきとは打って変わって片手で拝むようにする三咲。その様子を少年は懇願されていると捉えたらしく、快諾するのだった。


※※※


 狩屋三咲が魔法少女になってから数週間が経過していた。

 一番はじめに使った魔法は、自らの体の治癒だ。体を回復させ、それまでに傷ついたあらゆる不調を回復させた。そしてそれからは毎日最低限の【一善義務】ーー魔法を使って一日一善をする義務ーーだけをこなし、節約して暮らしてきた。その一善義務も本当に妥当するかぎりぎりのラインだ。たとえば信号を渡りきれなかった障がい者の人のために信号を変えたり、逃げた犬を探し出したり、本当に最低限の魔法行使で済む善行だけを選んでやってきた。生活費は年齢を偽って日雇いのバイトで稼いだし、泊まる場所はだいたいが公園だった。

 彼女がここまで魔法行使を節約するのには理由があった。

 彼女が魔法の対価に設定したのは自らの寿命だ。別にそれだけなら三咲はここまで節約を心がけなかっただろう。それだけではない。

 死者の復活。

 彼女が魔法少女になった目的でもある。

 この魔法には、少なくとも彼女の寿命で換算すれば半世紀分の年月が必要になる。その時に残される彼女の寿命はおそらく、二十年あるかないか、といったところか。

 復活させる対象は、彼女の祖母。自らが死なせてしまったかもしれぬ肉親だ。

 しかし肝心なところで三咲はふんぎりがつかないでいた。

 仮に今すぐ祖母を復活させたとしよう。それで何になるのか。祖母は三咲を許すだろうか。むしろ死にたかったから死んだのに生き返らせるなんて、と罵られるかもしれない。

 いや、本当に怖いのはそれではない。

 また元の生活に戻ることだ。祖母との不穏な関係を続けること。そして、あのアパートに帰ること。状況は前よりも悪くなるかもしれない。だいたい一度死んだ人間を蘇らせたときに生じる矛盾を、今度は魔法でまた補わなければいけない。死亡診断書を始末し改竄する。その時にかかる費用は、他でもない彼女の寿命から差し引かれる。

 多く見積もって、十年。さらに契約を中途破棄すれば、五年。祖母を蘇らせて、すべてのつじつまを合わせると、彼女に残された人生はその程度になってしまう。

 いくら自分の人生がどうでもいいと思っている人間とて、いざ具体的な年月を出されると後込みしてしまう。それに三咲は積極的な自殺願望者ではないのだ。

 

 決断には時間が必要だった。

考えるだけの十分な時間が。


つづく……

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