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魔法"処女"、狩屋三咲。 その9

次回は狩屋三咲編更新します。そこで一区切りして、やっとですがAnother Sideを編集したり話を追加する予定です。三咲編、笑里編ともに更新遅くなり、申し訳ありません。

(ん、何だ?)

 一人秀典の部屋に残されたルシファは、異変を感じ取って、ベッドに飛び乗った。三咲と秀典がもつれるようにして倒れているが、《ダイブ》を決行中なので、それ自体は問題のある状況ではない。重要なのは、外の様子が変わったことだ。

(玄関先の灯りがついたみたいだな。こんな時間に誰が・・・・・・って、思い当たる奴は一人くらいしかいないか)

 窓の外から猫目を最大限に活用して見開くと、人間の人差し指ほどの大きさではあるが、鮮明にその男の身なりが見て取れた。

 しわ一つないスーツに包まれた体は無駄な肉は付いておらず、オールバックにしてまとめた髪は白髪混じりではあるものの、豊かであった。まだ若い印象で、四十路に差し掛かったかいなか、という風体の立派な紳士である。身長も高く、その威厳と容姿の優美さはここからでもよく見て取れた。

 彼は皮のバッグを片手に玄関の重厚な木の板をノックした。

(あれが真柴秀隆か。いや、あいつ、どこかで・・・・・・)

 ルシファは必死に記憶をたどるが、もやがかかったようにして妨げられてしまう。

 ・・・・・・思い出せない。

 木下と出会ったときと同じような違和感を抱きつつ、ルシファの思考は中断されてしまった。

 およそ想像し得ない事態が目の前で繰り広げられていたのである。

 エプロン姿の木下が玄関から飛び出してきたかと思うと、そのまま秀隆らしき男性に抱きついたのだ。

(デキてんのかよ、あの二人・・・・・・)

 二人はまるで恋人同士のように愛しげな抱擁を交わしつつ、一言二言言葉を交わした様子だった。当然ここからでは会話は聞こえないが、二人の仕草から、秘めやかな愛の言葉であることは容易に想像ができた。

 二人は手をつなぎつつ、そのまま真柴邸内へと消えていった。

(よくわからんが、お前が考える以上に面倒なことになりそうだぜ、三咲)

 ルシファは声を震わせながら、そうつぶやいた。


※※※


 どすん!

「うっ」

 芝生の上に体をしたたかに打ち付け、三咲は呻いた。衝撃でかすむ目をこすりつつ、彼女は起きあがって周りを確認した。よく知っている場所だった。ガーゴイル像と、立派な門扉。

「真柴邸、か。ってことはあの子は自分の部屋にいるんだろうな」

 起きあがって服に付いた草を払う。

 空気はどんより停滞して、昼の空はグレーで染められている。遠くの空では時折稲光さえ垣間見えた。

 三咲はその空を見あげて、舌打ちしてしまう。

「やっぱ寝ている状態の人間に《ダイブ》をするのはよくないな。早くしないと」

 他者の精神領域に踏み入る《ダイブ》は、普通起きている状態であり、精神状態が安定している人間に対して行う魔法だ。だから心神耗弱状態の人間や、睡眠時で自らの精神をコントロールできない状態の人間に対して行使すると、その不安定さは《ダイブ》した先の世界に如実に現れる。精神世界でのみでしか起こりえない現象というのが、そういった不安定さの中で顕現するのである。たとえばいきなりあり得ない気象現象が起きたり、突然さっきまで生きていた人間の体がばらばらに引き裂かれてしまったり、というものだ。経験上、それが最も顕著に現れるのが、”空”である。空を見上げれば、その精神世界を構築する者の精神状態の指標になるのである。さっきまで晴天であったのが雷雨となったり、ときには竜巻が出たこともある。

 今回は木下が目を光らせていることもあり、苦肉の策として睡眠時の《ダイブ》となってしまったため、その危険性は増している。早急に目的を遂げねば、この世界で迷子になってしまう可能性もある。

「早くこの家の中で何が起きているのか把握して、秀典に説明しないとな」

 さて、と彼女はあらためてどう真柴邸に忍び入るか考える。正攻法でそのまま訪ねてもいいが、まだ現実世界で秀典と三咲は出会ったばかりだ。仮にこの精神世界で三咲のことを忘れてしまっている場合、やっかいなことになる。堂々と訪れていって「おねえちゃん、誰?」と言われる可能性もある。そんなことになったらただの不法侵入者である。

 空の状態から考えるに、彼の精神状態は芳しくないし、ごり押しをするとこの世界の主である秀典の怒りを買い、殺されてしまうかもしれない。そうした場合、現実世界の三咲の肉体がこの”夢”から覚醒することは二度となくなってしまう。

「ほんと、割にあわない魔法だよなぁ」

 苦笑しながらそう皮肉る三咲だが、彼女はある作戦を思いついていた。


※※※


「すいません、水道管の検査に来た水道局の者なんですが」

 堅牢そうな玄関の扉の前に、作業服に身を包んだ小柄な人物がいる。その人物は帽子を目深に被り、決して目線を前に向けないようにして邸内の人間を待ち受けていた。もちろん、狩屋三咲その人だ。作業服と帽子を錬成し、自分の声を細工して男性のものにした。まだ中学生にすぎない三咲は(遺憾なことに発育が芳しくないので)声と顔つきさえ隠せれば、小柄な男性と言ってもごまかしがついた。

「はい。何か」

 玄関を押し開けて中からでてきたのは、家政婦の木下だった。相も変わらずエプロン姿ではあったが、一つ違う部分があった。

(化粧してる・・・・・・)

 三咲は内心でそう驚いてしまった。化粧をした木下は、やはり思った以上の美人であった。そのキツめの性格とは裏腹に、花も恥じらう和風の純朴な美しさがあった。同性ながらも見とれていると、木下は怪訝そうな顔つきで三咲の顔色を伺った、まずい、と帽子を被りなおして言葉を繋ぐ。

「あ、真柴様のお宅ですよね。つい最近水道管がこの辺で破裂しまして、周りのお宅に影響がないかどうか調査させて頂いているんですよ。真柴様のお宅にも伺うように言われたもので、大変申し訳ないんですが・・・・・・」

 あらかじめ決めていた台詞を何とかつかえずに言い切る。

「当家はとくに異変はございませんが、お仕事ですしね。わかりました。トイレ、浴場、台所ぐらいで大丈夫ですか?」

「あ、はい。ありがとうございます」

 では、と迎え入れられるままに同じく格好だけ錬成した工具を片手に、木下についていく。

「すごい。豪邸ですね」

 三咲がわざとらしくそう言ってみせると、木下はさもあらんとばかりの声音で返答する。

「当家はこの青峰市では代々続く医療経営の名家ですから」

「医療経営・・・・・・ということは、あの”真柴”さんなんですか?!」

 今気づいた、というように三咲は驚嘆の声を上げる。先行していた木下は呆れた様子でこちらを振り返った。

「お気づきではなかったんですか」

「ええ、まさかあの真柴秀隆さんのご自宅だとは。私用だったら色紙をもってきたのにな・・・・・・」

「秀隆様は芸能人ではありませんよ。もっと社会に貢献しようとなさるご立派な方です」

 そう答える木下の声音に、三咲は少し違和感を覚えた。今まで木下が口にする「秀隆様」という言葉から感じられなかったような、”熱”のようなもの。それは甘美で、憧憬を伴う何かだった。

「ずいぶん尊敬していらっしゃるんですね?」

「ええ。あの方にわたくしは救われましたから。身よりのないこの小娘を助け、職まで与えてくれた。あの方がいなかったら今のわたくしはいないでしょう」

 そう言う彼女の頬にさす赤みに、三咲は不穏なものを感じた。


つづく…

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