魔法"処女"、狩屋三咲。 その8
遅れました〜。
次回は新田笑里編とどっちを更新するか未定です。
では、また。
狩屋三咲は自らの寿命を対価とし、自称・悪魔の黒猫ルシファと契約した魔法少女である。魔法少女は魔法で"不条理"を解消するという、一日一善を義務とされている。
GWのある日、彼女は街の名士の息子で男子小学生の真柴秀典と出会う。彼から”不条理”の存在を感じ取った三咲とルシファは【一善義務】を果たそうと彼の自宅に訪れる。真柴家の家政婦・木下の案内で真柴邸を散策するも、三咲は真柴家の奇妙な点に気づく。一見満ちたりた生活を営んでいるように見える真柴家には、「母親」の存在がすっぽりと抜けていたのである。
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真柴邸の住人が寝静まり、日付も変わろうとしている、ちょうどそんな時間帯。
三咲はルシファを連れて邸内を歩き回っていた。それも盗人よろしく抜き足差し足で。周りに目を光らせ、誰にも見つからぬように息を潜めている。格好は木下から借りた寝間着姿で少し間の抜けた感じは否めないが、本人はいたって真剣だった。
(おい、【一善義務】はまだ果たしてないからな。日付変わったら契約は強制破棄になっちまうぞ)
ルシファは木下の影に怯えつつ、焦った調子で三咲に告げた。
「だから今からやりにいくんでしょうに」
当の三咲は行く先が決まっているようで、その歩調は慎重ながらもしっかりとしていた。東棟から二階に上がり、回廊を巡ってある部屋を目指していたのである。
(今からって、こんな時間に?)
ルシファは真意を測りかねて三咲について行くことしかできない。
「こんな時間だから、の間違いでしょ。秀典と二人きりになるならこの時間しかない。木下さんが目を光らせてるから」
そう答えたその時、三咲は目指していた部屋を見つけ、真っ正面で止まった。
部屋の前には筆記体で"Hidenori"の文字のプレートが掲げられている。
「ここだ。やっぱりあいつ、自分の部屋なんて持ってるんだ」
なんとなしに木下に大体の場所を聞いていたとはいえ、赤貧に喘いできた三咲からすれば子供部屋なんてものはブルジョワジーの贅沢そのものである。少々歯噛みをしてしまうのだった。
「じゃ、入りますか」
音を立てぬように、ゆっくりとドアノブを回し押し開く。蝶番はよく手入れされていて全く軋まず、そのまま入ることができた。
(おいおい。大丈夫かよ・・・・・・)
ルシファは怖じ気付いたようにして部屋の前で佇んだままである。
「イヤならここで待ってな」
(そっちの方がよっぽど恐ろしいね。あの女が見回りにでも来たらまた地獄だ)
そういって一人と一匹は秀典の寝室に忍び入った。
部屋の中は当然薄暗かったが、豆電球が一つだけつけてあった。その光を頼りに周りを見渡す。
少年らしい玩具類やゲームは一切部屋には置かれていなかった。そのかわりに中学受験用の参考書や入試要項、数学の問題集などが山積した勉強机があり、あとはタンスや家具だけがまばらに置かれている。ベッドは窓側に置かれていてその中にこんもりと膨らんで上下しているのを見ると、どうやら秀典は寝入っているらしかった。
「なんか、気持ち悪い部屋」
三咲が正直な感想を述べると、ルシファも黙ったままではあるがおおむね同意のよううだった。遊びが一切ない、無機質な牢のよう。
「でも、これ・・・・・・」
三咲が壁に寄って目を凝らしながら声を上げた。
指で壁をこすっているようである。
(なんだどうしたよ)
「いや、これ。たぶん前は普通の少年らしい部屋だったんじゃないかなって。壁にポスターを貼ってあった痕がある。ちぎれちゃってわからないけど、アニメか何かの」
三咲が画鋲を取り払って指で摘んだ紙片には、確かにそれらしきロゴのようなものが見える。一昔流行ったアニメのタイトルロゴだった。
(なるほどな。何かきっかけがある、と?)
「かもしれないってだけ。それを確かめにきたわけだけど」
(確かめるって方法がーーま、まさかお前)
ルシファが言い掛けた言葉を飲み込んである可能性を思いついたようだった。
三咲は頷いてみせる。
「そう。やるよ、《ダイブ》」
来ていた寝間着の袖をまくって、三咲は集中し始める。
《ダイブ》とは本来わからぬはずの他者の精神世界に飛び込む魔法である。それにより本来、その人間が隠している秘密や、自身でさえ気づいていない真実を探ることができるのである。精神干渉系でも最も効力のある《洗脳》とは違い、ただ「見る」ことだけに特化した魔法であるが、術者に降りかかるリスクはこちらの方が高い。他者の精神世界に飲み込まれたまま帰ってこれなくなることがままあるのだ。
精神世界で迷子になった場合、そのまま下手に抵抗しても魔法を使い尽くして死亡するし、抵抗しなければ永遠に死ぬまで自分の肉体に帰ってこれない。中々にリスキーな魔法だった。
「今回は《ダイブ》と《誘導》を重ね掛けする。《ダイブ》で秀典の精神に飛び込んで、《誘導》であたしたちへの協力を仰ぐ。明日の朝目覚めたとき、秀典とあたしたちはお互いの事情を全部把握している状態になってるってわけ」
(理屈はわかってるよ。ただ本当にやるのか、そしてやれるのかって話だ)
「やるしかない。ここまできて引き下がれない」
三咲の右腕がぼぅ、と青い光に包まれる。そのまま彼女は秀典のベッドへ向かい、彼の額に自らの手のひらを押し当てた。秀典の寝顔が一瞬ゆがむ。
「じゃ、あたしの体頼んだ」
(おい、オレ様はここで一人かよ!)
そういったルシファの言葉に返答する者はもう誰もいない。
そのまま三咲は、秀典の体にしなだれかかるように脱力してしまっていた。
(さっさといっちまいやがって・・・・・・)
そういって黒猫は困ったように右足で顔を洗ったのだった。
続く・・・・・・