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魔法"処女"、狩屋三咲。 その7

やっと魔法使いました。

新田笑里編とも関連しますのでよろしくです。↓


http://ncode.syosetu.com/n3602cb/

  狩屋三咲は自らの寿命を対価とし、自称・悪魔の黒猫ルシファと契約した魔法少女である。魔法少女は魔法で"不条理"を解消するという、一日一善を義務とされている。

 GWのある日、彼女は街の名士の息子で男子小学生の真柴秀典と出会う。彼から”不条理”の存在を感じ取った三咲とルシファは【一善義務】を果たそうと彼の自宅に訪れる。真柴家の家政婦・木下の案内で真柴邸を散策するも、三咲は真柴家の奇妙な点に気づく。一見満ちたりた生活を営んでいるように見える真柴家には、「母親」の存在がすっぽりと抜けていたのである。


✳︎✳︎✳︎



気づいたとき、三咲には母親がいなかった。

 写真も残されておらず、記憶にさえない。

 三咲は母親の名前も知らない。どんな背格好なのか、どんなものが好物なのか。どんなふうに笑うのか。どんな声で話すのか。三咲は何も知らない。

 父は事情を話そうとせず、一言「別れた」とだけ言った。元々器用な方でもなく、仕事で失敗も多いようだった彼は、次第に活気を失い、無口になっていった。自然と家に寄りつかなくなり、三咲にとって親代わりは祖母だった。

 だが、その祖母も三咲にとって負担だった。狩屋家には緊張と無音の圧力が漂うようになった。三咲も次第に口数が減り、祖母への態度は明らかに冷めていった。

 そして、祖母は自殺を図ったのである。


 秀典の言葉を思い出す。

『お母さんが言ってたんだ。公園にはたくさん妖精さんがいるけど、間違って近づくとみんなびっくりするから近寄っちゃだめよって』

 あの発言が真実なら、秀典の記憶には母親がしっかりと刻み込まれているわけである。つまり、彼の母親がいなくなったのは、そこまで昔のことではないはずだ。 


「同じなんだよ、あたしと秀典は。ううん、むしろ記憶があるぶん辛いかもしれない。身内が、それも母親代わりがいないってね、結構堪えるもんだよ」

 三咲は閉じていた瞳を静かに開き、回想から我に返った。ルシファは三咲の身の上話を茶化すことなく黙って聞いていた。

(だから、今回の件にこだわってんのか)

「正直わからない。だってまだどうしてこの家にお母さんがいないのか、その理由がわからないから。そもそもまだ仮説の域を出てない。もっと事情を知らなきゃ何ともいえないし」

 ぎゅ、と自分の握り拳を見つめる。白くなった指がぎしりと軋んだ。

「あたしが自分の姓が嫌いな理由はね、狩屋の家が嫌いだったから。狩屋の血が自分に流れてると思うと寒気がする。自分があの人たちと同じ遺伝子を持っていると思うと」

(三咲・・・・・・)

 ルシファはかける声が見つからず、ただそう呟くだけだ。

「でもさ。そうだとしても、もしあたしがお婆ちゃんを殺したんなら、あたしは償わなきゃいけない。どんなにあの人たちが嫌でも、それは義務だと思う。問答無用で自分の命を捧げなきゃいけないんだよ。

 でもまあ、そうは言っても怖いものは怖いんだけど。またあの人が戻って、同じ生活をして。それを思うと怖い。もちろん自分の人生をほとんど使い切るのだって、まだ全然割り切れてない。宙ぶらりんなんだ、あたし。

 だけど、今回の件を乗り越えたら、何かわかるんじゃないか。そう今は思う。ま、人間じゃないあんたに言ってもわかんないだろうけどね」

 ふ、と筋肉を弛緩させて三咲は言う。まるでふっきれたような物言いだったが、それがルシファに気を使ってのことだということはすぐにわかった。

(わかってるとは思うが、忠告だ。お前はいつかはーーそう、遠くない未来に決めなきゃいけないぜ。このまま毎日魔法を節約して使ったって、いつかは終わりが来る。お前の場合、最初から使える魔法の上限は決まってるんだ。【一善義務】をこなしてるうちにその命使い切っちまうぞ)

 その言葉を真摯に受け止め、ルシファの瞳を見つめる。ルシファも視線を逸らない。

「やっぱり悪魔だけあっていつでも合理的だね、あんたは。なんだかんだでやるべきことをわかってるのは、いつもあんたの方。結構ヘビーな話のつもりなのに、平然としてるし」

 三咲がそう告げると、今度はルシファの方が自嘲する。

(それだけ人の不幸に慣れてるってこったな。一人の人間から幸せを奪って、全体に還元する。それがオレ様の仕事だ。結局、全体としての平均の格差がなくなればいい。末端はどんなに苦しかろうが、総体が平均値に近づけさえすればいい。それを合理的、といえばそうなんだろうよ。

 だけどな、三咲。オレ様にだってな、昔はいたんだぜーー)

 

 ーー幸せになってほしい人間がさ。

 そう続くはずだった言葉は、扉の開く音で遮られた。

(・・・・・・)

 黒猫は言い掛けた言葉を飲み込む。

 元は雑談だったのだ。口に出そうとした物語は、三咲にはなんら関係のない話である。むしろ三咲の魔法行使の判断を鈍らせてしまう可能性すらある。

 言うべきではない。少なくとも、今は。

 ルシファはそう自分に言い聞かせて口を閉ざした。


「お待たせしました三咲さん。では、お話聞かせてもらいましょうか」

 扉の向こうから現れたのは木下だった。ダイニングで早めの夕食を口にした後、三咲はその場に残るように言われたのだ。

 家事を一通り片づけたらしく、エプロンで手を拭って一仕事終えた、といった雰囲気をかもし出している。

「秀典・・・・・・君、は?」

 三咲がルシファから視線を逸らし、木下に問う。

 質問をぶつけられた木下は三咲のまっすぐの視線から逃れるように伏し目がちにイスに座った。

「坊ちゃんはいつもなら午後から自習の時間です。これも決まりですから」

「”せっかくの連休”なのに?」

「それが坊ちゃんのためです。その代わり午前中は自由時間ですし」

 三咲もイスを勧められ、それに習った。

「まあ、”余所者”の口の出す事じゃ、ないですもんね」

 そんな皮肉を口にする。木下は沈黙を返答に代えた。

 三咲はかまわず続ける。ここらは駆け引きに近かった。

「事情が知りたいんですよね。木下さんの仰るとおりです。家出してました」

 その言葉は嘘ではなかったが、真実と言うにはいささか脚色されていた。

 ルシファは真意を察して黙って成り行きを見守っている。

「やはり、そうですか」

 木下はその言葉を受け、ため息をつく。三咲は懐から財布をとりだして、自分の健康保険証を渡した。木下はそれを受け取り、裏面の住所を確認する。

 ○×県桜庭市、とそこには記載されていた。真柴邸が存在し最近都市開発が進行している青峰市の、ベッドタウンの役割を担っている地域だった。

「住所は、隣の桜庭市ですか。この青峰市とはさして距離はありませんね・・・・・・どのくらいです、家出をしてから」

「半月ってところです」

「そう日は経ってないですね。お父さんやお母さんは心配してらっしゃるのでは?」

 当然の指摘だった。

 木下はここで三咲を家に帰すための言質をほしがっているのだ。

 三咲はゆっくりと瞳を閉じて自らに暗示をかけるように”魔法”を発動した。これ以上の駆け引きをまだ中学三年生の自分一人でこなすのはあまりにも危ない橋だ。

 呼び起こすのは《誘導》の魔法。相手の認識をとある帰結に促すよう、自分の声に説得力を持たせる魔法である。《暗示》、《洗脳》など同系統の魔法に比べコストのかからない分、効果も非常に限定的なものだ。《暗示》が相手に一定の行動を促し、《洗脳》が理性を根こそぎ奪い取り自らの傀儡とする魔法なのに対し、《誘導》はあくまで相手の認識や思考をある結論に誘導するだけのものだ。魔法をかける者の負担も、かけられる者の負担も少ないのが特徴で、三咲が最も好んで使う魔法の一つである。これで幾度かの窮地を切り抜いたこともある。

 すぅ、と自らの体から生命が抜け落ちるのがわかった。対価だ。見守っていたルシファの毛並みが逆立つ。

「心配してくれるような親だったら家出なんてしない。そう思いません?」

 木下の瞳の鋭利な輝きが、一瞬曇った。《誘導》が効果を持ち始めてきているのである。

「・・・・・・なるほど。どうやら貴女を親御さんに引き渡しても解決するわけではないようですね。警察や学校、児童養護施設に相談しましたか」

「もしそうしたとして、解決できなかった時、もっとひどいことになりますよ。父が逆上したら女のあたしじゃどうしようもありません」

「確かに、そうかもしれませんね」

 木下が、ふぅ、とため息をついてこめかみを抑えた。

 魔法の副作用として頭痛を覚えているらしい。

「でもいつまでもふらふらほっつき歩いてるわけにも行きませんから。一つ提案をさせてください」

 三咲は畳みかけるように最後の結論を導き出した。

「ここにしばらくの間、そう、GWの間だけでいいです。あたしを置いて下さい。それで、最終的な答えを出しますから。警察に行くのでも、親元に戻るのでも。時間が必要なんです」

 ここは一か八かの賭である。

 《誘導》は絶対的な効果をもたらすものではない。あくまで相手の判断力をこちらよりにするだけのもので、最終的な結論は本人が出す。三咲がこの魔法を好むのはその分罪悪感がないからだし、何より魔法が解けた後にもその「判断」は本人の下したものとして自覚されるからでもある。《洗脳》レベルの強制力を持つ魔法だと、魔法が解けたあとにその行動や結論を下したという自覚が本人の中では薄い、もしくは皆無に等しいことがある。それでは一時しのぎにしかならない。ここで三咲が欲しい答えは、主人が不在のうちを任されている家政婦、という立場の人間による、ある種公的で持続的な了承なのだ。

「秀隆様はいつも仰っておられました。弱きを助けよ、と。秀典坊ちゃんもその言いつけをきちんと守ったが故、貴女を当家に招いたのでしょう。それに貴女を警察に引き渡してもどうやら根本的な解決にはならないようですし。

 それを踏まえると、やはりNOと断じてしまうことはできませんね。いいでしょう。その代わり家事を手伝ってもらいますよ」

 そして思惑通り。

 木下は、三咲の望む通りの答えを口にしたのだった。


つづく・・・・・・ 


 

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